あったかも知れない星の運行者の珍事件
説明
ファイナルファンタジータクティスのファンフィクション。 当作品はこちら(https://www.seabell.com/ja/detail/d90t7f5e878c73e4ojpg)のギャグ派生短編となっています。そうはならんやろがなっとるやろがいになるお話です。
ステラは聖石の力を知りながらも、その悪魔に魂を売ったウィーグラフの消失を「独りで勝手に死なないで欲しい」という孤独と、今までの彼との関わりで感じた思いを発露させ、彼の行動への受容を以て星の運行者として理を超えた力を発現させた。 ステラのその力を「ルカヴィに有利に作用する駒」としてウィーグラフはヴォルマルフに彼女を殺すのを考え直すよう進言する。もちろん、そこには私情も渦巻いていた。 そしてステラはヴォルマルフとウィーグラフが引き起こした恐ろしい惨劇が繰り広げられたリオファネス城からイズルードの死の重みを抱えながらも心の殻を破り帰還する。 ウィーグラフはミュロンドに到着するまで、した後もステラの監視と言いつつ、なんだかんだ面倒を見ていた。 ある日、部屋に軟禁状態となっていたステラは暇を持て余した末、こっそりと遺物管理局に赴く。 所蔵されていた古文書のうち、聖石に関する書物が所蔵されている書架から一冊の本をステラが手に取る。聖石の中でもある一つのものに焦点をあてた様々な魔術的な実験を書き記した痕跡だった。 それは半分ほど現代イヴァリースの言語に訳されていた。 興味本位で、読みふけっていると、その内容は段々と異常なものへと変化していき…? そのある聖石が身近に存在することに気付いてしまったことから珍事件は発生してしまう。
エピソード1
波の音が、絶え間なく石壁にぶつかっては砕けていく。
連絡船がミュロンドの港に接岸したとき、ステラの鼻腔を突いたのは、むせ返るような潮の香りと、どこまでも清潔で無機質な「聖地」の空気だった。つい数日前まで彼女の感覚を支配していた、リオファネス城の澱んだ血の臭い――鉄錆と内臓が混ざり合った、あの逃れようのない死の芳香とは、あまりにも対極にある静寂。
タラップを降りるステラの足取りは重い。身体が重いのではない。魂が、泥を吸った綿のように重く、一歩踏み出すたびに膝が折れそうになる。
出迎えに立っていたのは、神殿騎士団の副団長ローファルと、そしてもう一人、氷のように冷徹な眼差しを隠そうともしない男、参謀のクレティアンだった。
「……これは驚いた。地獄の釜が開いたような惨劇があったと聞いているが、随分と運の良い『お荷物』もいたものだ」
クレティアンが、鼻を鳴らして吐き捨てた。彼の白いサーコートは、陽光を反射して眩しいほどに輝いている。その清潔さが、今のステラには何よりも残酷な暴力として感じられた。クレティアンの視線は、ステラの生存を確認した喜びなど微塵もなく、むしろ「なぜお前のような不信心者が生き残り、イズルードのような高潔な者が命を落とさねばならなかったのか」という、剥き出しの嫌悪を隠さない。
「イズルードは、バリンテンの奸計に落ち、騎士としての矜持を貫いて果てたというのに。戦う術も覚悟も持たぬ小娘が、のうのうと戻ってくるとはな。教会の慈悲を、これほど無駄に浪費する存在も珍しい」
彼の言葉は、鞭のようにステラの頬を打つ。ステラは何も言い返さなかった。前世から引きずっている「諦念」という名の鎧が、彼女の感情を麻痺させている。イズルードの代わりになれるのなら、そのまま代わりに死にたかった。死ぬためにこの騎士団に入ったはずだった。なのに、なぜ自分はここに立っているのか。その問いに対する答えを、彼女自身が持っていなかった。
だが、その沈黙を破ったのは、ステラの背後に立つ、巨大な影だった。
「その口を閉じろ、クレティアン」
地を這うような、低い声。それは以前のウィーグラフ・フォルズの声でありながら、どこか別の、人間ではない何者かの響きを孕んでいた。
クレティアンが眉を跳ね上げ、不快げにウィーグラフを睨む。しかし、ウィーグラフの瞳に宿る、底知れぬ「深淵」に触れた瞬間、その傲慢な表情に微かな戦慄が走った。
「ステラの処遇は、俺が預かっている。それは団長であるヴォルマルフも了承済みだ。貴様が口出しし、命令する権利は無い」
一言、一言が重い楔のように打ち込まれる。ウィーグラフの纏う空気は、かつての激情に燃える革命家のそれではない。もっと静かで、絶対的な拒絶を伴った、捕食者の静謐。
クレティアンは、なおも何か言い募ろうと唇を震わせたが、ウィーグラフの視線がさらに一段階、温度を下げたのを感じて、言葉を飲み込んだ。彼は忌々しげに顔を背けると、一言も発さずにその場を立ち去った。
その様子を、ローファルは黙って見守っていた。彼は青いフードの奥にある鋭い眼光をウィーグラフに向け、品定めをするようにその佇まいを観察している。
ローファルには分かっていた。目の前の男は、自分が勧誘したあの「復讐に燃える男」ではない。かつてのウィーグラフは、妹を失った悲しみと貴族への憎悪を、今にも爆発しそうな熱量として内側に飼っていた。だが、今の彼から感じるのは、そうした人間的な熱ではない。もっと根源的な、冷徹なまでの「力」の気配。
まるで、人間の皮を被った別の何かが、そこに立っているかのような――。
「……随分と雰囲気が変わったな、ウィーグラフ」
ローファルは、あえてその違和感に深くは触れず、事務的な口調で続け様に告げた。
「とにかく、一度教皇聖下に軽い報告を入れてこい。ステラは……そうだな、一度安全な場所に置いておく必要がある。彼女の処遇については、団長が戻られてから改めて沙汰があるだろう」
ローファルはステラを一瞥すると、彼女を指定の場所へ案内するよう部下の兵士に目配せをし、自らもウィーグラフと共に奥の回廊へと消えていった。
残されたステラは、ローファルの部下に連れられ石造りの広場を歩き始めた。
あのウィーグラフが、自分を庇った。
彼はルカヴィをその身に宿した。オーボンヌ修道院で、イズルードと自分が離脱した後、死の間際に聖石の呼び声を聞いたという。そして、伝説の悪魔と契約し、人ならざる者へと変貌した。その男が、なぜ自分のような価値のない人間に、これほどの配慮を見せるのか。
リオファネスの中庭で、彼が魔人ベリアスの姿でラムザと戦い、敗れ、消えゆこうとしていたとき。ステラは無意識に彼に駆け寄り、縋り付いていた。「心に踏み込んでおいて独りで勝手に逝くな」と、そう叫んでいた。孤独になる恐怖、そして悪魔に縋ってでも力を求めた彼をありのままの人として受容した。そして、無意識に「星天開門」という謎の言葉を口にした。その瞬間、銀河が地上に墜落したかのごとく中庭には光が満ち溢れ、その光に包まれた魔人ベリアス、そして宿主のウィーグラフ・フォルズの魂のほつれは再び編み上げられ、彼は人の姿を取り戻し、死の淵から引き戻されたのだ。
彼は、私の中に「何か」を見ている。いや、彼というよりその内側の魔人が、だろう。
それは慈愛などではない。もっと実利的な、あるいは異形ゆえの執着。そう分かっていても、クレティアンの悪意から自分を切り離してくれた彼の背中に、ステラは言いようのない複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
ローファルの部下にここで待機するようにと言われてから、数十分後、石畳を叩く規則的な足音が近づいてきた。
顔を上げると、そこにはウィーグラフ一人が立っていた。ローファルの姿はない。
「部屋を用意させた。ついてこい」
簡潔な言葉。ステラは何も問わず、彼の赤いサーコートの背中を追った。
案内されたのは、以前、オーボンヌ修道院への任務に出発する前に与えられていた宿舎とは、明らかに異なる区画だった。ミュロンド寺院の奥深く、神殿騎士団の幹部たちが使用する居住エリアの一角。
重厚な木製の扉の前で、ウィーグラフが足を止めた。
「ここは、ヴォルマルフの執務室から最も遠い。だが、同時に奴の監視下に完全に入る場所でもある」
ウィーグラフは鍵を開け、中に入るよう促した。
「言い方を変えれば、『幹部が使う部屋の余り』だ。ヴォルマルフは現在、別行動を取っており、まだミュロンドには帰還していない。だが、奴が戻ればお前の居場所など即座に露見するだろう」
部屋の中は、質素ながらも整っていた。高い天井には小さな明かり取りの窓があり、そこから午後の陽光が一条の帯となって差し込んでいる。ベッドと机、椅子。それだけの空間だが、これまでの喧騒と死の気配からすれば、ここはあまりにも静謐すぎた。
「隠れ家としては三流だな。……だが、木を隠すなら森、本を隠すなら書架が良い。それと同じようなものだ」
ウィーグラフの口元に、微かな、自嘲気味な笑みが浮かんだ。彼は懐から布に包まれた塊を取り出すと、無造作に机の上に置いた。
「朝飯どころか、連絡船の上でも何も食っていなかっただろう。……お前は軽すぎる。きちんと食える時に食え。身体が資本だ。死にたいと言いながら、飢えで動けなくなるのは滑稽だろう」
そう言って、ウィーグラフは踵を返そうとした。
そのとき、ステラの喉の奥から、せき止められていた言葉が漏れ出した。
「……どうして」
ウィーグラフの足が止まる。ステラは、自分の指先が微かに震えているのを隠すように、拳を握りしめた。
「どうして、私を庇うんですか。クレティアン様にあんな風に言って……」
死を望んでいた自分に、生きるための道筋を示し、食事まで与える。その矛盾が、ステラの心を掻き乱す。自分は裏切られることに慣れていた。誰からも期待されず、誰の役にも立たず、ただ消えていくことを願っていた。なのに、この怪物は、なぜ自分をこの世に繋ぎ止めようとするのか。
ウィーグラフは振り返らなかった。ただ、その広い背中から、冷徹な、しかしどこか教育者のような厳格さを伴った声が響いた。
「……ここでは誰も信用するな」
ステラは息を呑んだ。
「俺を含め、常に疑い、真実を推し量れ。優しさに意味を求めるな。それは時として、毒よりも致命的な鋭い刃になる。お前を救ったのが俺の気まぐれか、それとも計算か……それを判断するのはお前自身だ」
「自分を信用するな、なんて……」
「そうだ。俺はもう、お前が知っている『ウィーグラフ・フォルズ』ではない。この身に宿る力は、お前の想像を絶する代償を求めている。……暫くはこの部屋から余り出歩くな。お前に対し、暇さえあれば悪態を吐く男もいるだろうからな」
最後に、クレティアンのことを鼻で笑うような気配を残して、ウィーグラフは今度こそ部屋を去っていった。
バタン、と扉が閉まり、重い静寂が部屋を満たす。
ステラは、しばらくの間、閉じられた扉を凝視していた。
「信用するな」という言葉。それは、裏切りに満ちた前世を生きてきた彼女にとって、最も馴染み深く、そして最も残酷な真実だった。優しくしておきながら、その手を握るなと命じる。その矛盾が、彼女の胸の奥をキリキリと締め付ける。
ふと視線を落とすと、机の上に置かれた包みが目に入った。
震える手でそれを解くと、中から出てきたのは、少し固くなってしまったパンと、塩気の強そうな干し肉、そして厚く切られたチーズだった。どれも贅沢な品ではない。だが、今のステラには、それが何よりも重い「生」の固まりのように見えた。
彼女は椅子に腰を下ろし、パンを一口、無理やり口に押し込んだ。
唾液が足りず、喉に詰まりそうになる。鼻を抜ける小麦の香りと、干し肉の脂の味が、麻痺していた彼女の感覚を無理やり呼び覚ましていく。
ぽろり、と。
熱い滴が、パンの上に落ちた。
一度溢れ出した涙は、もう止まらなかった。
「……無茶言わないでください……」
掠れた声が、無人の部屋に響く。
「誰も信じるななんて……そんなの、今さら言われなくたって分かってます。……でも……」
パンを噛みしめるたびに、胸の奥の痛みが激しさを増していく。
ウィーグラフが言った「軽すぎる」という言葉。それは彼女の体重のことだけではないだろう。この世界に根を下ろさず、いつでも消える準備をしていた彼女の魂の「軽さ」を、彼は見抜いていた。
ステラは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭うこともせず、ただひたすらに、彼が持ってきた食事を口に運び続けた。
咀嚼し、飲み込む。その単純な生物としての行為が、今は何よりも苦しく、そして確かな「生存」の証明だった。
窓から差し込む光が、少しずつ橙色に染まっていく。
ミュロンドの静寂は、どこまでも深く、冷たい。
ステラは、最後の一片のパンを飲み込むと、膝を抱えて丸くなった。
閉ざされた扉の向こう側には、これから始まるであろう、さらなる惨劇と陰謀の気配が満ちている。
それでも、彼女の胃の腑に落ちたその食事だけは、確かに熱を持っていた。
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