孤高の狂犬、アイドルへの道
説明
私立荒磯高校に通う16歳の一ノ瀬焔は、目つきの鋭さと口数の少なさから周囲に「孤高の狂犬」と恐れられていた。しかしその実態は、致命的に不器用なだけの少女だった。あるトップアイドルの映像に救われた彼女は、放課後の旧体育館でたった一人、猛特訓を重ねて大手芸能事務所のオーディションに合格。研究生としての切符を掴み取る。
だが、同期の七海美羽、アリス・ハートと結成した研究生ユニット「SPARK」のレッスンでは、一人で踊り続けてきたがゆえの協調性のなさを露呈し、鬼講師や美羽から「足を引っ張るなら辞めて」と突き放されてしまう。
心を閉ざしかけた焔だったが、彼女のひたむきさと不器用な優しさを見抜いていたアリスの仲介によって、三人で手を取り合うことを決意。お互いの弱点を補い合う猛練習を経て、ユニットの絆は本物へと変わっていく。
迎えたメジャーデビューをかけた運命の定期ライブ。ステージに立った焔は、かつての孤独な「狂犬」の牙を、ユニットを牽引する圧倒的なカリスマ性へと昇華させ、観客を魅了。見事目標投票数をクリアし、三人は最高の仲間と共に本物のアイドルとしての第一歩を踏み出すのだった。
エピソード1
夕暮れ時の私立荒磯高校の旧体育館には、鈍い衝撃音だけが響いていた。
ドン、と床を強く蹴る音。規則的な呼吸の合間に、激しいステップが床板を軋ませる。
鏡代わりにされた薄汚れた窓ガラスに映るのは、一ノ瀬焔の姿だ。鋭い目つき、きつく結ばれた薄い唇。額から流れる汗が、十六歳のあどけなさをわずかに残す頬を伝って顎へと落ちていく。
「また一人でやってるよ、一ノ瀬」
「触らぬ神にたたりなしだって。ほら、声かけるなよ。睨まれたら夢に出る」
部活動の終わった運動部員たちが、体育館の入り口からひそひそと囁き声を漏らしながら通り過ぎていく。彼らの言う「神」とは畏怖の念ではない。腫れ物に対するそれだ。
一ノ瀬焔。クラスでの彼女のあだ名は「孤高の狂犬」。
群れることを嫌い、馴れ合いを拒み、話しかけても「……用がないなら話しかけないで」と冷ややかに言い放つ。鋭すぎる三白眼も手伝って、周囲からは完全に「関わってはいけない不良」扱いされていた。
だが、彼らは知らない。
焔がただ、致命的なまでに人と話すのが不器用なだけだということを。
そして、この誰もいない体育館で、彼女がただひたすらに「アイドルのステップ」を刻み続けているということを。
焔がアイドルを目指すきっかけは、あまりにも小さな、しかし彼女の世界をひっくり返すほどの衝撃だった。
一年前、動画サイトで偶然見かけた、あるトップアイドルのライブ映像。
笑顔で、全身から輝きを放ち、何万人もの観客を魅了するその少女の姿に、焔は釘付けになった。
(……あんな風に、私も。誰かに何かを届けられる人に、なれるのかな)
いつも誤解され、冷たい目で見られてきた自分。言葉が上手く出てこなくて、すぐに人を遠ざけてしまう自分。そんな自分でも、あのステージの上でなら、本当の心を表現できるのではないか。
その日から、焔の孤独な闘いが始まった。
ダンス教室に通う金はない。だから動画をスロー再生し、手足の角度、体重の移動、首の傾きまでを徹底的に分析した。毎日、放課後から夜遅くまで、この古い体育館で一人、地獄のような自主練を繰り返してきた。
そして今日、その努力がほんの小さな、だが決定的な実を結ぶことになる。
スマートフォンの画面に届いた一通の通知。それは、大手芸能事務所「シャイニング・プロモーション」が主催する、次世代アイドルオーディションの一次書類審査通過の報せだった。
「……通った」
ぽつりと言葉が漏れる。誰もいない空間で、焔はぎゅっと拳を握りしめた。
鋭い目が、窓ガラスの向こうの自分をじっと見据える。
「次は、二次審査。実技オーディション」
数日後。都内のきらびやかなビルの一室に、焔は立っていた。
周りを見渡せば、華やかな衣装に身を包み、お互いに「がんばろうね!」と励まし合う少女たちばかり。緊張をほぐすためにキャッキャと笑い合う彼女たちは、すでにテレビで見るアイドルの卵そのものだった。
その中で、黒いジャージ姿の焔は完全に浮いていた。
緊張のあまり体が硬直回し、表情はいつも以上に険しくなっている。声をかけようとした他の受験生が、焔の鋭い目つきに気圧されて「ひっ……」と息を呑んで引き返していく。
(……違う。睨んだわけじゃない。ただ、どうやって笑えばいいか分からないだけ……)
心の中でどれだけ言い訳をしても、他人に届くのは「孤高の狂犬」のオーラだけだ。
焔は壁際に一人で立ち、ただ精神を集中させるために目を閉じた。ここで挫けるわけにはいかない。私には、この道しかないのだから。
「次、エントリーナンバー45番。一ノ瀬焔さん、どうぞ」
スタッフの声が響く。
焔は目を開けた。その瞳には、怯えも、迷いもない。
ただ、鋭く、深く、燃えるような情熱だけが宿っていた。
重い扉を開け、審査員が並ぶオーディションルームへと足を踏み入れる。一ノ瀬焔の、アイドルとしての最初の第一歩が、いま始まった。
最新エピソード
イントロの重低音がスピーカーから炸裂した瞬間、三人はいっせいに地を蹴った。
その一歩の鋭さに、客席から「おおっ」と地鳴りのような歓声が上がる。
ステージの上の一ノ瀬焔は、これま
「……ストーカーじゃないよ! たまたま、焔ちゃんが走っていくのが見えたから」
アリスは両手を振って弁明しながら、冷たいスポーツドリンクを焔の頬に押し当てた。
「ひゃっ」と変な声
「エントリーナンバー45番、一ノ瀬焔です。よろしくお願いします」
張り詰めた空気のオーディションルームに、焔の低く通る声が響いた。
長机の向こうに座る審査員たちは、手元の資料と
夕暮れ時の私立荒磯高校の旧体育館には、鈍い衝撃音だけが響いていた。
ドン、と床を強く蹴る音。規則的な呼吸の合間に、激しいステップが床板を軋ませる。
鏡代わりにされた薄汚れた窓ガ







