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疫病を超えて紡ぐ理想郷の光-“ベンチマーク小説企画#5”応募作品

疫病を超えて紡ぐ理想郷の光-“ベンチマーク小説企画#5”応募作品

更新日時: 2026-01-19 02:05:59
言語:  日本語4+
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エピソード数
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説明

今からだいぶ先の未来。破滅的な戦争が起こることもなく、世界は穏やかに発展していました。 しかし、突如謎の疫病が発生し、文明社会は崩壊してしまいました。


これは、奇跡的に疫病に対する免疫を持っていて生き延びた少女・アカリと、同じく免疫を持っていたセクシーな占い師・由美たちが崩壊した世界で生き延び、数少ない生存者を集め、少しずつ世界を復興させていく物語です。 ―――――――――― 今日のテーマ: アーク・ラジオ:生存者たちの声 「ベンチマーク小説企画 #5:あなたの終末サバイバルストーリーを描け」応募作品です。 ――――――――――


エピソード1

第一章:光を求めて


アスファルトの裂け目から顔を出した雑草が、死んだ都市の墓標のように揺れていた。風はほとんどなく、かつて東京と呼ばれたコンクリートの迷宮には、巨大な沈黙だけが満ちている。アカリは、瓦礫と化した歩道に注意深く足を運びながら、背負ったバックパックの重みを確かめた。彼女の呼吸だけが、この広大な墓地で許された唯一の音だった。


五年。最後の声を聞いてから、それだけの時が流れた。世界を覆い尽くした疫病は、熱と咳、そして絶望を残して、人間という種を歴史からほとんど消し去った。アカリは、奇跡か偶然か、その猛威を生き延びた。彼女の血には、死への抗いが刻まれている。だが、その代償は絶対的な孤独だった。


今日の目的地は、銀座にかつて聳え立っていた百貨店だ。上層階の高級食料品売り場には、まだ手つかずの缶詰や保存食が残っているかもしれない。入り口のガラスは粉々に砕け散り、マネキンが倒れたまま空を睨んでいる。彼女はためらうことなく、その暗い口の中へと足を踏み入れた。


「お邪魔します」


誰に言うでもなく、そう呟くのが癖になっていた。それは、死者への敬意であり、自分自身がまだ礼節を忘れていないことを確認するための儀式だった。


エスカレーターはとうに止まり、鉄の骸を晒している。アカリは一段一段、自分の足音だけを頼りに上階を目指した。埃と黴の匂いが鼻をつく。七階、家庭用品売り場。そこで彼女は足を止めた。開け放たれたままの扉の向こう、リビングセットのソファに、誰かが横たわっている。


近づく前から分かっていた。動かない影は、五年という歳月の中で何度も見てきた光景だ。痩せ細り、ミイラ化しかけた遺体。アカリはバックパックを静かに下ろすと、その傍らに膝をついた。遺体は若い女性のようだった。傍らには、中身が空になった薬瓶が転がっている。彼女はそっとその目に手を伸ばし、開いたままの瞼を閉ざしてやった。


「……もう、苦しくないから」


アカリは持参した清潔なシーツを広げ、亡骸を丁寧に覆った。感染の恐怖はない。彼女の体は、この死をもたらした病原体をとうに記憶し、拒絶している。あるのはただ、同胞を悼む静かな悲しみだけだ。ささやかな弔いを終え、彼女は再び立ち上がった。目的は、食料だ。感傷は、腹を満たしてはくれない。


最上階のレストランフロア。そこが最後の希望だった。パントリーの扉をこじ開けると、金属が軋む悲鳴が響き渡る。中は暗く、乾燥した空気の中に、奇跡的にいくつかの缶詰が棚に残されていた。トマトの缶詰、コンビーフ、フルーツのシロップ漬け。アカリの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。これで一ヶ月は生き延びられる。


満足感を胸に、彼女は百貨店内をもう一度だけ見て回ることにした。思わぬ掘り出し物があるかもしれない。ベビー用品売り場を通りかかった時、彼女の足が縫い付けられたように止まった。


窓際の一角。埃をかぶったベビーベッドや玩具が並ぶ中で、一つだけ、明らかに異質なものが存在していた。


プラスチック製の小さな植木鉢。


その中で、一株のローズマリーが、青々とした葉を茂らせていたのだ。


「……え?」


声が漏れた。信じられなかった。埃一つない、艶やかな緑色の葉。鉢の中の土は、湿り気を帯びている。誰かが、最近これに水をやったのだ。何日か前、いや、もしかしたら昨日かもしれない。


アカリはゆっくりとそれに近づいた。心臓が、忘れていた速さで鼓動を始める。全身の血が沸騰し、指先が震えた。孤独という分厚い氷の壁に、鋭い亀裂が走る音を聞いた。


いる。


この世界のどこかに、自分以外の誰かが。


息をすること、水をやること、植物を育てること。そんな、当たり前だった生命の営みを続けている人間が。


「……嘘」


アカリは植木鉢に触れようとして、寸前で手を止めた。希望が、津波のように押し寄せてくる。五年分の孤独が一瞬にして溶け出し、その下から現れたのは、焼けつくような渇望だった。会いたい。話がしたい。人の声を、聞きたい。


だが、希望は常に恐怖を伴う。もし、これが罠だったら?この世界の人間が、皆、自分のように理性を保っているとは限らない。飢えと絶望は、容易く人を獣に変える。アカリは後ずさり、壁に背中を預けた。どうする?このまま見なかったことにして、自分の安全な縄張りに戻るのか?この奇跡の可能性から、目を背けるのか?


「……馬鹿みたい」


彼女は自嘲気味に呟いた。何を守るというのか。死体だらけの世界で、ただ息をしているだけの毎日を。あのローズマリーを育てた人物がどんな人間であれ、このまま一人で朽ち果てるよりはましだ。たとえ、その先に待つのが失望だったとしても。


決意は、静かに、だが確固として彼女の胸に灯った。


アカリは踵を返し、食料を確保したパントリーへと戻った。バックパックに、詰められるだけの缶詰を押し込む。水筒を満たし、ナイフをベルトに差し、そして最後に、首から下げていた銀のロケットを強く握りしめた。それは、家族の顔も思い出せなくなるほど昔に、母からもらったものだった。


準備はできた。彼女はもう一度、ローズマリーの前に立った。小さな緑の葉が、窓から差し込む光を浴びて輝いている。それはまるで、暗闇の中の灯台のようだった。


「待ってて」


アカリは囁くと、決然とした足取りで階段を下り始めた。


一階の出口。外から吹き込む風が、床に溜まった埃を渦のように巻き上げる。五年間、この廃墟都市は彼女にとって世界の全てだった。だが今は違う。この道の先に、未知の誰かがいる。その事実だけが、アカリの世界を再び色づかせた。


彼女は、壊れたガラスの扉を押し開け、新しい太陽の下へと一歩、踏み出した。

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