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曙光の向こう側へ

曙光の向こう側へ

更新日時: 2026-03-23 07:30:40
By: Dear
完結
言語:  日本語12+
4.6
4 評価
5
エピソード数
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説明

――犯罪都市クライン・ハーフェン。マフィア幹部レイナと弟リコは、組織の裏切りを知ったことで命を狙われ、逃亡を始める。幾度も銃撃や裏切り、家族や過去の罪に揺れながら、謎のSDカードと「D・S・R」の真実を巡る決断を迫られる。情報屋スカーレットとの再会と葛藤、警察・マフィア・第三勢力との激しい攻防も繰り広げられ、限界まで追い詰められた姉弟は家族の絆と生き抜く希望を胸に、夜明けの港から新しい未来へと船出する――痛みと喪失の先に小さな温もりが残る、濃密なサスペンスドラマ。


エピソード1

――足音が響いた。

石畳の隙間に溜まった水が、かすかに波打つ。深夜の裏路地には街灯もなく、月明かりだけが瓦の端を銀色に浮かび上がらせている。レイナ・ディ・マルコは、黒いトレンチコートの裾を風に揺らしながら、ゆっくりと振り返った。

「遅い」

小声で舌打ちする。取引の後始末を終えてから十五分。まだ誰も来ない。指先で銃把をなぞり、安全装置を外す。冷たい金属の重みが、手の平にじわりと汗をかかせる。

――また足音。

今度は近い。重い軍靴の底が石を砕くような響き。一歩、また一歩。レイナは壁際に身を寄せ、息を殺す。藍色の瞳が暗闇をすくい、影の動きを読む。

「姉さん……」

掠れた声。驚いたことに、それは弟のリコだった。黒髪を垂らした少年は、肩で息をしながら路地に飛び込んでくる。頬に血の線が走っている。

「リコ? どうした」

レイナは素早く周囲を見回し、彼の腕を掴む。指に伝わる体温が熱すぎる。

「追われてる。組織の人間が……大幹部を裏切る計画を聞いちまった」

「声を低く」

レイナは弟の口を手のひらで塞ぐ。軍靴の音が再び、路地の奥から近づいてくる。今度は複数だ。三つ、いや四つ。

「こっちだ」

彼女はリコの手を引き、ゴミ箱の陰に滑り込ませる。腐った野菜と油の匂いが鼻をつく。弟の体が小刻みに震えている。

「どうしてお前がそんな話を」

「……俺、金が必要で、夜の運び屋をやったんだ。先週、港で荷物を受け取ったとき、コンテナの中で野郎らが話してた。ファミリーのボスを今夜、あの人に」

リコの喉が鳴る。レイナは眉をひそめる。ファミリーとあの人――つまり警察の黒幕、ヴィトーリオ検事のことだ。組織の最高幹部が警察に売られる。それは血の雨が降る意味だった。

「誰かに見られたか」

「……すまなかった、姉さん」

レイナは唇を噛む。弟の目に浮かぶ涙を、指でそっと拭う。

「泣くな。男だろ」

「でも、俺がしゃべれば姉さんも……」

「黙れ」

レイナは銃を抜き、安全装置を外した。金属音が静寂を裂く。足音が路地の入り口で止まった。

「ディ・マルコの女、ここにいるはずだ」

低い声。聞き覚えがある。エンリコ・ブランチ、組織の処刑人だ。

「リコ、聞き分けて。これから俺が出て行く。お前はここで息を殺してろ」

「待てよ、姉さん! 出たら殺される」

レイナは苦笑いを浮かべる。

「私は幹部だ。まだ刃向かうだけの値打ちはある。お前は違う。ただの荷物運びだ」

「でも……」

「いいから」

レイナは立ち上がり、ゴミ箱の陰から一歩踏み出す。月明かりが黒いショートボブを青白く照らす。

「用か、ブランチ」

男たち――四人のシルエットがざわめく。銃口が一斉に向けられる。

「ディ・マルコ、裏切り者の弟を隠してるって話だが」

「知らんな。私はただ、今夜の掃除を終わらせに来ただけだ」

ブランチが一歩近づく。顔の皺が月光に浮かび上がる。

「お前の弟が、ファミリーの秘密を警察に売った。証拠もある。今夜、ボスを殺す計画を漏らした」

「で、私に何をしろと」

レイナは銃口を下げ、ゆっくりと歩を進める。男たちが緊張する。

「お前も同罪だ。だが、ボスは惜しいと言ってる。弟を出せ。そうすればお前は助かる」

背後でゴミ箱が軋む。リコが立ち上がりそうな気配。レイナは大声で笑う。

「ブランチ、お前は馬鹿だな。私が弟を売ると思うか?」

「血は水より濃い、って言うだろうがな。だが、この世界では金の方が重い」

「なら、私も条件を出そう」

レイナは左手をポケットに突っ込み、小さなスイッチを握る。それは携帯用の発信機だ。押せば、五秒後にこの路地に火が吹く。彼女の最後の切札。

「五分待て。弟を連れてくる。その間、お前たちは此処を動くな」

「五分でどうする」

「私は幹部だ。逃げも隠れもしない。だが、ここで撃ち合っても損失ばかりだろう」

ブランチが舌打ちする。

「いいだろう。五分だ。だが、逃げたら分かってるな。お前も弟も、街中の電柱に括りつけて焼く」

レイナは肯き、ゆっくりと後退る。背中でリコの腕を掴む。

「姉さん……」

「歩け。静かに」

二人は路地の奥へ、闇の深まる方へと進む。足音が遠ざかる。レイナの指がスイッチを離さない。

「どうするんだ。あのままじゃ……」

「黙れ、考えてる」

路地は尽き、古い納屋の壁に突き当たる。行き止まりだ。風が止み、息遣いだけが響く。

「リコ」

レイナは弟の肩を掴み、額を寄せる。

「お前には二つの道がある」

「……どういうことだ」

「一つは、此処で私と別れ、港の古い灯台へ走ること。そこに俺の知り合いの船が停泊してる。金は持ってるな」

「もう一つは?」

「私と共に戻ること。ブランチの前で、お前の首を刎ねる。私は生き残る」

リコの瞳が揺れる。レイナは続ける。

「どちらを選ぶ。お前の人生だ」

「姉さんは……どちらを望む」

「私は幹部だ。望みなどない」

――嘘だ。レイナは心の奥で呟く。望みはある。弟を逃がし、自分も逃れ、どこかで普通の朝を迎えたい。だが、それは叶わぬ夢だ。

「時間はない。選べ」

リコは唇を噛み、目を閉じる。そして静かに言った。

「俺は……姉さんと歩く」

「バカ。それは死だ」

「なら、一緒に死のう。俺が逃げたら、姉さんが殺される。それだけは嫌だ」

レイナは息を呑む。弟の手が、震えながらも彼女の指を包む。

「……馬鹿な弟だ」

「姉さんのせいだ」

二人は額を寄せ合い、静かに息を揃える。遠くでブランチの声が響く。

「五分たったぞ、ディ・マルコ!」

レイナはスイッチを握りしめ、弟を見つめる。

「最後に一つ、約束をしよう」

「なんだ」

「誰の足音も、もう怖くない。俺たちは、此処で道を選ぶ。闇の中でも、自分の足で立つ」

リコは肯く。レイナは微笑み、スイッチを――

「出てこい、ディ・マルコ! さもないと――」

――押した。

五秒。

レイナは弟の手を引き、納屋の横の溝へ飛び込む。次の瞬間、路地の入り口で火柱が上がる。ガソリンと火薬の匂いが夜を裂く。悲鳴と銃声が交錯する。

「走れ!」

二人は溝を這い、暗渠へと滑り込む。冷たい水が足首を捉える。背後で炎が唸り、男たちの怒声がこだまする。

「姉さん、これから……」

「まだ終わってない。お前が選んだ道、後悔するな」

「後悔なんか、しない」

暗渠の先に、薄ぼんやりとした光が見える。夜明けの気配だ。レイナは弟の手を離さず、足を速める。

「足音を聞き分けろ、リコ。誰が追ってきても、自分の足で歩け」

「ああ」

「そして、誰に従うかも、自分で決めろ」

二人の足音が、闇の下水道に響く。灯火のない世界で、彼らはただ一つ、自分の選択を胸に、朝を目指して走り続けた。

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