説明
底辺炭鉱奴隷から最強の魔法剣士へ!
理不尽な世界を転移システムで渡り歩く男・デウス。
様々な世界を巡った先にあるものは?
異世界成り上がりファンタジー開幕!
エピソード1
喉を焼くのは、煤と湿気、そしてわずかな酸欠の臭いだ。
デウスは使い古された鉄鶴嘴(つるはし)を振るう。湿った岩肌に刃先が食い込むたび、鈍い火花が散り、煤けた火の粉が頬をかすめて消えた。手のひらの皮はとっくに破れ、剥き出しの肉が柄の木肌と擦れ合って乾いた血の層を作っている。
背後からは、低く重い喘ぎ声ばかりが聞こえる。同じように鎖で繋がれ、泥と石炭の塵にまみれた影たちが、暗がりのなかで黙々と壁を穿っていた。誰も口を利かない。言葉を交わすだけの肺活量は、この地下千メートルに広がる「炭鉱世界」においては貴重な生命維持の燃料だった。
「おい、手を休めるな」
監視員の突き刺さるような声が、濡れた岩を打つ鞭の甲高い音とともに響いた。デウスは視線を落としたまま、ただ機械的に腕を持ち上げる。
この世界には、空がない。
生まれてから一度も、頭上に広がる青というものを見たことがなかった。あるのはただ、無数の坑道と、それを支える頼りない木柱、そして無限に続く黒い岩盤だけだ。逃げ出す場所などどこにもない。鉱石を掘り出し、配給される泥のような粥を啜り、湿った筵の上で泥のように眠る。それがデウスに与えられた生のすべてだった。
そのとき、足元から奇妙な振動が伝わった。
音はなかった。ただ、鼓膜の奥を直接揺らすような、低い地鳴り。
デウスは動きを止めた。周囲の鉱夫たちも、一斉に鶴嘴を止める。静寂が坑道を支配した。天井の割れ目から、さらさらと細かい砂が落ちてくる。それは、この深層において最も恐れられる死の予兆だった。
「ひっ……」
誰かが短い悲鳴を上げた。
次の瞬間、世界が激しくのたうち回った。
木柱が悲鳴を上げてへし折れる音が、鼓膜を破らんばかりに響き渡る。天井の巨大な岩盤が自重に耐えかねて剥がれ落ち、轟音とともに落下した。暗闇のなかで、絶叫と、肉が潰れる鈍い音が交錯する。
逃げる隙すらなかった。デウスの視界は、押し寄せる土煙と剥落する岩石によって一瞬で塗り潰された。
背中に強烈な衝撃が走り、体が前方に吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた直後、強烈な圧迫感が全身を襲った。重い。息ができない。肺の中の空気がすべて力任せに搾り出され、口から熱い液体が溢れた。
(ここまで、か)
意識が急速に遠のいていく。冷たい土の匂いと、己の血の匂いだけが鼻腔に残った。指先一つ動かせない。押し潰された胸板の上には、人間には到底動かせない巨岩が居座っている。
暗闇が視界の端から凍りついていくように広がっていく。死の静寂が、ゆっくりと耳元まで満ちてきた。
そのとき。
誰もいないはずの頭脳の奥底で、冷徹な響きを持つ「声」が鳴り響いた。
――個体名『デウス』。生命活動の停止を感知――
――魂の強度が規定値に達していることを確認。条件クリア――
――「世界渡りシステム」の起動シーケンスを開始します――
声は、耳から入ったものではなかった。魂の髄に直接刻み込まれるような、絶対的な響き。
肺胞の奥に残ったわずかな酸素が熱を帯びるのを感じる。心臓が、一度だけ大きく跳ね上がった。
――魂の紐付けを完了。所有権を固定しました――
――生存のための緊急措置を実行。肉体強度の恒久的な引き上げを行います――
ドクン、と熱い塊が全身を駆け巡った。
それは血管のなかを流れる血液が、一瞬にして沸騰したかのような錯覚だった。潰れかけていた肋骨が軋みながら押し戻され、肺が再び空気を求めて大きく膨らむ。全身の細胞が、眠りから覚めた獣のように一斉に身震いした。
目の前の暗闇の中に、文字ではない「意志」が浮かび上がる。
《最初のタスク:炭鉱からの脱出》
《報酬:パッシブスキル『早熟』》
「あ、が……」
デウスは声を絞り出した。
背中を圧迫していた岩の重みが、先ほどとは明らかに違って感じられる。信じられないことに、自らの腕に力が満ちていくのが分かった。泥と血にまみれた手のひらが、岩の表面をしっかりと掴む。
全身の筋肉が脈動していた。ただの奴隷の細い腕が、鋼のように硬く引き締まっていく。
デウスは両手を地面につき、背中に乗った巨岩を押し上げるようにして力を込めた。
ミシッ、と岩と岩が擦れ合う音が響く。
信じられない力が、己の底から湧き上がっていた。普段なら三人掛かりでも動かせないはずの瓦礫が、ゆっくりと持ち上がっていく。デウスは歯を食いしばり、喉の奥で獣のような咆哮を上げた。
「おおおおお!」
一気に押し退けた。
轟音を立てて転がり落ちる巨岩。デウスは這い出し、四つん這いになって荒い呼吸を繰り返した。
周囲を見渡すが、明かりはすべて消え失せている。完全な暗黒。しかし、デウスの目には違った光景が見えていた。
(見える……)
暗闇のなかに、細い、光の糸のようなものが何本も伸びているのが見えた。
それは崩落を免れたわずかな隙間、空気の流れ、そして「出口」へと続く確かな道筋を示していた。頭のなかに直接流れ込んでくるこの超直感も、先程の声(デウスは「システム」と名付けた)がもたらした力なのだと、デウスは本能的に理解した。
頭上からは、依然として不気味な軋み音が聞こえる。この区画全体が完全に崩れ落ちるのも、時間の問題だった。
デウスは立ち上がった。足取りは驚くほど軽い。
足元に転がっていた鉄鶴嘴を拾い上げる。ずっしりとした重みがあったはずの道具が、今はまるで枯れ枝のように軽く感じられた。
光の糸が示す方向へと、デウスは走り出した。
崩落した瓦礫の隙間をすり抜け、狭い隙間に身を滑り込ませる。
背後で再び激しい崩落の音が響いた。かつて仲間だった者たちの気配はもうない。生きてこの地獄を抜け出せるのは、自分一人だけだという冷酷な事実が、胸を締め付けた。だが、足を止めるわけにはいかない。
「こっちだ」
超直感が、右の狭い坑道を示している。
しかし、その先は完全に崩落し、巨大な泥土の壁によって塞がれていた。普通なら行き止まりだ。絶望して立ち尽くすような局面。
だが、デウスの目には、その泥土の壁の最も脆弱な「点」が、赤く静かに脈動する光として見えていた。
「そこか」
デウスは鶴嘴を両手で構えた。
全身の筋肉が連動し、一本の美しい線を引くようにして振り下ろされる。
キィン!
鋭い金属音が響き、泥土の壁の中央に深々と刃先が突き刺さった。次の瞬間、まるでガラスが割れるように、巨大な土壁に無数の亀裂が走り、一気に崩れ落ちた。
壁の向こう側から、ひんやりとした風が吹き込んでくる。生存のための道が、そこに開かれた。
デウスは止まらずに駆け抜けた。
足裏に伝わる振動が激しさを増していく。炭鉱世界そのものが、彼を逃すまいと牙を剥いているかのようだった。天井から降ってくる小石が肩を打つが、強化された肉体はそれをものともしない。
走り続けてどのくらい経っただろうか。
やがて、光の糸の束が、一つの広い空間へと収束していくのが見えた。
そこは、通常の採掘作業では決して立ち入ることのない、未知の深部だった。
空間の中央には、周囲の岩盤とは明らかに異なる、奇妙な石造りの門が佇んでいた。門の内側は、澱んだ闇ではなく、見たこともない薄青い光の渦が静かに回転している。
「ゲート……」
デウスの口から、自然とその言葉が漏れた。
脳裏で、冷徹な声が再び響く。
――タスク《炭鉱からの脱出》をクリアしました――
――特典『早熟』を付与します。これより個体名『デウス』の成長効率は常人の数十倍となります――
――世界渡りゲートの接続を確立。転移を開始してください――
デウスは振り返った。
暗い坑道の奥からは、もう崩落の音すら聞こえない。ただ、重苦しい死の沈黙が支配している。あそこに戻っても、待っているのは奴隷としての死だけだ。
前を向く。薄青い光の渦が、彼の顔を静かに照らしていた。
デウスは迷うことなく、その光の中へと一歩を踏み出した。
全身が光に包まれ、重力から解放される感覚のなかで、彼の意識は新しい世界へと吸い込まれていった。
最新エピソード
天空の亀裂が消滅し、世界の理が修復された数日後。
精霊樹の郷は、かつてない熱気と歓声に包まれていた。閉鎖的で、人間の立ち入りを頑さに拒み続けてきたハイエルフの長老や住人たちが、こ
押し寄せる虚無の獣の群れに対し、デウスの踏み込みは一瞬の迷いもなかった。
大気を切り裂き、最前列の獣へと星辰剣を振り下ろす。だが、手応えが異様に軽かった。
キィィン
その穏やかな静寂は、突如として現れた世界の「染み」によって破られた。
大樹の根元に腰掛け、マキナからこの世界の文字を教わっていたデウスは、不意に弾かれたように立ち上がった。
蒸気と金属が放つ狂騒の咆哮が、一瞬にして遠のいた。
次にデウスの耳朶を打ったのは、ざわざわと優しく囁き交わす木の葉の擦れ合いだった。鼻腔を心地よくくすぐるのは、湿った黒土と、熟れ







