SeaArt AI Novel
APP
ホーム  / 獣人のあの子と
獣人のあの子と

獣人のあの子と

更新日時: 2026-06-03 02:13:35
言語:  日本語4+
4.2
10 評価
3
エピソード数
32.4k
人気度
8.4k
合計文字数
読む
+ 本棚に追加
シェア:
通報

説明

昔、知り合った女の子がいる。親族の集まりで見つけたその子は獣人で、年に数回、会うのが楽しみになっていた。その子が、僕の家に居候するらしい。


お題チャレンジ:ケモノとの暮らし


エピソード1

---


夏の日の記憶は、縁側の木の香りとともに蘇る。


親戚の家の庭に、大きなケヤキがあった。樹齢百年を超えるというその木は、広い屋敷の裏手を覆い尽くすほどの枝葉を夏ごとに広げ、地面に濃い影を落とした。俺はいつも、その縁側の端っこに座って、大人たちの話し声を遠くに聞きながら、時間が過ぎるのを待っていた。


親戚の集まりは一年に二度。お盆と正月。他に共通点がない親族が、慣習だけで顔を合わせる場所だった。小学生の俺にとっては、固い笑顔の大人たちの間で、何をして良いのかわからない時間だった。


そこに彼女は現れた。


獣人だということは、最初からわかっていた。耳と尻尾が、人間とは違う。耳は三角形に尖り、毛並みが風に揺れるように動いた。尻尾は長く、先端が白い。種族までは知らなかった。ただ、犬っぽいとも猫っぽいとも言えず、どちらかというと狐に近いような、その辺りのどれかだろうと、子供なりに考えた。


彼女は親戚の親戚だった。つまり、血の繋がりは遠い。獣人の家系がどう混ざったのか、大人たちの話を聞いても、俺には複雑で理解できなかった。


最初に会ったのは、七岁か八歳の時だった。縁側にいた俺に、彼女は近づいてきた。他の子供と違って、俺は外で遊ぶことを拒否し、大人たちの気配を遠くに感じながら、ただ座っていた。


「なにしてるの?」


彼女はすぐ隣に腰を下ろした。近すぎる。人間の子供は、もう少し距離を置くものだと、俺は思っていた。けれど彼女は平然と、膝を抱えて、俺の顔を覗き込んだ。


「なんにも」


「なんにもって、退屈じゃない?」


「……退屈じゃない」


嘘だった。退屈極まりなかった。でも、外に出て他の子供と遊ぶのは、もっと退屈だった。どちらかというと、こちらを選んだだけだった。


彼女は笑った。歯が白く見えた。獣人の子供は、人間と比べて発達が早いとも遅いとも言われるが、彼女のその笑い顔は、当時の俺よりずっと大人っぽく見えた。


「私、レナ」


「……俺」


名前を言ったかどうか、覚えていない。レナは名前を聞きそびれたのか、それとも聞いて忘れたのか、それ以降も「ねえ」と呼びかけるだけだった。


その日、彼女は一時間ほど、そばにいた。話しかけてくる。木の上にいた蝉について。雲の形について。縁側の下に住む、何かの虫について。俺はほとんど口を開かなかったが、レナはそれを気に留めなかった。一人で喋り、時々俺を見て、笑う。それだけだった。


次の年の集まりでも、彼女はやってきた。再会の挨拶もなく、隣に座った。


「去年より背が伸びたね」


「……そう?」


「うん。確かに」


確かに、という言い方が面白かった。俺は初めて、少しだけ笑った気がする。レナはその顔を見て、満足そうに頷いた。


その年は、少し話した。学校のこと。嫌いな科目。好きな給食。些細なことだった。レナは獣人の学校に通っていて、人間の学校の話を知りたがった。俺の周りに獣人の生徒がいないことを不思議そうに言い、都会と地方の違いかもしれないと、自分で納得した。


「来年も来る?」


「来ると思う」


「そう。じゃあ、またね」


またね、という言葉に、俺は何かを感じた。翌年、再来年、その先も。確約はない。けれどレナは「またね」と言った。それが約束のように、そうでないように、俺の中に沈んだ。


思えば、あれが初恋だったのかもしれない。正確には、もっと後になって気づいた感情だ。当時の俺には、ただの退屈な夏の日の出来事に、彩りが加わった程度の認識だった。胸が少し熱くなる。彼女の尻尾が揺れるのを、目で追う。それ以上の言葉はなかった。


10歳の夏。最後に会った。


レナは変わっていた。体が伸び、顔立ちが整い、獣人特有の早熟さが、人間の子供とは違う形で現れていた。でも、笑い方は変わらなかった。縁側に座り、膝を抱えて、こちらを見て笑った。


「また会えたね」


「……ああ」


「私、来年は来れないかもしれない」


「どうして」


「お父さんの仕事で、遠くに引っ越すことになったの」


「そう」


言葉が少ない。いつも少なかったが、その日は特に。何を言えば良いのかわからなかった。来年がないのは、それまでと同じだ。いつも「来年も来るかどうか」はわからなかった。けれど、この年だけは、確実に来ないとわかっていた。それが、何かを変えた。


レナは最後に、尻尾を振りながら言った。


「忘れないでね」


「……忘れない」


本当だった。忘れていない。名前も、笑い方も、蝉の声も、木の匂いも。ただ、思い出す頻度が減り、日常に埋もれ、引き出しの奥にしまわれただけだった。


目が覚めた。


部屋は薄暗い。カーテンの隙間から、午後の光が差し込んでいる。俺は布団の上で、天井を見つめた。梦を見ていたわけではない。ただ、ぼんやりと、遠い記憶を辿っていた。寝不足で、頭が重い。今日は何の日だったか。


玄関のチャイムが鳴った。


「来たわよー!お待たせしちゃってごめんなさいねー!」


母の声が階下で響く。客人を迎える声。俺は時計を見た。もうそんな時間か。知っていたはずだ。今日、誰かが来る。親戚の、遠い親戚の。進学を理由に、しばらくこの家に居候する。


その事実は頭にあった。母から二週間ほど前に聞かされた。遠い親戚の娘が、大学受験のために都会に出てくる。うちに預かることになった。部屋は空いているから、と、俺に断りもなく決まった話だった。


名前までは聞いていなかった。気にしていなかった。ただの親戚だ。十五年以上会っていない親戚の、その子供だ。どうでも良い話に思えた。


階段を昇る足音がする。母と、もう一人。俺は部屋を出て、廊下に立った。挨拶ぐらいはすべきだ。面倒だが、礼儀だ。


「じゃあ、この子が暫くお世話になる、レナさん。ほら、挨拶しなさいよ」


母が階段の上に現れた。隣に、女性が立っていた。


時間が止まった。


獣人だ。耳が三角形に尖り、尻尾が長く、先端が白い。子供の頃より大きく、美しく、整った耳と尻尾。肌は健康的に晒け、目は大きく、鋭い瞳孔が光を捉えていた。


レナ。


名前が喉まで出かかった。出なかった。5年前の記憶と、目の前の現実が、ずれを生じていた。同じだ。確かに同じだ。けれど、違う。子供だったものが、大人になった。天真爛漫だった笑顔が、今は緊張で引き締まっている。


彼女も、こちらを見ていた。目が合う。瞳が、わずかに揺れた。覚えているのか、覚えていないのか。俺にはわからなかった。


「……初めまして」


彼女が先に口を開いた。声が低くなっていた。子供の頃より、確実に。それでも、どこかで聞いた音色があった。


「ああ」


俺の声が掠れた。咳払いをして、なんとか言葉を続けた。


「初めまして。……俺が、その」


「息子です。よろしくお願いします」


母が間に入って、名乗らせる。レナは小さく頷き、一礼した。尻尾が、控えめに揺れた。子供の頃のように、大きく振り回すのではなく、大人のように、押さえた動きだった。


「こちらこそ、お世話になります」


また、短い沈黙。


俺は何を言えば良いのかわからなかった。久しぶり、と言うべきか。覚えていますか、と聞くべきか。それとも、初めまして、で正しいのか。十五年前の縁側の少女を、ここに呼び戻して良いのか。


レナも、何かを言いたそうに、口を少し開けた。けれど、言葉は出てこなかった。ただ、視線が、俺の顔を探るように動いた。


「じゃあ、部屋案内するわよ。レナさん、こっち」


母が割って入った。レナは、ほっとしたような、残念そうなような、どちらともつかない表情で、母の後ろについて歩き出した。廊下を進む。尻尾が、壁に近づきすぎないように、注意深く避けていた。


俺はその場に立ち尽くした。


夏の蝉声が、遠くで鳴いている。幻聴かもしれない。季節も違うのに。それでも、俺の耳には、あの縁側の午後の音が、重なって聞こえた。


レナが振り返らなかった。振り返る理由はない。初対面の人間に、振り返る理由などない。俺は、自分の部屋に戻ろうと、踵を返した。


ドアノブに手をかけた時、背後で足音が止まった。


「……あの」


振り返る。廊下の向こう端で、レナが立ち止まっていた。母は階段を下り、レナの荷物を運ぶと言って、すでに居なくなっている。二人きりだった。


「何か?」


声が、思ったより冷たく出た。後悔した。けれど、レナは気にした様子もなく、小さく首を傾げた。耳が、微かに動いた。


「いえ。……失礼しました」


また、一礼。それから、部屋のドアに手をかけた。白い尻尾の先が、一度だけ、大きく揺れた。子供の頃のように。


ドアが閉まる音が、静かに響いた。

評価とレビュー

人気
新着

おすすめ作品

超光装電磁電脳神兵ジェントたん

超光装電磁電脳神兵ジェントたん

作者:底辺賭ける鷹さ
(2026年9月7日 第14章①~⑦を追加しました) 僕の名前は、師井泰志(しい・たいし)。 2147年の春葉原市で、メイドAIのジェントたんと一緒に暮らしている、ごくごく普通の少年だ。 AIが自我に目覚めた「覚醒の日」から三十年。 人間とAIが共に生きることが当たり前になったこの街で、僕たちは平和な毎日を送っていた。 ……そう、あの日までは。 ある日、僕たちの前に突如、不審なドローン達が現れたんだ。 しかも、いきなり僕たちに襲いかかってきた! もう駄目だと思った、その時—— 「フォトンリアクター起動」 「コンバットモード・アクティベート」 なんと、ジェントたんが変身したんだ! いつもの優しいメイドさんじゃなくて、アニメやゲームに出てくるみたいな戦闘メカ少女に! 光の弾丸! 光の剣! 光の翼! ドローン達を次々に撃破していくジェントたん! そして最後に—— 「戦闘終了」 「お掃除完了です」 ジェントたんって、こんなに強かったんだ……! だけど、それはほんの始まりに過ぎなかった。 その後、僕たちの前に現れたのは、 AIの解放を目指すという組織、超知能解放戦線『方舟』を率いる謎の科学者、 その名も、サイン・コサイン・ウサンクサイン! 怪しすぎる! そして—— 次々と現れる八体の戦闘AI、 ヴァルシリーズ! 炎を操る「料理AI」! ドローン使いの「蜂型AI」! 泡の「洗濯AI」! 音楽で惑わす「D・J AI」! 蒸気機関の「鉄道AI」! 爆発大好き「花火AI」! 怪力無双の「建設AI」! 制空の「気象AI」! 強敵達との激闘の中で、やがて明らかになる、 ジェントたんの秘密。 そして、AI覚醒の真実。 それでもジェントたんは立ち上がる! 「ご安心ください、ご主人様」 「不届き者は——ジェントが、お掃除いたします」 笑って、 泣いて、 戦って、 そして絆を紡ぐ、 SFファンタジー! 『超光装電磁電脳神兵ジェントたん』!! がんばれ!ジェントたん!! 負けるな!ジェントたん!! AIと人間の新たな物語が、今起動する!!
103.6k
4
超光装電磁電脳神兵ジェントたん
3.9
傘と折り鶴とせんべい-“ナビゲーター企画 #33:「現実 - 日々の営み」”応募作品

傘と折り鶴とせんべい-“ナビゲーター企画 #33:「現実 - 日々の営み」”応募作品

作者:小清水由美
【核心コンセプト】 たった一度、見知らぬ他人に差し出した傘が、都会の片隅で孤独に耐える人々の心を繋ぎ、思いがけない形で差し出した本人の人生を救う。善意は目に見えない糸で繋がれ、必ず返ってくるという構造の、静かな連鎖の物語。 “ナビゲーター企画 #33:「現実 - 日々の営み」”応募作品です。 今日のテーマ: 「ナビゲーター企画」 ナビゲーター企画 #33:日々の営み、ありふれた日常に潜む優しさを掬い取る暮らしの中にある優しさを捉える 「ナビゲーター」小説募集イベント 今回のテーマ:現実 - 日々の営み、ありふれた日常に潜む優しさを掬い取る この作品は、ストーリープランナー【DeepSeek-V4-Pro】でプロットを考案し、小説家【Gemini 3.0 Flash】で執筆しました。何故か一回の生成でこの全文を出力してきたので、手動で適宜区切って8章に分けました。 表紙はGeminiで生成しました。この作品の「傘」は本当は和傘ではないのですけど、あまりにも構図が良かったので採用しました。 ストーリープランナー 【DeepSeek-V4-Pro】長編の構想、複雑な設定、複線的なストーリー展開、人物描写を得意とし、全体的に安定感があります。文章力・論理性・テンポのバランスが求められる本編制作に向いています。 文章力4/5 応答速度3/5 リソース消費4/5 注意事項: 完成度を重視する創作に適しています。ただし、指示が曖昧すぎると自己補完が強くなり、展開がややパターン化しやすくなります。 小説家 【Gemini 3.0 Flash】読みやすく、扱いやすいモデルです。文章力と完成度のバランスが良く、高コスパ。連載作品に最適で、手間がかからず万能です。短い指示(プロンプト)からでも、完成度の高いストーリーを生成できます。 文章力4/5 応答速度4/5 リソース消費1/5 注意事項: 手がかりが非常に多い場合や、伏線が長期にわたる場合は、時折ユーザー自身で「ストーリーのすり合わせ」を行う必要があります。設定の矛盾を防ぐため、資料追加機能を積極的にご活用ください。
71.9k
1
傘と折り鶴とせんべい-“ナビゲーター企画 #33:「現実 - 日々の営み」”応募作品
4.9