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愚かな人間どもよーっの青春

愚かな人間どもよーっの青春

更新日時: 2026-07-13 01:52:31
言語:  日本語12+
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説明

意外な奴の片思いが1章で劇的な変化を迎える!


そしてラルスの学校へ舞台は移る。


エピソード1

 蝉の声が、頭上から容赦なく降り注いでいる。

 境内を囲む木々の葉は、深く濃い緑に染まり、湿った熱気をはらんで微動だにしない。石畳からは陽炎が立ち上り、視界をわずかに歪めている。水神神社の長い石段を掃き清める手は、とっくに止まっていた。竹箒の柄を握る手のひらに、じんわりと汗が滲む。

 拝殿の軒下、日陰になった縁側に、だらしなく身を寄せている者たちがいた。


 ヴァーレンス王国へ移民してきた元冒険者の面々と、どこからか嗅ぎつけて合流した面々。
 この平和すぎる国での暮らしは、退屈という名の平穏に満ちている。やることがない。冒険者ギルドに行っても、あるのは農作業の手伝いや下水道の掃除ばかり。かつて戦場を駆け巡った身体には、この夏の午後はあまりにも手持ち無沙汰だった。


「着て動いてるだけでダイエットになるっていうね。鎧」

 縁側の端では、黒い甲冑を着たまま暑そうにしているフレデリックが、木陰のわずかな風を求めて首元を緩めている。その隣で、銀髪のアンが熱心にうちわを動かし、水色の髪を揺らすユーナは冷たい麦茶のグラスを両手で包んでいた。

 巫女装束を小さく着崩した蒼依は、畳の上に大の字になって寝転がり、畳の冷たさを背中で貪っている。少し離れたところで、銀白の短い髪を揺らしたガートルードが、不思議な形をしたクリスタルを指先で弄んでいた。


 そして、黒い翼を背中に休ませたブラックヴァルキリー・カーラ。この猛暑の中だというのに、どこから調達してきたのか、甘辛いタレの匂いを漂わせる焼き鳥の串を、黙々と口に運んでいる。

「……暑い。死ぬ。水鏡の姉さん、氷出して、氷」

 蒼依が畳に頬を押し付けたまま、湿った声を絞り出した。

「うちは氷室じゃないわよ。ほら、そこにある冷水器の水を飲みなさい」

竹箒を立てかけ、額の汗を拭いながら応じる。
 神社の主ではなく、半分バイト感覚(あくまで本人の感覚)で竜神である水鏡冬華は、この程度の暑さで参ることはない。しかし、だらけきった連中の姿を見ているだけで、精神的な疲労が溜まっていく感覚があった。


 その時。
 境内の隅、古びた賽銭箱の影で、小さな動きがあった。


 二匹の猫。
 一匹は茶トラ、もう一匹は艶やかな黒猫。
 日陰の涼しい風が通る場所で、仲睦まじく寄り添っている。茶トラが黒猫の耳の後ろを、丁寧に、優しく舐め始めた。黒猫は気持ち良さそうに目を細め、喉をごロゴロと鳴らしている。お互いの毛並みを整え合うその様子は、絵に描いたような平穏そのものだった。


 だが、その平穏は、一匹の闖入者によって破られる。


 本殿の裏手から、のっしのっしと歩いてくる影があった。
 背中を丸め、どこか得意げに尾を立てているのは、三毛猫。その口には、丸々と太った野ネズミが咥えられていた。
 今日の獲物。愛する者に捧げるための、最高の贈り物。
 三毛猫は軽い足取りで賽銭箱の影へと近づいていく。足音が消える。日陰に入り、お目当ての相手を呼ぼうと、口を開きかけたその瞬間。


 三毛猫の動きが、完全に凍りついた。


 視線の先には、黒猫の首筋を熱心に毛づくろいしている茶トラの姿。そして、それを受け入れている黒猫の、うっとりとした表情。
 三毛猫の丸い目が見開かれる。瞳孔が限界まで広がり、耳が完全に後ろへ伏せられた。
 あ、と声にならない驚愕が、その小さな身体全体から放射される。


 ぽとり。


 咥えていた野ネズミが、石畳の上に落ちた。
 気絶しかけていたネズミは、地面の衝撃で我に返る。目の前にいる捕食者が自分を無視して硬直しているのを察知すると、千載一遇の好機とばかりに、短い足を狂ったように動かした。

 チュッチュ、チュチュ

 と悲鳴のような鳴き声を上げながら、一目散に床下の隙間へと逃げ込んでいく。


 しかし、三毛猫はネズミなど完全にスルーしていた。
 その視線は、浮気現場の一点に釘付けになっている。あまりの衝撃に足が震え、腰が引け、世界が崩壊したかのような絶望の表情。

 猫の恋心は完全に砕けた。

「ふっ、まさかサスペンス劇場をネコで見ることになるとは思わなかったわ」

 水鏡冬華が、ほうきを持ったまま、半眼でその光景を見やる。声には隠しきれない呆れと、わずかな娯楽の響きが混ざっていた。

 その言葉を合図に、だらけていた縁側の空気が一変する。

「おや、これはまた……修羅場だな」

 フレデリックが、面白そうに片眉を上げた。腰の元素破壊の剣には手をかけず、ただ猫たちの三角関係を眺めている。その緑の瞳には、かつての戦場で見せたような鋭さはなく、ただ退屈を紛らわすための格好の玩具を見つけた悪戯小僧のような光輝があった。

「あーあ。せっかくのプレゼントだったのにねえ。あのネズミ、結構美味そうに肥えてたぞ」

 ブラックヴァルキリー・カーラが、焼き鳥のねぎまを一本引き抜きながら、冷淡な口調で呟いた。タレのついた口元を指先で拭い、三毛猫の絶望をどこか他人事のように楽しんでいる。

「いや、問題はそこじゃないでしょ!」

 アン=ローレンが身を乗り出した。銀髪が陽光を浴びてキラリと光る。

「あの三毛猫の顔を見てよ。完全に信じてた相手に裏切られた顔だよ。これは戦術的に言えば、背後から無防備なところを奇襲されたのと同じ。精神的ダメージは計り知れないね」

 剣士らしい、しかし方向性のズレた分析。アンはうちわで自分の顔を煽りながら、同情と興味が半々に混ざった視線を送る。

「……かわいそうに」

 ガートルードが、弄んでいたクリスタルを膝の上に置き、胸元に手を当てた。マゼンタの瞳が、悲哀に満ちた三毛猫の姿を捉えている。

「あのショックは、回復魔法(ヒール)じゃ治せないよ。心の傷は、魔力じゃ塞がらないもの。誰か、あの子を撫でてあげないと……あ、でも今は近づかない方がいいかな。プライドがあるだろうし」


 真剣に悩む彼女の横で、ユーナの視線は急速に冷え切っていった。
 ユーナは手に持っていた麦茶のグラスを、ことり、と縁側の床に置く。その紺色の瞳が、ゆっくりとフレデリックへと向けられた。

「……ねえ、フレデリック」

「ん? なんだい、ユーナ。オレに何か用かな?」

 爽やかな笑みを浮かべるフレデリック。だが、ユーナの眼差しには、冷たい氷の魔法が宿っているかのような温度の低さがあった。

「男の人って、やっぱりあんな風に、ちょっと目を離した隙に他の女の人に手を出したりするわけ?」

「おいおい、主語がおっきーよ~~! 大きいよ! それに、オレはあんなに軽率じゃないさ。やるならもっと見つからないように……おっと、冗談だよ」

「冗談になってない!  だからあなたはいつもナンパばかりして!  あの三毛猫の気持ちが、あなたに分かる!?  信じてたのに、裏切られて、お土産まで用意してたのに!」

 ユーナの怒りの矛先が完全にフレデリックに向かう。
 フレデリックは両手を上げて降参のポーズを取るが、その表情には反省の色が薄い。むしろ、いつもの痴話喧嘩を楽しんでいる節すらあった。

 その様子を見て、畳の上の蒼依がニヤニヤと笑いながら身を起こす。


「ひゅーひゅー。真夏の太陽の下でやってるねえ。フレッド、あんた今度やらかしたら、あの三毛猫みたいに世界が終わった顔する番だよ。うちが呪禁道で、あんたの股間をカチコチに凍らせてあげようか?」

「勘弁してくれ、蒼依。オレの滅炎剣でも溶かせない氷は困る」

「あはは! 蒼依、それいい! やっちゃえ!」

 アンが手を叩いて笑う。
 ガートルードは、そんなやり取りを見ながら、おろおろと手を振っていた。

「みんな、喧嘩はよくないよ……。ほら、猫たちも見てるし」

 実際、賽銭箱の影のドラマは、人間たちの騒ぎを余所に進行していた。


 三毛猫は、ついにその場にへたり込んだ。
 落としたネズミがどこへ行ったかも気にせず、ただじっと、こちらに気づいて気まずそうに毛づくろいを止めた茶トラと黒猫を見つめている。
 茶トラは、ばつが悪そうにそっぽを向き、黒猫は

「何か問題でも?」

 とばかりに首を傾げて、自分の前足を舐め始めた。

「女の方が図太いのは、どの世界も同じね」

 水鏡冬華が、箒の先で地面の落ち葉を一つ、掃き寄せながら呟いた。

「幕末の時もそうだったわ。男たちが大義名分だの何だので血を流している裏で、女たちはしれっと生活を立て直して、次の男を見つけてた。強かじゃないと生き残れないのは、人間も猫も変わらないわよ」

「水鏡の姉さん、たまに重い歴史をぶち込んでくるのやめて。暑さが倍増するから!」

 天馬蒼依が再び畳に突っ伏した。

「でもさあ、あのアホ面の三毛猫、誰かに似てない?」

「誰に?」

 ユーナが訊ねる。

「ほら、うちの近所にいる、あの……自称エリート。女は自分におっぱい押し付ければすぐ骨抜きになるって信じ切ってて、ミハエルに同じことやってスルーされた女の子と同じ匂いがする」

「……ああ、あの時の」

 冬華が思い出したように目を細めた。
 この間、街中で遭遇した、生意気な優等生の女子学生。男を支配できると思い込み、ミハエルに迫って完膚なきまでに無視された、あの滑稽な姿。


「身の程を知らない挑戦は、時にあのような無惨な結末を迎える。猫も人間も、己の武器を過信しすぎだな」

 ブラックヴァルキリー・カーラが焼き鳥の最後の肉を噛みちぎり、串をゴミ箱に投げ入れた。

「だが、あのネズミを逃したのは失策だ。戦士として、獲物を前にして私情に囚われるなど、あってはならない。私なら、あの茶トラの首を撥ねてから、ゆっくりとネズミを食す」

「カーラさん、それはさすがにバイオレンスすぎるよ……」

 ガートルードが引きつった笑みを浮かべる。

「でも、本当にどうするんだろうね、あの子」

 一同の視線が、再び三毛猫に集まる。
 三毛猫は、ゆっくりと立ち上がった。
 そして、悲しげに「にゃあ」と弱々しい声を一つ残し、踵を返して茂みの中へと消えていった。その背中は、夏の強い日差しの下で、妙に小さく見えた。

 残された茶トラと黒猫は、何事もなかったかのように、再び寄り添って日陰の涼を楽しんでいる。



「……終わったわね、第一幕」

 水鏡冬華が箒を立て直し、再び砂利を掃き始めた。
 シャッ、シャッ、

 という規則正しい音が、境内に響き渡る。

「まったく、こんな暑い日に、余計な熱気を見せつけられたわ。ねえ、そこのナンパ騎士」

「ん?  なに?」

 フレデリックが、とぼけた顔で自分を指さす。

「あんたも、あんまり浮ついた真似ばかりしてると、いつかあの三毛猫みたいに、大事なものを全部落とすことになるわよ。ユーナの魔法は、氷だけじゃないんだから」

「肝に銘じておくよ。オレはいつだって、目の前の美しい女性に対して誠実さ」

 そう言って、フレデリックはユーナにウィンクを送る。
 ユーナは顔を真っ赤にして、「もう知らない!」と、グラスに残った冷水を一気に飲み干した。

 蒼依がゲラゲラと笑い、アンがそれを囃し立てる。
 ガートルードは、そんな二人を優しく見守り、カーラは次の食べ物を探して懐を探っている。

 風鈴の音が、チリンと乾いた音を立てて揺れた。
 ヴァーレンスの夏は、まだまだ始まったばかりだった。

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