説明
※内容を刷新中!
白石梨莉華は19歳の女の子。ルックス、スタイルが彼女の日常をより彩り豊かにしてゆきます。ただ、彼女はちょっぴり天然で、独特な趣味嗜好や思考を持った女の子でありました。そんな彼女のちょっとエッチ⁉️な日常を豊かに掘り下げてゆきます。
エピソード1
第一話 その肩、すこし冷えますよ
Tシャツ一枚で十分だった島の朝と、この都会の朝は、ぜんぜん温度の質が違う。
白石梨莉華は、そう思いながらホームのベンチに座った。座ると、ヒヤリという冷気が太ももの裏から這い上がってくる。コンクリートの冷たさではなく、コンクリートが遠くから空気を冷やして、その冷えた空気がじかに肌に触る感触。島の朝はもっと湿っていた。むん、とした熱気がもう夜明けから立ちこめて、目を開けた瞬間から汗ばむくらいだった。
ここは都会だ。ビルとビルの隙間を川のように空気が流れている。冬と呼ぶにはあたたかいけれど、彼女の感覚では「寒い。異常に寒い」。
けれど、梨莉華の思考は一秒も迷わなかった。
「……暑いなあ」
ひとりごとを漏らし、セーターの襟ぐりを両手で引っ張ってパタパタと仰いだ。
周囲の乗客がちら、とこちらを見る。それに気づかず、梨莉華はそのまま電車の到着案内を見上げる。あと五分。五分あれば、眠気を蒸発させられる。
肩が、すう、と冷える。今日のセーターは肩を大きく出したデザインのものだ。鎖骨が全部出て、肩先から二の腕にかけて、なにもかもが開いている。
梨莉華はセーターというものを、基本的に「首と胸が出ていればセーター」だと思っている。七分袖の、ヘソだしの、襟ぐりがざっくり開いた。それらをぜんぶセーターと呼ぶ。島の気候で培われた服装思考は、南国仕様のまま、この春、東京に引っ越してきた。
夢は、自分の喫茶店を持つこと。
そのためには貯金が必要で、そのためにはまずこの電車に乗って、四か月目の喫茶店で今日も一生懸命働かなければならない。梨莉華はこぶしをぎゅっとして、自分の小さな決意を胸の前で握りしめた。こぶしを握るたび、大きな胸がセーターの薄い布の下で、重力に従ってゆっくり揺れる。彼女はそれをまったく意識していない。
ホームに、電車が滑り込んできた。
先頭車両のヘッドライトが朝の光の中に白く浮いて、ブレーキの音がキー、と耳障りに響く。ドアが開くと、吐き出すように人が出ていく。梨莉華は、ドアのそばに立って、降りる人が終わるのを待った。島の駅にはドアなんてなかったから、この「降りる人を待つ」という都会の習慣だけは、最初はびっくりした。みんな、そんなに急いでどこへ行くんだろう。
降りる人が途絶えた。
梨莉華は、ぽす、と車内に踏み込んだ。とたんに、空気が変わった。冷房の効いた車内の匂い。人の匂い。整髪料と柔軟剤と、目を覚ましたばかりの体温が混ざり合う。
発車のチャイムが鳴り、ドアが閉まる。
緩やかな加速。つり革が、うわ、と一斉に揺れて、梨莉華はバランスをとるように、手すりへ手を伸ばした。手すりは冷たい。停電みたいに冷えている。指先がその金属を握ったとき、背中のほうがちくり、とした。
視線。
梨莉華は、それを「視線」だと自覚しなかった。なんとなく、背中がむずむずするな、という程度だった。
前方の吊り広告は、エステのチラシだった。「本格痩身コース 初回体験三〇〇〇円」という文字の下に、下着姿の女性が微笑んでいる。梨莉華はそれを見て、「へえ、この人、きれいだなあ」と思う。自分にべつに興味はない。
でも、周りの人は梨莉華に、興味があった。
右のつり革につかまる会社員の男性は、彼女の肩から鎖骨へ、鎖骨から胸の谷間へ、視線を這わせ、そして慌てて窓の外に向けた。窓には、その会社員の顔が映っている。彼のネクタイは真っ直ぐに締められているのに、首だけが少し赤い。
左の席に座っていたスーツの女性は、梨莉華の全身を見てから、自分のスカートのすそを直した。丈、くるぶしまで。あれからひと回りもふた回りも布が多い。
梨莉華は、なにも気づいていない。
「……つぎ、日暮里でございます」
アナウンスが聞こえて、梨莉華は顔を上げた。あと三駅で降りる。ちょうどいい。彼女は、手すりにつかまったまま、首をひねって車内の様子を見た。満員とまではいかないけれど、立っている人がけっこういる。
梨莉華は、しばらくして、あることに気づいた。
自分が立っている真横の席で、大学生くらいの男の子が、ずっとおなかのあたりを触りながら、なにかもごもごと言っている。
「……あの、すみません」
梨莉華は、首をかしげた。
「なんですか?」
男の子は、う、と言葉を飲み込んだ。顔が、おかしいくらい赤い。きゅうり色のトレーナーを着ているのに、頭はトマトみたいに真っ赤。梨莉華は、その色のちぐはぐさがおかしくて、くすっと笑った。
「わ、笑わないでください」
「ごめんなさい。なんとなく」
「……その、あの。寒くないですか?」
「寒いです」
梨莉華は、とくに迷わず言った。男の子は目を見開いた。
「じゃあ、なんで……その、ネックウォーマー……というか、なんでそんな服を」
「へ? これセーターですよ」
「セーター?」
「はい。肩出しセーター。冬も夏も、これがないと生きていけないんです。島育ちなんで、もう。暑がりなんですよ。異常なくらいです。自分でも、変だとは思うんですけど、ここにじーっと布があると、どうしても」
梨莉華は、自分の胸のすぐ下あたりを両手で指した。
「むれちゃうというか、死んじゃうというか」
男の子は、言葉を失った。口をぱくぱくさせている。
「そうだ」
梨莉華はうれしそうに、スカートめいたショートパンツのポケットから、缶入りのミルクキャンディを取り出した。
「キャンディどうぞ。島のじいちゃんが送ってくれたんですけど、甘くて食べると元気になるやつです」
「いや、知らない人からもらうのはちょっと……」
「私も知らない人ですけど、おなかがすいてるのかなって思って。なんか、ずっと触ってたから」
男の子は、がく、と音がするんじゃないかと思うくらい項垂れた。
「あの……それ、自分のじゃないですから。痴漢と間違えてほしくないというか、予防線というか」
「チカン? チカンってなに? 島では聞いたことなかったです」
男の子は、もはやなにも言えなかった。梨莉華は、自分の財布の中身を想像しながら、あと何日分のキャンディがあるか数えていた。横の男の子は、きゅうり色のトレーナーの中で、小さな体温を帯びて黙っている。
電車がカーブに差し掛かって、からだ全体が右に傾く。梨莉華は、手すりを握っていた左手を離して、今度は吊り革に持ち替えようとした。その拍子に、とく、と、男の子の肩が梨莉華の胸に当たった。接触の瞬間、男の子は背中をびくりと大きく震わせて、電車の揺れじゃない、明らかに彼の意思で、隣の席との距離を取った。
梨莉華は、ぽかん、と考えた。
(この人、なんで急に背中をピンっとしてるんだろう)
電車は、次の駅で止まる。ドアが開いて、また人が流れ込む。梨莉華は、一歩後ろに下がり、新しく乗ってきた人たちのために道を開ける。すると、後ろの席に座っていた、七〇代くらいの女性が、梨莉華の袖をつまんで、こう言った。
「あんた、寒そうだねえ」
梨莉華は振り返って、にこっと笑った。
まだまだ最寄りの駅までは。
最新エピソード
第十六話 電話と、夏の風
午後九時五十八分。リビングの蛍光灯は、あと二度点滅してから落ち着く。
白石梨莉華はソファにうずくまり
第十五話 朝の刺繍
朝の光が、九色堂の窓を磨いていく。
開店までまだ四十分。店の中は、昨日の夜に閉めた空気のまま、しんとしてい
第十四話 不毛な論争に終止符を打たれる
四月のある朝。
『白石梨莉華の彩り豊か❓な日常』スレッドに、最初の書き込みが落ちていた
第十三話 身体測定は、花見のつづき
四月の陽だまりが、九色堂の硝子戸を抜けてカウンターの隅に落ちていた。開け放たれた換気扇が、桜の香りを薄く運んでくる。







