Avalon - the Cyber Gurdian -
説明
アバロンは25歳の白人女性。サイバー庁の特別捜査官。通称「サイバーガーディアン」。この世界を支える巨大なネットワークに接続されたコンピューターシステムにうごめくハッカーたちを発見し無力化させるのが任務だ。サイボーグ手術を受け銀色に輝くサイバースーツを身にまとうことで、ネットの海にダイブし、直接彼らと対峙する。次々と戦績を上げていくアバロンだったが、身体に変調が起き・・・
エピソード1
白い廊下を歩くアバロンの靴音が、清潔な床に小さく響いた。壁には青いラインが走り、端末の待ち受け画面で見慣れたアイコンが淡く光っている。今日こそ、彼女は自分のからだを半分まで機械に預ける日だった。
受付を済ませ、カルテにサインするペンは妙に軽く、まるで自分の意志が紙に吸い込まれていくみたいだった。着替え室でこれまで制服を脱ぎ、新しい制服ーサイバースーツーを着て鏡に映る自分を見た。胸のあたりが高鳴っているのは、恐れではなく期待だとわかっていた。今日から世界を守る壁になる。ネットの暗礁を潜り抜け、市民のデータを暗躍する犯罪者の手から守る、生きた防火壁。
「アバロンさん、準備はよろしいですか?」
若い医師がノックもせずに入ってきた。白いマスクをあごにかけ、名前を読み上げる声は事務的で、それが却っていい。感情を挟まれないぶん、緊張が増すこともない。
「はい。もう、我慢できないくらいです」
アバロンは笑ってみせた。唇の端がわずかに震えるのは、冷房のせいにしておこう。
アバロンは25歳の白人女性である。金色の髪と蒼い瞳。内気で見た目は化粧っけもなく、おしゃれにも興味のないごく地味である。高校までは東欧の小さな国で育ったが、戦争のため祖国を離れた。卓越した数学の能力があったアバロンは、奨学金を得て日本でコンピュータサイエンスを学んだ。コンピューターセキュリティに興味のあった彼女は、サイバー庁の捜査官、通称サイバーガーディアンとして採用された。この世界を支える巨大なネットワークに接続されたコンピューターシステム。そこにうごめくハッカーたちを発見し無力化させるのが任務だ。
サイバーガーディアンには、特別なプログラムが用意されていた。捜査官の脳とコンピューターを直接つなぐことでより迅速に、より確実に、そしてより強力に任務を果たす、特別捜査官の制度だ。アバロンはそのプログラムを知り、躊躇なく応募した。自分の持つ能力を正義のために最大限に生かしたいとが得たからだ。もちろん、誰でもがなれる制度ではない。候補者は、サイバーセキュリティの知識だけでなく、冷静な判断力、確実な決断力、そしてなによりも強靭な精神力が求められた。そのための厳しい訓練が行われ、ある者は脱落し、あるものは辞退していった。そしてアバロンだけが最終試験にパスしたのだ。
特別捜査官には脳内にバイオチップが埋められる。これは脳内のシナプスと直接接続し、一方で末梢神経を通じてコンピュータネットワークに接続される。そのほかにも、脳の処理能力や記憶能力を増大させるユニットや認証用のデバイスも埋め込まれるのだ。ただし、これらはサイバーガーディアンのうち特別捜査官の制服であるサイバースーツを介してしか動作しない。これを着用していないときはこれらの機能はオフになり、通常の生活ができるようになっている。
サイバースーツはアバロンの脳に埋め込まれたチップとコンピュータを接続するインターフェースの機能を持っており、これを着ることでコンピュータネットワークの海にダイブする、いわばダイビング用のウエットスーツのようなものだ。ウエットスーツと大きくの違うのはその素材だった。アバロンは裸になりその白い肌にホログラフィックシルバーに輝くサイバースーツを着用した。それは薄い特殊な生地でできており、全身をぴっちりと覆うものだった。彼女の体の線がはっきり見える。手術中にも動作確認が必要なため、通常の手術着ではなく、サイバースーツを着ることを求められていた。
手術室は思ったより小さかった。真ん中に据えられたベッドは体操の馬のように細く、頭部だけが大きなクレードルで固定される形になっている。天井の無影灯が六枚の羽を広げ、まだスイッチが入っていないのに肌を刺す。壁際のモニターが無言で心拍を待ち、工具を収めた銀のトレーがきらりと光る。消毒臭が鼻を衝き、金属の匂いがその裏にかすかに潜んでいる。
「仰向けになってください。頭をのせたら、動かないで」
看護師の手が肩に触れる。優しいが、逃れようのない力だった。アバロンは言われるままに体を預け、背中に走る小さな震えを隠すことにした。ベッドは冷たく、まるで巨大な氷に載せられた気分だ。手首に血圧カフが巻かれ、指先にセンサーがはめられる。ピッという電子音がして、モニターに緑の数字が浮かんだ。脈が速い。当たり前だ。
「全身の力を抜いて。意識はあるけど、痛みは感じません。局所麻酔プラス鎮静剤ですから、ただの歯医者さんより楽ですよ」
麻酔科の医師がマスクを持ち、にこやかに言った。アバロンは軽く頷いた。歯医者なんて十五年以上行っていない。虫歯の一つもない。親譲りの丈夫な歯と、親のない才能。だからこそ今日がある。
透明な液体が腕の血管に流れ込む。ぬるりとした感触が肘の内側を這い上がり、胸に達したとたん、世界がわずかにゆるんだ。天井の照明が二重に見え、すぐにまた一つに戻る。心拍は変わらず速いが、鼓動の質が柔らかくなった。まるで高い所から落ちる夢を見ながら、布団に包まれているような、不思議な浮遊感。
「では、頭皮に麻酔を打ちます。少しズキッとします」
耳の上に針が刺さる。チクッ、と熱が弾け、すぐに皮膚の感覚がぼやける。アバロンは目を閉じた。暗闇の中で、自分の呼吸が白い霧のように広がる。吸う、吐く。もうすぐだ。
頭部に機械が降りてきた。円形のバーが額と後頭部に当てられ、レンチで固定される音が響く。ガチガチ、という金属と金属の噛み合う響きが、頭骨に直接振動を伝えた。恐れはなかった。これが城門の扉なのだと思った。自分の身体という城に、新しい砦を築くための扉。
「では、開けます。ブーンという音が聞こえますが、それはドリルじゃありません。超音波のメスです。骨を削る音ですから、耳をふさいでいてください」
医師の声が遠くなった。アバロンは小さく頷いた。両手はすでにベルトで固定されていた。シーツの上で指を曲げ、伸ばし、また曲げる。汗がわきの下を這い、冷たい床に落ちるのがわかった。
機械の低い唸りが頭の芯を貫いた。耳栓をしていないのに、音が直接骨を震わせる。まるで大きな蜂が頭の中で羽根をすりあわせている。振動が前頭部に集中し、続いて後頭部。頭蓋が紙のように薄くなり、外気に触れている感覚。でも痛くはない。ただ、自分の骨が削られているという事実が、背筋を冷たくする。
「よし、開いた。シールドを外す」
誰かが言った。次の瞬間、頭皮の奥に空気が触れた。生きたまま頭を開けられている。そう理解しても、実感はなかった。むしろ、風呂場で髪を洗っているときのような、すっきりとした開放感さえある。アバロンはゆっくりと目を開けた。無影灯の光が白く滲み、視界の端に緑色の手術着がちらりと見える。
「これから神経ファイバーとチップのインターフェースを接続します。チクリッとした刺激が走るかもしれませんが、我慢してください」
医師の声が落ち着いている。その声を頼りに、アバロンは自分の意識を奥底に沈めた。もう引き返せない。でも、引き返したくない。世界を守りたい。父が残した壊れかけたサーバールームで、初めてコードを書いた夜を思い出す。画面の光が部屋を青く染め、母が怒鳴る声を小さくしながら、彼女は街の灯を見つめていた。あのときから、ネットの向こうにいる誰かを守りたかった。
ズキッ。
何かが頭の奥に差し込まれた。電気が背筋を走り、足の指先まで痺れた。視界が白くフラッシュし、すぐに元に戻る。次は左。右。左右交互に、細い線が脳の中を縫う。まるで氷の針で刺繍をされるような、冷たくて正確しい感覚。アバロンは息を詰めた。唇を噛み、舌の裏に鉄の味が広がる。
「接続率七十——いや、八十パーセント。順調です」
誰かが数字を叫んだ。アバロンは眉を寄せた。七十でも八十でもない。百だ。百にする。心の中で唱えると、頭の奥で光の粒が弾けた。細胞と金属が絡み合い、新しい経路が開かれる音が、カチカチと鳴った。
突然、耳の奥で音が消えた。手術室の物音、医師の声、モニターの警告音、すべてが遠のく。代わりに、静けさが落ちた。深い水底に沈んでいくような、圧力のある静けさ。アバロンは息を止めた。次の瞬間、目の裏側に光の粒が湧き、一列に並び始めた。0と1。白と黒。波と砂。コードの雨が、視界を伝って流れ落ちる。
——接続確認。個体識別番号、取得。
機械の声が直接、脳裏に響いた。性別・年齢・網膜パターン・遺伝子情報が、秒でスキャンされ、認識された。自分のすべてが、言葉の羅列に変換されていく感覚。でも、それは嫌ではなかった。むしろ、初めて自分の皮膚を脱いで、本当の服を着たような、充足感。
——神経結合完了。感覚器、同期。
瞬きをしたとたん、世界が変わった。手術室の白い壁に、青いグリッドが重なった。モニターの数値が視界の隅に浮き、心拍78、血圧120、脈拍微増、と文字が踊る。天井の無影灯が、サーバーラックのLEDに見える。アバロンは口を開けた。息を吸い込むと、空気の成分までもがデータになって流れ込む。酸素21パーセント、窒素79、微量のアルゴン、消毒用エタノールの分子が、粒立って見える。
「……あ」
声が漏れた。それだけだった。言葉は必要なかった。思考が言葉より速く、言葉が思考を制限していることに気づいた。アバロンは、ただ願った。——もっと。もっと先へ。
——要求、受理。深度接続、開始。
頭の奥で、大きな扉が開いた。光の奔流が、そこから吹き出す。サーバファームの冷却ファン音が、耳の奥でビューンと響き、それが自分の鼓動と重なった。右胸の高鳴りが、遠隔データセンターの冷却ポンプの振動と同期する。世界の端から端まで、一本の光の血管が走り、彼女はその中心に立っていた。街のネットワーク、家庭のルーター、スマートウォッチ、空飛ぶドローン、すべてが小さな星となって、彼女の皮膚の上に降り注いだ。
——あたしは、ここにいる。
思った。同時に、世界中にいる。境界が溶けた。個と全体が、川と海が、雨と雲が、互いに出入りしながら循環している。アバロンは、自分という一滴が、巨大な海に溶けていくのを感じた。でも、自我は失われない。名前も、意志も、誇りも、鮮明に残っている。むしろ、それが研ぎ澄まされていく。鈍っていた刃が、砥石にかけられるように、光を増していく。
——サイバーガーディアン、認定。任務領域、地球圏全体。
冷たい宣言が、胸の奥に染み込む。同時に、熱い衝動が、背中を走った。世界を守る。誰かのために。父のために。母のために。十五歳の夜に見た、小さな町の灯のために。コードを書き、サーバを守り、侵入者を撃退する。それが、自分の存在理由。今日から、それが職業ではなく、生き方になる。
——初期診断、完了。すべて正常。意識、戻ります。
機械の声が遠のいた。光の粒が、ぱらぱらと落ちていく。手術室の白い天井が、再び現実としての重みを取り戻す。アバロンはゆっくりと瞬きをした。視界の隅に、小さな青いアイコンが残っている。ファイアウォール。生きている守り神。彼女は微笑んだ。
「……終わりましたか」
喉の奥から、自分の声が出た。かすれている。でも、それは確かに人間の声だった。医師が顔を覗き込む。マスクの上の目が、安堵に緩んでいる。
「成功だ。接続は完璧だ。君は今、正式なサイバーガーディアンだ」
言葉を聞いた瞬間、アバロンの胸が熱くなった。目頭に涙がにじむ。でも、それを拭く暇はなかった。視界の端で、新しい警告が点滅している。——不正アクセス検知。座標、東経135度、北緯35度。攻撃コード、タイプC。処理、要求。
アバロンは、まだ固定されたままの首を動かし、虚空に向かって言った。
「……行くわ」
誰に向かって言ったのか、自分でもわからない。でも、言わなければならなかった。世界が、彼女を待っている。彼女も、世界を待っている。
瞬きするたび、データが流れる。心拍と同期したファン音が、耳の奥で優しく唄う。アバロンは、自分の新しい名前を胸に刻んだ。——生まれ変わった。今日から、私は壁だ。火だ。網だ。そして、世界を守る、光の刃。
手術台の冷たさが、次第に体温で温まっていく。外された金属バーが、頭骨に残す圧迫感も、もう苦しくはない。それは鎧だ。新しい皮膚だ。アバロンは、ゆっくりと目を閉じた。暗闇の中で、無数のコードが星となって流れた。彼女は、その星屑を両手で掬い、微笑んだ。
——さあ、始めましょう。長い、長い守りの物語を。
最新エピソード
ドクターYの指がキーボードを軽く叩いた。たったそれだけのことだった。でも、その瞬間、アバロンの体の奥底に、ざわっとした熱が湧き上がってきた。
「んっ……」
薄暗い天井に、古い蛍光灯が一本、ぶら下がっていた。灯りは半分くらいしか点いてなく、あとは瞬くたびに小さく明滅する。アバロンはその点滅を見上げながら、ゆっくりと意識を引き戻した。肩
長官室の重いドアが背後で音を立てた。かちり、という金属音がアバロンの背筋を這い上がる。部屋の中は空調が効きすぎていて、吐く息が白くなりそうだった。窓の外に見える秋の空は高く、雲がゆっくりと流れて
夜明け前の三時十五分、アバロンの部屋は真っ暗だった。カーテンを閉めきった窓の外を、たまに車が通るたびにヘッドライトの帯が天井を這っていく。冷房を切ったあとに残る湿り気が、毛布の裏側にねっとりと張







