ゆるキャラ!! ― デザインを依頼されたら異世界転生していた件
説明
ゆるキャラはこうして任命される。
デザイン会社「キャラププラネット」に勤める相田航平と高梨日和は、 企業、自治体、商店街―― あらゆる団体から「ゆるキャラを作ってほしい」という依頼を受ける日々を送っていた。
……だが、その依頼は、ある日突然“デザイン”だけでは済まなくなる。
二人は異世界へと転生し、 そこで課せられたのは―― ゆるキャラにふさわしいモンスターを、実際に探し、交渉し、任命すること。
依頼者とモンスターの意外なミスマッチが生むのは、混乱か、それとも奇跡か。
これは、 “かわいい”と“恐ろしい”の境界線で、 街とモンスターと人の縁をデザインする物語。
ゆるキャラ誕生の裏側には、 今日も異世界レベルの苦労がある――。
エピソード1
月曜の朝。蛍光灯の白い光が、まだ数人しかいないオフィスに均等に降り注いでいる。俺、相田航平は、始業より三十分早く自分のデスクに着くのが常だった。誰にも邪魔されず、思考を整えるための聖域。そんな時間。

手元のスケッチブックに、鉛筆がさらさらと音を立てる。描いているのは、架空の鉱石から生まれた、硬質で多角的な生命体。光を複雑に屈折させるだろうその体を、陰影だけでどう表現できるか。そんな、誰に求められたわけでもない思考実験に没頭していた。黒縁メガネの奥で、世界は俺だけのロジックで再構築されていく。猫背気味の姿勢も、この机と椅子、そして紙に囲まれた小さな宇宙の中では、最も安定した均衡状態だった。
「おはよー、相田君!」

鼓膜を弾いた声は、この静謐な空間に投じられた鮮やかな一滴の絵の具のようだった。顔を上げなくても、誰かなんて分かりきっている。このフロアで、月曜の朝から太陽みたいな声が出せる人間は一人しかいない。
「……おはよう、高梨さん」
かろうじて言葉を返しながら、俺は咄嗟にスケッチブックを閉じた。別に、やましいものを描いていたわけじゃない。ただ、自分の頭の中を、完成前の混沌を、無防備に晒すのが苦手なだけだ。
軽快な足音。ヒールの先端がリノリウムの床を小気味よく叩く。すぐに、デスクの横に影が落ちた。ふわりと、いつも使っているフローラル系とは少し違う、柑橘が混じったような爽やかな香りが鼻を掠める。
「また何か描いてるの? 新作キャラのアイデア?」
高梨日和が、屈託のない好奇心で俺の閉じたスケッチブックを覗き込んでいる。明るい茶色に染められたショートボブが、彼女が首を傾げるのに合わせてさらりと揺れた。今日の彼女は、白いブラウスにネイビーのワイドパンツという出で立ちだ。快活な彼女の雰囲気に、そのパンツスタイルは実によく似合っている。
「いや、別に……ただの落書きだ」
「もー、相田君の落書きは落書きじゃないって、いつも言ってるのに。そのうち凄いキャラクター、生み出すんでしょ? 隠してないで、たまには見せてよ」
口を尖らせるが、その表情に本気の怒りは微塵もない。彼女の感情は、澄んだ水みたいに分かりやすい。喜びも、呆れも、好奇心も、すべてがストレートに目に映る。感受性が強い、と本人は言うが、それはきっと、あらゆる物事を直感で捉え、全身で受け止めるからだろう。
対する俺は、どうだ。いつも一歩引いて、対象を分析し、分解し、構造を理解しようとする。彼女が光なら、俺は影。彼女が色彩なら、俺は輪郭線。同じ企画部とデザイン部で、同期で、隣の島で働いているというのに、俺たちは根本的な成り立ちが違う。
「……見せるほどのものじゃない」
「はいはい、そのセリフは聞き飽きましたー」
からかうように笑って、彼女は自分の席に向かう。自分のバッグを椅子に置くと、くるりとこちらを振り返った。
「そういえば、週末に駅前に新しいコーヒーショップできたの知ってる? なんか、豆の種類が凄いんだって。今度、ランチの後に行ってみない?」
「……ああ、考えておく」
俺の曖昧な返事にも、彼女は気を悪くした様子もなく「じゃあ、また誘うね!」と明るく言って、自分のパソコンの電源を入れた。
これが俺と高梨さんの日常。彼女が投げかける光のボールを、俺がなんとかグローブで受け止め、たまに投げ返す。そのぎこちないキャッチボールが、俺にとっては心地よくもあり、少しだけ疲れるものでもあった。彼女の真っ直ぐな好意が、時々、あまりに眩しすぎるのだ。
俺はもう一度、閉じたスケッチブックに目を落とす。彼女のような人間をキャラクターにするとしたら、どんなデザインになるだろう。きっと、全身から光のパーティクルでも放っているような、エフェクト過多なデザインになるに違いない。そんなことを考えていると、少しだけ口元が緩んだ。
その時だった。フロアの奥で、内線の呼び出し音が、静寂を切り裂くように鋭く鳴り響いた。
数秒の間。近くにいた先輩社員が受話器を取る。
「はい、キャラプラネット企画部です。……ええ、はい。承知しております。皆様、応接室でお待ちですぐにご案内いたします」
電話を切った先輩が、少しだけ緊張した面持ちで立ち上がった。その視線が、俺と、そして隣の島にいる高梨さんを捉える。会社の空気が、日常のそれから、仕事のそれに瞬時に切り替わる。さっきまでの個人的な思考は、霧散していく。
「相田、高梨。クライアントだ。これから応接室にご案内する」
俺は背筋を伸ばし、黒縁メガネの位置を指で押し上げた。高梨さんも、パソコンに向かっていた顔を上げ、その瞳にプロフェッショナルな光を宿している。彼女のスイッチの切り替えの速さには、いつも感心させられる。
やがて、エントランスの方から、複数の足音が聞こえてきた。案内役の先輩に続いて現れたのは、三人組の男たちだった。スーツ姿ではない。真新しいが、明らかに現場仕事用の作業着に身を包んでいる。日に焼けた顔、がっしりとした体つき。そのうちの一人、中心を歩く壮年の男性が、厳しい目でオフィスの中をすっと見渡した。
建設会社。事前に聞いていた情報が、彼らの姿と結びついて、確かな像を結ぶ。
俺の頭の中で、さっきまで描いていた幻想の生命体は跡形もなく消え去り、代わりに新しい問いが次々と生まれていく。建設会社のキャラクター? 安全啓発のマスコットか。それとも、大規模な再開発プロジェクトのシンボルか。彼らが求めるものは、可愛さか、親しみやすさか、それとも信頼感や力強さか。
俺は無意識に、固く閉じたスケッチブックの表紙に指を滑らせた。これから始まるのは、遊びじゃない。クライアントの要望という名の設計図を元に、まだこの世にない魂を削り出す、俺たちの仕事だ。
「相田君、高梨さん。準備はいいか」
部長が、低い声で俺たちを呼んだ。
「はい」
俺と高梨さんの声が、珍しく綺麗に重なった。
最新エピソード
オフィスの修復工事がようやく終わり、今週から通常業務再開。昼休み、俺と日和は給湯室でインスタントコーヒーを淹れながら、休憩スペースのテレビを眺めていた。
テレビ
「もう、何が起きても驚かない」
つい先日、骸骨の賢者と握手を交わした時に固めたはずの決意は、うだるような暑さによって早くも揺らぎ始めていた。
蝉時
今回のクライアントは、市立図書館だった。俺と高梨さんは、静まり返った閲覧室の奥、普段は使われていないという小会議室に通された。目の前に座る、人の良さそうな初老の女性職員、山田さんは困りきった顔
気づいた時、俺たちは石造りの回廊に立っていた。ひんやりと湿った空気が肌を撫で、どこからか滴る水音が反響している。壁には一面の苔。天井の亀裂から差し込む淡い光が、床に積もった埃をきらきらと照らし出







