説明
クリスマスイブに、VTuberのレイは不思議な少女に出会う。
この小説はフィクションです。実在の人物や実在のVTuberとは一切関係ありません。
エピソード1
「――みんな、今日も見てくれてありがとう。おつレイ!」
モニターの向こうに手を振って、私はマイクをオフにした。
チャット欄には「おつレイ」「楽しかった!」の文字が流れ続けていた。
画面を閉じると、部屋に静寂が戻った。

私はレイ。VTuber。
私はこれまで外に出ることがほとんどなかった。
学校もあまり行けず、友達と遊ぶことも少ない日々。
唯一の居場所は、家の中——そして配信の画面の向こうだった。
0からのスタートだった。
最初は数人しか見てくれなかったけれど、コメントが一つ増えるたび、胸が温かくなった。
「レイちゃんの声、落ち着くね」
そんな言葉をもらえたとき、私は泣きそうになった。家にいながら誰かを笑顔にできる喜びを知った。
配信を重ねて、少しずつスパチャが増えた。
それがただの数字じゃなく、誰かが“私に時間をくれている”って思えた。
——その時間は、私の青春そのものだった。
だから――私はいつも心の中で家族に誓っていた。
少しでも恩返しをしようって。
「私……やっぱりプレゼント、買いに行きたい。」
もう夜更けだけど、今日はクリスマスイブ。ショッピングモールは遅くまで開いているはずだ。
そっと玄関へ向かい、静かに外へ出る。
いつのまにか雪が降り始めている。
気温は0℃を下回ってるかも?だけど、不思議と寒くはない。
「どこへ行くの?」
声のした方を見ると、赤と白の衣装を纏った見知らぬ少女が立っている。
ふんわりと裾が揺れ、聖夜の雪にひときわ目を引く存在感を放っている。
誰だろう?
赤と白の色合いに、思わず目を奪われる。
ミサと名乗るその子は、どこか懐かしいような気配をまとっている。
「少しだけ、買い物に行くだけ。家族へのプレゼントを……。」
「じゃあ、わたしも行こう。夜道はさみしいから。」
彼女の声は、聖夜に静かに溶け込むように優しい。
ミサは服の裾を揺らしながら、私の隣を歩いている。
雪が、静かに舞っている。
街はイルミネーションでいっぱいだ。
カップルたちが笑い、店先ではケーキが並んでいる。

歩きながら、私は周りを見渡した。
すれ違う人々は皆、まったくこちらを見ない。
——街中なのに、誰も私に気づかない。
配信ではみんな私を知ってるけど、やっぱりリアルでは誰も私を知らない。
画面の向こうでは私が映ってるのに、ここではまるで透明人間みたい。
VTuberだから、顔を知られていないんだろう。
そう思って少し安心した。
幸い、ショッピングセンターはクリスマスの特別営業で夜遅くまで開いているらしい。
「ねえミサ、あのぬいぐるみかわいい!」
「うん、かわいいね。」
ミサは微笑み、ぬいぐるみを抱えてレジへ向かう。
レジの前に立ったとき、私はハッとする。
「どうしたの?」とミサが首をかしげる。
「クレカ、家の中だ。どうしよう……。」
クリスマスの前日に、なんてあわてんぼうな私。所持金0だ。
ミサは少し笑って、自分の財布を取り出す。
「いいよ。今日はわたしのプレゼントでもあるんだから。」
その言葉に、私は小さく頭を下げる。
ミサがレジで会計を済ませる。コミュ力0の私と違って、店員さんにもしっかり話す。
私は見ているだけ。
「ありがとう。……これで、きっと喜んでくれるよね。」
「うん、きっと。」
ミサの隣にいると、心が少し温かくなる。
プレゼントを抱えたミサの衣装の赤が、私の目にいっそう鮮やかに映る。

雪が少しずつ強くなる。
家に着くころには、街灯の灯りが雪にぼやけて見える。
家の明かりはもう落ちている。
ミサがそっとドアノブに手を添えると、鍵は抵抗なく開く。
「……あれ、開いてたんだ」
ミサは小さく笑って、「きっと、あなたを待っていたのかもね」とつぶやく。
家族を起こさないように、ミサが静かにドアを開け、そして閉じる。
私は、ミサを静かに部屋へ案内する。
「家族に渡す前に、ちょっと押し入れに隠しておこう。びっくりさせたいんだ。」
私はミサに笑いかける。
ミサは優しくうなずき、プレゼントの包みを押し入れの奥へとしまう。
押し入れの奥を見ると、古い金魚柄の貯金箱が置いてある。
ずっと忘れていたもの。
プレゼント代には十分な金額が入っている。
本当はみんなからの大切なスパチャで支払いたかったけど、この際仕方ない。
ミサに渡そう。
ミサは首を振った。
「いいの。あれは、私が勝手に立て替えただけだから」
「だめ。このプレゼントは、私のお金で贈らないと意味がないの」
ミサは少しだけ迷ったあと、そっとそれを受け取る。
「……わかった。ちゃんと受け取るね」
これでやるべきことはすべて終わった。
お父さんもお母さんも妹も、明日喜んでくれるかな?
「ねえ、ミサ。私、VTuberになってよかった。VTuberってね、病弱で引きこもりがちだった私が、ようやく見つけた居場所だったんだ。みんなの笑顔を見られて、スパチャで家族に少しは恩返しもできて……。本当に、幸せだった。」
ミサはそっと微笑む。
「これまで支えてくれた人たちにも感謝しているよ。ミサ、あなたもそのひとりだよ。今日は本当にありがとう。」
ミサは少し驚きつつ、優しくうなずく。
「ねぇミサ。あなたは、何者なの?」
「わたし? ……迷える魂を導く者、かな。」
その言葉に、私は思わず目を見開く。
でももう、理解していた。
自分がもう、生きてはいないことを。
翌朝。
窓の外は一面の銀世界。
クリスマスの朝。
家族が、静かにレイの部屋を片づけている。遺品整理のために。
レイの部屋の押し入れから、母へのマフラー、父へのコーヒーカップ、妹へのふわふわのぬいぐるみが見つかる。
父:「……これは、私たちへのプレゼント……?」
妹:「ぬいぐるみ……。お姉ちゃんから……??」
母は涙をこぼし、静かに呟く。
母:「……ありがとうね。」


その瞬間、窓の外で風が舞い、鈴の音がかすかに響く。
玄関から淡く透き通るレイが出てくる。——昨日のように静かにドアをすり抜けて。
そしてそこには——白と朱の巫女装束を纏った少女、ミサが待っている。
その姿は凛としていて、けれどどこか幽玄で、光の粒に溶け込むようだ。
「ありがとう、ミサ。これで……心残り、なくなったよ。」
レイは静かに目を閉じ、柔らかく呟く。
「小さいころから病弱で、外に出られない私でも、VTuberになれた。支えてくれた家族に、ちゃんと感謝を伝えられた。ありがとう……。」
ミサは微笑み、手を合わせる。
「あなたの願いは、ちゃんと届いたわ。病のせいで長生きできなかったけれど——あなたの声は、画面の向こうに届いていた。そして昨夜、あなたの想いは家族のもとへ届いたの。」
レイは静かに目を閉じる。
「みんな、ありがとう——メリークリスマス。」
光の粒が、雪のように舞い上がる。
それは、VTuberのレイが送る最後の配信のように、やさしく世界を照らしていく。

こうして、ひとりのVTuberの霊は安らかに旅立った。
レイの姿がふわりと消えたあと、ミサはひとり空を見上げる。
微かな風が、雪を巻き上げる。
小さく息をつき、救いの巫女は歩き出す。
「――さて、また別の迷える魂を救いに行こう。」
けれどその微笑みは確かに、誰かの心に温かさを残していた。

白む空の下、朝焼けに染まる、ミサの袴の朱が、静かに揺れた。
それはサンタの衣の赤にも似て——「誰か」を救うための、優しい色だった。







