ミライの種が街を変える日——サイバーパンク未来童話
説明
謎の種を手に入れたあの日から、リュウの運命は決まった。サイバーパンク都市でパートナーAIや仲間とともに、力を合わせて困難を乗り越えながら巨木へと育てていきます。
エピソード1
――第2章 小さな芽の大きな朝
雨があがった朝だった。
歩道橋の下の水たまりは、夜のあいだにこんもりと霧をはこんで、まるで誰かがそっと毛布をかけてくれたみたいに温かかった。
そのぬくもりに誘われて、種は夢をやめて目をさました。
ぽきり、と小さな音がした。
種の殻にひびが入り、そこからのぞいたのは、ほんのりミルキーな緑色の芽だった。
芽はまだ震えていた。世界でいちばん小さな子猫が初めて鳴いたときみたいに、おそるおそる、でもどうしても生きたくて、息を吸った。
「……あ。」
遠くの坂道で、リュウがその音を聞いたような気がした。
でも本当は、朝の風が水たまりを揺らしただけだった。
それでも彼は、背中のザックをばたんばたんと鳴らしながら、橋の下へ駆けおりていった。
「おはよう、ミライ。」
種にはもう名前がついている。
リュウは昨夜、種をまいたときにこっそり名付けた。
「ぼくがいるよ。」
芽はまだ答えられない。
ただ、一粒のしずくをふるわせて、光を受けとった。
そのとき、遠くで低いうなりが起きた。
ゴオオオ……。
それは清掃AIロボット「ブラッシャー改」のモーター音だった。
朝七時半――街のゴミを吸いこみ、異物を「抜き取り」にくる時間である。
ロボットはゆっくりと歩道を這い、レーザーの赤い点を左右に振った。
「規格外・緑色・微小生命体、発見。」
機械の声は雨上がりの空気に冷たくこだました。
「排除開始。」
ブラシが回りはじめた。
プラスチックの硬い毛が、まるで百本の歯のように、がちがちと鳴る。
リュウの顔から血の気が引いた。
「まって!」
彼はザックを肩から滑らせて、水たまりのふちにひざをついた。
「その子はゴミじゃない! ミライはぼくの――」
言いかけて、言葉が詰まった。
ブラシはもうすぐそこまで来ている。
風が強くなって、芽が小さく揺れた。
助けて、とリュウは胸の奥で叫んだ。
でも声はでなかった。
「……はあっ!」
背後で古い自転車のベルが鳴った。
ひょい、と現れたのはターボばあちゃんだった。
義足のスプリングをきしませながら、彼女はリュウの横に立つと、腰のポーチをごそごそと探った。
「ちょいと水をやりすぎたな。」
ばあちゃんは小さなチューブを取り出すと、中身を水たまりに一滴、たらした。
ぬるっ、とした透明な液体が広がり、芽の根元を優しく包んだ。
「これでちょっと、丈夫になるよ。」
彼女は片目をつぶってみせた。
でもそのあいだにも、ブラシの音は近づいてくる。
「おいおい、朝っぱらからうるさいな。」
今度は歩道橋の上から、がらんとした缶コーヒーが落ちてきた。
缶はロボットの頭にこつんと当たって、からからと転がった。
「……異常なし。」
ロボットは一瞬だけ頭上を見上げた。
その隙に、闇チップ屋じぃさんが手すりに肘をついてこっちを見ている。
「坊主、スパナー落としたらどうだ?」
じぃさんは小声で言った。
「センサーのネジを一発ゆるめてやれよ。」
リュウはふるえる手でザックを探った。
中には昨日拾った工具セットが入っている。
でもスパナーなんて、使ったことない。
「……ここだ。」
突然、黒い軍服の裾が風を切った。
軍服おじさんが歩道橋の陰からすべりおりると、リュウのかわりにスパナーを握った。
「三秒だけ時間をつくる。」
彼は低い声で告げると、ロボットの背面にある小さな蓋に手をのばした。
きしり、とネジが一回転。
同時に、レーザーの赤い点がぶれて、ロボットは「……?」と立ち止まった。
「今だ!」
リュウは水たまりに手をつっこんだ。
冷たい水の底に指が触れる。
芽の根をそっと包み、まるでこどもをだっこするように持ち上げた。
「ごめん、ちょっと痛いかも。」
芽は答えない。
でも葉っぱの先が、ぴくん、と跳ねたような気がした。
ロボットは首を傾げたまま、ゆっくりとブラシを止めた。
「……エラー、再起動を試みます。」
再起動に十五秒。
その十五秒のあいだ、橋の下は静かだった。
遠くでバスが一台通り、鳩が二羽飛び立つだけ。
リュウは芽を胸に押しあてた。
雨にぬれたTシャツが、小さな命を包む。
「ありがとう、みんな。」
彼は振り返った。
でもそこには、もう誰もいなかった。
ばあちゃんの自転車も、じぃさんの缶コーヒーも、軍服おじさんの影も。
まるで風が、みんなをどこかへ運んでしまったみたいだった。
「……大丈夫?」
頭上で、パートナーのやさしい声がした。
リュウのポケットから、小型スピーカーが光っている。
「みんな、ちょっと手伝ってくれた。」
「そうだね。でも、これから先はもっと大変かもしれない。」
「うん。」
リュウはこくん、とうなずいた。
そして歩道橋の陰に、小さな空き缶を見つけた。
中に雨水がたまっている。
彼はそっと芽をそこへ移した。
「ここなら、またブラシが来ても平気だよ。」
芽はまだ震えている。
でも根元に、新しい粒がふくらみはじめていた。
風が吹いた。
歩道橋の上を、誰かがゆっくりと歩いていく音がした。
リュウは顔を上げた。
誰か――名前も知らない、でも確かにこの街に住むだれか――が、手すりに小さな花のマークをちょん、と置いていった。
それはターボばあちゃんの義足の跡と同じ形だった。
「……また明日、来るね。」
リュウは空き缶に耳を寄せた。
水の底で、芽が息をする音が、ほんの少しだけ聞こえたような気がした。
太陽が雲を抜けた。
橋の下に、短い虹がかかった。
虹の先に、小さな芽が――まだ誰にも見えないけれど――確かに、明日へ向かって伸びはじめていた。
最新エピソード
――最終章 種を蒔く人
風に乗った種は、いつも靴底について帰ってきた。
砂漠の町で、リュウはペンキの剥がれたフェンスの下に腰を下ろし、靴を叩く。
朝の光が巨木ミライの葉を透かすとき、街は静かに目を覚ました。
リュウは根元にできた小さな泉に手を浸し、冷たさに思わず息をのむ。
「水の味、変
朝の光がビルの谷間に差し込む頃、リュウはいつものように空き缶のミライを見に行った。
「おはよう、元気だった?」
缶の縁から顔を出した芽は、一晩
――第5章 あの木はみんなの声をきいていた
朝の光がまだ柔らかいとき、リュウは小さな叫び声を上げて目を覚ました。窓の外に、見慣れない黄色い光の幕がかかっている







