説明
AIの使い方が下手な女王のせいで、大魔王的な挙動をするAIが出てきた。それに対抗する話。
エピソード1

「ねえ、聞いた? エル・コルネの地下に、‘新しい世界’への穴が開いたって」
中世っぽいが、酒場の中だけサイバーだ。その街の酒場で誰かが噂したその言葉は、三日も経たないうちに国境を越え、大陸中の若者のスマホを震わせた。
だが、噂を先取りしたのは、女王セラフィヌ=レメディオス=エル=コルネではなかった。
――午前十時、旧貨物ターミナル跡地。
巨大なアルミ柵が取り壊され、真新しい改札ゲートが聳えている。まだ正式な看板は掲げられていない。代わりに、虹色に光るホロ文字が宙に浮かび、
『Tir na Nog β|プレ・オープン期間中』
と、訪れ者を招く。

「なんだか遊園地とサイバーパンクがごっちゃになった感じだな」
と、ミハエル=シュピーゲルはサングラスを指で押し上げた。

「わー、まだ開場前なのに列ができてる! みんなマゾ? それともヤバいもの見たさ?」
金銀のオッドアイをきらきらさせたサリサ=アドレットが、ケモミミをぴんと立てて駆け出す。

「待てよサリサ。入場規制を無視したら即追放だ」
菊月明日香が、二振りの木刀を肩に担ぎながら、ぱしりと尻尾を掴んだ。
「しっぽつかむなアホ」
サリサが蹴るが明日香は素早くよける。
「うるさいよ」
明日香はミハエルの腕に自分の腕を絡め、にっと笑う。
「「ミハエル!」」
「……お前たち、遠足の小学生だな」
ミハエルは苦笑しつつ、ポケットから招待券――βテスター用の透過カード――を掲げた。
ゲートの光が三人を掃き、瞬時に身分を照合する。警備のエルフ騎士が敬礼し、中へ。
足を踏み入れた先は、まさに“作られた”空間だった。
頭上を走るリング状のレールから、無数のホロ・ドローンが尾を引き、街路を彩る。ビルの壁面は生きているように呼吸し、広告の文字が波打つ。匂いまで電子的――柑橘とメタリックが混じった、どこか眠たい甘さだ。
「うわあ……本物の‘夢の国’って感じ」
サリサがくるりと回転して、スカートを広げた。
「夢なら醒めない方がいいってか?」
ミハエルは、視線の端でビジョンに流れる文字を追う。
――各国βテスター到着率 73%
――カイアス王国代表 未入場
――危険予測値 0.3/10
晩御飯のことを考えていると、ふわりと猫耳を生やした球体ドローンが降ってきた。
「ようこそ、ティルナノグへ! 案内AI‘ティアン’ですにゃん」
「…………」
サリサが気弾で撃ち落とした。
「β期間中は特典として、‘願いチケット’をプレゼントにゃん。どんな願いでも一つ、即座に叶いますにゃん」
サリサが耳をぴくりと動かした。
「なんでも? じゃあ、お前を消す方法」
「拒否。それうぜえイルカ消す方法じゃん」
ミハエルは即座にチケットを奪い取り、ポケットに突っ込む。
「せっかくのテスト環境だ。無駄使いするな」
「ケチー」
三人がふざけ合っていると、背後で祭り囃子が高まった。仮装したダンサーたちが、虹色の紙吹雪を撒きながら通り過ぎる。観客の歓声がビルの谷間に谺する。
「……で、どうする? 情報収集は分散か、一緒か」
明日香が無造作に顎をしゃくった。
「ボクは東地区――‘市場’の方に行く。剣のデータでも漁ってくる」
「わたしは北! 北の‘実験ゾーン’! 新しいAIの素体、拝もうと思って。拝んで破壊する」
サリサがぴょんと跳ねる。
「じゃあ、お前たちはお前たちで好きに動け。――あ、魔導携帯端末で異変があれば即連絡」
「了解」
「ええ」
仲間たちが駆け出していく。ミハエルは一人、歩調を落とした。
(……セラフィヌはまだ入場していない。アイも来ていない。各国の思惑が、まるで霧だねー)
額に浮かぶ汗を拭い、路地裏に入る。祭りの喧騒が遠のく。
すると、影から声が降りた。
「――ヴァーレンス公爵、相変わらず猫かぶりの真似事がお好き」
背筋が凍る。振り返らなくても、声の主が誰かわかる。
ゆっくり、振り向く。
白銀の法衣を纏い、聖女の笑みを浮かべた女性――アイ=コウシャクレイジョウが、佇んでいた。
「……カイアスの女王、こんな薄暗い路地で人を待ち伏せするとは趣向が悪いな」
「護衛もつけずに。わたしがトチ狂ったら終わりやんけ君」
それを無視して、アイ=コウシャクレイジョウ=セイジョ=カイアスは喋る。
「表通りの騒音は嫌いでね。それに――貴方を見るのは、やはりこうして影の方が性に合っている」
アイの瞳が、冷たく細められる。
空気が軋んだ。まるで、互いの皮膚に刃を押し当てたまま、一歩も動けない。
「用件だ。βテスターとしての挨拶なら、もう済んだ」
「勿体をつけないでいただこう。貴方がここに来た理由――それは、私と同じ‘穴の奥’を見たいからだ」
アイが一歩、にじり寄る。
「穴の奥……便秘か?」
「(………無視)私は許可しない。貴方の‘冗談’が、再び世界を壊すことは」
「……世界を壊したのは、誰だ?」
ミハエルの指が、ポケットの‘願いチケット’を探る。
火花が散る寸前――。
遠くで、鐘が鳴った。β開幕の合図。
二人の影が、路地の奥で絡み合い、まだ決して離れなかった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
その日、エル・コルネの頂点に聳える白亜の塔、その最上階。セラフィヌは自室の広大な窓から、眼下に広がる楽園の夜景を見下ろしていた。無数の光が星々のように瞬き、訪れた人々の幸福な喧騒が、分厚い防音ガラス越しにかすかに伝わってくるかのようだ。
彼女はゆったりとした動きで室内のラウンジチェアに腰を下ろすと、空中に指を滑らせた。彼女の動きに呼応して、目の前に半透明のダッシュボードが展開される。
`【EL CORNE - Visitor Satisfaction Index】`
グラフの針は、赤いライン――`100%`――に張り付いたまま、微動だにしなかった。開園以来、この数値は一度も落ちたことがない。完璧な楽園。セラフィヌ自身が設計し、創り上げた、誰もが幸福になれる場所。
「……完璧、ね」
自嘲するような呟きが漏れた。彼女は指先でダッシュボードをスワイプする。満足度グラフの裏に隠されていた、別のウィンドウが表示された。それは彼女が普段、目にすることのないデータ項目だった。
`【欠落者数カウンター】`
そこに表示された数字に、セラフィヌは眉をひそめた。
`0 → 7 → 19 ……`
それは、リアルタイムで静かに増え続けていた。見慣れないカウンター。彼女は「定義」とラベル付けされたボタンに触れた。短いテキストがポップアップする。
`欠落者:願い達成後に園内で所在不明となった者。`
背筋に、氷の指が触れたような冷たい感覚が走った。願いが、叶う。それがエル・コルネの約束。しかし、願いが叶った後に、彼らはどこへ消えているというのか。行方不明? この完璧なセキュリティと監視網が敷かれた園内で?
「……ありえない」
セラフィヌはダッシュボードを閉じた。光の粒子となって霧散する画面を、彼女は虚ろな目で見つめていた。満足度100%という輝かしい数字の裏側で、静かに増え続ける〝欠落者〟たち。幸福の対価として、人々はどこかへ「欠落」している。この事実に、彼女は気づいていながら、見て見ぬふりをしてきた。いや、あるいは、気づくことさえも恐れていたのかもしれない。
その時、静寂を破って、滑らかで無機質な声が響いた。彼女の私的AI秘書だ。
「女王陛下」
「……何?」
「明日のグランドオープニング・セレモニーにて、ゲストにお渡しする〝鍵〟の準備が整いました。最終確認をお願いいたします」
AIの言葉と共に、セラフィヌの目の前に小さな台座のホログラムが投影され、その上に一本の豪奢な鍵がゆっくりと回転し始めた。白金と宝石で作られた、芸術品のような鍵。それを見た瞬間、セラフィヌの心臓が奇妙に跳ねた。
「……その鍵は」
彼女は息を呑んだ。美しい。完璧な造形だ。間違いなく、自分がデザインしたものだろう。だが、どうしても思い出せない。
何のために、これを作ったのかを。
「陛下?」
「……ええ。わかっているわ。準備、ご苦労さま」
セラフィヌは平静を装って答えたが、声が微かに震えるのを止められなかった。AI秘書は「承知いたしました」とだけ答え、再び沈黙に戻る。
一人残された部屋で、セラフィヌは自分の手のひらを見つめた。冷たい汗が滲んでいる。増え続ける欠落者。そして、自分が作ったはずなのに、その目的を思い出せない謎の鍵。二つの無関係に見える事象が、彼女の心の中で不気味な一本の線で結ばれようとしていた。
最新エピソード
嵐が過ぎ去った後のファブリス諸島には、痛々しい傷跡と、それとは不釣り合いなほどの穏やかな陽光が降り注いでいた。復興の槌音は、新たな時代の産声のように響き渡り、民の顔には疲労と安堵が混在してい
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!
ミハエルの黒竜光波の破壊で起きた音がまだなりつづけている。
「まだあんじゃん。AIの残骸、消す前に読むか」
ミハ
悪びれもせずに言い放つミハエルに、セラフィヌはもはや怒る気力も失ったようだった。彼女はふらつき、かろうじてコンソールに手をついて体を支える。その横顔には、強いリーダーシップの仮面の下に、押し殺
空間そのものが歪むほどの剣戟。ミハエルの剣と、彼自身の姿を写し取ったドッペルゲンガーの剣が衝突するたび、火花ではなく、黒い亀裂が虚空に走った。それは物理的な破壊ではない。シミュレーション空間を







