FREEDOM号漂流日記 神崎亮介の手記
説明
小型ヨット〈FREEDOM号〉で単独航海に出たルポライター・神崎亮介。 穏やかなはずの海で突如として嵐に巻き込まれ、目を覚ますと彼は―― 見知らぬ無人島の砂浜にひとり漂着していた。
通信手段は途絶え、船は大破。 残されたのは、わずかな物資と、自分自身の知識と経験だけ。
生き延びるために必要なのは、技術と判断力、そして心の強さ。 だが、極限状況で彼を追い詰めるのは、自然だけではない。 静寂の中で向き合うことになる「自分自身」という最大の相手。
日々の記録とともに綴られるのは、 サバイバルの過程と、彼の内側で静かに変わっていく何か。
――これは、ひとりの男が海と孤独と向き合い、 再び「進む力」を見つけていく物語。
エピソード1
九月十二日(漂着一日目)
目を覚ましたとき、最初に感じたのは口の中に広がる砂の味だった。
船室の埃でも、徹夜明けに流し込んだ缶コーヒーの残滓でもない。ただの砂。海水と混じり合った、正体不明のざらつき。
波が足首を洗っている。冷たい。だが、その冷たさが心地よいとさえ感じた。生きている。その実感だけが、砂のざらつきと一緒に、体中にじわじわと染み渡っていく。
どれくらい気を失っていたのだろう。
体を起こすと、全身が悲鳴を上げた。特に左の脇腹。打撲だろうか。息を吸うたびに鈍い痛みが走る。頭も重い。こめかみに触れると、乾いた血がこびりついていた。
周囲を見渡す。
白い砂浜。その向こうに鬱蒼とした緑。そして——FREEDOM号。
俺のヨットは、砂浜から二十メートルほど沖合の岩礁に乗り上げていた。船体は傾いているが、沈んではいない。だが、マストが。
折れている。
根元から、無残に。
「……嘘だろ」
声が掠れていた。海水を飲んだせいか、喉が焼けるように痛い。
記憶を辿る。清水港を出たのが三日前。天気予報では、台風は太平洋上を東に逸れるはずだった。だから油断した。伊豆半島を回り込んで、駿河湾から外洋に出たあたりで、突然風向きが変わった。
いや、違う。台風が進路を変えたのだ。
あとは地獄だった。
必死に帆を下ろそうとしたが、風が強すぎた。マストが軋む音。波に翻弄されるFREEDOM号。操舵輪を握る手は、いつの間にか祈るような形になっていた。そして、あの轟音。マストが折れる音だったのだと、今になって分かる。
そこから先の記憶は曖昧だ。波に叩きつけられ、船から投げ出され——気がついたら、ここにいた。
どこだ、ここは。
立ち上がろうとして、膝が笑った。脱水症状が始まっているのかもしれない。唇が割れている。水が欲しい。だが、まずは状況を把握しなければ。
ルポライターの本能が、そう告げている。
砂浜に座ったまま、俺は周囲を観察した。
島は小さくはなさそうだ。砂浜の両端は岩場になっていて、その向こうは見えない。背後の緑は、亜熱帯というよりは温帯の植生に見える。松のような針葉樹と、広葉樹が混在している。空は曇っているが、台風一過の気配がある。風はまだ強いが、昨夜ほどではない。
いや、昨夜? 本当に昨夜なのか? 何日眠っていた?
腕時計を見る。防水だったはずのG-SHOCKは、液晶が死んでいた。
ポケットを探る。スマートフォン。画面は割れていないが、電源が入らない。海水にやられたのだろう。
俺は深く息を吐いた。
四十年生きてきて、これほど無力感を覚えたことはない。いや、あったか。離婚届に判を押したとき。あのときも、こんな気持ちだった。自分の人生が、自分の手を離れていく感覚。
「あなたは自由が好きなんじゃなくて、責任から逃げてるだけ」
美奈子の声が、頭の中で響く。
うるさい。今はそれどころじゃない。
俺は這うようにして、岩礁に乗り上げたFREEDOM号へと向かった。
九月十三日(漂着二日目)
夜を越えた。
昨日、どうにかFREEDOM号から物資を運び出した。何往復しただろう。潮が満ちる前に、使えそうなものは全て砂浜に引き上げた。
船体は思ったより損傷が激しい。船底に亀裂が入っていて、キャビンには海水が浸入している。エンジンは……動くかどうか分からない。燃料タンクは無事のようだが、海水を被っている可能性がある。
何より、マストだ。
根元から折れている。応急処置でどうにかなるレベルではない。代わりの支柱を立てるしかないが、この島に適切な材木があるかどうか。
今日の作業は物資の棚卸しだ。何があって、何が足りないのか。正確に把握しなければ、計画も立てられない。
取材の基本と同じだ。まず事実を集める。仮説はその後。
砂浜に並べた物資を、一つずつ確認していく。
工具箱——ノコギリ、ハンマー、ペンチ、ドライバーセット、六角レンチ、カッターナイフ。全て無事。これは助かる。
ロープ類——ナイロンロープ約三十メートル。濡れているが、乾かせば使える。
非常食——缶詰十二個(ツナ四、サバ味噌煮三、コンビーフ二、フルーツ缶三)、乾パン二袋、レトルトご飯五パック。一日二食として、六日から七日分というところか。
真水——ポリタンクに約八リットル残っていた。思ったより少ない。一日二リットルとして、四日分。水の確保が最優先だ。
釣り道具——ロッドは折れていたが、リールと仕掛けは使える。ラインもある。
サバイバルナイフ——鞘ごと腰に巻いていたので無事。刃渡り十五センチ。
ライター——二個。一個は濡れて使えない。もう一個は火がつく。
防水マッチ——一箱。二十本ほど残っている。
応急処置キット——消毒液、包帯、絆創膏、鎮痛剤、抗生物質軟膏。こめかみの傷を消毒して、絆創膏を貼った。
GPS——電源は入るが、衛星を捕捉しない。壊れたか、それともこの島が圏外なのか。
スマートフォン——乾燥させれば復活するかもしれない。一縷の望み。
海図——濡れて一部が滲んでいるが、読める。
コンパス——無事。北は分かる。
発煙筒——三本。使用期限は……二年前に切れている。動くかどうか。
ノート——このノートだ。防水ケースに入れていたので無事だった。
ボールペン——三本。インクは出る。
思ったより、装備は揃っている。だが、問題は水と食料だ。
この島がどれくらいの大きさで、淡水源があるかどうか。明日は島の探索に出る。今日は体を休める。脇腹の痛みはまだある。肋骨にヒビが入っているかもしれない。深呼吸すると痛む。
日が暮れてきた。
FREEDOM号から持ち出したタープで簡易的なシェルターを作った。砂浜に流木を組んで、その上にタープを被せただけ。風が吹き抜けて寒い。だが、雨は凌げる。
缶詰のツナを半分だけ食べた。残りは明日の朝食。水は一口だけ。
星が見え始めている。台風が去って、空気が澄んでいるのだろう。
美奈子は今頃、何をしているだろう。俺が行方不明になっていることを、もう知っているだろうか。いや、そもそも連絡する相手がいない。会社を辞めてフリーになってから、俺には定期的に連絡を取る相手がいなくなった。
編集の山下さんが、締め切りを過ぎても原稿が来ないことを不審に思うのは、早くて一週間後だろう。
一週間。
それまでに、俺は自力でこの島を出なければならない。
九月十四日(漂着三日目)
水源を見つけた。
今日は夜明けとともに島の探索を始めた。脇腹は相変わらず痛むが、じっとしていても仕方がない。サバイバルナイフを腰に、ペットボトル(空)を二本持って、島の内陸部へと足を踏み入れた。
島は思ったより大きかった。
砂浜から内陸に向かうと、すぐに緩やかな斜面が始まる。植生は予想通り温帯性で、松、椎、樫などが混在している。下草が茂っていて歩きにくいが、獣道らしきものがあった。イノシシか、鹿か。この島に大型動物がいるのかもしれない。
三十分ほど歩いたところで、水の音が聞こえた。
沢だ。
岩の間を縫うように、細い流れが走っている。水量は少ないが、透明度は高い。俺は膝をついて、まず匂いを嗅いだ。腐敗臭はない。次に少量を口に含む。苦みや異臭はない。
飲める。おそらく。
ペットボトルに水を汲んだ。これで当面の水問題は解決だ。だが、往復一時間以上かかる。毎日通うのは非効率的だ。キャンプ地を沢の近くに移すか、それとも水を運ぶ仕組みを作るか。
考えながら、さらに奥へと進んだ。
島の中央部には小高い丘があった。登ってみると、島の全容が見えた。
楕円形。長径は二キロほど、短径は一キロ弱。北側は切り立った崖になっていて、近づけそうにない。南側——俺が漂着した側——は砂浜と岩場が交互に続いている。東西にはそれぞれ小さな入り江がある。
そして、周囲には——何もない。
海だけだ。どの方角を見ても、水平線しか見えない。
以前、離島の過疎化をテーマに取材したことがある。あのときは「孤立」という言葉を気軽に使っていた。今なら分かる。本当の孤立とは、見渡す限りの青に囲まれて、自分がどこにいるのかさえ分からなくなることだ。
伊豆諸島のどこかだとすれば、他の島が見えてもおかしくない。つまり、俺は伊豆諸島の主要な島からかなり外れた場所にいるのだ。あるいは、小笠原方面に流されたか。
どちらにせよ、船が通る航路からは外れている可能性が高い。
救助を待つだけでは、駄目だ。
自力で脱出するしかない。
丘を下りながら、俺は使えそうな木を探した。マストの代わりになる、真っ直ぐで太い木。直径十五センチ以上、長さ六メートル以上が必要だ。
いくつか候補を見つけた。松の木だ。この島には、海岸沿いに松林がある。その中に、比較的真っ直ぐに伸びた木がいくつかあった。
伐採できるだろうか。手元にあるのはノコギリだけだ。斧があれば楽なのだが。
いや、やるしかない。
夕方、キャンプ地に戻った。沢から汲んできた水を沸かして飲んだ。煮沸消毒だ。火は、乾いた流木と枯れ葉を集めて、ライターで点けた。マッチは温存する。
缶詰のサバ味噌煮を開けた。冷たいままだが、旨い。こんなに旨いと思ったのは初めてだ。
明日から、本格的にサバイバルを始める。
計画はこうだ。
一、沢の近くに恒久的なシェルターを作る
二、食料の自給体制を整える(釣り、貝採り、できれば罠)
三、マストの代替となる木材を伐採・加工する
四、FREEDOM号を修繕し、脱出する
目標は二週間。それ以上は、食料がもたない。
俺は生きて帰る。誰に見せるわけでもないが、この日記をそのための記録にする。ルポライターとして、自分自身の生存を取材する。
笑えない冗談だ。
九月十五日(漂着四日目)
シェルターを作った。
場所は沢から五十メートルほど下流、少し開けた場所だ。砂浜のキャンプ地から物資を運ぶのに半日かかった。脇腹の痛みは少し和らいできたが、重いものを持つとまだ響く。
シェルターは、いわゆるAフレーム型にした。
二本の木を交差させて支柱にし、その上に長い枝を渡して屋根の骨組みを作る。骨組みの上には、椎の葉がついた枝を大量に乗せた。雨が降っても、葉が重なり合って水を弾くはずだ。床には乾いた落ち葉を厚く敷いた。
完成したシェルターに入ってみる。狭いが、横になれる。風も防げる。
これで、生存の基盤が一つ整った。
午後は火おこしの練習をした。
ライターは一個しかない。マッチも二十本。これを使い切ったら、自力で火を起こすしかない。今のうちに練習しておくべきだ。
弓錐式を試みた。乾いた木の板に、先を尖らせた棒を立て、弓で回転させる。摩擦熱で火種を作るという、原始的な方法だ。
理屈は分かっている。だが、実際にやってみると、絶望的に難しい。
三時間やって、煙すら出なかった。
何かが間違っている。木の種類か、乾燥度か、回転速度か。明日また試す。
夕方、砂浜に戻って貝を採った。岩場の潮溜まりに、ムール貝に似た黒い貝がたくさんついていた。ムラサキイガイだろうか。毒はないはずだ。
沢の水で洗い、火にかけて蒸し焼きにした。殻が開いたら食べごろだ。塩気があって旨い。当たり前だ、海水で育った貝なのだから。
これで食料の目処も立った。貝は毎日採れる。釣りもすれば、タンパク質は確保できるだろう。
問題は炭水化物だ。この島に食べられる芋や木の実があるかどうか。明日、探してみる。
火を見つめながら、俺は考えた。
自由とは何だろう。
俺は自由を求めて、会社を辞めた。フリーランスになった。結婚生活にも縛られたくなくて、離婚した。そしてヨットを買った。どこへでも行ける自由が欲しくて。
その結果が、これだ。
無人島。一人。誰にも頼れない。
これが俺の望んだ自由なのか?
「責任から逃げてるだけ」
美奈子の言葉が、また頭をよぎる。
逃げてるんじゃない。自分の人生を、自分で選んでいるだけだ。
そう反論しようとして、声が出なかった。
誰に反論するんだ。俺は一人だ。
火が爆ぜる音だけが、夜の闘を満たしていた。
九月十六日(漂着五日目)
今日は収穫があった。
まず、食料。島の東側を探索していたら、野生化したビワの木を見つけた。実はまだ青かったが、葉は薬用になる。下痢止めや咳止めの効果があるはずだ。
そして、シイの木。椎の実——いわゆるドングリの一種——がたくさん落ちていた。渋みが少なく、そのまま食べられる。炒れば保存も効く。これは大きい。炭水化物源を確保できた。
釣りも成功した。
岩場の先端から糸を垂らすと、すぐに当たりがあった。二十センチほどのメジナが釣れた。さばいて塩水で洗い、串に刺して焼いた。新鮮な魚の旨さは、缶詰とは比較にならない。
午後は木材の選定をした。
松林の中を歩き回り、マストの代替になりそうな木を三本に絞った。どれも直径十五センチ以上、真っ直ぐに伸びている。問題は長さだ。必要な六メートルを確保するには、下枝を落として幹だけにする必要がある。
一番有力な候補は、林の端にある松だ。周囲に他の木がなく、伐採しやすい。ただ、少し曲がっているのが気になる。
明日、伐採を始める。
火おこしは、今日も成功しなかった。回転が足りないのか、摩擦が足りないのか。ライターの燃料がいつまでもつか分からない。焦る。
夜、シェルターに戻って横になった。体中が痛い。筋肉痛だ。普段どれだけ体を使っていなかったか、思い知らされる。
目を閉じると、美奈子の顔が浮かんだ。
彼女と最後に会ったのは、離婚が成立した日だ。家庭裁判所の前で、ぎこちなく握手をした。「元気でね」と彼女は言った。俺は何と答えたか、覚えていない。
今、彼女が俺の状況を知ったら、何と言うだろう。
「ほら、だから言ったでしょう」か。
いや、彼女はそんなことは言わない。心配するだろう。俺のことを。俺たちの結婚生活がどうあれ、彼女は優しい人だった。
俺が勝手に窮屈に感じていただけで。
……考えるのはよそう。今は生き延びることだけを考えろ。
九月十七日(漂着六日目)
伐採を始めた。
選んだのは、林の端の松。曲がりが気になったが、倒しやすさを優先した。他の木は周囲が込み入っていて、倒す方向を制御しにくい。
ノコギリで幹に切れ込みを入れていく。受け口を作り、反対側から追い口を入れる。林業の本で読んだ知識だ。取材で一度だけ、伐採現場を見たことがある。あのときは見ているだけだったが、まさか自分でやることになるとは。
木は、想像以上に硬かった。
直径十五センチの松を切るのに、四時間かかった。腕が上がらなくなり、何度も休憩を挟んだ。手のひらには水膨れができ、それが潰れて血が滲んだ。締め切り前にキーボードを叩き続けた夜より、ずっと手が痛い。あの頃は、こんな痛みを「労働」だと思っていた。笑える。
だが、木は倒れた。
轟音とともに、砂浜に向かって倒れていく松。その瞬間、俺は叫んでいた。意味のない叫び声。達成感と疲労が混じり合った、原始的な雄叫び。
六日目にして、初めて声を出して叫んだことに気づいた。
人間は一人でいると、声を出さなくなる。
倒した木の枝を落とし、長さを測った。根元から六メートルの地点に印をつけ、そこで切断する。今日はもう体力が残っていない。続きは明日だ。
夕方、貝を採り、焚き火で蒸した。椎の実も炒って食べた。塩気が欲しい。海水を煮詰めれば塩が取れるはずだが、鍋がない。FREEDOM号のキッチンにあった小鍋は、浸水で錆びてしまった。
アルミ缶を加工すれば、簡易的な鍋になるかもしれない。明日試してみよう。
夜、火を見つめながら、進捗を整理した。
木材の伐採——開始。あと二〜三日で切り出し完了予定。
食料——当面は確保。缶詰は温存。
水——問題なし。
火——ライター依存。弓錐式は未だ成功せず。
脱出計画——木材が揃えば、FREEDOM号の修繕に着手できる。
順調だと言いたいところだが、不安は尽きない。
木材の加工がうまくいくか。マストとして機能するか。そもそも、帆は無事なのか。マストが折れたとき、帆も破れているかもしれない。確認していなかった。
明日、FREEDOM号の状態を改めてチェックする。
九月十八日(漂着七日目)
嵐が来た。
朝から雲行きが怪しかった。昼過ぎから風が強まり、夕方には本格的な雨になった。台風ではないが、前線の通過だろう。
一日中、シェルターに閉じ込められた。
作業は何もできなかった。雨は予想以上に強く、シェルターの屋根から水が滴り落ちてきた。椎の葉を重ねたはずだが、隙間があったらしい。服が濡れ、体温が奪われていく。
毛布が欲しい。いや、せめて防水シート。FREEDOM号にあったはずだが、砂浜に運んだものの中には含まれていなかった。船に残っているかもしれない。この嵐が去ったら、もう一度船内を漁ろう。
雨音を聞きながら、俺は膝を抱えてうずくまっていた。
惨めだった。
情けなかった。
四十年生きてきて、これほど自分が矮小に感じられたことはない。大自然の前では、人間など無力だ。いくら知識があっても、道具があっても、天候には逆らえない。
ふと、離婚のことを思い出した。
——家庭裁判所を出たあと、俺たちは駅前の喫茶店に入った。最後にコーヒーでも飲もうか、と美奈子が言ったからだ。断る理由もなかった。
窓際の席。彼女はブレンド、俺はアメリカン。十年間の結婚生活で、何百回と繰り返した注文。
「亮介」
彼女は俺を見た。怒ってはいなかった。悲しんでもいなかった。ただ、疲れていた。
「私ね、あなたが好きだったよ」
過去形だった。
「自由に生きたいっていう気持ちも、分かってたつもり。でもね——」
彼女はコーヒーカップを両手で包んだ。寒くもないのに。
「自由って、一人で完結するものじゃないと思うの。誰かと一緒にいながら、それでも自分らしくいられること。そういうのが、本当の自由なんじゃないかって」
俺は何も言えなかった。
「あなたは自由が好きなんじゃなくて、責任から逃げてるだけ」
そのとき、俺は反論しようとした。違う、と。俺は逃げてるんじゃない、自分の人生を生きてるだけだ、と。
でも、言葉が出なかった。
彼女の目を見られなかった。
「元気でね」
彼女はそう言って、先に店を出た。俺は冷めたアメリカンを飲み干して、反対方向の改札に向かった。
あれから二年。俺は本当に自由になっただろうか。
——シェルターの天井から、雫が落ちてきた。
現実に引き戻される。あの喫茶店のコーヒーより、この雨水のほうがまだ温かいかもしれない。
美奈子は、子供が欲しいと言っていた。俺は、まだ早いと言い続けた。自分の人生を犠牲にしたくなかった。子供ができたら、自由に取材にも行けなくなる。ルポライターとしてのキャリアが終わる。そう思っていた。
馬鹿だった。
今、この無人島で、俺は何を守っているんだ。キャリア? 自由? そんなもの、この雨の前ではゴミほどの価値もない。
一人で死んでいくかもしれない。
その現実が、初めて実感を伴って迫ってきた。
俺は一人だ。助けを呼ぶ相手もいない。俺がここで死んでも、世界は何も変わらない。誰も困らない。
いや——山下さんは困るか。原稿を落とされて。
そんなことを考えて、少しだけ笑った。
笑ったら、少し楽になった。
雨音はまだ続いている。でも、俺はまだ生きている。明日になれば、嵐は去る。そうしたら、また作業を再開すればいい。
一日休んだくらいで、計画は崩れない。
大丈夫だ。
大丈夫だと、自分に言い聞かせた。
九月十九日(漂着八日目)
嵐は去った。
朝、シェルターから出ると、空は嘘のように晴れていた。木々から雫が落ち、地面はぬかるんでいるが、空気は澄んでいる。
まず、FREEDOM号の状態を確認しに行った。
船は相変わらず岩礁に乗り上げたままだったが、嵐で位置がずれたようだ。傾きが大きくなっている。このままでは、次の嵐で沈むかもしれない。
急いでキャビンに入り、使えそうなものを探した。濡れた毛布。これは乾かせば使える。ビニールシート。これもあった。そして——帆。
帆は、予想より状態が良かった。
マストが折れたとき、帆は巻き取ってあったらしい。何箇所か裂けているが、縫えば直せるレベルだ。ロープも追加で見つかった。これは大きい。
気分が上向いた。
この日は木材の切り出しを完了させた。六メートルの長さに切断し、枝の跡を削って滑らかにする。マストとして使うには、まだ加工が必要だ。表面を削り、重量を減らし、バランスを取る。
作業しながら、俺は歌を歌っていた。
サザンオールスターズの「真夏の果実」。なぜこの曲が出てきたのか分からない。でも、声を出すと気分が良かった。一週間ぶりに、人間らしいことをしている気がした。
夕方、シェルターに戻って、帆の補修を始めた。
裂けた部分を、ロープを解いて作った糸で縫い合わせる。針は工具箱にあった太い縫い針。本来は帆布用ではないが、ないよりましだ。
縫い物なんて、いつ以来だろう。小学校の家庭科以来か。
不格好な縫い目だが、強度はありそうだ。引っ張っても破れない。
今日は良い一日だった。進捗があった。希望が見えた。
俺は生き延びる。そして、この島を出る。
九月二十日(漂着九日目)
木材の加工に入った。
ナイフとノコギリを使い、表面を削っていく。松脂でベタベタになるが、これは防水効果になるかもしれない。
問題は、木の曲がりだ。
切り出した木材は、思ったより曲がっていた。地面に置くと、中央部が浮いてしまう。マストとして使うには、この曲がりを補正するか、そのまま使うか。
熱を加えれば、木は曲がる。逆に言えば、熱を加えながら固定すれば、真っ直ぐにできるかもしれない。
焚き火で木材を炙り、重石を乗せて放置した。どれくらい効果があるか分からないが、試すしかない。
午後は帆の補修の続き。
裂けた部分は全て縫い終わった。次は、マストに取り付けるための金具の確認。FREEDOM号から外した金具は、錆びているが使えそうだ。
一つ、問題に気づいた。
マストを船に立てるには、ステー(支索)が必要だ。前後左右からロープでマストを支え、倒れないようにする。オリジナルのステーは、マストが折れたときに切れてしまった。
ロープは足りるか。
計算してみる。マストの高さが六メートル。船の全長が八メートル。前後のステーにそれぞれ十メートル、左右のサイドステーにそれぞれ八メートル。合計三十六メートル。
手持ちのロープは約三十メートル。足りない。
FREEDOM号からロープを追加で回収するか、あるいは——植物繊維でロープを作るか。
明日、島でロープの材料になりそうな植物を探す。藤蔓や、樹皮を剥いで繊維を取れる木があるかもしれない。
夜、焚き火の前で、帆の補修を続けた。
指が痛い。針を何度も刺してしまった。血が帆布に染みている。
ふと、美奈子のことを思い出した。
彼女は裁縫が得意だった。俺のシャツのボタンが取れると、いつもすぐに直してくれた。「不器用ね」と笑いながら。
今、彼女がここにいたら。
いや、やめよう。そんな仮定に意味はない。彼女はここにいない。俺は一人だ。一人で、やるしかない。
不器用でもいい。時間がかかってもいい。
やるしかないんだ。
九月二十一日(漂着十日目)
事故が起きた。
木材の加工中に、ナイフが滑って左手の親指を切った。深い。骨が見えている気がする。
パニックになりかけた。止血しなければ。圧迫止血。清潔な布で傷口を押さえ、心臓より高い位置に上げる。応急処置キットから消毒液を取り出し、傷口にかけた。激痛が走った。
歯を食いしばり、包帯を巻いた。きつく、きつく。血が滲んでくるが、少しずつ量が減っていく。
三十分ほどで、出血は止まった。
傷口を見ると、思ったより深くはなかった。骨は見えていない。腱も切れていないようだ。指は動く。不幸中の幸いだ。
だが、作業効率は大幅に落ちる。
今日一日は、無理をしないことにした。傷口が開くと、感染のリスクがある。この島で化膿したら、最悪の場合、指を失う。いや、命に関わるかもしれない。
シェルターで横になり、天井を見つめた。
椎の葉の隙間から、青空が見える。
十日目。
三分の二が過ぎた。予定では十四日目に出航するつもりだった。だが、このペースでは間に合わないかもしれない。
焦るな。
焦っても、傷は治らない。むしろ、焦ってまた怪我をしたら、本末転倒だ。
計画を修正しよう。
出航を十六日目か、十七日目に延期する。食料は、釣りと貝採りで延長できる。缶詰もまだ半分以上残っている。水は無限にある。
大丈夫だ。まだ、時間はある。
午後、ロープの材料を探しに出かけた。左手を庇いながら、島の西側を探索した。
藤蔓を見つけた。太さは人差し指ほど。引っ張っても切れない。これを編めば、ロープの代わりになるかもしれない。
十メートルほど採取して、キャンプに戻った。
藤蔓を編むのは、思ったより難しくなかった。左手が使えないので、足で押さえながら右手だけで作業した。二時間で、三メートルほどのロープができた。強度は本物のロープに劣るが、ないよりはましだ。
夕方、FREEDOM号に行って、船内をもう一度探索した。見落としているものがあるかもしれない。
キャビンの奥、浸水した区画に入る。水深は膝くらい。冷たい。何かないか、手探りで探す。
缶詰が二つ見つかった。ラベルは剥がれているが、振ると中身が入っている。何の缶詰か分からないが、食料には変わりない。
そして、もう一つ。
鏡。
手鏡だった。前のオーナーの忘れ物だろうか。それとも、俺が買ったときから船内にあったのか。覚えていない。
鏡を見ると、知らない男がいた。
髭だらけ。日焼けで黒くなった顔。目だけがギラギラと光っている。編集部で会っていた頃の俺を知っている人間が見たら、別人だと思うだろう。
これが俺か。
十一日間で、俺はすっかり変わってしまった。
鏡をポケットにしまい、船を後にした。
夜、焚き火の前で、ロープ作りを続けた。
指が痛い。怪我をした左手も、酷使した右手も。
でも、進んでいる。確実に。
俺はこの島を出る。
九月二十二日(漂着十一日目)
左手の傷は、化膿していなかった。
朝、包帯を外して確認した。傷口は赤く腫れているが、膿は出ていない。消毒液が効いたのだろう。新しい包帯を巻き、作業を再開した。
今日はマストの組み立てに入った。
加工した木材を、FREEDOM号の甲板に運ぶ。潮が引いている時間を狙って、岩礁の上を歩いて船まで行く。木材は重い。六メートルで、推定三十キロ。一人で担ぐのは無理だ。
考えた末、引きずることにした。ロープで木材を縛り、砂浜を引きずって岩礁まで運ぶ。岩礁の上は滑るので、少しずつ、慎重に。
二時間かかったが、なんとか船の横まで運んだ。
次は、船に積み込む。
これが難題だった。
岩礁から甲板までの高さは約一メートル。三十キロの木材を、一人で一メートル持ち上げる。腕力だけでは無理だ。
てこの原理を使うことにした。
岩礁に流木を置き、支点にする。木材の一端を流木に乗せ、反対側を押し下げる。すると、木材の先端が持ち上がり、甲板の縁に引っかかる。そこからは、ロープで引っ張り上げた。
成功したときは、また叫んでしまった。
マストを立てる作業は、明日に持ち越した。今日はここまでで体力の限界だ。
夜、シェルターで横になった。筋肉が悲鳴を上げている。明日は動けないかもしれない。
でも、見えてきた。
脱出が、現実のものとして見えてきた。
九月二十三日(漂着十二日目)
予想通り、体が動かなかった。
全身筋肉痛。起き上がるのも辛い。こういうとき、筋肉痛は二日後に来る、という言葉を思い出す。四十歳の体は、正直だ。
今日は無理をしないことにした。
シェルターで休みながら、ロープ作りの続きをした。藤蔓のロープは、合計十メートルほどになった。これで、ステーに必要なロープは足りるはずだ。
午後、少し動けるようになったので、丘に登った。
習慣になりつつある。毎日ではないが、天気のいい日には丘の頂上まで行き、水平線を眺める。船影を探す。いつか、通りかかる船がいるかもしれない。その一縷の望みを捨てきれなかった。
今日も、水平線を見つめた。
——何かが、見えた。
目を凝らす。水平線の少し上、北西の方角。白い点。
船だ。
心臓が跳ね上がった。
発煙筒。発煙筒を焚かなければ。三本しかない。使用期限は切れている。でも、今しかない。この距離なら、煙が見えるかもしれない。
俺は丘を駆け下りた。左手の傷が痛む。足がもつれる。それでも走った。シェルターに戻り、発煙筒を掴んだ。
砂浜に出て、空を見上げる。
北西の方角。
白い点は——消えていた。
いや、違う。
目を凝らすと、それはまだそこにあった。動いていない。さっきから、まったく同じ位置にある。
雲だ。
あるいは、蜃気楼か。
俺は砂浜に膝をついた。
発煙筒を握りしめたまま、動けなかった。
馬鹿だ。冷静に考えれば分かることだった。あの距離で白い点が船なら、煙突の煙が見えるはずだ。動いていなければ船ではない。そんな当たり前のことを、俺は見失っていた。
希望に飢えていたのだ。
誰かに助けてほしかった。この島から連れ出してほしかった。自分の力で脱出するなんて、本当にできるのか、自信がなかった。
発煙筒を使わなくて良かった、と思うべきなのだろう。残り三本。これは最後の切り札だ。本当に船が通ったときのために、取っておかなければならない。
でも、そんな合理的な安堵より、虚しさのほうが大きかった。
俺は一人だ。
誰も来ない。
誰も、俺を探していない。
——いや。
俺は首を振った。
探しているかどうかは関係ない。俺は自分の力で、この島を出る。そう決めたはずだ。
美奈子の声が、頭の中で響いた。
「自由って、一人で完結するものじゃないと思うの」
違う、と俺は思った。
今は違う。今は、一人で完結させなければならない。誰かに頼る余地はない。俺には、俺しかいない。
それは孤独だ。だが、言い訳にはならない。
俺は立ち上がった。
発煙筒をポケットにしまい、FREEDOM号に向かった。木材はまだ甲板にある。明日、マストを立てる。
誰が来るかではない。俺が、行くのだ。
夜、シェルターで横になった。筋肉の痛みは和らいでいたが、心の芯に、冷たいものが残っていた。
あの白い点を船だと思った瞬間の、胸の高鳴り。それが幻だと分かったときの、底が抜けるような虚脱感。
忘れられない。
でも、忘れてはいけないとも思った。
希望は、使いどころを間違えると人を殺す。本当のチャンスが来たとき、確実に掴むために、今は冷静でいなければならない。
明日、マストを立てる。
自分の手で。
九月二十四日(漂着十三日目)
マストが立った。
朝から作業を開始した。
まず、折れた元のマストの根元を撤去する。錆びたボルトを外すのに苦労したが、工具箱のペンチとハンマーでなんとか外した。
次に、新しい木材をマストステップ(マストの台座)にはめ込む。サイズが合わない。元のマストより少し細いのだ。
木片を削って、詰め物を作った。隙間に詰め物を入れ、木材を固定する。ぐらつきは……ある。だが、ステーで引っ張れば安定するはずだ。
ステーを張る作業は、一人では難しかった。
前後左右のステーを、順番に張っていく。一本張ると、マストが反対側に傾く。それを補正しながら、次のステーを張る。何度もやり直した。腕が上がらなくなるまで、ロープを引っ張り続けた。
夕方、ようやく全てのステーが張り終わった。
マストを揺らしてみる。
少し揺れるが、倒れない。強風には耐えられないかもしれないが、通常の風なら大丈夫だろう。
帆を取り付ける。
補修した帆を、マストに巻きつける。ハリヤード(帆を上げ下げするロープ)を通し、試しに帆を上げてみた。
上がった。
風を受けて、帆が膨らんだ。
俺は甲板に座り込んだ。涙が出てきた。十三日間で、初めて泣いた。
できた。
本当に、できた。
この手で、マストを作り、帆を張った。誰の助けも借りずに。
美奈子。
俺は変われたのかもしれない。
「責任から逃げてるだけ」——そう言われたあの日から、ずっと心のどこかに引っかかっていた。その言葉を、俺は認めたくなかった。
でも、今なら分かる。
彼女は正しかった。俺は逃げていた。自由という言葉を言い訳にして、面倒なことから、困難なことから、逃げ続けていた。
この島に来て、初めて逃げられない状況に追い込まれた。そして、逃げなかった。
向き合った。闘った。
だから、今、ここに帆が張れたマストが立っている。
明日、出航する。
九月二十五日(漂着十四日目)
最後の日。
朝、目が覚めると、空は晴れていた。風は穏やかで、波も静かだ。絶好の出航日和。
シェルターを片付け、使った道具をまとめた。この島に来たときより、荷物は減っている。缶詰は残り三つ。水は、空いたペットボトルに沢の水を満タンにした。
FREEDOM号に乗り込む前に、島を振り返った。
十四日間。
長いようで、短かった。
この島は俺に何も与えてくれなかった。いや、違う。
この島は俺に、生き延びる術を教えてくれた。自分の手で何かを成し遂げる達成感を思い出させてくれた。そして、自分自身と向き合う時間をくれた。
感謝している。本当に。
名前のない、この島に。
FREEDOM号に乗り込んだ。
エンジンを試してみる。何度かセルを回すと、咳き込むように始動した。動く。燃料も、まだ半分以上残っている。万が一、風がなくなっても、エンジンで進める。
錨を上げる。
岩礁から船体を押し出す。潮が満ちてきて、船底は岩礁から浮いていた。
帆を上げる。
ハリヤードを引き、帆が開く。風を受けて、帆が膨らむ。
船が動き始めた。
ゆっくりと、だが確実に、島から離れていく。
振り返ると、島がどんどん小さくなっていく。
さようなら。
そして、ありがとう。
コンパスを確認する。北北西。伊豆諸島の方向だ。運が良ければ、二、三日で船舶航路に出られるかもしれない。そこで発煙筒を焚けば、救助される可能性がある。
運が悪ければ——考えないことにする。
考えても仕方がない。今の俺にできることは、この船を操り、北へ向かうことだけだ。
風が頬を撫でる。塩辛い、海の風。
自由だ。
本当の意味での自由だ。
逃げるための自由ではなく、進むための自由。困難に立ち向かうための自由。
俺はようやく、それを手に入れた気がする。
遠くに、雲が見える。あの雲の下に、陸地があるかもしれない。人がいるかもしれない。
帆を調整し、船を雲に向ける。
さあ、行こう。
新しい人生に向けて。
(手記はここで終わっている)
あとがき
編集部注
本手記は、二〇XX年十月三日、伊豆大島沖にて漁船「第三丸勝丸」により救助された神崎亮介氏(当時四十歳)の所持品から発見されたものである。
救助時、神崎氏は中等度の脱水症状および軽度の低体温症を呈していたが、生命に別状はなかった。左手親指に裂傷の痕跡あり。
神崎氏が漂着していた島は、伊豆諸島南方の岩礁群の一つであり、海上保安庁の記録では「鳥島南方無名岩礁群・第七号」として登録されている。面積約一・二平方キロメートル。定住者なし。
FREEDOM号は神崎氏の救助後、海上保安庁により曳航され、現在は静岡県内の造船所に係留中。
本手記は、神崎氏本人の許可を得て公開するものである。
著者あとがき
あの島で過ごした十四日間のことを、今でもよく思い出す。
といっても、美化された思い出ではない。空腹、孤独、恐怖。そういったものが、生々しく蘇ってくる。特に、雲を船と見間違えて発煙筒を握りしめた瞬間の惨めさは、たぶん一生忘れないだろう。
それでも、あの経験が俺を変えたことは確かだ。
逃げることと、進むことは違う。どちらも「どこかへ向かう」という点では同じに見える。でも、背中を向けているか、正面を向いているかで、たどり着く場所はまったく違う。
俺はようやく、正面を向けるようになった気がする。
ちなみに、FREEDOM号は修理して今も乗っている。あのダサい名前も、今ではそこそこ気に入っている。自分で立てたマストは、プロに見せたら笑われるような出来だったが、「よくこれで外洋に出ましたね」と呆れ半分、感心半分で言われた。
次に海に出るときは、もう少しまともな帆を張るつもりだ。
そして今度は、ちゃんと帰ってくる場所を決めてから出航しようと思っている。
二〇XX年十二月 神崎亮介
【了】







