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幼馴染は、恋の作戦会議をやめられない

幼馴染は、恋の作戦会議をやめられない

更新日時: 2026-10-19 01:33:49
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説明

「理想の恋人は、好きな飲み物まで同じ人!」


九歳の澪と桐子は、そんな無茶な条件を真剣に書き込んだ。放課後の教室で結成した、二人だけの『恋愛研究部』。好きな人と運命的に出会う方法から告白の必勝法まで、青いノートには幼い夢と恥ずかしい作戦がぎっしり詰まっていた。


それから十七年。大人になった澪の隣にいるのは、穏やかだけれど譲れないところは譲らない恋人・悠斗。しかも澪はブラックコーヒー派、悠斗は筋金入りの紅茶派。毎朝の飲み物ひとつで、今日も小さな論争が始まる。


そんなある日、改修中の母校から例の青いノートが見つかったとの知らせが届く。連絡してきたのは、相変わらず勢いだけは誰にも負けない幼馴染の桐子。彼女のそばには、何事も理屈で考える完璧主義の装丁家・黒崎がいた。彼の持ち歩く銀色のケースには、なぜか角砂糖が整然と並んでいて……。


懐かしい校舎で開かれる『放課後文化祭』を舞台に、四人は昔の恋愛ルールを検証する羽目に。似顔絵、二人三脚、喫茶店。笑って、呆れて、ときどき思いがけず胸が高鳴る。ただし、自分の恋には全員、驚くほど鈍感だ。


幼馴染だからこそ知っている昔の顔と、大人になって初めて見せる今の顔。十七年前に夢見た『理想の恋』は、本当に正しかったのだろうか?


正反対の好みも、不器用な言葉も、全部ひっくるめて愛おしい。コーヒーの苦味と紅茶の香りに包まれた、ちょっと騒がしくて温かな青春やり直しラブコメディ!


エピソード1


 土曜日の朝、私の部屋は紅茶に占領されていた。

 いや、正確には台所だけだ。けれど深煎りコーヒーをこよなく愛する私にとって、それは国境を踏み越えられたに等しい。

「悠斗、私のコーヒーミルは?」

「いつもの棚。逃げてないよ」


「じゃあ、どうして部屋中が紅茶の匂いなの」

「淹れたから」

「事件の自白が早い」

 キッチンに立つ悠斗は、こちらの抗議などどこ吹く風で、白いポットを温めている。付き合って三年。別々の部屋で暮らしているくせに、週末になると彼は自分の家のように私の食器棚を使う。


 私も悠斗の部屋では、勝手にコーヒーミルを回している。以前、一度だけ豆の粉を台所に散らし、二人で床にしゃがんで拾ったことがある。あの時の悠斗は怒らず、「焙煎所ができた」と笑った。だから文句を言う資格がないのは、分かっている。

「今日はダージリン?」

「正解。昨日、仕事を納めたんだろ。休む日にいい香りだと思って」

「仕事を納めた人間がコーヒーを飲んでもいいでしょ」


「もちろん。俺が紅茶を飲んでもいいのと同じで」

 柔らかく笑って、彼はカップを二つ並べた。一つには琥珀色の紅茶。もう一つは空っぽのまま。

「お湯は余分に沸かしてある」

「……最初からそう言えばいいのに」


「抗議する澪を見たかった」

「性格が悪い」

「三年かけて育ちました」

 私は笑って、コーヒーの豆を計量した。窓の外では街路樹の葉が色づいている。パソコンには昨夜納品したイラストの完成データ。今日は何も描かずに過ごすと決めたのに、ついソフトを立ち上げそうになる。


「メールを開かない」

「今、開こうとしてない」

「マウスに手を伸ばした」

「目ざといなあ」


「職業病に名前を付けてみる? 『休暇中のメール確認症候群』」

「診断した人にはコーヒー一杯分の罰金」

「俺、紅茶派だから無傷だね」

 そんな馬鹿げた会話の途中で、スマートフォンが震えた。画面に表示された名前に、私の手が止まる。


『桐子』。

 幼い頃、隣の家に住んでいた女の子。九歳の夏まで毎日遊び、引っ越してからも手紙を送り合った。一度途切れた縁を、大人になって東京でつなぎ直した相手だ。今では彼女もイラストレーターで、仕事の愚痴を言い合う仲に戻っている。

 だから、朝の電話そのものは珍しくない。


 珍しいのは、私が出た瞬間に響いた悲鳴だった。

『澪! 今すぐ助けて! 私の社会的生命が危ない!』

「仕事のデータ消した?」

『それならバックアップがある!』


「締め切り間違えた?」

『それも編集者さんが泣くだけ!』

「今の発言は編集者さんに聞かせたい」

『笑ってる場合じゃないの! 青いノートが見つかった!』


 私は豆を落とした。

 ころころと転がる二粒を悠斗が拾う。その横で、十七年前の記憶が容赦なく蘇ってきた。

「……青い?」

『表紙に金色の星が三つ貼ってある、あれ!』


「嘘。あれ、桐子が引っ越す時に学校の図書室へ隠したじゃない」

『だから改修工事で出てきたんだって! あんた、今日来られる?』

 私の通っていた小学校は数年前に閉校し、現在は地域の文化施設へ改修中だ。来週の日曜には、安全に整備された体育館と旧図書室で、卒業生と町の人による『放課後文化祭』が開かれると聞いていた。


「まさか、展示されるとか?」

『そこまで勝手な話じゃない。見つけた担当者が持ち主を探して、私に連絡くれたの。展示用の昔の絵も一緒に見つかったらしい』

 ほっとした。ほっとした直後、もっと重要なことに気づいた。

「桐子、あのノートの中身……」


『知ってるから叫んでるの!』

 悠斗が豆を指先で摘まみながら首を傾げる。

「青いノートって何?」

『誰? 澪、今の声、彼氏?』


「そうだけど、声を大きくしないで」

『一緒に連れてきて! 研究の成果を検証できる!』

「研究って言わないで!」

 電話は一方的に切れた。


「楽しそうな幼馴染だね」

 悠斗がぽつりと言う。

「他人事みたいに」

「他人だからね。まだ」


「含みがあるなあ」

「ちなみに俺、実験動物にされるならおやつが欲しい」

 私は額を押さえた。ゆっくり休む予定は、どうやら十五分で終わったらしい。


◇


 正午過ぎ、私たちは電車を乗り継いで故郷の駅に降りた。駅前のパン屋は新しい店に変わり、いつも駆け込んでいた文房具店は看板だけが残っている。

「ここで桐子と待ち合わせしてたの」

 私は空き店舗のシャッターを指した。

「毎朝?」


「毎朝。私が五分遅れて、桐子が怒る」

「澪が?」

「今、すごく失礼な驚き方したよね」

「昔から起きるの苦手なんだ」


「悠斗だって待ち合わせには早すぎるよ。三十分前に来られると、遅刻してないのに申し訳ない」

「その間に本が読めるから、むしろ得なんだけど」

「考え方からして紅茶派」

「どういう分類?」


 悠斗と笑いながら旧校舎へ向かう坂を上る。途中にある坂道の駄菓子屋はまだ営業していた。軒先の赤いベンチを見ると、膝を抱えて泣く九歳の自分が目に浮かぶ。

 あの日、桐子が突然、引っ越しを告げた。

『遠くじゃないよ。電車で一時間くらい』


『一時間もかかったら放課後に遊べないじゃん』

『じゃ、土日に遊べばいいじゃん』

『毎日じゃない』

 私は理屈にならない反論を重ねた。桐子は怒って、最後には二人で泣いた。次の日には、いつものように隣で笑っていたくせに。


「澪?」

「ううん。懐かしいなって」

「帰ってくると、時間が巻き戻る?」

「ちょっとだけね」


「じゃあ今日は、昔の澪に会える日か」

「おすすめしない。今より面倒くさいよ」

「今の澪と比べるの、難しそう」

「悪口の精度が高い」


 正門の手前で、見覚えのある声が飛んできた。

「澪ーっ! 遅い!」

「時間ぴったりなんだけど!」

「私が早く来たんだから遅い!」


「十七年前から定義が変わってない!」

 駆け寄ってきた桐子は、色鮮やかなスカーフを首に巻いていた。飾りのほとんどないグレーの上着なのに、彼女だけは昔から不思議と目立つ。隣には仕立てのいい紺のスーツを着た男性が立っている。

「こちら黒崎さん。例の本の装丁を担当してくれた人」


「初めまして。黒崎です」

 男は完璧な角度で頭を下げた。

「それと、今回の文化祭展示パネルのデザインをお手伝いしています。地域の方から依頼を受けまして」

「頼んでないところまで書体を直すんだよ、この人」


「読めない掲示物では役目を果たせません」

「ほら!」

 桐子が私に両手を広げる。黒崎は何一つ間違っていないと言いたげな顔だ。

 悠斗が笑顔で名乗った。


「澪の恋人の悠斗です。今日はお世話になります」

「こちらこそ。現状、最も貴重なのは冷静な立会人です」

「まだ何も起きてないですよ」

「すでに七件、桐子さんからレイアウトの変更依頼が来ています」


「七件じゃない、六件半!」

「半件とは?」

「角丸の話は相談でしょ!」

 私は悠斗の袖を引いた。


「この人たち、ずっとこんな感じ?」

「澪も桐子さんとずっとこんな感じだろ」

「……確かに」


◇


 ノートを開く前に、文化祭の実行委員で元同級生の佐伯さんに案内され、使える校舎の範囲を見て回った。改修中の区画には立ち入れないが、かつて毎日走った廊下の一部は、文化祭のために磨き上げられている。

「見て、ここ!」

 桐子が突き当たりの窓を指した。

「この窓から、二人で校庭の好きな子を探したよね」


「探してない。桐子が勝手に見張ってただけ」

「澪だって『今日は青い帽子の男子がかっこいい』って言ってた!」

「あれ、帽子がかっこよかったの!」

「人じゃなくて帽子を好きになったわけ?」


「そうだよ!」

 悠斗が楽しそうに頷く。

「だから澪は今も、俺の服より鞄の方を褒めるのか」

「余計な証言を増やさないで」


「ちなみにこの鞄、澪が選んでくれたんだ」

「のろけは後でお願いします!」

 桐子が悲鳴を上げる。黒崎は壁に残った鉛筆の目盛りを観察していた。

「これは身長を測った跡ですか」


「そう。毎年、夏休み前に二人で測ってた。ほら、私の名前」

 私が指さすと、桐子が背伸びをした。

「十七年前は私の方が高かったのに、澪に抜かれたんだよね」

「抜いたの、ほんの少しだけじゃん」


「その少しが悔しいの!」

「今ならヒール履けば勝てるよ」

「そんな勝ち方に意味はない!」

 黒崎が真顔で振り返った。


「測定条件を揃えないと比較になりませんからね」

「意外と話が合うの、やめてくれる?」

 廊下の先に、小さな掲示板があった。そこには文化祭の案内と、昔の写真を募る紙。写真の端に、運動会で手をつないだ二人の少女が写っている。


 九歳の私は緊張した顔で、桐子はなぜか勝ち誇った顔をしていた。

「これ、あなたたち?」

 悠斗が指さす。

「そう。私は走るのが苦手だったから、桐子が引っ張ってくれた」


「引っ張りすぎて二人で転んだけどね」

「そうそう。競技の順位は最下位」

「でも写真では優勝してるみたいに笑ってる」


 悠斗のその言い方が嬉しかった。写真の余白には、桐子が九歳の字で『つぎは一い』と書いている。競走そのものは最下位だったのに、桐子は私が泣き止んだ時点で次を決めていたのだ。

「次も出るつもりだったんだね」

「当たり前じゃん。澪と出るって決めてたんだから」

 その即答が、写真よりずっとまぶしかった。

 桐子が私の腕を軽くつつく。

「澪、また難しい顔してる。昔もそうだった」

「昔の私、そんなに顔に出た?」


「出たよ。泣く前に眉が八の字になる」

「今は?」

「今は、仕事しすぎると同じ顔になる」

 悠斗が横から「同感」と言い、私は二人に同時に睨みを利かせた。


「幼馴染と恋人が手を組むの、禁止!」

「多数決です」

 黒崎がさらりと口を挟む。

「三対一ですね」


「黒崎さんまで敵に回った!」

「私は現時点では中立です」

「じゃあ二対一じゃん!」

「数え直しました。失礼しました」


 四人で笑いながら廊下を戻る。窓の隙間から入り込む冷たい風も、磨かれた床の匂いも、いつの間にか私の中で封をしていた記憶を起こしていく。

 図書室の前で、桐子が小さく言った。

「ここに来るの、ちょっと怖かった。引っ越した日のこと思い出すから」


「私も」

「でも来てよかった。澪、全然変わってない」

「それ褒めてる?」

「半分くらい」


「残り半分は?」

「私が知ってる澪のままで、ちゃんと大人になってるってこと」

 返す言葉を探しているうちに、悠斗が扉を押さえてくれた。

「どうぞ、恋愛研究部の皆さん」


「そう呼ぶのはやめてってば!」

 私たちはまた、九歳の頃みたいに同じタイミングで声を上げた。


 旧図書室は来週のイベントに向けて清掃され、工事区域との境には丈夫な仕切りが設けられていた。奥の一角に、古い机と本棚が残されている。

 黒崎が机の上へ透明な保護袋を置いた。中に見えるのは、青い表紙。金色の星は二つしか残っていなかった。

「発見場所は旧図書室の戸棚の裏です。施設担当の方が保管していました。持ち主が確認できれば、お返しできます」


「返却希望。即時で」

「内容を見ずに?」

「見たら後悔するから!」

 桐子が袋を開ける。ぱらり、と乾いた紙の音がした。


 最初のページには、色違いのペンで大きく文字が書かれている。

『恋愛研究部 研究記録』。

 その下には私と桐子の名前。部員数二名。顧問、なし。目標は『世界でいちばんすてきな恋人を見つけること』。

 悠斗は真剣に一行ずつ読んだ。


「九歳で部活を立ち上げたんだ。行動力あるね」

「ないの! ノートを買う口実が欲しかっただけ!」

「いや、会費も書いてある。月二十円」

「それは桐子が勝手に!」


「チョコを買うための運営費よ」

「研究費を私的流用してる!」

「福利厚生って言って!」

 笑いがこぼれた。十七年前、私たちは本気だった。恋愛のことなんて少女漫画でしか知らないくせに、好きな人と偶然会うにはどの角度で廊下を曲がればいいか、何分早く登校すればいいかを議論していた。


 見開きには『恋を成功させる作戦』。

『作戦一 同じ本を同時に取る』。

『作戦二 転んで絆創膏をもらう』。

『作戦三 雨の日に傘が一本しかないふりをする』。


 黒崎が眉を寄せる。

「作戦二は負傷を前提としていませんか」

「そういう疑問が出る大人には見せたくなかったんです」

「作戦三は虚偽申告ですね」


「もう閉じて、お願い!」

 悠斗が肩を震わせている。

「笑ってるでしょ」

「ううん」


「声を出さないだけで大笑いしてる!」

「いや、澪が傘を二本持ってるところを想像して……」

「言わないで!」

 桐子が勢いよく最後の方をめくった。


「じゃ、こっち。理想の恋人の条件!」

「それも読むの?」

「大丈夫。私のも書いてあるから公平」

 公平という言葉の使い方がおかしい。


 私が書いた一つ目の条件を、桐子は張り切って読み上げた。

「『好きな飲み物が同じ人』」

 悠斗がゆっくり私を見る。

 私は鞄の中のコーヒーボトルを押さえた。


「……なに、その顔」

「俺、一次審査落ちだね」

「今ここで募集してないから!」

 桐子が机に突っ伏して笑った。黒崎だけがノートと悠斗と私を見比べて、真面目な顔で訊く。


「審査基準は現在も有効ですか」

「とっくに廃止です!」

「では改定履歴の記録が必要ですね」

「黒崎さん、そこは笑うところ!」


 その時、図書室の扉から文化祭の実行委員が顔を出した。先ほど校内を案内してくれた佐伯さんだ。

「ちょうどよかった。お二人にお願いがあって。昔の壁画、覚えてる?」

 私は顔を上げた。

 図書室の奥の壁。空と花と鳥を二人で描いて、真ん中だけ白く残した、あの壁画。


「もちろん」

「改修後も残す予定なんだけど、文化祭の日に、子供たちと小さな展示を作ってもらえないかな。昔のノートは本人たちの物だから公開しない。それとは別に、今の二人が考える『すてきな一日』を絵にしてほしいの。描いたものに、来場者が自分の『好き』をカードで足していけたら素敵だと思って」

 桐子と目が合った。


 九歳の時、絵の中央を埋めるものが決められず喧嘩した。私が空を残したいと言えば、桐子は薔薇を増やそうとした。結局どちらも折れなかった。

「私、いいと思う」

 桐子が先に言った。

「澪は?」


「……今度は喧嘩しない?」

「無理じゃない?」

「即答か!」

「でも、ちゃんと話す。それならできるでしょ」


 黒崎が静かに頷く。

「意見が違うこと自体は、失敗ではありません」

「黒崎さんが言うと説得力あるんだかないんだか」

「反省を踏まえております」


 悠斗は私の肩にそっと触れた。

「描こうよ。澪が仕事じゃない絵を描くところ、見てみたい」

 そんなことを言われたら、断れない。

「……分かった。やる」


 佐伯さんが嬉しそうに拍手した。

 私と桐子も、昔のように顔を見合わせて笑った。

 作業日は来週の土曜。文化祭は日曜だという。私たちはその場で予定表を開き、絵の下描きと展示パネルの準備を分担した。桐子は「材料は多いほど楽しい」と色鉛筆の本数を増やし、黒崎は「搬入経路を確保してください」と机の位置を動かそうとする。私はその両方を止めた。


「まず何を描くか決めない?」

「そこから?」

「そこが一番大事なの!」

 悠斗が二人分の予定を見て、来週も休みを取ってくれた。誰かと同じことをするために予定を空けるなんて、子供の頃にはごく当たり前だったのだ。


 青いノートは黒崎の手で丁寧に袋へ戻された。公開はしない。これは私たち二人のものだ。

 ただ一つ。ノートの最後に貼られた小さな封筒だけは、まだ開けていない。

 そこには子供の字で、『未来の私たちへ。好きな人ができたら、ぜったい教えてね』と書かれていた。


 悠斗は何も言わず、私の隣で紅茶の水筒を開ける。

「飲む?」

「……あとでコーヒー買ってくれるなら」

「交渉成立」


 桐子が目を丸くした。

「その二人、毎日そうなの?」

「だいたいね」

「うわあ、恋愛研究の参考になる」


「研究はもう廃部!」

「えー、十七年ぶりの活動再開じゃん!」

 黒崎がケースの留め具を確かめている間、桐子は青いノートの表紙を指で撫でた。

「星、一個取れちゃったね」


「引っ越す前、三つ貼ったんだった」

「一個は『ずっと友達』、一個は『好きなものを好きって言う』、最後は……何だっけ」

「たぶん『おやつを分ける』じゃない?」

「そんな理由で星貼ったかなあ」


「桐子なら貼る」

「否定できない!」

 思い出せない約束が一つくらいあってもいい、と私は思った。全部を覚えていることより、思い出そうとして二人で笑えることの方が、今はずっと嬉しかった。

 悠斗の笑い声が、懐かしい図書室に響いた。


 どうやら今年の秋は、思ったより騒がしくなりそうだった。


第三章 二人三脚は、揃わなくていい

最終更新: 2026-10-19

第二章 恋の三条件と、角砂糖二個の謎

最終更新: 2026-10-19

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