説明
スーパーナチュラル使っていたら、宇宙が牙をむいてきました!
エピソード1
陽光が、ヴァーレンス王国ののどかな石畳を白く焼いている。
この国には、他国のような「焦燥」がない。通貨という概念を形骸化させ、魂の欠片で命を繋ぐこの場所では、人々は競うように歩く必要を忘れていた。行き交う馬車の音、道端の露店から漂う焼きたてのパンの香り。魔法が生活の端々に溶け込み、誰もが呼吸するように奇跡を謳歌している。
その緩やかな大気の中を、一隻の魔導飛行船が切り裂くように滑り込んできた。
アスタルロサ王国の、それも民間企業の結晶たる最先端の機体だ。洗練された流線型のボディは、平和を愛でるヴァーレンスの空にはいささか鋭利すぎた。
「……いつ来ても。この国の空気は、僕の計算を狂わせる」
タラップを降り立ったレナード=ユーバンク=コードウェルは、眉をひそめて呟いた。
アスタルロサの御曹司である彼の瞳には、この楽園の静謐さが、嵐の前の不気味な凪のように映る。ビジネスの、あるいは戦争の論理が通用しない異土。
彼を迎えに来たのは、一人の男。
公爵ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒ。
黄金のアラベスク模様が施された黒いコートを羽織り、短く切りそろえられた金髪を揺らしながら、ミハエルはあくび混じりに手を振った。
「やあ、レナードくん。わざわざアスタルロサから、わたしの冗談に付き合いに来たわけじゃないだろう?」
「公爵。……冗談であれば、どれほど良かったか」
レナードの表情は硬い。彼の手元には、魔導端末が握られている。アスタルロサが誇る科学と魔法の融合体。その画面には、今、この世界の理を根底から揺るがしかねない「何か」が映し出されている。
二人は、ミハエルの屋敷へと向かった。
そこには、ミハエルの「家族」たちが集まっていた。リビングに足を踏み入れた途端、レナードは言葉を失う。そこにいたのは、一人一人が一国を滅ぼしかねない輝きを持った、異形の、しかし美しい群像だった。
「あら。あのアスタルロサの坊ちゃんじゃない」
ソファで退屈そうに雑誌をめくっていたのは、黒竜フィオラ=アマオカミだ。赤い瞳がいたずらに光り、背中の純白の翼がわずかに震える。彼女の隣では、ホワイトライガーの耳を持つサリサが、大きなあくびをしながらクッションに顔を埋めていた。
「サリサ、お客さんだよお。起きてぇ……」
「んぅ……ミハエル、おやつ? それとも、遊んでくれるの?」
サリサが銀髪を振り乱しながら起き上がる。赤と金のオッドアイがレナードを捉えた。野生の直感。彼女の瞳の奥に宿る膨大な霊気が、無自覚にレナードの肌を粟立たせる。
「…………」
静かに茶を淹れていたのは、水鏡冬華だった。巫女装束を纏った彼女は、一切の無駄がない所作でレナードの前にカップを置く。彼女の纏う「静」の気配。幕末の戦火を潜り抜けた女の、背筋を凍らせるような冷徹な美しさがそこにある。
「ミハエル。お客様は、随分と切羽詰まったご様子よー」
冬華の言葉に、ミハエルは肩をすくめた。
部屋の隅では、空夢風音が脇差を磨く手を止め、心配そうにこちらを見ている。その隣には、ミハエルの息子、ラルス。そして彼を「監視」するように、文武両道の美少女、高嶺綾香が立っていた。
「ラルス、姿勢が悪いわ。こんな重要なお客様をお迎えしている時に」
「あ、ああ。ごめん、高嶺さん……」
ラルスの困り顔。しかし、その視線は父に向けられている。自分とはあまりにかけ離れた父の存在への、憧憬と無力感。
「皆、揃ってるな。……いい。レナード、その『不審なもの』を見せてくれ」
ミハエルの声が、少しだけ低くなった。
レナードは頷き、魔導端末を机の中央に置いた。
空間に投影されたのは、火明星を囲む広大な銀河の構造図だ。だが、その一角。正常な星々の光を飲み込むように、どす黒い「シミ」のようなものが蠢いている。
「……うちの最新型レーダーが、これを捉えました」
レナードの指が、空間の地図を拡大する。
「最初は、単なる宇宙塵か魔力の歪みだと思った。だが、違う。これは増殖している。周囲の星々の『因果』を喰らい、エネルギーそのものを腐敗させているんです」
その映像を見た瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚に陥った。
ブラックヴァルキリー・カーラが、窓際から歩み寄る。黒い翼を半ば広げ、黄金の瞳がモニターを凝視した。
「……これは。魂の匂いがしないな。死とは違う。……無、だ。存在そのものがなかったことにされる、悍ましい空洞だ」
「シルも、あんなの見たことない……雷を落としても、無くなってしまいそう」
精霊シルフィードが、不安げにミハエルの背後に隠れた。
「ほう」
アリウス=シュレーゲルが、眼鏡の奥の赤い瞳を鋭くさせた。
「情報のエネルギー化……ではなく、情報の完全な抹消、かい? それは魔法の範疇を超えているね。理屈じゃない、何らかの意志を感じる」
ミハエルは、顎に手を当ててモニターをじっと見つめていた。
しばらくの沈黙。場を支配していた重苦しい空気を切り裂いたのは、ミハエルの意外な一言だった。
「はあ。ん? これは……邪悪な負の力の累積と見た。調査しないとわからないが……」
ミハエルは、呆れたように笑った。
「漫画でラストの展開で見たことあるぞ。こういう流れ」
「……漫画?」
レナードが、耳を疑ったような声を出す。
「公爵、僕が言っているのは、この銀河全ての消滅のリスクですよ? この経済的な損失、そして生命の——」
「わかってるよ、レナード」
ミハエルは軽快に立ち上がり、モニターの「シミ」を指差した。
「理屈で考えすぎるから怖くなるんだ。こういうのはね、だいたい過去の遺産か、誰かの『やりすぎた憎しみ』が実体化したものだ。遥か昔、別の銀河でも同じようなことがあったらしい」
ミハエルの瞳から、一瞬だけ冗談の光が消えた。
「邪悪を通り越した、無の化身。発生源の惑星を破壊した後、その絶望を燃料にして周囲の銀河を病のように侵食した腐敗のエネルギー。……伝染するんだよ。一度、その無を『見て』しまったものは、心の中にその種を植え付けられる」
「…………」
一同は、息を呑んだ。
ミハエルは、フレデリック=ローレンス、通称フレッドに視線を送った。
フレッドは、漆黒の騎士鎧の中で肩をすくめ、滅炎剣の柄に手を置いている。
「おいおい、ミハエル。またそんな厄介そうなもんを見つけてきたのか? 俺はもっと、可愛いお姉さんをナンパして回る平和な冒険がしたいんだけどなあ」
「とか言いながら、鼻息荒いじゃないか、フレッド」
「……まあな。こんな禍々しいもんが近くにあると、ワインの味が落ちる」
キャンディス=ディ=ディディエが、メイド服に銀のアーマーを合わせた姿で一歩前に出た。
「ミハエル様。私をお連れください。騎士として、そしてこの屋敷のメイドとして、邪悪の塵一つ逃さず、払い清めてご覧に入れます」
「キャンディス、頼もしいね」
ミハエルは微笑み、再びレナードに向き直った。
「で。調べよっか?」
あまりに軽い提案。
だが、その言葉には、ヴァーレンス王国、いや、この世界の最強の担い手としての、絶対的な自負が込められていた。
レナードは、脱力したように吐息を漏らした。
「……貴方という人は。僕がどれだけの数字と確率を積み上げて、この危機の絶望を量ったと思っているんですか」
「数字じゃ勝てない相手もいる。……だろ、フィオラ」
ミハエルに振られ、黒竜は赤いドレスの裾を揺らしながら立ち上がった。
「いいわよ。私も退屈してたところだわ。骨董品の中には、そういう『無』を封じ込めた宝珠もあったけど……本物にお目にかかれるなら、芸術的な価値を確かめてあげなきゃね」
「わーい! 冒険だあ!」
サリサが子供のように跳ねた。
「サリサが、あんなのパクって食べてあげる! まずそうだけど!」
「……食べちゃダメよ、サリサ。お腹を壊すわ」
冬華の冷ややかなツッコミ。しかし、その手はすでに、腰に差した刀の感触を確かめている。
ラルスは、父の背中を見ていた。
どれほどの巨大な悪意を突きつけられても、決して揺るがない。それを「漫画の展開」と笑い飛ばし、日常の延長線上で解決しようとする。
「父さん……僕も、行けるかな?」
控えめなラルスの声。
ミハエルは振り返り、息子の頭を乱暴に撫でた。
「ああ。高嶺さんに怒られないように、しっかり準備しろよ。……あ、あと、オットセイの真似の練習もな」
「それはもういいって言ってるじゃない!!」
高嶺綾香の、顔を真っ赤にした怒鳴り声が響き、張り詰めた緊張が、一気に崩れ去った。
レナードの持つ端末の中。
今も、死のシミは拡大を続けている。
だが、このリビングに満ちるエネルギーの奔流を前にして、それはただの「掃除すべき汚れ」にしか見えなくなっていた。
「準備しろ、皆」
ミハエルが宣言する。
「銀河の腐敗を、のんびりと見物しに行こうじゃないか」
ヴァーレンスの空は、どこまでも高く、蒼い。
だがその視界の果て、星々の海には、確かに不吉な影が差し始めていた。
「無の化身」。
かつて一つの銀河を壊滅させたという、絶望の種。
だが、ミハエルにとっては、それさえも彼の広大無辺な「遊び」の一つに過ぎない。
屋敷の外では、エレナ=オブ=メノーシェが馬を繋ぎ、出陣の気配を察して剣を抜いていた。
静かな、それでいて激しい嵐の予感。
世界を飲み込もうとする「負」の波。
それに対して、ミハエルと彼の家族たちが放つ「生」のエネルギー。
対決の時は、すぐそこまで迫っていた。
「……ミハエルさん」
レナードが、最後にもう一度尋ねた。
「本当に、勝算はあるんですか?」
ミハエルは、窓から差し込む光を背に受けて、不敵な笑みを浮かべた。
「勝算? そんなの、最後に勝ったやつが『あった』って言えばいいだけの話だよ」
それは、アスタルロサのあらゆる演算機を凌駕する、絶対の確信だった。
雷光が、どこかでひとつ、瞬いた。
シルフィードが風を呼び、サリサが牙を剥く。
フィオラの鱗が闇に沈み、冬華の刃が霊気を纏う。
ミハエルの「黒騎士団」と、その家族たち。
最強の宴が、今、幕を開けようとしていた。
<思考の断片>
(邪悪な無の化身、か。……まあ、よくある話だ。
だがね、レナード。
君はこの世界をビジネスの確率で支配しようとしているが。
本当に世界を動かしているのは、その理屈を笑い飛ばす、圧倒的な『生の力』なんだよ。
さて、どう料理してやろうかな)
ミハエルの心の中の独白は、誰に聞かせることもなく、晴れ渡った空へと溶けていった。
銀河を蝕む絶望ですら、この男にとっては、新しい遊び道具、あるいは語るべき新たな英雄譚の1ページでしかないのだった。
レナードは、あきらめたように笑い、自分の持ち込んだ絶望のデータを閉じた。
ヴァーレンスの空は、今日も恐ろしいほどに平和だ。
その平和を壊すものが何であれ、この屋敷の住人たちが、きっと笑いながら踏み潰していくのだろう。
そんな予感が、御曹司の心を、不思議と軽くさせていた。
「……僕も、少しは貴方の楽観主義を学ばなければならないようですね」
「学ばなくていいさ。……君は、僕たちが暴れた後の、面倒な復興計画を数字にする役割だ」
ミハエルは愉快そうに、レナードの肩を叩いた。
冒険、そして戦い。
それは、彼らにとっての呼吸。
銀河の命運を賭けた対談は、こうして、いかにもミハエルらしい軽薄さと、底知れぬ強さを孕んだまま終了した。
新たな敵は、まだ水平線の向こう。
だが、王国の守護者たちは、すでに研ぎ澄まされていた。
風が、力強く吹き抜ける。
その風に乗って、彼らの笑い声が、やがて来る嵐を嘲笑うかのように、空へと響き渡っていった。
最新エピソード
「引くぞ。前哨戦終わりだ」
漆黒の外套に身を包んだミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒの発したその一言が、宇宙船『シルヴァー・コメット』の静寂を破った。
船外で
「それじゃあ最前線に出るのは、引き続きわたしとサリサとフィオラだ。霊波動が使えるだけでは力不足だ。……つまり、わたしも、力不足だ」
アスタルロサの魔導宇宙船『シルヴァー・コメット
銀河の深奥。光さえも逃げ出すことを許されない、絶対的な「虚無」の縁。
アスタルロサ王国の魔導宇宙船『シルヴァー・コメット』のブリッジには、吐き気のするような沈黙と、それを切
蒼穹を穿つ銀の楔。
アスタルロサ王国の威信を懸けた魔導宇宙船『シルヴァー・コメット』が、ヴァーレンス王国の牧歌的な空に不似合いな影を落としていた。噴射口から漏れる魔力の残滓が、虹色の帯







