説明
一撃の悪魔
33歳、男性
超一流のフリーランスヒットマンでどんなセキュリティもすり抜けターゲットの食事に激辛パウダーを混ぜる
客の陣営を全く選ばず、その上あまりにも成功しすぎて国の重鎮から嫌われている
無口でほとんど言葉を発しない
助手のすっちーとは目で意思疎通出来るためすっちーがたいてい通訳する
本名はすっちーしか知らないがすっちーに聞いても笑ってごまかして教えてもらえない
すっちーが言うには悪魔本人は別に隠してはいないが、意外と独占欲が強いから教えたくないらしい
エピソード1
砂糖菓子のように脆く、甘ったるい静寂に包まれたすいーつ王国の王宮。その最深部、最高級のキャラメル色をした重厚な扉の向こう側では、国の命運を左右する極秘の晩餐会が開かれていた。
張り詰めた空気の中、銀の食器が触れ合う微かな音だけが響く。議長の座に座る大公は、この部屋のセキュリティが完璧であることを一点の疑いもなく信じていた。三重の魔法障壁、空気の振動すら検知する超高感度センサー、そして選りすぐりの近衛兵。ここには毛髪一本、許可なく入り込む隙などないはずだった。
だが、運命はすでに、一粒の赤い火種として皿の上に落ちていた。
大公が誇らしげに口へ運んだのは、王国伝統の「極上ハチミツ仕立てのローストポーク」。その一切れには、肉眼では捉えきれないほど微細な、しかし絶対的な死神の鎌が振り下ろされている。
「……あ?」
咀嚼した瞬間、大公の思考が白濁した。
舌の上で爆発したのは、甘美な肉の旨味ではない。それは、喉を焦がし、脳漿を沸騰させるほどの凄絶な「熱」だった。
一撃の悪魔――その男は、影ですらなかった。
通気口のルーバーの隙間、あるいは影の重なりの中。男はただ、そこに「いた」だけだ。無口な唇は一文字に結ばれ、その瞳には何の感慨も宿っていない。ただ指先から、数ミリグラムの「極辛パウダー」が、重力に従って落ちた。それだけのことだ。
「が、は……ッ!?」
大公の顔がみるみるうちに赤紫へと変色する。目は血走り、涙と鼻水が同時に溢れ出した。声を上げようにも、気道が灼熱に焼かれ、肺が酸素の代わりに炎を吸い込んでいるような錯覚に陥る。
彼は悶絶しながら、テーブルの上を無様に這い回り、高級な甘口ワインのボトルを掴んでラッパ飲みした。しかし、糖分は油分と絡み合い、火に油を注ぐ結末にしかならない。
「だ、誰か……連絡を……公爵に……ッ!」
大公は手元の通信水晶を掴み、文字通り転げ回るようにして、普段は不倶戴天の敵であるライバル、公爵へと回線を繋いだ。
本来であれば、一週間かけても挨拶の中身すら決まらないほど仲の悪い二人である。かつて同じ女性を好きになり、同じ給食のデザートを奪い合い、テストの点数もいつも一緒、卒業後の進路も丸かぶり、そして全く同じ事業を思いついた結果足の引っ張り合いの果の共倒れ、似すぎているがゆえの長年にわたる恨みにより、二人の仲は険悪なものとなっていたのだ。
だが、水晶の向こう側に映し出された公爵の姿もまた、地獄絵図そのものだった。
『……ひ、ひいいいッ! あ、熱い、熱すぎる……!』
公爵は鼻から蒸気のような激痛を噴き出しながら、水瓶に顔を突っ込んでいた。彼もまた、朝食の「超濃厚メープルパンケーキ」に、同じ死神の贈り物を受け取っていたのだ。
二人の重鎮。国を二分して権力を争い、政策一つ決めるのに数ヶ月を費やす停滞の象徴。その二人が、この瞬間、歴史上かつてないほどの超高速で、一つの「意志」を共有した。
「「あの悪魔(ヒットマン)を、今すぐ追放しろおぉぉぉ!!」」
激辛の拷問がもたらした奇跡的な団結。国法、手続き、特赦の議論――それらすべてが分単位で処理され、一撃の悪魔に対する「永久追放令」が、まだ舌の痺れが取れない官僚たちの手によって爆速で書き上げられた。
***
王宮の裏門。
煌びやかな正門とは違い、石造りの冷たい影が伸びる場所だ。
「まあ、随分と急な話になりましたねぇ」
おっとりとした声が、湿った空気を撫でる。
そこに立っていたのは、一撃の悪魔の助手、すっちーだった。
彼女の体型は、一言で表すなら「圧倒的」だ。重力すらも味方につけたような豊かな曲線は、ある種の芸術的威厳すら放っている。タイトな執務服は悲鳴を上げそうなほどに彼女の存在感を強調し、それでいて動作の一つ一つには、熟練の職人のような無駄のなさが同居していた。
彼女の手には、追放される主人に付き従う準備の整った鞄が握られている。
「……」
隣に立つ一撃の悪魔は、相変わらず無言だ。黒い長衣の襟を立て、虚空を見つめている。だが、その隣にいれば、すっちーには解る。彼が今、「余ったパウダーを捨てなくてよかった」と考えていることを。
「あ、すっちーさん! お待ちください!」
背後から、慌ただしい足音がいくつも重なって響いてきた。
現れたのは、王国の重要閣僚、財界の重鎮、果ては隣国の使節までが含まれる異様な集団だ。彼らは追放される男には目もくれず、切実な表情ですっちーに詰め寄った。
「すっちーさん、あなたのような有能な秘書が、こんな危険人物に同行する必要はない!」
「我が党の事務総長として、今の三倍の給与を約束します!」
「いや、私の個人秘書に! どんな要求も飲みましょう!」
「すっちーさん、どうか、どうか考え直して!」
差し出される契約書、宝石の詰まった小箱、名刺の山。
すっちーの有能さは、この国において半ば伝説だった。どんな複雑な利害調整も、彼女が「ですねぇ〜」と微笑みながら間に入るだけで、霧が晴れるように解決した。彼女を失うことは、この国から「機能性」そのものが失われることに等しい。
だが、すっちーは困ったように眉を下げ、いつものように穏やかに微笑んだだけだった。
「お誘いは嬉しいのですが……この人がいないと、私の人生、ちょっとスパイスが足りなくなっちゃうんです。ですねぇ」
迷いのない拒絶。
宝石や地位よりも、隣で黙りこくっている無愛想な男との、明日の見えない放浪。彼女はそれを、まるでお気に入りの茶菓子でも選ぶような軽やかさで選んだ。
「さあ、行きましょうか」
すっちーの促しに、一撃の悪魔が短く頷く。
二人が門をくぐる時、そこには奇妙な光景があった。
門の先には、数百人の群衆が集まっていた。その九割九分は、すっちーのファンだ。彼女の包容力に満ちた体型と、超人的な仕事ぶりに魅了された者たちが、涙ながらにハンカチを振っている。
「すっちーさーん! 行かないでーっ!」
「いつか必ず帰ってきてくれーっ!」
悲鳴に近い歓声が荒野に響く。
その一方で、男のファン――「一撃の悪魔」という存在そのものに心酔する、変わり者の暗殺愛好家たちは、わずか三人しかいなかった。彼らは闇の中で静かに拳を突き出し、敬意を示している。
「……」
男はほんの少しだけ、帽子の庇を下げた。
それが彼なりの別れの挨拶であることを、隣のすっちーだけが理解して、クスクスと喉を鳴らした。
***
それから数日が経過した。
王国の国境を越え、そこは「死の荒野」と呼ばれる未開の地だ。
地表は干上がり、岩肌の間からは凶暴な牙を持つ魔獣がいつ飛び出してきてもおかしくない。文明の甘い香りなど微塵もしない、暴力と飢えが支配する世界。
しかし、その夜のキャンプファイアーの周りは、異様な活気に満ちていた。
「じゅう、じゅう……良い音ですねぇ〜」
すっちーが火の番をしながら、満足げな声を上げる。
焚き火の上では、先ほど返り討ちにした巨大なワイルドボアの肉塊が、豪快に炙られていた。脂が火に跳ね、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上る。
一撃の悪魔は、懐から小瓶を取り出した。
王宮の重鎮たちを絶望の淵に叩き落とした、あの「極辛パウダー」だ。彼はそれを、滴る脂の上に惜しげもなく振りかける。
真っ赤な粉末が肉の表面を覆い、熱によって更なる刺激臭を放つ。普通の人間の鼻であれば、吸い込んだだけで意識を失うほどの濃度だ。
「……!」
男は焼き上がった肉にそのまま食らいついた。
口の中に広がる凄惨な熱量。喉を焼き、食道を駆け抜ける痛覚の奔流。しかし、男の瞳には喜びの光が宿っていた。文明の媚びた甘さなど、この荒野には必要ない。このヒリつくような痛みこそが、自分が生きている証なのだ。
「私も、いただきますねぇ」
すっちーもまた、自分の顔よりも大きな肉の骨を掴み、そこに親の仇のようにパウダーを振りかけた。
彼女の食べっぷりは、主人の比ではない。その豊かな肢体を維持するための生命エネルギーを補給するかのように、牙を立てて肉を引き千切る。
「はふっ、ふ……。あぁ、辛い。ですねぇ! でも、この刺激が最高です」
滝のような汗をかきながら、二人は笑っていた。
背後では、彼らを狙っていたであろう小型の魔獣たちが、そのあまりの刺激臭に恐れをなして退散していく気配がする。
かつて自分たちを追い出した王国では、今頃官僚たちが慣れない激務に追われ、すっちーのロスに打ちひしがれていることだろう。甘い菓子を口にしながら、誰かの機嫌を伺う毎日。
ここでは、そんなものは何一つない。
あるのは、吹き抜ける乾いた風と、自分たちを殺そうとするモンスターと、そして魂を震わせる最高の激辛パウダーだけだ。
「……?」
「あら、おかわりですか? 今、焼きますねぇ〜」
二人の影が、赤々と燃える火に照らされて、荒野の地面に長く、逞しく伸びていた。
追放されたはずの彼らの表情は、王国のどんな権力者よりも、自由で、幸福に満ちあふれていた。
最新エピソード
世界が変わる瞬間というのは、往々にして、静かに、そして暴力的なまでの合理性をもって訪れる。
メアリが売り出した「甘辛ダレ」――激辛スパイスの
空は高く、乾いた青がどこまでも広がっている。死の荒野を渡る風は、鋭い刃のように岩肌を削り、砂塵を巻き上げて吹き荒れていた。しかし、巨大な岩群が円を描くよう
砂糖菓子のように脆く、甘ったるい静寂に包まれたすいーつ王国の王宮。その最深部、最高級のキャラメル色をした重厚な扉の向こう側では、国の命運を左右する極秘の晩餐会が開かれていた。







