説明
百鬼夜行
妖怪としての格と妖力(妖怪のエネルギーであり通貨、主に人間の強い感情の変化によって生み出される)が足りていると判断された妖怪のみ参加できる妖怪たち憧れのパレード 参加すれば知名度があがり更に妖力も入ってくるという美味しい話しか無いイベント ただし本当に一握りの存在しか参加できない スタッフとしての参加も一定以上の格を求められる
エピソード1
スーパーマーケットの惣菜売り場。夕刻の戦場である。
蛍光灯の寒々しい光が、揚げ物の衣に染み付いた油をいやらしく反射させている。
「……今だ。やれ」
しゃがみ込んだベンさんの声は、床に這う冷気よりもさらに低く冷たかった。
その視線の先では、一人の主婦が「海老かき揚げ(二個入り)」のパックを掴もうとしていた。時刻は午後六時五十八分。まもなく店員が魔法の杖——値引きシール印字機——を携えて現れる聖なる時間だ。
主婦の指先がパックに触れた瞬間、傍らに立つ白黒ジジイの古い回路が火花を散らす。
ギギ、という電子音が彼のブラウン管の奥で鳴り、微弱な妖力が空気を震わせた。
ペリッ。
主婦が掴み上げた瞬間、まだ定価のままのラベルが、まるで生き物のように角から丸まって剥がれ落ちた。ただそれだけのことだ。しかし、一円でも安く買おうと神経を尖らせている人間にとって、その「不審な剥がれ」は、静かな怒りの起爆剤となる。
「……あら? なによこれ。糊が弱いの?」
主婦が眉間に深々と皺を刻む。その刹那、彼女の体から立ち上った微かな苛立ちの霧——ネバついた、質の悪い妖力——を、ベンさんと白黒ジジイは鼻から、あるいは配線から、必死に吸い込んだ。
「よし、回収終了だ。……行くぞ、ジジイ」
「へいへい、わがったてば。……ったく、腰にくるなぁ、この仕事」
二人の妖怪は、誰にも気づかれることなく、自動ドアの隙間から夜の街へと這い出した。
ベンさんは、かつては名の通った妖怪だった。
汲み取り式便所の深淵に棲まい、闇の中でアレをアレする人々に、原初的な恐怖と「出し切った後の虚無」を妖力として捧げさせていた。だが、時代が彼を裏切った。陶器のように真っ白で、座るだけで温かく、挙げ句の果てには小川のせせらぎのような音で全てを洗い流す「文明の利器」の普及である。
今のベンさんは、カサカサに乾いた肌をした、ただの中年男性にしか見えない。
一方の白黒ジジイも似たようなものだ。
昭和の茶の間に君臨した栄光はどこへやら。今や液晶テレビの足元にも及ばない「粗大ゴミ候補」である。東北弁のような訛りが混じるノイズ混じりの声で、彼は愚痴をこぼした。
「ベンさんよぉ……今日の収穫、これっぽっちだべ。おばちゃんのイライラ、たったの三人分。これで熱燗一杯飲めるかどうか怪しいもんだ」
「うるさい。塵も積もれば山となるんだよ。今の俺たちが『山』を見ることなんて、野球の順位表以外にないんだからな」
ベンさんはポケットの中で、コンビニのレジ袋よりも薄っぺらくなった自らの妖力を弄んだ。
世の中全部クソや。
それが彼の口癖であり、存在証明だった。
たどり着いたのは、ガード下の古びた居酒屋。
隅っこの席で、二人はしけた妖力を「換金」した小銭を握りしめ、熱燗とメヒカリの唐揚げを注文した。
「おい、ジジイ。ラジオ出せ」
「へいよ」
白黒ジジイの腹部にあるつまみが回る。ジ、ジジ……という雑音の後に流れてきたのは、絶望を音にしたような野球の実況中継だった。
『——さあ、初回ですが、まだ終わりません! 二アウト満塁! バッターは九番ピッチャー! 放った! 大きい! 入ったああああ! 満塁ホームラン! これでこの回、二十一点目! 二十一点目でーす!』
「……消せ」
ベンさんが乾いた声を出す。
「……んだな。聞くだけ無駄だったべ」
白黒ジジイが力無くつまみを回した。画面に砂嵐が走り、彼自身の顔が寂しく明滅する。
万年最下位。もはや負けることがアイデンティティとなっている球団のファンである二人に、明日への活力など湧くはずもなかった。
「……なぁ、ベンさん」
メヒカリの頭を齧りながら、白黒ジジイがぽつりと呟いた。
「俺たち、このままでええんか? シールの糊を剥がして、おばちゃんの小言を食って……。こんなの、妖怪っつーより、ただの生活の知恵の逆バージョンだべ」
ベンさんは熱燗を喉に流し込んだ。安酒のアルコールが、スカスカの胃壁に突き刺さる。
「いいわけないだろう。俺は昔、観光地の公衆便所で、修学旅行生を一晩で三人は腰抜かさせてたんだぞ。あの頃の俺は輝いてた。アレもアレな感じで艶があったんだ」
「俺だってよぉ、力道山の試合の時は、町中の人間が俺の前に集まったんだ。今はどうだ? 『重いし映んねぇ』っつって、粗大ゴミ置き場のカラスの休憩所にされてよぉ……。最近じゃ、令和生まれのスマホ妖怪なんてのが出てきて、『おじいさん、まだアナログなんですか?』なんて抜かしやがる」
「スマホ妖怪……? 画面が割れただけで死にそうになる軟弱者が」
「んだんだ! あいつら、充電切れたら何もできねぇくせによぉ!」
会話はそこから、酒の勢いと共に加速していった。
「だいたい今のアイドルは何だってんだ。名前が覚えられん。昔の『ピンクの小さい方』とか、あのくらいの潔さが欲しいよな」
「ベンさん、それはさすがに古すぎるべ。俺はどっちかってーと、あの……ホラ、水着でギター持ってた子の方が……」
「それはキャンプのCMだろ」
脱線に次ぐ脱線。
野球の采配ミスへの恨み言から、最近のコンビニ弁当の上げ底への怒り、そして「なぜ妖怪界には厚生年金がないのか」という切実な問題まで。
熱燗の徳利が三本目に突入する頃、二人の目は少しだけ据わっていた。
「……ジジイ。本当は、出たいんだろ」
ベンさんが、箸でテーブルの滴をなぞりながら言った。
白黒ジジイの動きが止まる。
「……何によ」
「とぼけるな。俺たちの最終目標。エリート中のエリートしか許されない、あの真夜中のパレードだ」
「……百鬼夜行」
白黒ジジイの声が、初めてノイズなしに響いた。
妖怪界におけるオリンピックであり、紅白歌合戦であり、ワールドシリーズ。
そこを練り歩くことは、妖怪として「存在を認められた」ことを意味する。かつてのベンさんなら招待状が届いていたかもしれないが、今の彼らは、行列の脇で交通整理をさせてもらえるかどうかも怪しい。
「出たいべ。……そりゃあ、出たいに決まってるっぺよ。死ぬ前に……いや、もう半分死んでるようなもんだけど、一度でいいから、あの豪華な面子と一緒に、街中を練り歩いてみたい」
「だろう? シール剥がしでチマチマ稼ぐのは、もう終いだ」
「でもよぉ、ベンさん。今の俺たちの妖力じゃ、行列の先頭どころか、しんがりの提灯持ちだって務まらねぇべ」
「やるべ。百鬼夜行、出てやろうじゃねぇか! 二十一点取られても、九回裏に逆転すればいいんだべ!」
「……例えが悪いが、まあいい」
深夜の居酒屋。
隅っこの席で、二人の落ちぶれ妖怪は再出発を誓った。
壁の古いポスターが、隙間風に揺れている。
メヒカリの唐揚げを箸で掴み
「……このメヒカリはよぉ、ちょっと前まで網にかかっても捨てられるだけのゴミ扱いだったっペ」
パクッ
「それが今じゃ一部で大人気、俺達もメヒカリみたいに一発逆転目指してやるか」
ジジイの言いたいことを察したベンさんがそう返す。
「とりあえず、明日のシール剥がしはどうするんだ?」
「……やるべ。軍資金は必要だべ」
「だな」
二人の夜は、まだ始まったばかり。
百鬼夜行への道のりは、スーパーの半額シールよりも遥かに遠く、険しい。
最新エピソード
「……ふん。別に、こんなお祭騒ぎが見たかったわけじゃないんだからね。ただ、付いて来いってジジイたちがしつこいから、仕方なく護衛してあげてるだけよ」
月明かりさえも道を
「わっしょい! わっしょい! 焼き尽くせ、煩悩! 流し去れ、敗北感!」
サガの湿った潮風に乗り、異様な掛け声が河川敷に響き渡る。
そこには、ドラム缶を改造した
「キーーーーッ! ガガガガッ!」
断末魔の叫びのようなブレーキ音を響かせ、サガ・ドリームスの本拠地・ドリームススタジアムの前に一台の物体が停まった。
それはかつて
「ガハハハハ! ニシダさん、あんたも悪よのう!」
「何を仰いますわ、鉄道会社さんこそ。あのボロバス、廃車寸前っちゅうか、もう半分土に還りかけてたんと違いますか?」
「







