説明
「他に好きな人がいるの」
高遠静間は、中学からの想い人であり隣の席の美少女・高橋瑞希に告白するも、あえなく撃沈。
フラれ、失意のどん底に突き落とされる。
だが、瑞希の真意は――
エピソード1
校舎の影は、引き摺るように長く伸びていた。
十月の風はささくれ立っていて、肺の奥まで吸い込むと、かすかな砂の味がする。午後の一時を告げる日差しは、まるで舞台照明のように残酷で、俺の立ち尽くす姿を鮮明に地面へ縫い付けていた。
「……ごめんなさい。私、他に好きな人がいるの」
その言葉は、まるで薄氷が割れるような音を立てて、俺の鼓膜に届いた。
瑞希は、深々と頭を下げていた。彼女の長い髪が揺れ、うなじに張り付いた後れ毛が、西日に透けて金色に光る。その美しささえ、今の俺には致死量の毒だった。
「……うん。わかっていたけどさ」
喉の奥で、ひきつった音が鳴る。表情筋を総動員して、どうにか「友人」としての形を保とうと試みた。頬の皮が、裏側から針で刺されているように痛い。
「……あ、ああ。ごめんね。急にこんなこと、言い出して……」
謝る必要なんてないはずなのに、言葉が勝手に溢れ出した。俺の言葉は、乾いた砂のように地面へ吸い込まれて消える。
瑞希は一度だけ、すがるような、あるいは拒絶するような複雑な光を瞳に宿して俺を見た。
「ごめんなさい」
もう一度、繰り返されたその謝罪は、羽毛のように質量がないはずなのに、俺の右胸に鉛のような重さを残した。
彼女はそのまま、踵を返した。短いスカートの裾が翻り、ローファーがアスファルトを叩く硬い音が遠ざかっていく。
俺は、崩れ落ちた。
膝が地面の固さを感知し、手のひらが砂利を噛む。その感触だけが、唯一の現実だった。
高橋瑞希。
中学時代から俺の視界の真ん中に鎮座し続けていた、絶対的な太陽。
同じクラスの男子たちの中で、彼女と最も親密な距離にいたのは間違いなく俺だった。放課後の図書室、窓際で二人きり、共通の趣味である漫画の最新刊について議論を戦わせたあの時間。日曜日の午後、映画館の暗闇の中で、ポップコーンの箱を挟んで触れそうになった指先の温度。深夜まで続いたメッセージのやり取り。
それらはすべて、俺が勝手に積み上げた砂の城だったのか。
「……思い上がり、だよな」
口の中に、苦い後味が広がる。
瑞希は、入学当初から学年中の視線を集める存在だった。凛とした眉立ちに、春の陽だまりを閉じ込めたような笑顔。彼女に告白しては、木っ端微塵に砕け散っていった勇者たちの残骸を、俺は特等席で眺めてきたのだ。
そのたびに、俺はどこかで優越感を感じていた。
「俺だけは、彼女の心の柔らかい場所に触れている」と。
だが、事実は違った。俺はただ、彼女にとって「無害な友人」であったに過ぎない。あるいは、誰かを想う彼女の孤独を埋めるための、都合の良い壁紙だったのかもしれない。
空を見上げた。
吸い込まれそうなほど高い、秋の蒼。
雲一つないその潔さが、今の俺には耐え難い。
心地よいはずの微風が、制服の隙間から入り込み、情熱の残滓を冷酷に奪い去っていく。
思い出が、制御不能なスライドショーのように脳裏を駆け抜ける。
高架下のカフェで飲んだ、甘すぎるキャラメルラテの香り。
テスト期間中、共有のノートに書き込まれた彼女の丸っこい文字。
「高遠くんって、本当に話しやすいよね」
あの時浮かべた彼女の微笑みを、俺は「特別な感情」と翻訳してしまった。だが、あの言葉の裏には、透明な境界線が引かれていたのだ。「話しやすい」という言葉は、「異性として意識していない」という宣言に他ならなかった。
「……はあ……」
肺の中にあるすべての空気を吐き出すように、大きな溜息をつく。
その溜息さえも、風にかき消された。
無謀だった。凡庸を絵に描いたような俺、高遠静間が、この学校の頂点に咲く花を折ろうとした。スポーツができるわけでも、成績が抜きん出ているわけでもない。「普通」の二文字を背負って生きる俺が、彼女の隣に並ぼうとしたことが、そもそも不敬罪だったのだ。
遠くで、予鈴のチャイムが鳴った。
無慈悲な金属音が、終わりの始まりを告げる。
俺は重い身体をどうにか引きずり出し、衣服についた砂を払った。教室内での自分の席を思い出すだけで、吐き気がした。
一番後ろの、窓際。
そこは、俺にとっての聖域だったはずだ。隣には瑞希がいる。授業中、こっそり消しゴムを貸し借りしたり、つまらない冗談を小声で囁き合ったりできる、世界で一番幸せな場所。
それが今や、断頭台に変わってしまった。
瑞希は今、どんな顔をして席に座っているだろう。
俺が教室に戻った瞬間、彼女はどう反応する?
「なかったこと」にしてくれるだろうか。あるいは、軽蔑の眼差しを向けるだろうか。
いや、彼女は優しい。きっと、困ったように眉を下げて、無理に笑おうとするだろう。その「配慮」が、今の俺には何よりも鋭い刃となって突き刺さる。
廊下を歩く足が、泥の中に沈んでいるように重い。
クラスの女子たちに話してはいないだろうか。「高遠くんに告白されちゃった、困るよね」なんて。瑞希に限ってそんなことはない。そう信じたい自分と、最悪のパターンを想定して防衛本能を働かせる自分が、頭の中で殴り合っていた。
教室の引き戸の前にたどり着いたとき、足が止まった。
床に透明な接着剤でも塗られているかのように、一歩が踏み出せない。心臓の鼓動が耳の奥で太鼓のように鳴り響き、視界がかすかに揺れる。
「……おい、高遠。何をしている、早く入れ」
背後から掛けられた低い声に、肩が跳ねた。
振り返ると、五組の担任が怪訝そうな顔で立っていた。俺は力なく頷き、逃げるように教室へと足を踏み入れた。
教室内の喧騒が、一瞬だけ遠のいた気がした。
俺の視線は、磁石に引き寄せられるように、一番後ろの窓際を目指す。
いた。
瑞希は、すでに自分の席に座っていた。光の粒子が舞う午後二時の教室で、彼女の横顔は彫刻のように静止している。
俺は呼吸を止め、自分の席へと近づく。
椅子を引く音さえ、爆発音のように感じられた。
隣に座る。腕が触れそうなほどの距離。教科書の紙の匂いと、彼女が愛用しているシャンプーのかすかな香りが鼻をくすぐる。
かつては俺を陶酔させたその香りが、今は窒息を招く毒ガスのように思えた。
横を見ることができない。
首の筋肉が強張って、視線を彼女のほうへ向けることを拒絶している。
いつもなら、俺が席に着いた瞬間、彼女はくるりと椅子を回して、「ねえねえ、さっきの授業さあ」と話しかけてくれたはずだ。その明るい声が、俺の日常の色彩だった。
……勇気を出して、視線を動かした。
心臓が口から飛び出しそうなほど強く打っている。
彼女の横顔を見る。
瑞希は、まっすぐに黒板を見ていた。
その瞳には、かつての親愛も、戸惑いも、一切の色が宿っていない。ただ無機質な黒板の文字を追うだけの、透明な視線。
俺の存在を、視界の端から意図的に消去していることが伝わってきた。
彼女の唇は固く結ばれ、その指先は教科書の端を強く握りしめている。
話しかけようとして、唇を震わせたが、言葉は出てこなかった。
何を言えばいい?
「さっきはごめん」?
「これからも友達でいよう」?
どの言葉も、今のしらじらしい沈黙を汚すだけでしかない。
窓の外では、茶色く色づいた葉が、風に煽られて枝を離れた。
一度離れた葉が再び枝に戻ることはない。それと同じように、俺たちの五年間に及ぶ「友人」という名の仮初めの平穏は、今日、この瞬間を持って死を迎えたのだ。
瑞希は微動だにせず、一度もこちらを見なかった。
その徹底した拒絶が、彼女なりの優しさなのかもしれない。期待を持たせないための、残酷な誠実さ。
俺は喉の奥まで込み上げてきた苦い塊を飲み込み、視線を自分の教科書へと落とした。文字が滲んで読めない。
ああ、世界が終わるとは、こういうことだったのか。
激しい雷鳴が響くわけでも、天地が裂けるわけでもない。
ただ、隣に座っている少女の視線が、永遠に自分を捉えなくなること。
共有していたはずの時間の川が、二つに分かれ、二度と交わらなくなること。
秋の陽光は、変わらず穏やかに教室を照らしていた。
俺はその光の中で、自分が透明な亡霊になっていくような錯覚を覚えながら、届かない声を心の中で殺した。
隣には、二人の間に築かれた、誰にも壊せない見えない壁がそびえ立っている。
それはどんな城壁よりも冷たく、どんな絶壁よりも高かった。
俺は、自分がこの場所で、永遠に彼女との繋がりを失ったことを悟った。
これが現実。
授業開始のチャイムが響き渡る。
それは、俺の初恋に捧げられる、最も簡素で冷たい弔いの音だった。
最新エピソード
温もりを確かめ合うような抱擁が、どのくらい続いていたのだろうか。
駅前ロータリーの騒めきは、いつの間にか夜の静寂に取って代わられようとしていた。俺たちは重すぎる沈黙を
午後の教室は、巨大な真空地帯のようだった。
窓から差し込む十月の陽光は、埃のダンスを無慈悲に照らし出している。黒板を叩くチョークの乾いた音も、教師の抑揚のない声も、鼓膜を素通りして消
「…それはあんたが悪いよ」
行きつけのカフェ。『ミラベル』の安っぽいプラスチックのテーブルが、早希の叩いた衝撃でわずかに震えた。カップの中で冷めかかったカフェオレが、
最低だ。私は、世界で一番愚かで、救いようのない大馬鹿者だ。
私、高橋瑞希は最悪の気分だった。
十月の風が屋上に吹き荒れ、私の制服のスカートを容赦なく叩く。コンクリートの冷







