時空を駆けるスーパー・ドライバー 〜歴史の英雄を乗せたら世界最強の運び屋になった〜
説明
不運なタクシー運転手の秋白が手に入れたのは、歴史上の偉人を客として運ぶ「スーパードライバー・システム」だった!武松を宋代へ送り、華陀と共に三国志の戦場で治療を行う。ミッションをこなすたびに伝説のスキルが手に入り、気づけば現代の権力者さえも跪く最強の存在へ。
だが、最愛の恋人が宇宙の一族に連れ去られたとき、物語は銀河を揺るがす壮大な戦いへと加速する。関羽や呂布といった36人の「魔神」を召喚し、地球を狙う異星の艦隊を迎え撃て!歴史と現代、そして宇宙が交差するハイテンション・システム・ファンタジー、ここに開幕!
エピソード1
六月、仲夏の黄昏時。外は爆発しそうなほど、うだるような暑さに包まれていた。
最後の客を降ろした小早川 秋白(こばやかわ・あきしろ)は、そのまま家路につくことにした。
タクシーの運転手になって以来、今日ほど不運な日はなかった。ようやくこの最悪な一日も終わろうとしている。
今朝、家を出て数歩も走らないうちにタイヤがパンクした。ようやく修理を終えたかと思えば、あの間抜けな若い整備士が「ネジをいくつか中に落とした」なんて言い出す始末で、結局また分解する羽目になった。
ようやく道に出れば、客かと思って車を止めると道を聞いてくる奴ばかりだ。中には、天安門へはどう行くんだと尋ねる爺さんまでいた。
「じいちゃん、ここは北京じゃないんだ。天安門なんてあるわけないだろ!」
午後中あちこちを走り回って、ようやく乗せたのは百キロを優に超える巨漢の男だった。行き先も言わずにただ前へ走れと命じられ、街中をほぼ一周したところで、その男が突然「わあっ」と泣き出したのだ。
秋白は肝を冷やし、やむなく警察に通報した。後で分かったことだが、その男は精神疾患を患っており、家をこっそり抜け出してきたのだという。
警察署を出た頃には、空もすっかり暗くなっていた。帰りがてらに受けた最後の仕事はようやく何事もなく済み、無事に乗客を目的地へと送り届けた。
ところが、角を曲がって自宅へ向かおうとしたその瞬間……ドォン!
何かがフロントフードに叩きつけられた。その音からして、かなりの重さがあるのは明らかだった。
「死にたいのか! 上から物を投げたら死人が出るって分かんないのかよ! 俺の運はどうなってるんだ、畜生!」
秋白は怒鳴り散らしながら、慌ててドアを開けて車から飛び出した。
しかし、車の前後を何度確認しても、異常は何一つなかった。上を見上げてみたが、民家からも結構な距離がある。まさか、運が悪すぎて……頭までおかしくなっちまったのか?
ぶつぶつと不満を漏らしながら、秋白は再び運転席に潜り込んだ。
シートに座り直した途端、脇のナビゲーションシステムが突如として音声を上げた。
「前方三百メートル、信号のある交差点を左折して五十メートル先。助けを必要としている人がいます」
その言葉に、秋白は呆気にとられた。
今のナビはこれほど進化しているのか? こんなことまで喋るなんて聞いたことがない。
妙な胸騒ぎを覚えつつも、距離はすぐそこだ。行ってみて何もなければそれでいい。彼はアクセルを踏み込んだ。
信号を曲がると、その通りには人影が一切なく、妙にひっそりとしていた。
五十メートルほど進むと、本当に男が立っていた。
背が非常に高く、上半身は裸。手には一本の棍棒を提げており、当惑した様子で周囲を見渡している。
「おい、あんた。どこへ行くんだ?」
車を止め、窓越しに秋白が声をかけた。その風体はどう見ても普通ではないが、今の世の中、変な奴の一人や二人は珍しくもない。
「そこの壮士(そうし)どの。ここはどこか存じ上げぬか? 景陽岡(けいようこう)へはどちらへ向かえばよいのであろう」
巨漢が二、三歩近づいてきた。鐘を鳴らすような野太い声に秋白は驚いたが、その内容にはさらに困惑した。
壮士? 景陽岡?
……まさか、今日また変な奴に遭遇したのか!
秋白はすぐにでも逃げ出そうとしたが、男の心細そうな瞳を見て、つい情が移ってしまった。
まあいい、頭がおかしいならおかしいなりに、家族も心配していることだろう。
「とりあえず乗れよ。家まで送ってやるから」
そう促したものの、男は車のドアの開け方すら知らないようだった。
仕方なく秋白が外に出てドアを開けてやった。男が持っている棍棒を放り出させようとしたが、鋭い目つきで睨まれ、慌ててそれごと車内に押し込んだ。
「家はどこだ? 両親の名前は? 電話番号は分かるか?」
ドアを閉め、秋白は振り返って尋ねた。
「拙者は武松(ぶしょう)、清河県(せいがけん)の生まれにござる。幼き頃に両親を亡くし、兄の武大(ぶだい)に育てられ申した。電話……と申すものが何なのかは分かりかねるが」
巨漢は一人で二人分の座席を占領するほどの体躯だった。言葉遣いは丁寧で明瞭だが、秋白の混乱は深まるばかりだ。
武松? 清河県? 武大? さっきは景陽岡だと言っていたな。
この変な男、役になりきりすぎだろ!
「俺だって子供の頃は自分のことを武松だなんて言ってたし、親父は武大郎で、おふくろは潘金蓮だなんて吹聴して、両親に死ぬほどぶっ叩かれたもんだが……」
内心で毒づき、埒が明かないなら警察へ連れて行こうかと考えたその時、フロントのナビが再び声を上げた。
「景陽岡(けいようこう)への案内を開始します。前方一千メートルを左折してください……」
またあの声だ。感情を欠いた機械的な音調でなければ、誰かの悪戯だと思うところだった。
秋白はナビの故障を疑って叩いてみたが、画面からは「疑わないでください。前方一千メートルを左折……」という音声が返ってきた。
これにはさすがに腰を抜かしそうになった。今日は本当にお狐様にでも化かされているのか。
後部座席の男を見やると、秋白の中に妙な対抗心が芽生えた。「ああ、分かったよ。やってやろうじゃないか!」
彼は勢いよくアクセルを踏み抜いた。
「前方の交差点を右折、五百メートル直行……」
「そのまま一千メートル直行後に加速してください。周囲の歩行者に注意……」
「穿梭(せんさ)通路を開放します。路面状況が不安定なため、減速してください……」
走り続けるにつれ、秋白の鼓動は激しくなっていった。ようやく車が止まったときには、全身汗びっしょりになっていた。
沈みゆく太陽の最後の光を頼りに前方を見ると、木の棒に掲げられた大きな旗が目に飛び込んできた。
『三杯飲まずば岡を越えられず』
「はははっ! 壮士どの、送り届けていただき感謝いたす。ここからは拙者一人で十分だ!」
思考が停止していた秋白の耳に、後部座席の男の高笑いが響いた。直後、ドォンという轟音が鳴り響く。
振り返れば、なんとドアを蹴破って外へ出ているではないか。
男は窓越しに両手を合わせ、秋白に朗々と告げた。
「壮士どののこの馬、まさに稀代の名馬にござる。して、お名前を伺ってもよろしいか? ぜひともお教え願いたい。いつか壮士どのの力になれるときが来れば、この武松、必ずや駆けつけましょう!」
ようやく正気に戻った秋白は、慌てて車を降りて男に詰め寄った。
「あんた、本当に武松なのか? あの武大郎の弟で、景陽岡で素手で虎をぶち殺して、蒋門神(しょうもんしん)を酔い潰し、鴛鴦楼(えんおうろう)で血の雨を降らせた、あの武二(ぶじ)なのか!?」
瞬きすら忘れ、秋白は男を凝視した。
「名は変えず、姓も変えず! 拙者こそが清河県の武松にござる! しかし……貴殿が申されたそれらの武勇、拙者には身に覚えがありませぬな」
武二は不敵に笑った。その瞳は物語に記された通り、寒星を放つかのように鋭く輝いている。
その言葉を聞いて、秋白はハッとした。今の武松はまだ虎退治をする前なのだ。後の出来事を知るはずもない。
幽霊を見たわけじゃない。自分は本当に武松に会い、彼を景陽岡まで送り届けたのだ。
秋白の頭の中には、ただ一つの言葉しかなかった。なんてこった、神様仏様!
武松がさらに何か言いかけようとするのを、秋白が手で制した。
「待て、喋るな! まずは自撮りだ!」
慌てて車内に身を突っ込んでスマホを掴み取ると、呆然とする武松を横に十数枚の写真を連写した。
なぜそんなに撮るのかって? 冗談じゃない、万が一データが消えたらどうする! あの武松なんだぞ! 会おうと思って会える相手じゃない。
「いいか兄弟、夜に酒を飲んでも、絶対に景陽岡で寝るんじゃないぞ。兄貴の言うことを聞け。あそこにはマジで虎が出るんだ! それから、あんたの兄貴の武大郎は今、陽谷県(ようこくけん)に……いや、いい。どうせ会うことになる。それから、嫁さんと西門慶(さいもんけい)っていう……ああ、もういい! とにかく達者でな!」
立ち去ろうとする武松を引き止め、秋白はまくしたてるように忠告を与えた。
武松は何を言われているのかさっぱりという顔をしていたが、それでも力強く頷き、「後日また会おう」と言い残すと、大股で酒場の中へと消えていった。
空はすっかり暮れていた。秋白は、自分がこんな荒野に一人取り残されていることに気づいて震え上がった。万が一虎が現れて食われでもしたら、たまったもんじゃない!
それに、ここは宋朝だ。帰り方も分からないし、家の犬に餌もやっていない。
一秒たりとも猶予はない。彼は車の中に飛び込んだ。
「帰還システム起動、穿梭通路を開放します……」
目の前がふっと揺らいだかと思うと、気づけばアスファルトの道路の上にいた。遠くには見慣れた信号機が見える。
……帰ってきた、のか。
今起きたことが幻覚ではないことを確かめるため、秋白は車を路肩に止め、スマホを取り出して写真を何度も見返した。自分の頬を数回ひっぱたいてみる。
夢じゃない、本物だ!
言いようのない興奮に包まれ、彼はすぐさまSNSに投稿した。
「今日、武松に会って景陽岡まで送ってきた。最高の一日だ。宋朝の空は青いし、空気も最高だったぜ!」
最後に、武松とのツーショット写真を添えて投稿を完了した。
ホクホク顔でスマホをポケットにしまい、秋白は家へ向かおうとした。
ところが二歩も歩かないうちに、あの忌々しいナビゲーションシステムがまた喋りだした。
「検知を開始……ドライバー免許はE級、十ポイントの成長値を獲得しました。追加項目を選択してください」
音声が途切れると、ナビの画面にいくつものカテゴリーが表示された。武力、知恵、生活、スキル……雑多な項目が並んでいる。
秋白は状況が呑み込めなかった。自分はA級免許(A照)持ちだ。それなのにどうしてE級なんて、聞いたこともないランクにされているんだ?
疑問を抱きつつも、指は生活系の項目を選択していた。適当に眺めていると、その中に「獣語(じゅうご)」という項目を見つけた。
純粋な好奇心から、彼は獲得した成長値のうち五ポイントをすべてその獣語につぎ込んだ。
しかし……何も起きなかった。
マンションの下に車を止め、外に出るまで、すべてはいつも通りだった。
ところが、車をロックした瞬間、男女の話し声が秋白の耳に飛び込んできた。しかも、かなり激しい喘ぎ声混じりだ。
「あぁ……もう、死んじゃう。何やってんのよ! まだ場所が分かんないの?」
「ちょっと待てよ、一休みさせてくれ……疲れすぎた……」
周囲を見渡しても、傍らで二匹の小犬が盛っている以外、人っ子一人、幽霊一匹すら見当たらない。
「もう……ゆっくりやってよ! ゆっくりって言ってるでしょ!」
秋白がまだ呆然としている中、女の声が再び響いた。
そこでようやく、彼ははっきりと見てしまった。
なんてことだ、犬が喋ってやがる!
二匹の犬は動きを止め、硬直した顔の秋白をじっと見つめていた。何とも不気味な光景だ。
そして、彼の耳に先ほどの女の声が届いた。
「何見てんのよ。この男、変態じゃない? 子作りの最中だってのに。まだ見てるわ、目がこぼれ落ちそうなくらいガン見してる……」
母ちゃん、この世界はきっと狂っちまったんだ!
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