説明
姉の身代わりとして、隣国の完璧な紳士・カーティス伯爵へ「お試し婚」に臨んだ男前な妹・ソフィ。
しかし夜の館で目撃したのは、人見知りで疲れ果てた伯爵の超ヘタレな素顔だった!
ヘタレ伯爵と、肝の据わった身代わり妹が紡ぐ、可笑しくも温かい新婚ラブコメディ!
エピソード1
その朝、ブラウン家の食卓から、いつもの賑やかさが綺麗に消え失せていた。
窓の外では小鳥がさえずり、うららかな陽光が差し込んでいるというのに、室内の空気だけが凍りついたように重い。ソフィがバターナイフを握ったまま固まっている前で、母は青ざめた顔で一枚の便箋を握りしめ、父は無言で天井を仰いでいた。
「——隣国の、カーティス伯爵家からの縁談、ですか」
ソフィが確認するように呟くと、母は何度も小さく頷いた。
「ええ……。カーティス伯爵と言えば、隣国きっての名門よ。そこの現当主様から、我が家の長女エレナを妻に迎えたいと、直々に申し出があったの。断れるはずがないわ……」
「ですが、お母様。エレナ姉様には、将来を誓い合ったルーカスさんがいます」
ルーカスは、近隣の騎士団に所属する誠実な青年だ。幼い頃からブラウン家に親しく出入りし、エレナだけでなく、妹のソフィのことも本当の妹のように可愛がってくれた。エレナとルーカスがお互いを想い合う温かい眼差しを、ソフィは誰よりも近くで見てきたのだ。
「そんなこと、分かっているわよ!」
母は手をオロオロと振るわせ、すがりつくように夫——ソフィたちの父を見た。
「でも、あちらは泣く子も黙る高位貴族。爵位も財産も、我が家とは比べものにならないのよ? もしお断りして、先方の機嫌を損ねたら我が家がどうなるか……! あなた、何とか言ってください!」
「う、うむ……。しかし、エレナの気持ちを無視するわけにも……。だが、伯爵家の怒りを買うのは確かに恐ろしい……ああ、どうすればいいのだ」
父は額の汗を拭いながら、助けを求めるように視線を彷徨わせる。貴族の面目と娘の幸福の間で、両親は完全にパニックに陥り、ただ右往左往するばかりだった。
その時、ばたん、と激しくドアが開く音が響いた。
「私は絶対に、行きません!」
現れたのは、ソフィと一歳違いの姉、エレナだった。
二人は一卵性の双子かと思われるほど顔立ちが酷似していたが、エレナの方がいくぶん胸元が豊かで、華やかな雰囲気をまとっている。普段は穏やかな姉が、今は瞳に激しい怒りの炎を宿して両親を睨みつけていた。
「お父様もお母様も、私の気持ちなんてどうでもいいのね!? 会ったこともない、どこの誰とも分からない隣国の男に、家のために私を売り払うつもりでしょう!」
「エ、エレナ、落ち着きなさい! 売るだなんて人聞きの悪い——」
母が宥めようとするが、エレナの反発は止まらない。
「ルーカスを裏切ってまで、知らない国へ行くなんて絶対に嫌! そんな縁談、こちらから突っぱねてちょうだい!」
「そうは言っても、相手は伯爵家なのだぞ……!」
父が情けない声を上げ、姉がさらに激昂する。実家のリビングは、瞬く間に泥沼の修羅場と化していった。
その様子を冷ややかに見つめていたソフィは、小さくため息をつくと、トーストを飲み込んでおもむろに立ち上がった。椅子の脚が床を擦る高い音が響き、全員の視線が彼女に集まる。
「お父様、お母様、そしてエレナ姉様。——私が、代わりにその伯爵家へ行きます」
一瞬、部屋の中が静まり返った。
「……は?」
最初に我に返ったのはエレナだった。妹の顔を凝視し、呆然と声を漏らす。
「ソフィ、あんた正気なの? 身代わりなんて、そんな大それたこと……!」
「正気よ。お姉様と私は顔がそっくりだし、ドレスで着飾って、初めから『エレナ』として振る舞えば、そう簡単にはバレないわ」
「ダメよ、絶対にダメ! 相手がどんな恐ろしい男かも分からないのよ!? もし、凶暴な変質者だったらどうするの!」
涙を浮かべて制止する姉に対し、ソフィは腰に手を当ててキッパリと言い放った。
「その時はその時よ。だから、今回の縁談はあくまで『お試し期間』という条件付きで臨むわ。私が実家を代表して、まず先方の人間性を吟味しに行くの。もし中身がとんでもないろくでなしだったら、その時は即座に荷物をまとめて、馬を盗んででも帰ってくるから大丈夫!」
男前すぎる妹の宣言に、エレナは開いた口が塞がらない。
一方、両親はさらにパニックを極めていた。
「あ、あの、ソフィ、身代わりなんて、もしバレたら我が家は不敬罪で……!」
「でも、でも……ソフィが行ってくれれば、伯爵家への面目は立ち、エレナの縁談も壊さずに済むのでは……?」
「いやいや、しかしだな! もし本当にろくでもない男で、ソフィが逃げ帰ってきたら、その後の落とし前はどうするんだ!?」
「ひええ、どうしましょう、どうしましょう!」
二人の娘の勢いに完全に気圧された両親は、お互いの服の袖を引っ張り合いながら、室内を文字通りオロオロと右往左往している。その頼りない姿を見て、ソフィはふっと不敵な笑みを浮かべた。
「お父様、お母様、オロオロしている暇があったら、さっさと伯爵家へ『前向きに承諾するが、まずは婚約前の交流期間として娘を滞在させたい』と返事を書いてちょうだい。我が家の平和と、お姉様の幸せは、この私が守ってみせるわ」
こうして、ブラウン家の存亡をかけた(?)前代未聞の「お試し身代わり婚」が、ソフィの手によって強引に決定されたのだった。
最新エピソード
それからの伯爵邸の夜は、実におかしなものになった。
「エレナ嬢! 今夜は黒胡椒を少し多めでお願いします!」
「はいはい、伯爵様。今日は昼間の仕事が長
カーティス伯爵邸での「お試し期間」が始まって一週間。
ソフィと伯爵の距離は、奇妙な形で縮まっていた。昼間は完璧な紳士として振る舞い、夜になると厨房で「今日も疲れた、もう駄目だ……」と
ブラウン家の馬車が、隣国にあるカーティス伯爵領の邸宅に到着したのは、それから二週間後のことだった。
馬車から降り立ったソフィは、目の前にそびえ立つ重厚な石造りの







