説明
徹底的に身体の相性が最悪な、デスマ明けのエンジニアと、自由すぎる謎のゴスロリ。偶然発見した「テキーラの虫(グサーノ)」という奇跡のマテリアルにより、彼らは未知の領域に到達する。アルコール中毒の危機と戦いながら終わりのないセックスに耽溺していく、あんまり部屋から出ないエロティック・コメディ。
【登場人物】
秋月: 論理と平穏を愛するフリーエンジニア。避暑地の目立たないホテルでひさびさの休暇を楽しんでいたが、ルイとの肉体的相性の悪さを「修正課題」として捉え、次第に自身の知識を快楽摂取のために使い始める。理屈っぽく、予測不能な問題を嫌い、予定調和を好む。
ルイ: セックス依存気味のゴスロリ。不思議系。だいたい常に下品。秋月と自分の肉体のミスマッチに焦りを感じつつも、グサーノによる未曾有の快楽に執着し、彼を執拗なセックスの深淵へと引きずり込んでいく。 縦ロールのときはウィッグをつけている。睡眠不足や不摂生で目のクマが濃く、薬物中毒者のように見えなくもない。
エピソード1
耳が痛いほどの静寂。
三ヶ月に及ぶデスマーチの果てに、ようやく手に入れた沈黙だった。
長野の県境、標高千二百メートルの高原ホテル。ベランダの安楽椅子に深く背を預け、冷めたダージリンを口に含む。
スマートフォンは電源を切った。引き出しの奥、何重にも巻いたタオルの下に沈めてある。あの忌々しい通知音が鳴ることはない。仕様変更の怒号も、深夜二時のバグ修正の依頼も、ここには届かない。
何もしない。その事実だけで、凝り固まった脳漿が少しずつ溶けていくような感覚がある。
ただ風の音を聞き、流れる雲を目で追う。東京では排気ガスとアスファルトの熱気に塗りつぶされていた嗅覚が、湿った土と針葉樹の匂いを思い出した。
午後、少し身体を動かそうとホテルの裏手に広がる遊歩道へ足を踏み入れた。
木漏れ日が白い砂利の道を斑に染めている。鳥の声が遠くで響く。平穏そのものの景色。
その静謐を破ったのは、藪の奥から聞こえた小さなガサリという音だった。
獣かと思い、足を止める。
緑の葉の隙間に、場違いな黒い塊が見えた。
近づいて覗き込む。
「……おい」
声は喉の奥でかすれた。返事はない。
そこに転がっていたのは、人間だった。それも、およそこの高原の自然には似つかわしくない装いの。
黒いフリルとレースが何重にも重なった、重苦しいゴシック調のドレス。スカートの裾は泥とちぎれた葉で汚れている。編み上げのブーツを履いた両脚は、奇妙な角度で投げ出されていた。
仰向けに倒れたその顔を覗き込み、息を呑む。
作り物のような造形だった。
外国人か。透き通るほど白い肌。形の良い鼻梁。色素の薄い睫毛。切り出した大理石のような美しさがある。少女にも、女性にも見えた。西洋のアンティーク人形が、誰かに捨てられたかのように無造作に転がっている。そんな錯覚を抱かせる容姿だった。
ただ、その容貌を台無しにしていたのは、病的な痩せ方と、目の下にべっとりと張り付いた濃い死相のような隈だ。
テレビのニュース映像で見たことのある、薬物中毒者の特徴が頭をよぎった。
(オーバードーズか)
都会の裏路地ならいざ知らず、こんな清涼な高原の森の中で。現実味の薄い光景に、頭の片隅でアラートが点滅する。冷たい汗が背中を伝う。
恐る恐る手を伸ばし、細い手首に触れる。冷たい。しかし、脈は確かに打っていた。
「大丈夫ですか」
膝をつき、肩に手をかけようとして、ためらった。触れてしまえば、何か厄介な事件の当事者になってしまうのではないか。だが、浅い呼吸とともに上下する胸を見ていると、そのまま立ち去ることもできなかった。
意を決して、肩を揺さぶる。
閉じていた瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
ガラス玉のような、薄い灰色の瞳。焦点が定まらないまま、視線が彷徨う。
「……死ぬ……」
かすれた声が漏れた。
「救急車を呼ぶ。動かないで」
ポケットのスマートフォンを取り出そうとして、部屋に置いてきたことを思い出す。ホテルのフロントまで走るべきか。
「ちが……」
少女は、弱々しく首を振った。
「水……あと、糖分……」
「え?」
「暑くて……お腹空いて……行き倒れた……」
秋月は拍子抜けした。事件性も、悲劇的な背景もなさそうだ。
ホテルの自販機で買ったスポーツドリンクと、非常用にポケットに入れていた塩飴。それらを与えると、驚くほどの勢いで貪り食った。
ベンチに腰掛け、空になったペットボトルを眺める少女の顔には、少しだけ血色が戻っている。
「秋月だ。……君、名前は?」
「ふぅー、生き返った。まじ感謝。アキヅキさん、命の恩人じゃん」
喋り出した途端、ミステリアスなオーラは霧散した。完全に日本育ちの、平坦な若い娘のイントネーションそのものだった。
「ルイ。ルイでいいよ。漢字とかないから」
「ルイ。こんなところで何をしてたんだ。その格好で」
ルイは自分のドレスのフリルをつまんで見せた。
「え? 可愛いじゃん。これお気に入りのロリィタなんだけど。ちょっと散歩してたら迷子になって、熱中症でバテただけ」
「この暑いのに、わざわざそんな重装備で森に入るなんて、正気の沙汰とは思えないんだが」
「これが私の通常服なの。おじさんにはわからないかもしれないけど、魂のドレスコードだから」
「……」
容姿の浮世離れした美しさと、あまりに幼稚で安易な行動のギャップに眩暈がする。
「とにかく、もう大丈夫そうだな。ホテルに戻るか、それとも誰か連れがいるなら連絡した方がいい」
秋月は立ち上がった。これ以上、この奇妙な存在に関わるのは避けたかった。せっかくの静養だ。他人のトラブルにリソースを割く余裕はない。
「あ、待ってよアキヅキ。冷たいなー」
ルイが唇を尖らせる。
「じゃあな」
手を軽く振り、秋月は来た道を戻った。背後から視線を感じたが、振り返らなかった。
◇
その日の夜。
部屋で地元の地ビールを開け、テレビのスイッチを入れずに静けさを楽しんでいた時だ。
コンコン、と静かなノックの音がした。
ルームサービスは頼んでいない。怪訝に思いながらドアを開ける。
「やっほー。助けてもらった鶴でーす」
昼間のゴシックドレスのまま、ルイが立っていた。泥汚れは少し払ったようだが、やはり薄汚れている。
「……なぜここが分かった」
「フロントの人に、さっきの超イケメンな男の人の部屋どこー? って聞いたら教えてくれた。田舎のホテルってガバガバで最高」
「いや、普通は教えないだろ」
「ルイの美貌に免じてってやつ? 通してよ」
ルイは秋月の脇をすり抜け、当然のように部屋へと侵入した。
断りもなくベッドの端に腰掛け、脚をぶらぶらさせる。
「出て行ってくれ。ここは俺の部屋だ」
「冷たいこと言わないでよ。お礼をしに来たの」
「お礼?」
「そう。命を救ってもらったからね。ルイ、恩返しはきっちりするタイプだし」
ルイはふふん、と胸を張る。その仕草はどこか誇らしげだが、言っている内容はひどくちぐはぐだった。
「アキヅキに、ご奉仕してあげる」
ご奉仕。
その響きに、秋月は秋葉原のメイド喫茶でアルバイトをしている店員の姿を連想した。だが、ルイの瞳にはもっと直接的な、生臭い欲望が宿っている。
「どういうつもりだ」
「アキヅキ、男でしょ? ルイのこと、抱きたいでしょ?」
ルイはあっけらかんと言った。
恥じらう様子も、緊張する様子もない。まるで「お茶でも飲まない?」と誘うような軽さだった。
秋月は腕を組み、立ち尽くした。
警戒心が警報を鳴らしている。
これは美人局の類ではないか。あるいは、新手の詐欺。この後、強面の大男がドアを蹴破って入ってくるのではないか。
しかし、ルイの様子を観察しても、そうした組織的な陰謀の気配は微塵も感じられない。
あるのは、ただ純粋な、そしてどこか壊れた精神の揺らぎだ。
「君、本当に何者なんだ?」
「ただのルイだってば。あー、もしかして怖がってる? 美人局とか思っちゃった? 違うよー。ルイ、ただ気持ちいいことしたいだけ。最近ずっと退屈だったし、アキヅキのこと気に入ったから」
ルイはベッドの上に四つん這いになり、秋月を見上げる。
その動作はしなやかで、やはりどこか人外の生き物を思わせた。
「アキヅキのちんぽしゃぶってあげる。ルイをオナホにしていいよ」
「……」
どぎつい卑語が、その形の良い唇から淀みなく滑り落ちる。
そのミスマッチさに、秋月は呆れるのを通り越して、妙な滑稽さを感じていた。
これは天然の部類だ。社会のルールや一般的な道徳観念が、最初からインストールされていないタイプの人間。
東京での激務。すり減った神経。
そして、この高原の静夜がもたらす、奇妙な解放感。
(まあ、いいか)
一種の自暴自棄のような思考が、秋月の頭をもたげた。
バグだらけのシステムを前にして、「もう一度スクラッチでビルドし直せばいい」と諦める時の感覚に似ている。
「後悔するなよ」
「するわけないじゃん。アキヅキ、早くこっち来て」
ルイが嬉しそうに目を細めた。
秋月はベッドに腰掛け、ルイの肩を抱いた。
細い。骨の感触がそのまま伝わってくる。やはり極端に痩せている。
顔を近づけると、甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐった。バニラのエッセンスに、何か清潔な薬品を混ぜたような、人工的で爽やかな香り。
ルイの薄い唇が、秋月の唇に重なる。
唇の感触は柔らかく、驚くほど滑らかだった。
舌が侵入してくる。
とろけるような、繊細な動き。こちらの意思を確かめるように、優しく、それでいて貪欲に絡みついてくる。
秋月の身体は、男としての本能に従って素直に反応し始めた。下腹部に熱が宿り、呼吸が荒くなる。
ルイの瞳が、至近距離で秋月を見つめている。薄い灰色の虹彩が、部屋の間接照明を浴びて妖しく光る。
欲情している。それは間違いなかった。
しかし。
(何だ、これ)
違和感があった。
直接、濃密に接触しているというのに、何かが決定的に噛み合わない。
パズルのピースの形は合っている。突起と窪みは合致しているはずなのに、素材がプラスチックと粘土のように異なっていて、カチリとした手応えが得られない。
ルイの肌は温かい。鼓動も聞こえる。
だが、その肌に触れている手のひらから伝わってくる感覚が、どこか現実味を欠いている。
まるで、高精度のシリコンで作られた人形で自慰行為をしているような、奇妙な断絶感。
ルイも同じ感覚を抱いたのだろうか。
重ねていた唇を少し離し、ルイは小首を傾げた。
「あれ……?」
「どうした」
「なんか……変」
ルイの顔に、戸惑いの色が浮かぶ。
「気持ちよくないわけじゃないんだけど……アキヅキの身体、遠い気がする」
「遠い?」
「うん。触ってるのに、触ってないみたい」
秋月は自分の手を見た。ルイの鎖骨のあたりに置かれた指先。確かにそこにある。体温も伝わる。
だが、脳がその入力を正しく処理できていないような、奇妙なエラー。
まるで、システムのパラメータが物理法則を無視して設定されているかのような。
二人は互いの身体を抱き合ったまま、静まり返った部屋の中で、ただ困惑の視線を交わし合っていた。
最新エピソード
視界の端で、陽光が埃のダンスを照らし出している。
清潔だった部屋の床には琥珀色の空き瓶が乱雑に転がり、カーペットはこぼれたテキーラと、パッチを作る過程で散らばったグサーノの残骸で、不
ぐちゅり、と湿った音が静まり返った室内に響いた。
ボトルの底から引っ張り出された芋虫の死骸は、アルコールを含んでぶよぶよと膨張している。ルイは震える手でショットグラスを掴み、その濁っ
深夜、そろそろ日が変わりかけていた。
テーブルの上には、空になったボトルがいくつも転がっている。
特有の焦げたアガベの香りが、狭い室内に充満していた。エアコンディショナー
テーブルの上に並んだ五本の丸みを帯びたボトル。ガラスの底で、白い虫の死骸がぬるりと揺れている。
「これを全部飲むの? アキヅキ、本気?」
ベッドの上に胡坐をかいたルイが、







