説明
交通事故を境に「性感覚」を共有してしまった見知らぬ二人が、互いの体を遠隔で支配し合う屈辱と困惑を経て、やがて二人でしか到達できない「底なしの快感」へと溺れていくエロティック・コメディ。
【登場人物】
佐藤: 中堅企業のサラリーマンで、コーヒー好き。規律と平穏を愛するが、凛がしかけてくる予期せぬ勃起や射精による社会的抹殺を恐れる。カフェイン摂取による軽い興奮が、凛に「勃起の疼き」として伝わってしまう。
凛: ボーイッシュなショートヘアの大学生。スポーツバイクを乗り回す快活な性格。激辛料理が大好き。自分の体が「見知らぬ男」の快感に勝手に反応してしまう事実に恐怖する。
エピソード1
信号機のない、見通しの悪い交差点。
アスファルトが吐き出す熱気が、三月のぬるい風と混ざり合っている。佐藤は、小脇に抱えたブリーフケースの角を気にしながら、足早に横断歩道を渡ろうとしていた。午後のプレゼン。役員も出席する重要な会議。頭の中では、修正したばかりの企画書のグラフが何度も点滅している。
段取りを考えながら、ふっと道に飛び出した佐藤の死角から、くぐもったエンジン音が迫っていた。
「あ――」
声になる前の、喉の震え。視界の端に飛び込んできたのは、鮮やかなライムグリーンのカウル。
乾いた衝撃。
重力から解放されたような、短い浮遊感。
佐藤の体は歩道に投げ出され、金属が路面を削る耳障りな音が鼓膜を叩いた。
「っつ……!」
掌に熱い感覚。擦りむいた皮膚が砂利を噛んでいる。
すぐ目の前に、横倒しになったスポーツバイク。前輪が、まだ空を掻くように力なく回転を続けていた。
ヘルメットを脱ぎ捨てたライダーが、もつれる足取りで立ち上がる。
短い黒髪。汗に濡れた額。
二十歳そこそこだろうか。ボーイッシュな顔立ちをした少女が、信じられないものを見るような目で佐藤を凝視していた。
その瞬間だった。
視線が絡み合った瞬間、脳髄を直接、高電圧の針で突き刺されたような衝撃が走る。
ただの「目があった」という事実を、神経系が過剰に解釈している。
佐藤の視界が、真っ白な閃光に包まれた。
(なんだ、これ)
自分の心拍が、自分のものではないリズムで跳ね上がる。
佐藤の胸の奥で、激しく脈打つエンジン。それは、目の前の少女が感じている動悸そのものだった。
逆に少女――凛もまた、膝をついたまま固まっていた。
自分の肺が、見知らぬ男の「プレゼン前の焦燥」を吸い込んでいる。
息苦しさに胸を押さえる。
体内の回路がショートし、他人の生体信号が、濁流となって自分の中に流れ込んでくるような。
「……大丈夫、ですか」
ようやく絞り出した佐藤の声は、ひどく掠れていた。
凛は、大きく見開いた瞳の奥で、まだ火花を散らしている。
彼女は言葉を返さず、ただ自分の掌を、そして佐藤の顔を交互に見つめた。
奇妙な接触感。
触れていないのに、相手の皮膚のひりつきが、自分の掌に転写されている。
「……平気。あんたは?」
ぶっきらぼうな問い。
佐藤は、破れたスラックスの膝を払いながら、意識的に呼吸を整えた。
「自分も、かすり傷程度のようです」
「……そう。なら、いい」
警察を呼ぶべきか。いや、今の自分にはそんな時間は一分たりとも残されていない。
凛もまた、倒れた相棒を、呪わしいものを見るような目で引き起こそうとしている。
共通の「立ち去りたい」という意志が、言葉を介さずに、奇妙な調和をもって成立していた。
二人は、名前も名乗らず、連絡先も交換しなかった。
ただ、それぞれの場所へ向かうために背を向けた。
しかし。
佐藤の背中には、凛がバイクのハンドルを握り直した瞬間の、硬い振動が居座っている。
凛の脳内には、佐藤が会議室へと急ぐ、胃のあたりを締め付けるような不快な緊張が残像として張り付いていた。
◇
数時間後。
都心のオフィスビル。空調の効いた会議室は、人工的な静寂に満ちていた。
「――以上の理由から、本プロジェクトのターゲット層を……」
佐藤は、レーザーポインターの赤い点をスクリーンに走らせていた。
声は落ち着いている。手元も狂っていない。
だが、内面では絶え間ない戦いが続いていた。
事故のあの一瞬。
あれ以来、自分の体の中に、誰か別の人間が住み着いてしまったかのような違和感が消えない。
時折、自分が歩いていないのに足の裏にアスファルトの感触が蘇り、自分が喉を鳴らしていないのに、冷たい水の感触が喉元を通り過ぎる。
(……落ち着け。気のせいだ。ただの、事故のショックだ)
自分に言い聞かせ、次のスライドへ進もうとした、その時。
「…………っ!?」
言葉が、物理的に喉に詰まった。
下腹部に、突如として発生した異常な刺激。
それは、佐藤自身の肉体で発生したものではない。
まるで見えない熱い手で、股間を握りこまれるような。
皮膚が焼けるような痛熱さと、それと同時に押し寄せる、粘膜を掻き乱すような猛烈な刺激。
(な……なんだ、これは。熱い……っ、痛い……!)
額から脂汗が噴き出す。
佐藤は、プレゼンボードの縁を、指の関節が白くなるほど強く握りしめた。
目の前の役員たちが、怪訝そうな表情で自分を見つめているのがわかる。
◇
同じ頃。
大学の学食。凛は、友人の呆れた視線を浴びながら、真っ赤なソースが波打つ「激辛地獄カレー」を口に運んでいた。
「凛、それ一口で失神するレベルだって」
「うるさい。こういう気分なんだよ」
凛は、事故以来の、胸の奥のモヤモヤを焼き払いたかった。
スプーンに山盛りにされた、デスソース塗れの塊。
それを一気に、口の中に放り込む。
「――ぶはっ……!!」
火が出る。
舌の細胞が一つ残らず悲鳴を上げる。
強烈なカプサイシンの攻撃。痛覚が麻痺し、涙が滲む。
だが、その刺激こそが今の彼女には心地よかった。
――その「心地よさ」の代償を払わされている男が、三駅先の会議室にいるとは知らずに。
◇
佐藤は、気を失いかけていた。
カレーの「辛み」は、佐藤の感覚器官においては、より扇情的で、直接的な「性感」へと変換されていた。
ズボンの下。
自分のものではない欲望が、強制的に火をつけられる。
脈打つ熱。膨張する組織。
会議室の冷たい空気の中で、佐藤のそこだけが、火事のように熱い。
プレゼンは、もはや継続不可能な領域に達しようとしていた。
「……佐藤君? どうした。顔色が悪いぞ」
部長の声が、遠くから聞こえる。
佐藤は、絶頂の淵を歩くような、得体の知れない快感と苦痛の混ざり合いに耐えながら、必死にデスクに両手をついた。
(まずい。このままでは、出る。何かが、社会的な尊厳と共に、出る……!)
佐藤は、必死の思いで脳内にある「平穏」のイメージをかき集めた。
規律。沈黙。無菌状態。
しかし、流れ込んでくる刺激は、暴力的なまでの性感だ。
彼は、藁にもすがる思いで、ポケットに入れていた清涼感の強いタブレットを噛み砕き、目の前にあった冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
◇
「……あ。冷た……」
凛の手から、スプーンが滑り落ちた。
激辛の嵐の真っ只中。
突如として、脳髄を切り裂くような鋭利な「覚醒感」が突き抜けた。
それは、氷水を頭から浴びせられたような衝撃。
そして、それと同時に。
「……え、ちょっと……待って……っ」
凛は、学食の椅子の上で、不自然に膝を閉じた。
股間の奥。
自分ではコントロールできない場所が、奇妙な規則性を持って脈打ち始めた。
硬い。
何か、鉄の棒のような、異質な硬直感が、自分の内部に侵入してくる。
それは佐藤が、極限の焦燥とコーヒーのカフェインによって、全身の血管を収縮させ、アドレナリンを限界まで分泌させた「反応」だった。
佐藤の肉体が、社会的な抹殺を回避しようと極限まで「硬く」なった結果が、凛の体に、これ以上ないほど雄弁な「勃起の感覚」として流れ込んでいる。
「凛? どうしたの、顔真っ赤だけど」
「…………なんでも、ない……。ちょっと、トイレ……」
凛は、股間に突き立った「見えない楔」に顔を引き攣らせながら、這うようにして席を立った。
歩くたびに、その硬い感覚が内腿を擦り、神経を逆なでする。
あり得ない。
私は、女だ。
なのに、今、この瞬間に感じている「重み」と「膨張感」は、間違いなく男の。
しかも、あの事故の男の、必死に堪えている「それ」ではないのか。
「……ふざけないでよ、おじさん……っ」
凛は、講義室へ向かう廊下の隅で、手すりを握りしめてうなだれた。
佐藤の焦り。
「今は駄目だ。落ち着け。静まれ」という、切実なまでの自己抑制の意志。
それが、逆に凛の中の神経を過剰に刺激する。
拒絶すればするほど、相手の「硬度」が、鮮明に自分の体の一部として統合されていく。
◇
一方、会議室。
佐藤は、なんとかプレゼンを終えようとしていた。
下半身の熱は、ようやくピークを過ぎ、痺れるような余韻へと変わっている。
だが、その余韻が曲者だった。
凛が、辛さのあとの多幸感に浸り、ふう、と深く息を吐いた瞬間。
佐藤の脳内に、とろけるような「弛緩」が流れ込んできた。
(……ああ……)
意識が、白濁する。
重要書類を手に持ったまま、佐藤の膝が、わずかに笑った。
役員たちの前で、彼は、恍惚とした表情を浮かべそうになるのを、自らの舌を噛んで阻止した。
◇
二人は確信した。
あの交差点。
自分たちの神経回路は、何かの手違いで、混線してしまったのだと。
佐藤は、帰宅すると、ネクタイを引きちぎるように放り投げた。
そして、ソファに力なく沈み込む。
(……地獄だ。明日からも、これが続くのか?)
◇
コーヒーの苦味が、まだ舌に残っている。
凛は、暗い講義室の後方席で、机に突っ伏していた。
自分の体の中に残る、名前も知らない男の、堅苦しくて、必死で、どこか滑稽な「脈動」。
「……サイアク」
呟いた声は、震えていた。
だが、その震えの原因が、恐怖なのか、それとも、今あの男が感じている何かなのか。
彼女には、まだわからなかった。
夜の静寂。
二人の心臓は、別々の場所で、しかし全く同じ、歪なリズムを刻み続けていた。
最新エピソード
「……ですから、今後の債務整理に関しては、週に二回程度の『定期的清算』が必要かと思われます」
新宿三丁目、老舗の喫茶店。
佐藤は、厚手の白い陶器のカップを口に運びながら、
新宿、歌舞伎町の喧騒。その外縁にそびえ立つ高級ホテルのエントランスは、今の佐藤と凛にとって、地獄の門か、あるいは唯一の救済所に見えていた。
「……っ、…………ぁ」
自動ド
十月の乾いた朝、佐藤はクローゼットの前で立ち尽くしていた。
手に取ったのは、いつも通りの綿百パーセントのワイシャツ。クリーニングから戻ったばかりの、糊の効いた清潔な一枚。だが、今の彼
十月の新宿駅東口、アルタ前。人混みの熱気と、排気ガスの匂い、そして無数の電子音が交錯するスクランブル交差点で、佐藤は自分の「境界線」が崩壊していくのを必死に食い止めていた。
「おーい







