説明
かつて不気味な異界の駅「黄昏駅(誰そ彼駅)[たそがれえき]」から無事脱出を果たした小清水由美と相田里子。なんの因果か、二人はとある大型遊園地にある「究極戦慄迷宮」に挑むことになる――
設定が少し変更されていますが、「黄昏駅(誰そ彼駅)[たそがれえき]-“ナビゲーター企画 #13”応募作品」の続編にあたります。
“お題チャレンジ #3”「極限脱出」応募作品です。
今日のテーマ: 「お題チャレンジ」極限脱出 お題チャレンジ #3:迷い込んだのは、死と隣り合わせの世界
エピソード1
第一章:乙女の黄昏(たそがれ)
目眩がするほどの喧騒と、甘ったるいポップコーンの匂い。絶叫と歓声が幾重にも重なり、飽和した音の洪水となって降り注ぐ。原色の洪水、人の流れ。ここは巨大な遊園地『SB Highland』――夢と興奮をコンクリートと鉄骨で練り上げた、現実逃避の王国だ。
その喧騒の只中で、小清水由美と相田里子は、他の友人たちの賑やかな輪からそっと抜け出した。目指す先は一つ。パークの最も奥、不吉なオーラを放って聳え立つ、古びた病院を模した巨大な建物。アトラクションの名は、「究極戦慄迷宮」。
「じゃあ、私たちはこっちだから。終わったらメッセージ頂戴」
友人たちに手を振りながら、由美は完璧な笑顔を顔に貼り付けていた。クラス委員長という肩書きは、彼女にとって鎧であり、同時に重い鎖でもある。そのイメージを構成する要素に、「お化け屋敷が怖い」などという脆弱なスペックは含まれていない。
「いい? 里子。委員長なんだから、怖がってなんていられないわ。こういうのは先頭に立って、みんなの模範にならないと」
虚勢だと、誰よりも由美自身が理解していた。茶色のストレートロングヘアが、乾いた風にさらりと揺れる。白いブラウスの上に羽織ったカーディガンは、寸分の乱れもなく整えられ、膝丈のプリーツスカートは優等生そのものだ。だが、その慎ましい装いでは隠しきれない身体のラインは、成熟した女性のそれだった。特に、ブラウスの生地を内側から押し上げる豊かな胸の膨らみは、彼女の意図とは裏腹に、否応なく周囲の視線を集めてしまう。その事実が、彼女の羞恥心をさらに加速させることを、隣を歩く親友だけが知っていた。
対する里子は、由美とは対照的だった。ふんわりとしたウェーブのかかった髪を緩くまとめ、アースカラーのワンピースに身を包んでいる。その佇まいは、まるで風にそよぐ野の花のようだ。彼女は由美の言葉に、「うん、そうだね」とだけ答え、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。その瞳の奥で、由美の強がりも、その下に隠された怯えも、すべてを見透かしているかのように。
迷宮の入り口が近づくにつれて、陽気なパークのBGMは遠のき、代わりに不気味な心音が地の底から響いてくる。錆びついた鉄格子のゲートをくぐる直前、里子がふと足を止めた。
「ねぇ、由美。一応、お手洗いに行っておかなくていい? ここから先は、かなり長いって聞くよ」
それは、あまりに真っ当で、思慮深い提案だった。しかし、由美のプライドにとっては、鋭い棘のように感じられた。つい三十分ほど前、喉の渇きを覚えてオレンジジュースを一気に飲み干したばかりだった。その事実が、里子の言葉に妙な現実味を与えていたが、認めるわけにはいかなかった。ここで弱さを見せることは、これから挑む恐怖への、最初の敗北を意味する。
「ううん、大丈夫。今は別に」
由美は首を横に振り、努めて平然と答えた。その声が、自分でも驚くほど少しだけ上擦ったことに気づき、内心で舌打ちする。この小さな、あまりに些細な見栄と拒絶が、後に彼女の尊厳を根底から揺るがす引き金になることなど、知る由もなかった。
「そっか。ならいいんだけど」
里子はそれ以上何も言わず、また静かに微笑むだけだった。
ギシリ、と重い音を立てて扉が開く。内部は、消毒液の匂いが染みついたかのような、ひんやりとした空気に満たされていた。待合室と書かれた薄暗い空間。埃をかぶった長椅子、壁にはめ込まれた曇りガラスの窓。そして正面には、この廃病院の元院長だという、陰鬱な男の肖像画が掲げられている。その目は描かれたものとは思えないほど生々しく、こちらの一挙手一投足を値踏みするように見つめていた。
由美は腕を組み、冷静さを装って室内を観察した。眼鏡の奥の瞳は知的に細められているが、その内側では心臓が警鐘のように鳴り響いている。指先が冷たい。完璧な委員長である小清水由美というペルソナが、じりじりと剥がれていくような感覚。
隣の里子は、壁のシミや床の傷を、まるで美術館の展示品でも眺めるかのように興味深げに目で追っている。時折、恐怖に強張る由美の横顔に視線を移し、その唇の端にだけ、ほんのりと笑みが灯る。それは嘲笑ではない。慈愛でもない。もっと別の、独占的な何かを秘めた、静かな観察者の笑みだった。由美がその視線に気づくことはない。彼女は今、自らの内側で荒れ狂う恐怖の嵐を鎮めることに必死だった。
やがて、スピーカーからノイズ混じりのアナウンスが流れ、最初の脅かしゾーンへと続く扉が開かれた。暗く、長い廊下。ここからが本番だ。由美は一つ深呼吸をし、強張った足で一歩を踏み出した。
何度か、悲鳴を上げそうになるのを奥歯を噛み締めて堪えた。暗闇から突き出る白い手、足元を駆け抜ける何かの影。そのたびに全身が跳ね、心臓が握り潰されるような衝撃に襲われる。それでも、委員長としての威厳を保つため、由美は決して声を出さなかった。
最初の脅かしゾーンをどうにか抜け、少しだけ開けた空間に出る。そこは、配管が剥き出しになったボイラー室のような場所だった。壁は湿り、不快な生温かい空気が澱んでいる。その空間の隅で、由美は一つの演出に目を留めた。
古びて赤錆の浮いた水道管。そのバルブの根元から、水が絶え間なく滴り落ちていた。
チョロ……チョロチョロ……。
静かな空間に、その音だけがやけにクリアに響く。規則的で、無機質で、そして何よりも―― líquid的なその音。
その音を耳にした瞬間、だった。
由美の身体の内部で、何かが静かに、しかし決定的に変わった。それまで意識の片隅にもなかったはずの感覚。下腹部の奥、膀胱という名の内なる器に、確かな存在感が生まれる。それは、まるで冷たい水で満たされた風船が、ふわりと浮かび上がるような、奇妙に生温かい圧迫感だった。
さっき飲んだジュース。脅かされるたびに繰り返した、身体の強張り。それらが複合的な要因となって、今、この最悪のタイミングで、その存在を主張し始めたのだ。
(…………え?)
全身の血が、さっと引くのを感じた。
チョロ……チョロチョロ……。
水の滴る音が、呪いのように耳にこびりつく。それはもはや、ただの演出音ではなかった。由美の身体の内部で鳴り響く、危険信号そのものだった。下腹部に宿った微かな、しかし無視できない熱を帯びた圧力は、彼女の意識のすべてを絡め取ろうとしていた。スカートの上からそっと手で触れてみたい衝動に駆られるが、かろうじて理性で押さえつける。
(気のせいよ……)
由美は必死に自分に言い聞かせた。
(まだ始まったばかりなんだから。こんなはずない。これは、お化け屋敷の緊張が見せている幻覚。そうに決まってる)
表情には決して出さない。完璧なポーカーフェイスを維持したまま、隣に立つ里子に悟られまいと、ゆっくりと呼吸を整える。だが、一度自覚してしまった感覚は、幻のように消えはしない。それどころか、意識すればするほど、その存在感は水に落としたインクのように、じわりと、しかし確実に支配の領域を広げていく。
背筋を、冷たい汗が伝った。目の前に広がるのは、まだ延々と続くかのような、先の見えない闇。その暗闇の向こうにあるゴールより、今、自らの内に芽生えたこの小さな絶望の方が、由美にとっては遥かに恐ろしかった。
最新エピソード
第七章:夜明けの誓い(エピローグ)
絶望の淵で、由美は見た。涙でぐしゃぐしゃになりながら、それでも自分を狂信的な光で見つめ返す、親友の顔を。
第六章:最後の選択
迷宮の空気は、もはやただの湿った闇ではなかった。それは、二人の少女が吐き出した絶望と、流した冷や汗で飽和し、粘性を帯びた呪いの霧となっていた
第五章:混濁の迷宮
「私の感覚が、里子に……?」
「由美の羞恥心が、私の中に……?」
声にならない声が、二つの心の
第四章:二つの地獄
由美の身体を苛んでいた灼熱の激痛は、魔法のように半分に減じられた。完全な無ではない。下腹部の奥には、まだずっしりとした、無視できない重みと熱







