説明
古代遺跡で謎の女に呪われ、俺のレベルは「1」に固定された。
仲間には「役立たず」と罵られ、勇者パーティーから追放。
絶望の中、俺は気づく。
レベルは上がらない。だが、スキル経験値だけは入り続けている。
しかも、常人の十倍の速度で。
「レベル1」という看板を背負ったまま、俺は静かに最強への階段を登り始めた。
エピソード1
俺、山本龍は、どこにでもいる普通の青年だ。少し違うとすれば、職業が「冒険者」であることくらいか。勇者クロード率いるパーティー「暁の光」で前衛を務めており、レベルは32。最前線で剣を振るうには心許ないが、盾役としてはそこそこの中堅どころといった立ち位置だった。俺たちのパーティーは破竹の勢いで名を上げており、誰もがその未来は輝かしいものだと信じて疑わなかった。そう、あの日、あの古代遺跡で、あの女に出会うまでは。
「龍、前衛を頼む。罠がないか注意して進んでくれ」
クロードの声が、湿った地下通路に反響する。彼の金髪は松明の光を浴びて、まるで後光が差しているかのようだ。カリスマ、実力、そして神に愛されたかのような容姿。彼こそが、このパーティーの中心であり、俺たちが付き従う理由だった。
「了解」
俺は短く応じ、重厚なタワーシールドを構え直して一歩前に出る。石畳の床には埃が積もり、踏みしめるたびに乾いた音と共に舞い上がる。空気はひんやりと冷たく、どこか遠くから滴る水滴の音だけが、俺たちの足音に混じっていた。ここは「忘却の霊廟」。数百年前に滅びた王国のものとされる古代遺跡で、強力な魔法アイテムが眠っているという噂だった。ここまで特に強力な魔物もおらず、探索は順調そのものだった。だが、最深部の扉を開けた瞬間、その順調さは唐突に終わりを告げた。
そこに広がっていたのは、広大な円形のホールだった。天井には巨大な水晶が埋め込まれ、淡い光を放っている。そして、その中央に、一人の女が立っていた。黒いドレスを纏い、背中まで伸びた濡羽色の髪が印象的な、まるで夜そのものを人の形にしたような女。彼女はこちらに背を向けていたが、俺たちが扉を開けた音に気づいたのか、ゆっくりと振り返った。
「あら、お客様?」
女はくすりと笑みを漏らした。その顔立ちは人形のように整っていたが、瞳だけが底なしの闇を湛えていて、俺は思わず息を呑んだ。パーティーの誰もが警戒を最大に引き上げ、武器を構える。魔法使いのソフィアが呪文の詠唱を始め、神官のエリザが聖印を握りしめる。だが、女はそんな俺たちの殺気などまるで意に介していないようだった。彼女はゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。クロードが制止の声を上げようとしたが、なぜか声が出ない。俺も、他の仲間たちも、動けなかった。
女は俺の目の前で立ち止まると、その冷たい瞳でじっと俺を見つめた。そして、ふわりと細い指を伸ばし、俺の額にそっと触れた。
「あなたに、素敵な贈り物をあげる」
その指先は氷のように冷たかった。一瞬、脳天を貫くような衝撃があったが、痛みはすぐに消え去る。女は満足そうに微笑むと、その姿がまるで陽炎のように揺らぎ始めた。
「楽しんでね」
その言葉を最後に、女の姿は光の粒子となって霧散し、ホールには静寂だけが残された。金縛りが解けた仲間たちが、ようやく安堵の息を漏らす。
「な、なんだったんだ今のは……」
「消えたぞ……」
クロードは油断なく周囲を警戒しながらも、俺に問いかけた。「龍、何かされたか?大丈夫か?」
「いや……特に何もない。ただ、少し冷たかっただけだ」
俺は額に手を当てながら答えた。身体に異常はない。ステータスにも変化は見られない。結局、何が目的だったのかわからないまま、俺たちはそのホールでいくつかの宝物を回収し、遺跡を後にしたのだった。この時の俺は、彼女が言った「贈り物」の意味を、まだ何も理解していなかった。
町に戻った俺たちは、いつものように冒険者ギルドのカウンターでステータスプレートの更新を行った。プレートを水晶盤に置くと、最新の情報が光の文字となって浮かび上がる。自分の番が来て、俺はプレートを置いた。仲間たちが今日の成果を口々に語り合っている。いつもの、平和な光景だ。しかし、水晶盤に表示された俺のステータスを見たギルド職員は、信じられないという顔で目を丸くし、何度か瞬きを繰り返した。
「あ、あの……これ……」
職員の戸惑う声に、近くにいたクロードが気づき、水晶盤を覗き込んだ。そして、彼の顔から表情が消えた。他の仲間たちも次々と集まってきて、やがてギルドのその一角だけが、水を打ったように静まり返った。
「嘘だろ……?」
誰かが呟いたその言葉に、俺は恐る恐る水晶盤に視線を落とした。そこに表示されていたのは、信じがたい文字列だった。
【名前】ヤマモト・リュウ
【職業】戦士
【レベル】1
【HP】10/10
【MP】5/5
【攻撃力】1
【防御力】1
【魔力】1
【敏捷性】1
「レベル……1?」
俺の口から、乾いた声が漏れた。レベル32だったはずだ。全ての基礎ステータスが、初期値の「1」にリセットされている。何かの間違いだ。バグか、あるいはあの女が仕掛けた一時的な幻術か。俺はすぐさまギルドの訓練場へ向かい、そこに置かれていたレベル1のスライムを剣で斬りつけた。プニ、という感触と共にスライムは消滅する。だが、脳内に響くはずのレベルアップを告げる神の声は、いつまで経っても聞こえてこなかった。何十匹、何百匹と倒しても、結果は同じだった。経験値ゲージはピクリとも動かない。遺跡で出会ったあの女の言葉が、脳内で不気味に反響した。
『あなたに、素敵な贈り物をあげる』
これが、贈り物だというのか。永遠に成長することのない、呪い。俺が「最弱」になったという事実は、あっという間にパーティー内に広まった。そしてその三日後、俺はパーティーの拠点に呼び出された。
会議用の大きなテーブルには、クロードをはじめ、パーティーの全員が揃っていた。重苦しい沈黙が部屋を支配している。誰もが俺から視線を逸らし、気まずそうに俯いていた。その中で、クロードだけが、冷徹なまでに真っ直ぐな瞳で俺を見据えていた。
「龍」
クロードが口を開いた。その声は、かつての仲間への情など微塵も感じさせない、無機質な響きを持っていた。
「お前もわかっていると思うが、現状を報告する。お前のレベルは1。ステータスは全て初期値。この三日間、あらゆる回復魔法や解呪の儀式を試したが、効果はなかった。司祭の見立てでは、これは神々の領域に属する古代の呪いだそうだ。解呪は、不可能」
彼は淡々と、事実を並べていく。俺はただ黙って、彼の言葉を聞いていた。
「俺たちの目標は魔王の討伐だ。これから先、戦いはますます苛烈になる。そんな中に、レベル1の冒険者がいてどうなる?足手まといになるだけだ。いや、足手まといという言葉すら生温い。お前はパーティーにとって危険因子そのものだ」
冷たい言葉が、ナイフのように突き刺さる。他のメンバーは、誰一人として口を挟まない。ある者は同情的な目を向け、ある者は安堵の表情すら浮かべている。俺が役立たずになったことで、自分たちの取り分が増えることを計算しているのかもしれない。これが、昨日まで背中を預け合っていた仲間たちの姿か。
「結論を言う。龍、お前は今日限りでこのパーティーから追放する」
宣告は、あまりにもあっけなく、そして残酷だった。俺はクロードの顔をじっと見つめ返した。彼の瞳には、かつての友情も、共に戦った日々の思い出も、何も映ってはいなかった。ただ、パーティーという組織の効率を損なう「不良資産」を切り捨てる、冷たい合理性だけがそこにあった。反論しようと思えばできたかもしれない。これまでパーティーにどれだけ貢献してきたか、訴えることもできたはずだ。だが、その言葉は喉の奥で溶けて消えた。この男に何を言っても無駄だ。こいつは、数字しか見ていない。レベルという、たった一つの指標でしか、人間の価値を測れない男なのだ。
「……わかった」
長い沈黙の末、俺の口から出たのは、たったその一言だった。クロードは僅かに眉を動かしたが、すぐに無表情に戻った。
「荷物をまとめてすぐに出ていけ。これまでの功績に免じて、退職金として金貨百枚をやろう。それで一般人に戻って、どこかで静かに暮らすんだな」
それは施しだった。哀れみだった。俺は何も答えず、立ち上がって部屋を出た。最後まで、誰も俺を呼び止めようとはしなかった。
自分の部屋に戻り、最低限の荷物を鞄に詰める。かつて仲間から贈られた装飾品も、記念に取っておいた魔物の素材も、全てその場に置いていった。未練など、もはや欠片もなかった。拠点を出て、見慣れたはずの町の往来を歩く。喧騒がやけに遠くに聞こえた。まるで自分だけが、この世界から切り離されてしまったかのような感覚だった。
俺はふと立ち止まり、震える手で自身のステータス画面を呼び出した。虚空に浮かび上がる半透明のウィンドウ。そこには、絶望的な数字が並んでいた。
【レベル】1
【攻撃力】1
【防御力】1
【魔力】1
「これが……呪いか……」
自嘲気味に呟き、ため息をついた。勇者パーティーを追放されたレベル1の元冒険者。これからどうやって生きていけばいいのか。途方に暮れながら、何気なくステータス画面をスクロールさせた。そこには、俺がこれまで習得してきたスキルのリストが表示されている。どうせこれもレベル1にリセットされているのだろう。そう思いながら、俺は一つのスキルに目を留めた。
【剣術】Lv. 8
【盾術】Lv. 9 (MAX)
【身体強化】Lv. 7
【鑑定】Lv. 5
……
「……え?」
思わず声が漏れた。俺は自分の目を疑い、何度もその表示を確認した。レベルは1。ステータスも1。だが、スキル欄に並んだスキルのレベルは、何一つ変わっていなかった。俺が長年かけて鍛え上げてきた、その熟練度は、呪いの影響を受けずにそのまま残っていたのだ。
「スキルレベルは……リセットされてない……?」
全身に、電流が走ったかのような衝撃が駆け巡った。それは、暗闇のどん底で見た、一筋の細い光だった。クロードは、そして仲間たちは、俺のレベルとステータスだけを見て「役立たず」と断じた。だが、この世界の本質は本当にそれだけなのか?もし、レベルが1でも、全てのスキルを極めることができたとしたら?
俺はゆっくりと顔を上げた。空はどこまでも青く、町の喧騒がようやく耳に届き始める。
「……なるほどな」
口の端が、自然と吊り上がっていくのがわかった。
「面白いじゃないか、その『贈り物』。ありがたく、楽しませてもらうとしよう」
最新エピソード
あれから、俺の生活は一変した。
暗影竜との一件、そしてクロードたち勇者パーティーを完膚なきまでに叩き伏せたあの戦いは、瞬く間に大陸中を駆け巡った。最初は尾ひれの
クロードたちが去り、古城の広間に再び静寂が戻った後、俺は一人、自分の借りている安宿の部屋に戻っていた。暗影竜との戦いは、物理的な消耗よりも精神的な消耗の方が大きかった。観客がいる前で、どこまで
古城での一件が終わり、俺たちは冒険者の拠点となっている街へと帰還した。S級モンスター「暗影竜」の討伐、それも勇者パーティーが手も足も出なかった相手を、正体不明の男が単独で、しかも瞬く間に屠ったと
暗影竜と俺。絶望の化身と、レベル1の役立たず。古城の広間は、この上なく不釣り合いな二人のための舞台となった。俺の後ろでは、助けを乞うた張本人であるクロードが尻餅をついたまま呆然とし、アイリーンた







