Synopsis
河辺で記憶を失った少女を見つけた、その瞬間から——僕の人生は変わった。
「君は僕の恋人だよ」
嘘から始まる、歪んだ愛の物語。
彼女のために世界を作り上げた。写真も、日記も、思い出も、全部。
彼女が僕だけを見つめてくれるなら、何だってする。
でも、彼女の瞳に宿る「記憶の欠片」が、少しずつ真実を暴いていく——
「僕の天使は、どこにも逃げられない」
愛とは何か。所有とは何か。
その境界線が溶けていく、戦慄のラブサスペンス。
Chapter1
定時のチャイムが鳴り響く無機質なオフィスを抜け出し、私はいつものように駅へと向かう群衆の中に紛れ込んでいた。二十八歳、独身、システムエンジニアとして毎日ただ与えられたコードのバグを潰し続けるだけの、ひどく単調で息苦しい日々だ。誰かと深い関係を築くこともなく、ただ呼吸を繰り返すためだけに生きている私の人生は、文字通り一死水のように停滞していた。
スマートフォンを開いても通知は一つもなく、帰るべき一人暮らしのマンションには私を待つ者など存在しない。
夕暮れ時の赤黒い光が街を染める中、私は毎日どうしても通らなければならない川沿いの橋を重い足取りで歩いていた。この時間帯の河川敷は普段なら犬の散歩をする老人や部活帰りの学生で賑わっているはずなのだが、今日はなぜか不気味なほど静まり返っていた。そして、その静寂を切り裂くように、視界の端に異質なものが飛び込んできた。
薄暗い川岸のコンクリートの上に、水に濡れて黒く変色した衣服を身に纏い、力なく座り込んでいる小柄な人影があった。
「……何か、落としましたか」
私は自分でも驚くほど自然な足取りで階段を下り、その人影との距離を慎重に詰めていった。声をかけると、肩まである濡れた髪を顔に張り付かせた若い女性が、ビクッと体を震わせてゆっくりとこちらを振り向いた。二十代半ばくらいだろうか、泥と水草に塗れた彼女の顔はひどく蒼白で、その双眸は魂をどこかに置き忘れてきたかのように虚ろな光を宿していた。
「私……自分が、誰なのか……」
水滴がぽたぽたと顎から滴り落ちるのも構わず、彼女はひび割れた細い声でそう呟いた。アルコールや薬物の影響を疑い、システムエンジニアとしての私の理性はすぐに「通報」という最適解を導き出そうとしていた。ポケットの中でスマートフォンの冷たい金属に指先が触れ、110番をタップする準備は完全に整っていたはずだった。記憶喪失であれ何らかの事件の被害者であれ、素人が関与すべき事案ではないことは火を見るより明らかだ。
「病院へ行きますか。それとも、警察を呼びましょうか」
私が極めて事務的なトーンでそう告げた瞬間、彼女の濡れた冷たい指先が私のワイシャツの袖口を強く、本当にすがるような力で鷲掴みにした。
「嫌……どうか、私を置いていかないで……助けて……」
その言葉が耳の奥に届いた途端、私の脳内で厳重にロックされていたはずの古い記憶の扉が暴力的にこじ開けられた。六歳のあの日、玄関で荷物をまとめる母親のコートの裾を必死に握りしめ、「置いていかないで」と泣き叫んだ私自身の姿が鮮明にフラッシュバックする。あの時、私を冷酷に振り払って二度と戻ってこなかったあの女の手の感触が、目の前で打ち震えるこの少女の必死な指先と完全に重なり合っていた。
私の内側で長い間眠っていた何かが、乾いた土に奇妙な種が根を下ろすように、急速に芽吹き始めるのを感じた。
警察に引き渡せば、彼女は身元を照会され、やがて本来の居場所へと帰っていくだろう。彼女を監視するはずのシステムは正常に機能し、私の手元からは確実に失われてしまう。しかし、もしここで私が彼女を隠匿すればどうなる。過去を持たない彼女の真っ白なデータベースに、私が管理者権限で新たな記憶を書き込んでしまえば、彼女は永遠に私を必要とする存在になるのではないか。
「大丈夫ですよ。もう、怖がらなくていい」
私はスマートフォンの画面を静かにオフにしてポケットの奥深くへと沈め、自分の着ていた厚手のコートを脱いで彼女の震える小さな肩にふわりと掛けた。驚くほど素直に私の腕の中に身を委ねてくる彼女の体温は低かったが、私の胸の奥底にはこれまで感じたことのないようなどの黒く熱い歓喜が渦巻いていた。
「名前は……本当に何も思い出せませんか」
「……はい。ごめんなさい……なにも……」
「なら、私がこれからあなたの名前を呼びます。今日からあなたは、彩音です。私の大切な、彩音」
夕暮れの残光が川面を照らす中、私が与えたその名前を聞いて、彼女はひどく脆く壊れそうな微笑みを浮かべながら小さく頷いた。私は彼女の濡れた肩を抱き寄せ、マンションの奥にある防音設備の整った使っていないあの部屋へと向かう道を踏み出した。
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彩音の冷たい指先が私の首筋に触れたあの夜から、私の住むこの部屋は決定的な変質を遂げた。彼女は「ここから出ない」という誓いを立てた。それは私が長い間、血を吐くような思いで渇望し、あらゆる手段を講じ
重厚な鉄の扉が完全に閉ざされ、電子錠の無機質なモーター音が玄関の冷たい空気に溶けて消えた瞬間、私は心の中で鳴り止まないファンファーレを聞いていた。
「……本当に、本当によくやってくれ
彩香が何の前触れもなく私の前から姿を消してからの数ヶ月間、私の生活はただ彼女の残した僅かな痕跡を探し続けるという単一の目的のみによって辛うじて稼働していた。睡眠薬を上限まで服用し
冷たい金属が擦れ合う微かな音が、薄暗い廊下に響き渡った。
私の部屋の玄関ドアが重々しく閉ざされ、続けてシリンダーがカチリと回転する。その単純な物理的変化が、外界とここ







