Synopsis
国民的VRMMO「グレイルレジェンド」で楽しく遊ぶ女性プレイヤー。 金髪に近い茶髪のショートツインテール、アホ毛、青色の瞳の爆乳美女である彼女は、一人きりの防音室で、「ゴーグルだけ」という攻めたコーディネートで思いっきりゲームを堪能するのだが……?
“お題チャレンジ #12「VRMMO」”応募作品です。
今日のテーマ: 「お題チャレンジ」 お題チャレンジ #12:ネトゲで無双しよう お題チャレンジ:VRMMO 今回のテーマ:ネトゲで無双しよう
Chapter1
第一章:見えざる鎖
完全な防音と遮光が施された、コンクリート打ちっ放しの無機質な空間。それが天野川輝(あまのがわひかり)の聖域であり、闘技場だった。あらゆる外的ノイズから隔絶された静寂の中、彼女は一糸まとわぬ姿で佇んでいた。肌を撫でる空気だけが、自分がこの現実世界に属していることを示す唯一の証。やがて、そのしなやかな指がVRヘッドセットへと伸びる。冷たいプラスチックの感触。それを顔に装着した瞬間、世界は反転した。
【ようこそ、グレイルレジェンドへ】
無響の暗闇は、絢爛たる光の粒子となって霧散する。眼前に広がるのは、剣と魔法が支配するファンタジーVRMMOの世界。天と地を繋ぐ巨大な世界樹の枝々には、水晶でできた都市が浮かび、その遥か下では、古代竜の骨が横たわる大渓谷が口を開けていた。
輝の分身であるアバターは、銀の長髪を風に靡かせ、黒曜石の軽鎧に身を包んだ剣士。その名は「HIKARI」。サーバーランキングの上位に常に名を連ねる、誰もが知る強豪プレイヤーだ。そのプレイスタイルは、天賦の才としか言いようのない反射神経と、戦況を俯瞰する冷静な分析眼を融合させた、まさに芸術の域にあった。
だが、ここ数ヶ月、輝は分厚く、そして透明な壁にぶつかっていた。ランキングの頂点、その一つ手前で、どうしても足踏みしてしまう。全てを出し切れていないという焦燥感が、じっとりと肌にまとわりついて離れない。
『今夜こそ』
自身にそう誓い、決戦の舞台へと転移する。
対戦相手は、長きにわたりランキングの覇権を争ってきた宿敵。巨斧を携えた、山のような大男のアバターだ。ゴングが鳴り響くと同時に、輝のアバターは疾風となって駆ける。相手の豪快な斧の振り下ろしを、紙一重で見切り、懐へ。剣閃が鋭く走り、ヒットエフェクトの火花が舞う。
序盤は、完全に輝のペースだった。卓越したセンスが、相手の動きをコンマ数秒先読みする。ダメージレースは圧倒的有利。観戦者チャットが熱狂的な賞賛で埋め尽くされていくのが、視界の隅に映る。勝利は目前だった。
「これで、終わり!」
輝は現実の身体を大きく捻り、全身のバネを使って必殺のスキルを繰り出そうとした。アバターが天高く跳躍し、溜められたエネルギーが剣の刀身に収束していく。相手はガラ空き。完璧なタイミング。
その、瞬間だった。
現実世界の輝の身体が、無意識に、ほんのわずかに動きをセーブした。肩が、腕が、腰が、本来出すべき出力の九割で停止する。まるで、見えない何者かに動きを拘束されたかのように。それは、痛みへの予感からくる、本能的な自己防衛だった。
VR空間のアバターは、主の身体の躊躇いを忠実に反映する。必殺剣のモーションに、致命的な一瞬の遅滞が生まれる。
宿敵がその隙を見逃すはずがない。
「もらったァ!」
咆哮と共に放たれたカウンターの横薙ぎが、輝のアバターを捉えた。凄まじい衝撃。視界が赤く染まり、アバターの身体がポリゴンの破片となって砕け散っていく。
【DEFEAT】
無慈悲な赤い文字が、視界の中央に浮かび上がった。
「…っ、あああああ!」
輝は絶叫と共にVRヘッドセットを床に叩きつけるように外した。途端に、グレイルレジェンドの壮大な世界は消え失せ、冷たいコンクリートの壁が現実を突きつける。全身はびっしょりと汗で濡れ、心臓が警鐘のように激しく鳴っていた。
「また、だ…!」
悔しさで奥歯を噛み締める。汗ばんだ身体のまま、冷たい床にへたり込んだ。
「なんで…なんで最後の一歩が踏み出せないの…!」
自分のポテンシャルを、この手で殺している。その閉塞感が、鉛のように輝の心にのしかかった。手足にはまだ、あの致命的な躊躇いの感覚が、忌まわしい残響のようにこびりついている。まるで、自分の身体でありながら、自分のものではないような、もどかしい感覚。
しばらくの間、荒い呼吸だけが防音室に響いていた。滴り落ちる汗が、床に小さな染みを作っていく。このままでは駄目だ。このまま腐っていくのは、ごめんだ。
輝はのろのろと立ち上がると、気分転換のために壁際の大型モニターの電源を入れた。暗い部屋に、眩い光が差し込む。映し出されたのは、彼女が今、唯一心の支えにしている存在――虹乃メロの配信画面だった。
虹乃メロは、人気VTuberグループ「さんじよじ」に所属するライバーだ。ピンク色の髪を持つ、快活で少しおっちょこちょいなキャラクター。そして、輝と同じく「グレイルレジェンド」の熱心なプレイヤーでもあった。
『みんな、やっほー!今日も元気にグレイルレジェンド、やってくよー!』
ヘッドフォンから流れてくるメロの明るい声が、ささくれた輝の心を少しずつ癒していく。画面の中のメロは、下位ランクのダンジョンで、視聴者のコメントに答えながら楽しそうにモンスターを狩っていた。勝敗に一喜一憂し、時には大きなミスをして絶叫する。その姿は、ランキングという呪縛に囚われた自分とは対極にあった。純粋に、ただゲームを楽しんでいる。
「いいな…」
無意識に、そんな言葉が漏れた。自分も、最初はそうだったはずなのに。いつから、こんなに苦しくなってしまったのだろう。
輝はぼんやりと配信を眺め続けた。メロは視聴者からのリクエストに応え、格上のフィールドボスに挑戦することになった。
『うおおお、こいつ強いって!でも、メロちゃん頑張っちゃうんだから!』
先ほどまでの和やかな雰囲気は一変し、画面は激しい戦闘シーンに切り替わる。巨大なゴーレムが振り下ろす腕を、メロのアバターが必死に回避する。
『危なっ!あっ、こっちも!うにゃー!』
目まぐるしく動き回るアバター。それに合わせて、現実のメロも激しく身体を動かしているのだろう。マイクが拾う息遣いがだんだんと荒くなる。そして、ゴーレムが渾身の一撃を叩きつけようと腕を振り上げた、その時だった。
『いっつぅ!ごめん、胸が痛い!』
メロが悲鳴のような声を上げた。ゲーム画面が一時停止され、彼女のアバターがその場で棒立ちになる。
『ちょ、ちょっと待っててねー』
画面から、ガタッと椅子を立つ音が聞こえる。メロのキャラクターイラストが描かれた待機画面に切り替わり、「少々お待ちください」のテロップが表示された。チャット欄が「大丈夫?」「メロちゃんどうしたw」「まさか…」といったコメントで溢れかえる。
数十秒後。
『お待たせー!いやー、ごめんごめん』
再びメロの声がして、ゲーム画面に戻った。しかし、輝はそこに映った光景に目を奪われた。メロのキャラクターの胸元…いや、現実のメロの服装に、先ほどは無かったはずの黒い布地が追加されている。それは、肩紐の太い、スポーツ用のブラジャーだった。
『よし、これで集中できる!さっきね、お風呂上りのままでブラつけてなかったからさ、揺れて痛かったのよ。続きやるぞー!おらー!』
そう言って、何事もなかったかのように快活に戦闘を再開するメロ。
その姿を見た瞬間、輝の脳天を、雷が直撃した。
時間が止まる。世界から音が消える。モニターの光だけが、網膜を焼き付けた。
メロの言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。
――揺れて、痛かった。
――よし、これで集中できる!
カチリ、と錆び付いていた歯車が、数万年の時を経て噛み合うような音がした。
輝は、ゆっくりと、恐る恐る、自らの身体に視線を落とした。
滑らかな肌の曲線。しなやかに引き締まった腹筋。そして、その上に鎮座する、自身の豊満な胸。それは多くの女性が羨むであろう、神が与えた造形美。輝自身、それを美しいものだと誇りにさえ思っていた。だが、同時に、それは重く、自由を奪うものだと、心のどこかで感じていた。
最後の必殺技を放つ瞬間の、あの忌まわしい躊躇い。身体が勝手にブレーキをかける感覚。
あれは、精神的な壁などではなかった。
もっと、単純で、物理的な、本能だった。
大きく身体を捻り、跳躍し、力を込める。その一連の動作が生み出す、激しい衝撃。その衝撃が、無防備なこの柔らかな肉体を襲う。その瞬間的な鋭い痛みを、彼女の身体は知っていた。そして、その痛みを避けるために、無意識のうちに、動きを制限していたのだ。長年、正体不明の壁として彼女を苦しめてきたものの正体に、今、ようやく気づいた。
「そうか……」
呆然とした呟きが、静まり返った部屋に落ちた。
「『揺れ』だ」
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