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オリハルコンの叫び 〜ムー救済の黎明〜

オリハルコンの叫び 〜ムー救済の黎明〜

更新日時: 2026-07-30 01:52:16
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説明

一万二千年前の、古代ムー大陸の冒険活劇


鉱山の奥で発見された「黒いオリハルコン」を巡って ムー大陸に最大の危機が訪れる


太古の冒険。はい。ちゃんとクリアしてますよWWWWW


エピソード1

坑道の奥から湿った風が吹き上げてきた。

カイは額の汗を手の甲で拭い、掲げた採掘灯の光を闇の向こうへ向けた。オリハルコンを削り出した灯芯が淡い金色の光を放ち、岩壁に刻まれた古代文字を浮かび上がらせる。

「この先は立入禁止区域だぞ」

背後から投げかけられた声に、カイは振り返らなかった。同僚のダリオが腕を組んで坑道の入口に立っている。その顔には呆れと、わずかな羨望が入り混じっていた。

「知ってる」

「知っててなぜ入る」

「だから入るんだ」

カイは岩壁に手を当てた。指先に伝わる微かな振動。それは地下深くに眠るオリハルコン脈の鼓動だった。この鉱山で二十三年、いや、物心ついてからずっとこの振動を感じて生きてきた。だが今日感じる振動は、いつもと違う。規則正しい脈動の奥に、別の何かが混じっている。

「監督官に見つかったら、今度こそ首だぞ」

「見つからなければいい」

「カイ」

ダリオの声が真剣味を帯びた。カイはようやく振り返り、幼馴染の顔を見た。日に焼けた肌、鉱石の粉で白くなった髪、そして心配そうに歪んだ眉。

「三刻で戻る」

「三刻だと? この先は誰も調査していない。地図すらない」

「だから面白いんだろう」

カイは笑った。ダリオは深いため息をついた。

「お前のその好奇心が、いつか命取りになる」

「かもしれない。でも今日じゃない」

カイは採掘灯を高く掲げ、闇の中へ歩み出した。背後でダリオが何か言ったが、その声はすぐに岩壁に吸い込まれて消えた。


坑道は次第に狭くなり、やがて人ひとりがようやく通れる幅になった。天井から垂れ下がる鍾乳石を避けながら進むうち、カイは壁面の変化に気づいた。

粗い岩肌が、いつしか滑らかな表面に変わっている。

立ち止まり、灯りを近づけた。壁には幾何学的な紋様が刻まれていた。円と三角形を組み合わせた図形、波打つ線、そして中央には太陽を模したと思しき放射状の意匠。

「遺跡か」

声が岩壁に反響した。この鉱山は千年以上の歴史を持つ。最初に掘ったのは誰だったのか、もはや誰も知らない。しかしこの紋様は、少なくともカイが見てきた古代様式のどれとも異なっていた。もっと古い。もっと根源的な何か。

壁に刻まれた太陽の紋章に指を触れた瞬間、微かな光が走った。

カイは反射的に手を引いた。だが紋様は再び沈黙し、採掘灯の金色の光だけが残った。

「気のせいか」

呟きながらも、心臓が早鐘を打っていた。好奇心が恐怖を上回る。それがカイという人間だった。


さらに奥へ進むと、坑道は突然広い空間に出た。

採掘灯の光が届かないほど高い天井。足元には、かつて水が流れていたと思われる浅い溝。そして空間の中央には、巨大な石の扉が聳えていた。

扉の表面には、先ほど見た紋様が一面に刻まれている。太陽、月、星、波、そして見たこともない生物の姿。それらが複雑に絡み合い、ひとつの物語を形作っているように見えた。

カイは扉に近づいた。高さは優に五メートルを超える。両開きの扉だが、蝶番らしきものは見当たらない。どうやって開閉するのか。

扉の中央、ちょうど目の高さに、円形の窪みがあった。直径は掌ほど。その縁には細かな目盛りが刻まれ、中心には小さな突起がある。

「まるで機械の部品だな」

カイは工具袋から細い金属棒を取り出し、窪みの中を探った。突起に触れた瞬間、金属棒を通じて微かな振動が伝わってきた。

これは、あの振動だ。

今朝から感じていた、脈動の奥に混じる異質な響き。その源が、この扉の向こうにある。

カイは窪みをさらに調べた。突起を押し込むと、かすかに沈む感触があった。回転させると、目盛りに沿って動く。これは錠前だ。しかし鍵がない。

工具袋を漁り、オリハルコンの欠片を取り出した。採掘中に出る規格外の破片で、本来なら精錬所へ送るものだが、カイは密かに何個か持ち帰っていた。古代機械の修理に使うためだ。

オリハルコンの欠片を窪みに当ててみた。何も起きない。角度を変え、押し当てる位置を変え、何度か試すうち、欠片がわずかに温かくなった。

窪みの中の突起が、微かに光を帯びた。

「反応した」

カイは欠片を窪みに押し込んだ。欠片は吸い込まれるように収まり、そのまま回転を始めた。目盛りに沿って一周、二周、三周。

重い音が響いた。扉の内部で何かが動いている。歯車が噛み合い、軸が回転し、錠前が外れていく音。千年以上眠っていた機構が、今まさに目覚めようとしている。

扉がゆっくりと開いた。


### 二


扉の向こうは、カイの想像を超えていた。

広大な空間が広がっていた。採掘灯の光では全容を把握できないほど巨大な地下神殿。天井は闇に溶け込み、その高さは見当もつかない。

しかしカイの目を奪ったのは、神殿の中央に聳える構造物だった。

オリハルコンだ。

巨大なオリハルコンの結晶が、螺旋状に天へ向かって伸びている。高さは二十メートルはあるだろう。結晶は採掘灯の光を受けて淡く輝き、神殿全体を金色の靄で包んでいた。

カイは息を呑んだ。これほど巨大なオリハルコンの結晶は見たことがない。精錬所で扱う最大の原石でさえ、人の背丈ほどだ。それがこの結晶の百分の一にも満たない。

近づきながら、カイは結晶の表面を観察した。通常のオリハルコンとは微妙に色合いが異なる。純粋な金色ではなく、どこか黄昏を思わせる深みがある。そして表面には、扉と同じ幾何学紋様が浮かび上がっていた。

「これが源か」

あの異質な振動は、この結晶から発せられていた。今、目の前で、明確に感じ取れる。通常のオリハルコン脈の鼓動とは異なる、より深く、より古い響き。

結晶の根元を調べようと足を踏み出した時、カイは足元の違和感に気づいた。

床が黒い。

採掘灯を向けると、結晶の周囲一帯が黒い鉱石で覆われていた。オリハルコンの金色とは対照的な、光を吸い込むような漆黒。

カイはしゃがみ込み、黒い鉱石に触れた。

冷たい。オリハルコンが常に微かな温もりを持つのとは逆だ。そして触れた瞬間、不思議な感覚が全身を駆け抜けた。

頭の中が、静かになる。

普段は意識しない思念の波——遠くで交わされる会話の断片、鉱山全体を包む漠然とした気配——それらが、すっと消えた。

「なんだ、これは」

カイは黒い鉱石を掴み上げた。掌に収まる大きさの塊。表面は滑らかで、光を反射しない。まるで闇を固めたような鉱物。

その瞬間、巨大な結晶が脈動した。

強い光が神殿を満たし、カイは目を細めた。結晶の内部で何かが動いている。光の渦が螺旋を描き、上昇と下降を繰り返す。

そして、声が聞こえた。

いや、声ではない。思念だ。しかしこれまで受け取ったどんな思念とも異なる。言葉ではなく、感情でもなく、純粋な意図のようなもの。

『継承者よ』

カイは立ち上がった。結晶が彼に語りかけている。

『闇の神金を手にせし者よ。汝に託す。この地の記憶を。この民の運命を』

意味がわからない。だが、理解を超えた何かがカイの中に流れ込んできた。映像ではない。言葉でもない。それは時間を超えた認識そのものだった。

海に沈む大地。崩れ落ちる空中都市。泣き叫ぶ人々。

そして、闇の中で脈打つ黒い結晶。

『時は近い。均衡は崩れつつある。闇の神金のみが、光の暴走を止めうる』

結晶の光が弱まり始めた。思念も遠ざかっていく。

『継承者よ、行け。真実を見よ。そして選べ』

光が消えた。神殿は再び採掘灯の光だけに包まれた。

カイは呆然と立ち尽くしていた。掌には、黒い鉱石が握られたままだった。


どれほどの時間が経っただろう。我に返ったカイは、黒い鉱石を工具袋にしまい、神殿を見回した。

巨大なオリハルコン結晶は、今は沈黙している。先ほどの脈動が嘘のように、微かな金色の輝きを放つだけだ。

結晶の周囲をさらに探索すると、床にいくつかの黒い鉱石の塊が散らばっているのを見つけた。いずれも掌に収まる程度の大きさだ。カイは二つほど追加で工具袋に収めた。

神殿の壁に沿って歩くと、奥に別の通路があることに気づいた。そちらへ向かおうとした時、背後で物音がした。

振り返る。石の扉は開いたままだ。その向こうの坑道から、足音が近づいてくる。

複数の足音だ。そして、金属が擦れ合う音。武器を携えた者たち。

カイは咄嗟に身を隠した。巨大結晶の影に潜み、息を殺す。

足音が神殿に入ってきた。採掘灯とは異なる、青白い光が空間を満たした。

「間違いありません。思念反応はここから発信されています」

若い男の声だった。続いて、より重厚な声が応じた。

「結界が破られている。誰かが先に侵入したようだな」

「追跡しますか」

「不要だ。侵入者は遠くへは行けまい。それより、これを見ろ」

足音が巨大結晶に近づいた。カイは結晶の陰でさらに身を縮めた。

「これほどの規模とは。報告書の記述は誇張ではなかったか」

「始源結晶です。伝説上の存在と思われていましたが」

「評議会へ報告せよ。第七等級の機密扱いだ。この場所は封鎖する」

「承知しました。しかし司令官、侵入者の処理は」

「放っておけ。どうせ地方の採掘夫だろう。始源結晶のことを理解できるはずもない。それより」

司令官と呼ばれた男が言葉を切った。

「床の鉱石が減っている」

沈黙が落ちた。カイの心臓が跳ねた。

「影晶か。誰かが持ち去ったのか」

「追跡が必要では」

「いや、急ぐことはない。影晶の所持者は、いずれ我々の前に現れる。その性質がそうさせる」

不気味な確信を込めた声だった。カイは工具袋の中の黒い鉱石——影晶と呼ばれたそれ——を意識した。

「撤収だ。封印結界を再構築せよ」

足音が遠ざかっていった。青白い光も消え、神殿は再び闇に沈んだ。

カイは数十呼吸の間、身を潜めたまま動かなかった。完全に足音が消えてから、ようやく立ち上がる。

彼らは何者だ。評議会という言葉が出た。七星思念評議会のことか。なぜ国家の最高機関が、辺境の鉱山にある遺跡に興味を示すのか。

そして、影晶。黒い鉱石がそう呼ばれていた。司令官は、その所持者がいずれ現れると言った。性質がそうさせる、と。

考えている場合ではない。今は脱出が先だ。

カイは神殿の奥に見えた別の通路へ向かった。入口とは別の出口があるはずだ。追っ手に出くわすわけにはいかない。

通路は緩やかに上昇していた。足元には先ほどと同じ幾何学紋様が刻まれ、壁には等間隔にオリハルコンの小片が埋め込まれている。採掘灯の光がそれらに反射し、道筋を示すように輝いた。

しばらく歩くと、前方から微かな光が漏れてきた。出口だ。

通路は岩壁に開いた小さな穴に繋がっていた。カイは穴をくぐり、外界に出た。


### 三


夕暮れだった。

紫と橙が入り混じった空が、西の海に沈もうとする太陽に染まっている。カイが出てきたのは、鉱山から三キロほど離れた丘陵の中腹だった。眼下には、薄闇に包まれ始めた鉱山町が見える。

三刻で戻ると言った。もう五刻は経っている。ダリオは心配しているだろう。

だが、今すぐ町に戻るわけにはいかない。先ほどの男たちが、鉱山を封鎖すると言っていた。そこに戻れば、侵入者として捕らえられる可能性がある。

工具袋の中の影晶を確かめた。三つの黒い塊。触れると、あの静寂が再び訪れる。思念の波が遮断され、頭の中が澄み渡る感覚。

『影晶の所持者は、いずれ我々の前に現れる』

司令官の言葉が蘇った。この鉱石には、何か特別な性質があるのだ。

しかし今は、それを考えている余裕はない。まず安全な場所を確保し、状況を整理しなければ。

カイは丘陵を下り、町の外縁部へ向かった。鉱山町には、採掘夫たちが非番の日に使う休憩小屋がいくつかある。その中に、カイが秘密裏に修理工房として使っている小屋があった。

薄闇の中を歩きながら、カイは空を見上げた。東の空には最初の星が瞬き始めている。そしてその下には——

浮遊都市の灯火が見えた。

遥か上空、雲の切れ間から垣間見える光の集合体。ムーの首都、ソラリアスだ。巨大なオリハルコン塔が都市の中心に聳え、その周囲を無数の建造物が取り巻いている。グラビトン・コアによって空中に固定された、文明の象徴。

カイは生まれてから一度もあの都市を訪れたことがなかった。地方の採掘夫には縁のない場所だ。しかし今夜、あの灯火がいつもと違って見えた。美しいというより、どこか不穏に感じられる。

『時は近い。均衡は崩れつつある』

結晶の思念が蘇った。あの言葉の意味を、カイはまだ理解していない。しかし、何かが起ころうとしている。それだけは直感的にわかった。


小屋に着いた時には、すっかり夜になっていた。

粗末な木造の建物だが、内部はカイが長年かけて整備した工房になっている。壁には工具が整然と並び、作業台の上には修理途中の古代機械が載っている。どれも遺跡から密かに持ち出したものだ。

蝋燭に火を灯し、作業台の前に座った。工具袋から影晶を取り出し、蝋燭の光にかざす。

黒い鉱石は、光をまったく反射しなかった。周囲の光を吸い込み、影そのものが形を成したかのように佇んでいる。

「影晶、か」

オリハルコンの逆の性質を持つ鉱物。光を蓄積するオリハルコンに対し、影晶は光を吸収する。思念を送信するオリハルコンに対し、影晶は思念を遮断する。

だとすれば、これは——

考えを遮るように、外で物音がした。

カイは反射的に蝋燭を吹き消し、闇の中で耳を澄ませた。足音だ。しかし先ほどの男たちのような整然とした響きではない。軽く、速く、そして不規則な足取り。追われている者の足音だ。

小屋の扉が叩かれた。

「開けて」

女の声だった。低く、切迫した響き。

「開けて。追っ手が来る。お願い」

カイは動かなかった。罠かもしれない。

「あなた、さっき遺跡にいたでしょう。影晶を持っている。わかる。だから開けて」

心臓が跳ねた。この女は、影晶のことを知っている。

「あなたを巻き込むつもりはない。ただ、少しだけ匿って。追っ手をやり過ごせれば、すぐに出ていく」

遠くから、別の足音が近づいてきた。複数の、重い足取り。金属の擦れる音。

先ほどの男たちだ。

カイは一瞬迷い、そして扉を開けた。

月明かりの下に、一人の女が立っていた。白い衣をまとい、長い黒髪が夜風に揺れている。年齢はカイと同じくらいだろうか。顔は影になって見えないが、その瞳だけが異様な輝きを放っていた。

「ありがとう」

女は素早く小屋に滑り込んだ。カイは扉を閉め、再び闘の中に身を潜めた。

足音が近づいてくる。小屋の前で止まった。

「この辺りに逃げ込んだはずだ」

「思念追跡が途切れている。影晶の干渉か」

「しらみ潰しに探せ。逃がすな」

足音が散らばっていく。しかし、小屋の扉を開ける者はいなかった。

カイは闇の中で息を殺していた。隣に、女の気配を感じる。彼女もまた、声を押し殺している。

長い時間が過ぎた。足音が遠ざかり、やがて完全に消えた。

カイはゆっくりと息を吐いた。蝋燭に再び火を灯す。

炎の光に照らされた女の顔を、カイは初めて正面から見た。

端正な顔立ちだった。しかし頬はやつれ、目の下には濃い隈がある。逃亡生活の痕跡が、その美しさに影を落としていた。

「助かった」

女が言った。声は落ち着いているが、どこか違和感がある。

「声を出すのに慣れていないのか」

カイの問いに、女は一瞬目を見開いた。

「わかるの」

「言葉が硬い。思念で話すことに慣れた人間特有の硬さだ」

「……そうね。私は、ほとんど思念だけで育ったから」

女は小屋の中を見回した。壁の工具、作業台の古代機械、そしてカイが手にしている影晶。

「あなたが遺跡で影晶を持ち出したのね。おかげで追っ手を撒けた」

「影晶があると追跡されないのか」

「思念追跡は、対象の思念波を辿る。影晶は思念波を吸収するから、追跡を妨害できる」

「なるほど」

カイは影晶を作業台に置いた。

「それで、あんたは誰だ。なぜ追われている」

女は一瞬ためらい、それから白い衣の内側から何かを取り出した。

水晶の球体だった。直径は拳ほど。内部で淡い光が渦巻いている。

「これが理由よ」

「精神記憶球か」

カイは身を乗り出した。精神記憶球は、人間の記憶や感情を保存できる水晶装置だ。主に証拠品や記録媒体として使われる。しかし製造には高度な技術が必要で、一般には流通していない。

「私は記憶監査監理局に所属していた。この記憶球を解析する任務についていた」

「記憶監査監理局」

国家保安組織だ。犯罪捜査を担う機関だが、近年は思想警察としての色合いが強いと噂されている。

「解析の過程で、見てしまったの。見てはいけないものを」

女の声が低くなった。

「この記憶球には、評議会の最高機密が記録されている。知った瞬間、私は処分対象になった。だから逃げてきた」

「最高機密とは」

女はカイの目を見据えた。その瞳には、恐怖と決意が入り混じっていた。

「この国は、偽りの上に成り立っている。太陽王は病に倒れ、政治の実権は七長老筆頭のゼノンが握っている。そしてゼノンは——」

遠くで、再び足音が響いた。

二人は同時に口を閉ざした。足音は小屋から離れた方角へ向かっている。しかし油断はできない。

「ここでは話せない」

カイは立ち上がった。

「ついてこい。もっと安全な場所がある」


### 四


小屋の裏手から、夜の丘陵へ抜けた。

月明かりを頼りに、獣道を進む。カイは幼い頃からこの土地を歩き回っていた。どの岩陰に身を隠せるか、どの崖を登れば追っ手を撒けるか、すべて把握している。

女は無言でついてきた。足取りは軽く、体力はあるようだ。しかし時折、周囲を警戒するように首を巡らせる。思念で追跡されることへの恐怖が、その動作に表れていた。

「影晶を持っている限り、思念追跡はできないんだろう」

カイは振り返らずに言った。

「油断しないで。影晶の効果範囲は限られている。遠距離からの追跡は防げても、至近距離では感知される可能性がある」

「なるほど」

三十分ほど歩くと、崖に開いた小さな洞窟に着いた。入口は灌木に隠れ、外からはほとんど見えない。

「ここなら大丈夫だ」

カイは洞窟に入り、奥に置いてあった携帯式の灯火を点けた。洞窟の内部は乾燥しており、以前カイが探検用の備品を隠しておいた場所だった。

女が洞窟に入り、岩壁にもたれて座り込んだ。疲労の色が濃い。

「名前を聞いていなかった」

カイは女の向かいに座った。

「ルナ」

「ルナか。俺はカイだ」

「知っている。鉱山の採掘技師でしょう。古代機械の修理で有名な」

「有名か」

「少なくとも、監理局のデータベースにはあなたの記録があった。遺跡への不法侵入、古代遺物の無断持ち出し。何度か警告を受けているわね」

「監視されていたのか」

「軽度の監視対象よ。危険人物とは見なされていなかった。ただの好奇心旺盛な採掘夫として」

カイは苦笑した。

「それで、さっきの話の続きを聞かせてくれ。ゼノンが何をしようとしている」

ルナは精神記憶球を取り出し、灯火の光にかざした。水晶の内部で、光の渦が緩やかに回転している。

「この記憶球には、ゼノンの計画が記録されている。太陽光集積砲の転用計画よ」

「太陽光集積砲」

「知っている?」

「噂程度にな。宇宙からの隕石を迎撃するための戦略兵器だと」

「そう、本来はね。でもゼノンはこれを侵略兵器として使おうとしている。ムー以外の文明を屈服させ、世界を統一するために」

カイは眉をひそめた。

「世界を統一? そんなことが可能なのか」

「太陽光集積砲の威力を考えれば、不可能ではない。しかし問題はそこじゃない」

ルナの声が低くなった。

「集積砲を最大出力で稼働させるには、莫大なエネルギーが必要になる。そのためにゼノンは、地下のオリハルコン脈を強制励起しようとしている」

「強制励起?」

「オリハルコン脈に過剰な負荷をかけ、一時的に出力を引き上げる技術よ。しかし、その反動で」

「地殻崩壊が起きる」

カイの言葉に、ルナは頷いた。

「ムー大陸全土で大規模な地震が発生し、最悪の場合、大陸そのものが沈む可能性がある。ゼノンはそれを承知で計画を進めている」

「なぜだ。大陸が沈めば、ゼノン自身も死ぬだろう」

「彼は、浮遊都市と一部の選ばれた民だけを生き残らせるつもりなのよ。地上の民は切り捨て、空の上から新世界を支配する。それがゼノンの描く未来」

カイは絶句した。

それは、文明の救済ではなく、選別だった。一部の特権階級だけを生かし、他のすべてを犠牲にする。

「そんなことを、評議会が認めるのか」

「評議会はすでにゼノンの支配下にある。太陽王は病床にあり、政治の実権を握れない。他の六長老も、ゼノンに逆らえる者はいない」

「しかし、国民は」

「国民は何も知らない」

ルナの声に、苦い響きが混じった。

「巨大思念塔から、ゼノンは全国民に『平穏』という感情を送り続けている。人々は疑問を感じない。怒りも恐怖も、すべて抑制されている。作られた平和の中で、誰も真実に気づかない」

カイは拳を握りしめた。

『時は近い。均衡は崩れつつある』

あの結晶の思念が、今は切実な警告として響いた。

「それで、あんたはどうするつもりだ」

「この記憶球を、信頼できる人物に届ける。真実を広め、ゼノンの計画を止める。それしかない」

「信頼できる人物とは」

「まだ、わからない」

ルナは疲れたように目を閉じた。

「監理局に追われ、行く当てもなく逃げていた。そこに、影晶の反応を感知した。影晶があれば追跡を逃れられる。だからあなたを探した」

「巻き込むつもりはないと言っていたが」

「本当よ。でも」

ルナは目を開け、カイを見つめた。

「あなたは影晶を手にした。あの遺跡で、始源結晶に触れた。もう、無関係ではいられない」

カイは沈黙した。

結晶の思念が蘇る。『継承者よ』『汝に託す』。

あれは偶然ではなかったのか。カイがあの遺跡を見つけ、影晶を手にしたことには、何か意味があるのか。

「俺に、何ができる」

「わからない。でも、影晶には力がある。思念を遮断し、精神支配を無効化する力が。その力が、この状況を変える鍵になるかもしれない」

「かもしれない、か」

カイは影晶を取り出し、掌の上で転がした。黒い鉱石は、灯火の光を吸い込みながら、静かに佇んでいる。

選択の時が来ていた。

このまま逃げることはできる。影晶を捨て、ルナと別れ、何も知らなかったふりをする。採掘夫としての平穏な日々に戻る。

しかし、それは本当の平穏なのか。

思念支配によって与えられた偽りの平穏。疑問を感じることすら許されない、作られた幸福。

そんなものを、平和と呼べるのか。

「協力する」

カイは顔を上げた。

「あんた一人じゃ、どこにも行けない。俺はこの土地を知っている。逃げ道も、隠れ場所も。少なくとも、安全な場所まで送り届けることはできる」

ルナの目が、わずかに潤んだ。

「ありがとう」

「礼はいい。ただ、ひとつ条件がある」

「条件?」

「その記憶球の中身を、俺にも見せてくれ。俺は自分の目で真実を確かめたい。それができないなら、協力はできない」

ルナは一瞬ためらい、それから頷いた。

「わかった。でも今夜は無理よ。記憶球の解析には、専用の装置と、私の集中力が必要になる。今の状態では」

「疲れているのは見ればわかる。今夜は休め。解析は明日だ」

カイは備品の中から毛布を取り出し、ルナに渡した。

「見張りは俺がする。追っ手が来たら起こす」

「あなたは」

「採掘夫は夜通し働くことに慣れている。心配するな」

ルナは毛布を受け取り、岩壁にもたれた。

「カイ」

「何だ」

「どうして、そこまで」

「言っただろう。俺は好奇心が強いんだ。真実を知りたい。それだけだ」

ルナは微かに笑った。初めて見る笑顔だった。

「変わった人ね」

「よく言われる」

ルナは目を閉じた。疲労が限界に達していたのだろう、すぐに寝息が聞こえ始めた。

カイは洞窟の入口に座り、夜空を見上げた。

浮遊都市の灯火が、雲の切れ間から見えた。あの光の下で、ゼノンは今も計画を進めている。世界を統一し、地上の民を切り捨てる計画を。

『継承者よ、行け。真実を見よ。そして選べ』

結晶の言葉が、胸の奥で響いた。

選択は、すでになされた。

もはや、後戻りはできない。

夜明けまで、あと数刻。新しい一日が、静かに近づいていた。


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