神代樺乃の逃れられない◯◯な運命(さだめ)〜警視庁編
説明
神代樺乃の逃れられない◯◯な運命(さだめ)〜女子高編 からの続編です。
母方の祖母に引き取られ、祖母が営む神社で暮らしていた神代樺乃。この神社には『淫妖蟲』と呼ばる蟲達を代々封印する仕事を担っていた。そんなことは知らない樺乃は、8歳のときに誤ってその封印を解いてしまう。樺乃は祖母にこのことを話すと祖母は絶句した。なぜなら、もう一度封印するには『乳感の儀』という儀式が必要であり、それは代々封印を解いたもののみが『乳感の儀の巫女』となり、その壮絶な使命を背負うものだった。
16歳となり正式に巫女となってから3ヶ月が過ぎたある日、女子高に潜入し生死をかけて淫妖蟲を封印した。そしてさらに3か月が過ぎたある日、次なる舞台は、、、あの警視庁であった。だが、彼女にとってそこは甘美な悪夢の始まりでしかなかった。
エピソード1
古びた木造の社務所に、不釣り合いな電子音が鳴り響いた。
神代神社の夜は、常に静寂が支配している。
樹齢数百年の杉の木々が風にざわめき、夜鳥が時折鳴く。
それ以外の音は、結界の内側には許されないはずだった。
「……電話?」
神代樺乃は、膝に置いていた和本を閉じた。
青い瞳に不安の影が差す。
この時間に鳴る固定電話は、吉兆であった例がない。
受話器を凝視する彼女の指先が、微かに震えていた。
「樺乃。およし、私が出る」
奥の部屋から、祖母の静が重い足取りで現れた。
彼女の顔は、月の光を受けて蒼白に透けている。
鳴り止まない呼び出し音は、まるで悲鳴のように尖っていた。
静が受話器を取った瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚に襲われる。
『——けて……』
受話器の向こうから漏れ聞こえたのは、人の形を失いかけた女の声だった。
ただの助けを求める声ではない。
喉に何かが詰まったような、湿り気を帯びた異様な呼吸音。
『こちら、警視庁。……三階。……何かが、沸いている。逃げられない。みんな、食い、潰され……』
ノイズが走る。
バリバリという鼓膜を裂くような音に混じり、肉が爆ぜるような、ぐちょりとした不快な音が重なった。
『……ぎゃ、ああああっ!? やめ、くるな、私の、中に、入る、な——!』
最後は、女性の絶叫だった。
そして、ぶつりと、糸が切れるように音は途絶えた。
静寂が戻る。
しかし、先ほどまでの神聖な静寂ではない。
澱んだ、腐肉の臭いが漂うような、濃密な死の気配。
「警視庁が、堕ちたというの……?」
静の声が、枯れ葉のように震えていた。
「おばあちゃん、今の……『淫妖蟲』の仕業なのね?」
樺乃が立ち上がる。その瞬間、彼女の胸の先端に、鋭い痛みが走った。
巫女装束の下、磁器のような肌が粟立つ。
半年前に継承した『乳感の儀』の乳印。
封印された蟲たちの残滓が、邪悪な同胞の出現に呼応して、内部から肉を突き破らんばかりに疼いているのだ。
三ヶ月前。
女子高で、あの『姫』を封印した時の感触が、脳裏を掠める。
欲望を肥大させ、人間の理性を内部から喰い破る、醜悪で淫らな魔物。
樺乃の呼吸が荒くなる。
熱を帯びた呼気が、ふっくらとした唇から漏れた。
「行かせられません。あの警視庁よ。どれだけ多くの邪念と、どろどろとした人間の執着が渦巻いているか……樺乃、あそこは底なしの沼なの」
静が樺乃の肩を強く掴む。
しかし、その指には、かつての力は残っていなかった。
「でも、あそこには人がいるわ。私が行かなければ、もっとたくさんの蟲たちが産まれてしまう」
樺乃は、静の手を優しく、だが断固として振り払った。
自分は神代家の末裔。
たった一人の生き残りだ。
母も、その前の祖母も、こうして自分の身体を贄にして、汚れをその身に溜め込んできた。
運命に抗いたいと願う心と、絶対的な義務に縛られる肉体。
「おばあちゃん。……『癒』の用意だけしておいて」
「樺乃……!」
「大丈夫。いつだって、私は『大丈夫』だもの」
偽りの言葉を口にする。
本当は、足の指の先まで冷え切っていた。
押し入れから、使い古された小さな合切袋を取り出す。
中には、淫妖蟲を鎮めるための触媒が収められている。
樺乃は拝殿へ向かい、闇の中で深々と頭を下げた。
柏手の音が、夜の静寂を切り裂く。
巫女装束が風に膨らみ、砂時計のようにくびれた身体の輪郭を浮き彫りにした。
普段は抑えられているが、乳印の疼きに連動して、彼女の胸は張り、重みを増している。
歩くたびに、封印の呪いによる官能的な熱が脊髄を這い上がった。
これから向かうのは、法の番人たちが集う砦ではない。
無数の負の感情に濡れ、欲望の種が発芽を待つ、世界で最も甘美で凄惨な『苗床』。
(お母様……私を見ていて。……私を、守って)
一歩、境内の鳥居を一歩外へ踏み出す。
そこから先は、結界のない夜の世界だ。
タクシーも捕まらないであろう真夜中の山道。
樺乃はたった一人、漆黒の夜へと駆け出した。
遠くで、再び雷鳴のような音が聞こえた。
あるいは、それは誰かの最後の断末魔だったのかもしれない。
闇の向こうで、獲物を待つ蜘蛛の巣のような警視庁のビルが、彼女を呼んでいた。
最新エピソード
フラッシュの白光が、
ひび割れた漆喰のような壁を白々と浮き上がらせる。
警視庁本庁舎、
五階の第一記者会見室。
頭の中は、
ずっと白い。
雪が降っているわけではない。
ただ、
果てしのない白が網膜の裏側にべったりと
救急車の内部は、
異様なほど狭かった。
天井から吊るされた輸液パックが、
路面の揺れに合わせてチリチリと金属音を立てる。
<
霞ヶ関の夜は、
どす黒い熱を孕んでいた。
警視庁正面玄関。
鋼鉄の門扉の向こう側で、
獣の群れが吠えて







