聖泉総合病院・地下遺体観察日誌
説明
人混みを避けるため、コミュ障の青年、佐藤悟は、常人なら避けて通る高給の仕事を選んだ。――病院の深夜霊安室の管理人という仕事を。
勤務初日の夜、老警備員の渡辺が、意味深にこう忠告してきた。「ここの死体は、ワケありだ」と。
佐藤はそれを気にも留めなかった。だが――
その夜、冷たい遺体保管庫の中から、S.O.Sを知らせるノック音が響き渡った。勇気を振り絞って確認すると、懐中電灯の光の下で、女の死体にあるはずの散大した瞳孔が、針のように、一点に収縮したのだ!
直後、不気味な子守唄が四方から響き渡り、彼を深い眠りへと誘う。固く閉ざされたドアの窓に、腐乱した顔が一瞬映り込み、暗い廊下の奥では、関節が逆方向に曲がった〝人〟影が、静かに佇んでいた。
そして極めつけに、監視室に閉じこもった彼の耳に届いたのは、寸分違わぬ渡辺老人の声。全く同じ口調で、何度も、何度も、彼に呼びかける。
「開けてくれ、佐藤君。外は危ないぞ……」
エピソード1
夜十時五十分、佐藤悟は時間通りに聖泉総合病院の地下入口に到着した。空気が少し肌寒く、彼はパーカーの襟を引き寄せ、まだぶんぶんと音を立てている自動販売機の前まで歩いていき、硬貨を投入して温かい缶コーヒーを二本買った。
一本は自分で持ち、もう一本は少し離れた壁際に寄りかかっている老警備員に手渡した。
「渡辺さん、お疲れ様です」
「おお、佐藤君か。君もお疲れ様」老警備員の渡辺はコーヒーを受け取って手を温めながら、濁った目で佐藤悟を見、それから地下へと続く薄暗い廊下に目をやった。彼は少し躊躇った後、やはり声を潜めた。
「佐藤君、最近は……気をつけなさい」
「え?」佐藤悟はコーヒーを一口飲み、特に気にも留めずに相槌を打った。
「うちの病院の死体は、外のとは違うんだ」と渡辺は謎めいたことを言った。
「どう違うんですか?」佐藤悟は興味をそそられて尋ねた。
渡辺の声はさらに低くなった。「奴らはみんな病苦に苛まれて死んでいった。多くの者は、本当は死にたくなかったんだ」
佐藤悟は渡辺の顔の真剣な皺を見て、ふと笑った。彼は手を振りながら言った。「大丈夫ですよ、渡辺さん。俺は生命力が強いし、どうも死に縁があるみたいで。子供の頃から家ではよく葬式があって、霊安室で寝るのにも慣れてたくらいなんで、とっくに見慣れてますよ」
渡辺は口を開きかけたが、佐藤悟の全く意に介さない様子を見て、結局ため息をつき、首を振るだけで、それ以上は何も言わなかった。
夜気はひんやりとしていた。
渡辺に別れを告げ、佐藤悟は一人で地下へと向かった。重厚な鉄の扉が彼の背後で閉まり、外界の全ての音を遮断した。廊下は長く、自分の足音だけが響き渡る。彼は作業室に着くと、白い作業着に着替え、使い捨ての手袋をはめた。
彼はまた渡辺の言葉を思い出し、思わず笑みを漏らした。
ずらりと並んだ銀白色の冷蔵保管庫を見つめ、彼の心は静まり返っていた。死んだ人間が何だというのだ。生きている人間より、死人の方がずっといい。
彼らは喋らないし、動かない。陰でこそこそと噂話をしたり、まともな仕事に就いていないからといって見下したりもしない。嘘もつかないし、悪事も働かない。ましてや他人を傷つけることなどない。彼らはただ、それぞれの苦しみを経験し、静かにここに横たわっているだけだ。
多くの人がこの仕事を敬遠するが、佐藤悟にとって、これこそが彼に最もふさわしい仕事だった。
給料は法外に高く、その上、生きている人間と関わる必要もない。まるで彼のためにあつらえられたような仕事だ。
佐藤悟がその静けさに浸り、イヤホンをつけて仕事を始めようとした、その時――
ガシャン!
耳障りな金属の衝突音が、何の前触れもなく、隣の誰もいない解剖室から轟いた。
佐藤悟の体が一瞬硬直した。
彼はゆっくりと首を回し、解剖室の方向を見た。扉はきちんと閉まっている。
何か、置き方が悪かったのかもしれない。
彼はそう思い、そして無意識のうちに、担当者から渡された業務マニュアルの内容を思い出した。
規則第九条:説明不能な轟音が聞こえた場合、その場で一分間静止すること。合理的な説明が見つからない場合、直ちにその区域から十分間離れること。これは、彼らが縄張りを主張している印である。
彼は壁の時計に目をやった。秒針が時を刻んでいる。一分後、彼は無表情に振り返り、作業室を出て、外の廊下で壁に寄りかかって立ち、携帯を取り出して時間を確認した。
十分間。一秒長くもなく、一秒短くもない。
彼は昔から、規則を遵守する良き従業員だった。
採用された時も、担当者は彼が口数が少ないが度胸があり、何よりも真面目で規則をよく守る点を見ていた。
試用期間をパスするために、彼は従業員マニュアルを必死で暗記したのだ。
中には、彼自身にも理解できない規則がいくつかあったが。
彼が作業台に戻ると、ちょうど、新しい「お客様」が運ばれてきて、引き継ぎエリアに停まっていた。彼は深呼吸をして歩み寄り、白い布をめくった。
それは若い女性で、彼とさほど歳が変わらないように見えた。彼は深くは見ず、高強度の懐中電灯を取り出した。これが彼の仕事だ。
光の束が、女性の固く閉ざされた目に当てられる。彼は指でそっと彼女のまぶたをこじ開けた。光の下で、完全に散大しているはずの瞳孔が、まるで針で刺されたかのように、きゅっと一点に収縮した。
佐藤悟の心は沈んだ。
先輩が残したマニュアルには、この現象について簡単に説明されていた。
瞳孔が光に反応するかどうかは、その身体が空っぽか、あるいは中に何かがいるかを判断する唯一の基準である。
この女性の身体は、もう空ではなかった。
本来の主は去ったが、新しい何かが住み着いていた。とても新鮮で、まだ身体という家の全てのスイッチの切り方を知らない、新しい住人だ。
そして彼の仕事は、そいつが鍵のかけ方を覚え、家の鍵を持って自ら出てくる前に、家全体を、中の新しい住人ごと、焼き払うことだった。
これは、空き家を処理するよりずっと厄介だ。
佐藤悟は無表情に道具箱から目障りな赤いリストバンドを取り出し、手際よく女性の手首にはめた。そして、彼は移動ベッドを押し、廊下の突き当たりにあるR-4号特殊隔離冷蔵保管庫へとそれを送り込んだ。
扉が閉まる際の重々しい施錠音が、彼を少しだけ安堵させた。
全てを処理し終え、彼は緊張感に襲われた。その時、白衣を着た若い医師が目をこすりながら近づいてきて、一枚の書類を彼に手渡した。
「佐藤君、悪いけどサインお願い」
「はい」佐藤悟は書類を受け取り、自分の名前を走り書きした。
「助かるよ。まったく、忙しすぎる」医師はあくびをし、一言愚痴をこぼすと、そそくさと去っていった。その足取りは疲れきっているが、ごく普通に見えた。
医師が去っていく背中を見送り、佐藤悟の張り詰めていた神経がふっと緩んだ。きっと自分が神経質になりすぎていたのだ、と彼は思った。あの轟音も、どこかの野良猫が換気ダクトで立てた音かもしれない。あの赤いリストバンドについても……以前に見たことがないわけではない。きっと渡辺さんの言葉に影響されて、自己暗示にかかっていたんだ。
この仕事をする上で、余計なことを考えるのが一番の禁物だ。
彼は自分にそう言い聞かせ、心は徐々に落ち着きを取り戻した。手元の事務処理を終えると、濃い疲労感が押し寄せてきた。彼は監視室の椅子にもたれかかり、少し目を閉じて休むつもりが、いつの間にか眠りに落ちていた。
彼は夢を見た。
夢には他に何も出てこない。ただ、数え切れないほどの眼球だけがあった。一つ一つの血走った眼球が、暗闇の中で蠢き、全てが彼をじっと見つめていた。その中の一対は、彼がR-4に入れたあの女性のものだった。彼女の目からは血が流れ、瞳孔は収縮と拡張を繰り返し、まるで何かの生き物が呼吸しているかのようだった。
佐藤悟ははっと目を開けた。
彼は目覚め、心臓が激しく脈打ち、額には冷や汗がびっしょりだった。彼は大きく息を吸いながら周りを見回した。自分はまだ監視室におり、モニターには誰もいない廊下の隅々が静かに映し出されている。
ただの夢か。彼は安堵のため息をついた。
しかし、その息を完全に吐ききる直前、彼が目覚めたことでひときわ際立つ静寂の空気の中、彼は聞いた。
コツ…
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巨大で、滑らかで、そして異常に頑丈な壁。その壁は、彼には全く理解不能な、極めて複雑な暗号化データで構成されていた。それはまるで黒く、眠っている巨大な卵のように、データネットワーク全体の中心に静
巨大で、滑らかで、そして異常に頑丈な壁。その壁は、彼には全く理解不能な、極めて複雑な暗号化データで構成されていた。それはまるで黒く、眠っている巨大な卵のように、データネットワーク全体の中心に静
プロトコル1:キメラ計画施設の完全破壊を確認。
プロトコル2:失敗作及び従業員を含む、全ての生体サンプルを回収。
プロトコル
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プロトコル2:失敗作及び従業員を含む、全ての生体サンプルを回収。
プロトコル







