Synopsis
オンラインゲームで知り合った相棒は、やがて、最強のライバルになり、そして…
Chapter1
大学の講義が終わった後の、気怠い午後。俺、トシは、自室のゲーミングチェアに深く身を沈め、使い古されたヘッドセットを装着した。カチリ、とプラスチックの軽い音が頭蓋骨に響く。液晶モニターの放つ無機質な光が、薄暗い部屋で唯一の光源だった。その光の向こう側、ほんの二年前の世界へと、俺は意識を沈めていく。
あれは大学一年の、茹だるように暑い夏だった。当時、俺は狂ったように一つのMMORPGにのめり込んでいた。「エリュシオン・フロンティア・オンライン」。どこにでもあるような、剣と魔法のファンタジー世界。だが、そのありふれた世界が、俺にとっては現実よりもずっとリアルで、刺激的な場所だった。
その世界で、俺は一人のプレイヤーと出会った。同じサーバー、同じギルドに所属する、一人の少女。キャラクターネームは「ルリ」。俺の「トシ」という、入力欄に本名をそのまま打ち込んだだけの捻りのない名前とは対照的に、どこか神秘的で、それでいて可憐な響きを持っていた。ボイスチャットで初めて声を聞いた時、少し舌足らずな、快活な声の主が女子高生だと知って驚いた。さらに、お互いが同じ県内に住んでいると判明した時、画面の向こうのピクセルの塊が、急に生身の人間としての質量を伴って感じられた。
彼女との冒険は、純粋に楽しかった。最高に、楽しかった。
『トシさん、Aポイントに敵の大群! こっちお願い!』
「任せろ! 俺が引き付ける、ルリは後方から魔法叩き込め!」
まるで長年連れ添った傭兵団のように、俺たちの呼吸はぴったり合っていた。俺が盾を構えて敵のヘイトを集めれば、即座に彼女の詠唱が始まり、灼熱の火球や極寒の吹雪が敵陣に炸裂する。彼女が敵の奇襲を受けてHPが危険域に陥れば、俺が無理やり敵陣に割り込み、体で彼女への攻撃を塞ぐ。言葉を交わさずとも、互いが何をすべきか、何を求めているかが手に取るようにわかった。
特に忘れられないのは、実装されたばかりの新ダンジョン、「水晶竜の寝床」に二人で挑んだ夜だ。ギルドの仲間たちは皆、あまりの難易度の高さに匙を投げていた。雑魚モンスターの一撃が重く、即死ギミックがそこかしこに配置された悪夢のような場所。そこを、俺たちは二人だけで踏破しようと決めたのだ。
ダンジョン内は、その名の通り、壁も床も天井も、すべてが青白い水晶でできていた。俺たちの歩みに合わせて、足元の水晶が共鳴するように淡い光を放つ。静寂の中に響くのは、自分たちの足音と、時折遠くから聞こえるモンスターの呻き声だけ。その閉鎖的で幻想的な空間に、世界でたった二人きりになったような錯覚を覚えた。
『うわ、綺麗……』
ボイスチャット越しに、ルリの感嘆の声が漏れる。俺は「ああ」と短く相槌を打ちながら、内心では彼女と同じように、その非現実的な光景に見惚れていた。
何時間戦い続けたのか。ポーションは尽きかけ、装備の耐久度も限界に近い。何度も死に戻りを繰り返し、そのたびに心が折れそうになった。だが、ヘッドセットから聞こえる『次こそ行けるよ!』『トシさん、ナイス!』という彼女の明るい声が、俺を奮い立たせた。
そして、ついに最奥のボス、水晶竜「クリスタルドラゴン」と対峙した時。全長数十メートルはあろうかという巨体が放つブレスは、即死級の威力だった。回避するには、ブレスの予備動作である水晶の輝きを一瞬で見極め、特定の安置に飛び込むしかない。
「来るぞ、ルリ! 左だ!」
『うん!』
俺の叫びに、彼女のアバターが寸分の狂いもなく反応する。俺たちは何度もそれを繰り返し、じりじりと、だが確実に竜のHPを削っていった。そして最後の瞬間、俺が渾身のスキルを叩き込み、巨大な竜が断末魔の叫びを上げて光の粒子となって消えていく。画面にデカデカと表示される『CONGRATULATIONS!』の文字と、けたたましいファンファーレ。
『やった……! やったああああ!』
ヘッドセットの向こうで、ルリが素っ頓狂な叫び声を上げた。俺もまた、声にならない雄叫びを上げていた。希少なレジェンダリー装備がドロップしたことよりも、ただ、二人でこの絶望的な難関を突破したという事実が、胸を熱く焦がした。画面の中の俺たちのアバターは、何も言わずにただ、隣に立っていた。それだけで、十分だった。
そんな日々が、永遠に続くと思っていた。
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どんな奴が来るんだ
鏡の前に仁王立ちになった私は、クローゼットの扉を開け放った。ずらりと並んだ服が、まるで「お前には着こなせない」と嘲笑っているように見える。
デート。
『……え、Hなことは、駄目だからね……っ!』
その言葉を聞いて、俺は呆気にとられた。気まずい沈黙が世界を支配し、そして、時は静かに動き出す。
なんで、あんな軽はずみな約束をしてしまったんだろう。
画面に表示された『DEFEAT』の文字が、じわじわと目に染みてくる。心臓が嫌な音を立てていた。連勝の驕り。







