Synopsis
ポンコツ大魔導士の実験で、未知の海へと異世界追放された最弱スライム。しかし彼の手には、あらゆるモノを喰らい、己の糧とするチート権能【暴食の加護】が握られていた! プランクトンから天敵の猛獣まで、本能のままにひたすら喰らって、驚異の「無限進化」を遂げていくスライム。やがて海域のトップへと成り上がった彼を待ち受ける、世界の真理とは――? 最弱から始まる、前代未聞の爽快&感動のサクセスストーリー!
Chapter1
「刮目せよ、リィト! これぞ我が魔導の極致、時空をも超越する新たなる奇跡の輝きである!」
薄暗い湿地帯に、不釣り合いなほど高らかな笑い声が響き渡った。
声を上げたのは、豪奢な紫のローブを翻した男――自称・当代随一の空間魔導士トキオである。彼は誰もが振り返るような美形ではあったが、その言動の端々から漂う残念な気配のせいで、第一印象の威厳はいつも数秒と持たなかった。
彼に付き従う弟子の少年、リィトは、大きな魔導書を小脇に抱えたまま、心底気怠そうな半目で師匠を見上げていた。
「はぁ……。それでトキオ先生。わざわざ王都から丸一日馬車に揺られて、こんな辺境の『初心者エリア』までやってきた理由が、その『奇跡の輝き』なんですか? 僕はてっきり、未踏の古代遺跡にでも挑むのかと思ってたんですけど」
「ふっ、分かっていないな。偉大なる理論の実証には、まず確実な実験体が必要なのだよ。見ろ、あそこにいる!」
トキオが自信満々に指差した先には、濁った水たまりのほとりで、ぷるぷると頼りなく揺れる青い物体があった。
スライムである。
この世界において、これ以上ないほどありふれた、そしてこれ以上ないほど最弱の魔物。旅立ったばかりの子供でも、木の棒で叩けば一撃で仕留められるような、無害極まりない存在だった。スライムは自分たちが偉大な魔法使いのターゲットにされていることなど露知らず、ただ地面の苔をのんびりと吸収している。
「……スライム、ですね」
「そうだ! 生誕したばかりの、純粋無垢にして最も脆弱な個体だ。これに、我が編み出した究極の時空魔法『ディメンション・イレイザー』を叩き込む!」
トキオは仰々しい身振りの後、自身の小杖をスライムへと向けた。
「我が命に応えよ、次元の狭間を開く鍵となれ――!」
彼が呪文を唱えた瞬間、空間が微かに歪み、スライムの周囲に見たこともないほど複雑で美しい、黄金色の魔法陣が展開された。まばゆい光が湿地帯を一瞬だけ真昼のように照らし出す。リィトが思わず目元を腕で覆ったその直後――。
パシィン!
小気味よい空間の弾ける音と共に、光の粒子が霧散した。
あとに残されたのは、ぽっかりと不自然に丸く削られた土の地面だけだった。先ほどまでそこにいたはずのスライムは、粘液の一滴すら残さず、綺麗さっぱり消え去っている。
「ふはははは! 見たかリィト! 完璧だ! 一片の誤差もなく、術式が発動したぞ!」
トキオは腰に手を当てて、天を仰ぎながら高笑いした。その表情は、世界の真理に到達した学者のそれであった。
しかし、隣に立つリィトの反応は冷ややかそのものだった。彼はパチ、パチ、と感情の籠もらない拍手を二、三度鳴らすと、ため息交じりに言い放った。
「おめでとうございます、先生。それで……今のって、要するにスライムを消滅させるだけの魔法ですか? いや、確かに光は派手でしたし、消し去るスピードも早かったですけど……なんて言うか、地味ですね。わざわざ王都から来て、スライム一匹を消し飛ばすだけなんて、普通の爆裂魔法や即死魔法と何が違うんですか?」
「な、何だと!?」
トキオの笑顔がぴたりと固まった。彼は信じられないものを見る目で弟子を見つめ、大袈裟に身振りを交えて抗議した。
「地味とは心外な! 爆裂魔法のような野蛮な破壊と一緒にしないでくれたまえ! いいかね、あれは消滅させたのではない。我が魔導によって空間の壁に穴を開け、あのスライムを『異世界』へと追放……いや、転移させたのだよ!」
「異世界、ですか?」
「そうだ! この世界とは異なる理で動く、遥か彼方の別世界だ! 我が空間魔法はついに、この世界の境界を突破したのだよ! どうだ、これぞ歴史的な大偉業だろう!」
再び胸を張るトキオに対し、リィトは魔導書をぱたんと閉じると、首を傾げて実も蓋もない質問を投げかけた。
「……それ、どうやって証明するんです?」
「へっ?」
トキオの間抜けた声が湿地に響いた。
「いや、だってそうでしょう。ただスライムが消えただけなら、跡形もなく燃え尽きたのか、次元の彼方に飛ばされたのか、僕らには確認のしようがないじゃないですか。異世界に飛ばされたっていうなら、その異世界とやらから『今、無事に着きましたよ』ってスライムが手紙でも送ってこない限り、先生の自己満足ですよね?」
「あ、いや……それは……だな……」
トキオの冷や汗が、ダラダラと頬を伝い落ちる。
確かにリィトの言う通りだった。異世界への転移門を開くことには成功したが、その先を観測する手段を、トキオはまだ開発していなかったのである。
「もしかして、行き先も分からないまま適当に飛ばしたんですか? 最悪、次元の圧力で粉々になってるんじゃ……」
「ち、違う! 私は完璧な座標を計算してだな……! いや、しかしだなリィト、空間の残滓を感じれば分かるはず……あ、いや、消えちゃったな……」
「はぁ。やっぱり。帰りましょう先生、お腹すきました。今日の晩ご飯は先生の奢りですからね」
「待ってくれリィト! 私は嘘を言っていない! 本当に異世界に送ったのだ! 信じてくれ!」
焦って弟子の後を追いかける大魔導士トキオ。彼が己の証明を果たす日はまだ遠そうだったが、彼の放った傲慢な魔法は、確かに世界の境界線に、小さな、しかし決定的な穴を開けていたのだった。
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