VRR-Vampire Red Ridingho:青髭公の城、緋色の宿代 〜戦慄の長夜に響く、二挺の鎮魂歌〜
Synopsis
嵐の夜、断崖に孤立した古城「青髭公の館」。 雨宿りを求めた赤ずきんの少女フェリシアを、城主ジルは紳士的に歓待するが、妻エリスはなぜか冷淡に追い出そうとする。その拒絶に隠された真意とは――。
囁かれる「消えた前妻たち」と「神隠し」の噂。そして渡された、決して開けてはならない「黄金の鍵」。 深夜、禁忌の扉が開かれる時、城主が腹を空かせた「友人たち」と共に帰還し、惨劇の幕が上がる。
絶体絶命の広間。だが、少女は震えることなく優雅に微笑み、バスケットから重厚な二挺拳銃を取り出した。
「――少し遅めのディナーにしましょうか」
童話の悪夢を銀弾が撃ち砕く。 戦慄の長夜(ロング・ナイト)、ここに開幕。
Chapter1
夜が、哭(な)いていた。
空を引き裂く雷鳴は、神の怒りというよりは、巨大な獣の断末魔に似ていた。
天から叩きつける豪雨は、無慈悲な鉄の格子の如く、森の奥深くに佇むその古城を外界から完全に隔絶している。
城の名は、土地の者から「青髭公の城」と恐れられる館。
切り立った断崖の頂に、あたかも岩盤に爪を立ててしがみつく捕食者のようにそびえ立っている。長い年月と湿気で黒ずんだ石壁は、嵐に耐える巨大な墓標のようでもあった。尖塔の鐘楼が、風に煽られ、ゴーン……ゴーン……と、不吉な音を吐き出している。
城の正面玄関。
厚さ数インチはある重厚なオーク材の扉が、外からの力で、ドン、ドン、とリズムよく叩かれた。
風音に混じるその音は、まるで死神のノックのように乾いていた。
「……どなたですか?」
扉の隙間から、怯えたような声が漏れる。
この奇妙な来客の応対に出たのはこの城の女主人、エリスだった。
彼女は震える手でカンテラを掲げ、恐る恐る扉を数センチだけ開いた。隙間から吹き込む冷たい風が、彼女の栗色の髪を乱し、華奢な肩を包むショールを揺らす。
カンテラの頼りない灯りが照らし出したのは、嵐の夜にはあまりに似つかわしくない、一人の「少女」の姿だった。
身長は150センチほどだろうか。
見た目の年齢は十四、五歳。深紅のベルベットで作られたフード付きのマントを頭からすっぽりと被っている。その赤色は、闇夜の中で鮮血のように鮮やかで、かつ不気味に浮き上がっていた。
フードの奥から覗く肌は、陶器のように白く、病的なまでに血の気がない。雨に濡れた銀色の髪が頬に張り付いているが、彼女はそれを払おうともしなかった。
その右手には、ずっしりと重そうな、革で補強された大きなバスケットが提げられている。
そして、マントの隙間から覗く腰元には、鈍色(にびいろ)に光る鉄の塊――護身用にしてはあまりに無骨で巨大な二丁の古式銃が、冷ややかに鎮座していた。
「夜分に失礼いたします。旅の者ですけれど」
少女――フェリシアは、ずぶ濡れのフードを優雅な仕草で少しだけ持ち上げ、鈴の鳴るような、しかしどこか冷ややかな声で言った。
その言葉遣いは、深窓の令嬢のように洗練されているが、瞳だけが笑っていない。それは、数多の死線と絶望を見過ぎた老人のような、静寂(しじま)を宿した瞳だった。
「この雨でしょう? 道もぬかるんで、歩けなくなってしまいまして。……もしよろしければ、納屋の隅で構いませんわ。朝まで雨宿りをさせていただけないかしら」
エリスの表情が強張る。
彼女は、フェリシアの提げた奇妙なバスケットと、腰の凶器を一瞥した。本能的な恐怖と、城の主である夫への配慮が、彼女の唇を引き結ばせる。
「……お断りします。うちは宿屋ではありません」
エリスは努めて冷淡に、拒絶の言葉を紡いだ。
「それに、主人は気難しい方なのです。見知らぬ武装した旅人など……。悪いことは言いません、お引き取りを」
「あら。銀貨なら弾みますけれど?」
フェリシアは手袋をはめた指先で、懐から取り出した銀貨をチャリと弾いた。
「お金の問題ではありません。迷惑なのです。……早く行って」
エリスが扉を閉めようと力を込めた、その時だ。
玄関ホールの奥、螺旋階段の上から、朗々とした男のバリトンボイスが響き渡った。
「おいおい、エリス。なんてことを言うんだ」
現れたのは、城主のジル・ド・レだ。
長身痩躯。整えられた青みがかった黒髭に、仕立ての良い夜会服。彼は階段を降りる足音さえも音楽的に響かせながら、エリスの背後に音もなく立った。
その手にはワイングラスが握られているが、中身は赤ワインにしては少し粘度が高く見えた。
ジルは、エリスの手から扉を奪うようにして押し留め、大きく開け放った。
「こんな嵐の中、か弱いレディを追い返すなんて、我が家の恥だ。……さあ、入りたまえ、小さなお嬢さん。冷えただろう」
ジルは慈悲深い聖人のような笑みを浮かべた。
だが、フェリシアはその笑顔の奥にある、爬虫類のような冷たい光を見逃さなかった。
彼女は優雅にカーテシーを返しながら、脳裏で懐かしい、しかし無骨な声を思い出していた。
(……師匠が、耳にタコができるほど言っていたわね)
かつて彼女に銃の扱いを叩き込んだ、偏屈な老狩人の言葉だ。
『いいか、フェリシア。森で一番警戒すべきは、牙を剥く狼じゃない』
『一番親切な顔をして近づいてくる奴こそが、一番腹を空かせている獣だと思え』
ジルは慈悲深い聖人のような笑みを浮かべた。だが、その瞳孔は爬虫類のように縦に細まり、濡れたような光沢を帯びている。
フェリシアを一目見た瞬間、彼の鼻孔がピクリと動いた。獲物の品定めをする捕食者の反応だ。
フェリシアは、エリスの鋭い視線を無視して、濡れたスカートの端をつまみ、優雅にカーテシー(膝を折る礼)をしてみせた。
「感謝いたしますわ、旦那様。……奥様には、少々ご迷惑だったようですけれど」
「妻は少し神経質でね。気にしないでくれたまえ」
ジルに招かれ、フェリシアは城内へと足を踏み入れた。
一歩、また一歩。濡れたブーツが、磨き上げられた大理石の床に泥の跡を残す。
その瞬間、フェリシアの鼻が微かに動く。
(……あら。この匂い、カビだけじゃないわね)
豪奢な調度品、壁に掛けられた名画、そして焚かれた高価な香。
それらで隠そうとしているが、床の目地や壁の裏側から滲み出る「死」の気配は、歴戦の狩人の嗅覚を誤魔化せはしない。
古い血と、獣脂の匂い。そして、もっと根源的な、始祖の因子の残り香。
だが、フェリシアは表情一つ変えず、愛想よく微笑んだ。
「素敵なシャンデリアですこと」
彼女はバスケットを床に置いた。ドン、と重たい音が響く。
エリスは震えながら視線を逸らした。
ジルは満足げにワインを飲み干し、大袈裟な仕草で天井を仰いだ。
「さて、夜も更けてきた。妻にささやかな食事でも用意させよう」
嵐の咆哮(ほうこう)に包まれながら、青髭公の城の夜は、どろりとした闇を湛(たた)えて更けていった。
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嵐は、嘘のように去っていた。
東の高い窓から、薄暗い、しかし確かな朝の光が、廃墟と化したホールに差し込んでいる。
その光は、床に散らばる硝煙の粉塵をキラキラと照らし出し、
数分の後。
ホールに立っている人狼は、一匹もいなかった。
ある者は銀の弾丸に脳を砕かれ、ある者は銃身による打撃で頚椎をへし折られ、物言わぬ肉塊となって転がっている。
玄関ホールを支配していたのは、圧倒的な「暴力」の質量だった。
嵐の風と共に吹き込んだ
真夜中を告げる大時計の鐘が、城の静寂を切り裂くように鳴り響いた。
ゴーン……ゴーン……。
その重く湿った音色は、私の心臓を直接殴りつけるようで、私は思わず胸を押さえた。<







