简介
作った後に新学期は欠片も関係ないことに気付く
田中博 37歳 男性 本来の性格は真面目ではなく、幼い頃は活発に泥まみれにならない日はないタイプの少年だった しかしあまりに問題ばかり起こすヒロシを心配した親や教師たちによる徹底した教育により、博は真面目に生きてきた 博は歳を重ねるごとに落ち着いていき、堅実な大学を出て就職する 大人になった博は無趣味でひたすら働き家に帰ってぼーっとテレビを見て寝るだけの生活を特に不満もなく続けていた(ストレスの種の上司を除く) だが、ただ遊び呆ける上司の尻拭いをさせられ続けたある日、彼のなかの何かが壊れた その時から博は本来の、何かに影響されやすく、人を見るのが好きで、自由に憧れるという本来の性格が徐々に表に出始める 親からは結婚しないのかという別の心配をされ始めた時期のことだった
章節1
「……田中。お前、自分が何言ってるか分かってんのか?」
蛍光灯がチカチカと点滅する中小企業の会議室。部長の額には脂汗が浮かんでいた。いつもなら「すいません、すぐ修正します」と縮こまっていたはずの部下が、今日はどこかおかしい。おかしいどころの話ではない。背筋をピシッと伸ばし、胸を張り、上目遣いに鋭い眼光をこちらに向けているのだ。
「分かっております、部長」
田中博(37歳)の声は、普段のボソボソとした滑舌とはまるで違っていた。腹の底から響くような、重厚で無駄に通りやすい低音ボソボソボイス。
「今回のシステム障害、原因は我が課の仕様策定ミスではなく、あなたがゴルフの約束を守るために独断で前倒しさせた納期遅延……そのしわ寄せであります」
「た、田中、お前急にどうしたんだよ。口調もなんか……変だぞ? 疲れてるのか?」
部長が明らかに引き始めている。引きながら椅子のキャスターをわずかに後ろへ下げたのを、博は見逃さなかった。
(フッ……怯えたか。無理もない。今の俺は、組織の理不尽に抗う一匹の狼……!)
博の脳内では今、あの有名なドラマのテーマ曲がトランペットの爆音と共に鳴り響いていた。重厚なストリングスが彼の背中を押す。
「施されたら施し返す……恩返しだ? いいえ、違います」
博はビシッと右手の差し指を部長の鼻先に突きつけた。部長は「うわっ」と小さく悲鳴を上げ、首を限界まで後ろに引く。
「やられたらやり返す……倍返しだ! いいえ、100倍にしてお返しします! これが、私の退職願です!!」
バシィィィン!!
会議室の机に叩きつけられた白封筒。あまりの威勢の良さに、書類の束がパラパラと舞い散る。
「……え? た、退職? え、マジで? 田中、来週のクライアント訪問どうすんの?」
「フッ……私の知ったことではありません。あなたの理不尽な泥船に、これ以上付き合う義理はない!」
博はバサリとスーツの裾を翻すと、一度も振り返ることなく会議室のドアを静かに、かつドラマチックに閉めた。
背後から「えぇ……なんなのあいつ……怖いんだけど……」という部長のガチで引いたボソボソ声が聞こえてきたが、博の耳には届かない。脳内の劇伴はクライマックスを迎え、彼は心の中で高らかに勝利の雄叫びを上げていた。
(勝った……! 俺は組織の奴隷から、ついに解放されたのだ……!)
―――
満足感に包まれながら帰宅した博は、缶ビールを傾けながらスマホの画面を開いた。
画面に表示されているのは、某証券会社のログイン口座。そこに躍り出る数字。
『資産評価額:82,415,900円』
「……ふふっ」
昼間のドラマチックな表情はどこへやら、博の顔は一瞬でだらしなく崩れ去った。
37歳、独身、趣味なし。新卒でSEになってからの15年間、博の人生には何の華もなかった。飲み会にも行かず、服もユニクロのセール品、外食といえば牛丼屋のつゆだく。そうして浮かせた給料の7割を、ただひたすら愚直に「S&P500」へとぶち込み続けてきたのだ。
複利の魔力は凄まじい。米国の成長曲線と共に、彼の口座残高は雪だるま式に膨れ上がり、気づけば8,000万円を超えていた。
「8000万……。年間4%で取り崩しても、320万。一生遊んで暮らせるわけではないが……もう二度と、誰の顔色も伺わずに生きていける……!」
この「いつでも無条件でバックログ(仕事)を捨てて逃げ切れる」という圧倒的財務基盤こそが、昼間の暴走とも言えるドヤ顔辞表プロットの原動力だったのだ。金はある。無敵だ。
「よし。これからは『透明人間』として生きよう」
誰とも深く関わらず、誰からも指示されず、ただ静かに陽の光を浴びて生きる。
そう決意した博が再就職先に選んだのは、自宅近くにある私立女子大学の「用務員」だった。
「用務員の田中さん」
ボサボソの髪に、少し大きめの緑色のつぎはぎ作業服。
着任初日、校庭の落ち葉をカサカサと掃きながら、博はフッと口元を緩めた。
キャンパスを行き交う華やかな女子大生たちも、気取った教授たちも、作業服を着てホウキを持つ37歳の男のことなど「風景の一部」としてしか見ていない。誰も目を合わせないし、誰も声をかけてこない。完璧なステルス性能だ。
(素晴らしい……。これぞ俺が求めていた自由だ)
だが、博はまだ知らなかった。
「背景」と同化した人間には、キャンパスの陽の当たる場所からは決して見えない、ドロドロとした裏の人間関係や陰謀が、あまりにも鮮明に見えすぎてしまうということを――。
最新章節
翌朝。秋晴れの爽やかな空の下、キャンパスは学園祭本番に向けて活気にあふれていた。
中庭では、元通り仲良くなった美咲と由真が、笑顔で衣装の最終チェックを行っている。冤罪
夕闇がキャンパスを濃い紺色に染め上げる頃、大講堂の前に人だかりができていた。
「相沢先輩。……これ、説明してください」
美咲の声は、昼間の泣きじゃくってい
用務員室のパイプ椅子に深々と腰掛け、博はスマホで口座残高を確認した。
『評価額:82,415,900円』
「ふぅ……よし、無敵だ」
数字の安心
用務員になって一か月。博の「背景生活」はすこぶる順調だった。
緑色の作業服に身を包み、大きなトングとゴミ袋を手にしてキャンパスを巡回する。37歳、冴えないオジサン。学







