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月光の向こう側で、君を生きる-“IPチャレンジ #8:「この体は、私のものではない」”応募作品

月光の向こう側で、君を生きる-“IPチャレンジ #8:「この体は、私のものではない」”応募作品

更新日時: 2026-07-13 13:51:11
言語:  日本語12+
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説明

双子の仲良し姉妹「琴葉 茜」(ことのは・あかね 20歳)と「琴葉 葵」(ことのは・あおい 20歳)。 ある満月の夜、戯れに月に願(がん)をかけてみたところ、なんとお互いの身体が入れ替わってしまい……?


【「月光の向こう側で、君を生きる」章別詳細アウトライン】 ストーリーテーマ: 姉妹という固定された関係性の中で、抑圧された欲求と「理想の自己」を演じる疲弊。身体の入れ替わりという異常事態が、二人の間に横たわる「見えない境界線」を侵犯し、互いの弱さと秘密を暴き出す。それは、「姉」と「妹」という役割を一度完全に破壊し、その瓦礫の上で、お互いに対等な一人の人間として名前で呼び合えるような、新しい契約を結び直すための物語。


“IPチャレンジ #8:「この体は、私のものではない」”応募作品です。


今日のテーマ: 「IP」 IPチャレンジ #8:目覚めると、体、記憶、あるいは意識が書き換えられていた 「IP」^この体は、私のものではない この体は、私のものではない 今回のテーマ:目覚めると、体、記憶、あるいは意識が書き換えられていた


この作品は、ストーリープランナーでプロット、詳細プロット、本文を執筆しました。 ただ、他作品に比べてかなり加筆訂正を入れています(特に第8章に対して)。やはり状況が複雑になるとどうしても齟齬が出てしまいますね。 最終章(第11章)だけは私が詳細プロットを考案し、直接記入し、ストーリープランナーで執筆しました。


エピソード1

第1章:ピンクの髪の朝


シャワーの水音が、壁を隔てて聞こえている。


琴葉葵(ことのは・あおい)は手を止めて、目を閉じた。朝の光がカーテンを透過して、まぶたの裏をオレンジ色に染める。隣の浴室から響く水の音は、一定のリズムで降り注ぎ、時折、身体が動く気配で途切れた。お姉ちゃんの身体を、お湯が滑り落ちている。肩から、背中から、細い腰から。その音は、葵にとって毎朝の密やかな儀式だった。


「……ん」


無意識に、そんな声が漏れる。すぐに我に返って、葵は小さく首を振った。カップに注いだ牛乳の表面が、微かに揺れる。今日はいつもより、少しだけ心臓が落ち着かない。理由はわかっていた。昨夜の満月だ。


ベランダに出て、二人で並んで見た月。空気は冷たく澄んで、吐く息が白く染まった。琴葉茜(ことのは・あかね)は「ほんま、でっかいなあ」と、子供みたいに笑って。月明かりに照らされた横顔は、輪郭がぼやけて、まるで発光しているみたいで。その瞬間、胸の奥がぎゅっとなるような感覚があって。葵は、隣に立つ姉の袖を、そっと掴みたい衝動を必死に抑えた。


「ええ夜やなあ、葵ちゃん」

「……うん」


そう返事するのが精一杯だった。もし口を開いたら、何かとんでもない言葉が零れ落ちてしまいそうで、怖かった。手のひらに汗をかいて、冷たい手すりを握りしめた。あの月が、まだ瞼の裏に焼きついている。


シャワーの音が止む。


葵は目を開けて、牛乳の入ったグラスを食卓に置いた。トースターから、焼きあがったパンが飛び出す音。今日も、いつもの一日が始まる。


リビングのドアが開いて、湯気を纏った茜が顔を出した。ピンク色の長い髪が、まだ少し湿っていて、首元に張り付いている。白いTシャツに、部屋着の短いパンツ。その姿は、いつもより少しだけ無防備で、葵は一瞬息を呑んだ。


「あー、生き返るわー」

茜は大きな伸びをしながら、関西弁でそう言った。まだ少し眠そうな目をこすりながら、キッチンへ向かう。

「葵ちゃん、パン焼いてくれたん? ありがとうなあ」

「うん。コーヒー、もう淹れてるよ」

「さっすが、気が利くわあ」


茜はにこにこ笑いながら、冷蔵庫からマーガリンを取り出す。葵はその仕草を、何気ないふりをしてじっと見つめた。濡れた髪の先から、水滴が一粒落ちて、床に小さな染みを作る。あの水滴は、さっきまでお姉ちゃんの肌の上を伝っていた。そう思うと、胸の奥がむず痒くなるような、くすぐったいような、名前のつけられない感覚が込み上げてくる。


「あっ」

茜が声をあげた。トースターから、うっすらと煙が立ち上っている。

「またやってもうた」

焦げた匂いが、リビングに広がった。茜は少し慌てた様子で、トースターからパンを取り出す。表面は黒く炭化していて、とても食べられる状態じゃない。

「もう、タイマーちゃんとセットしたのに。なんでやねん」

「いいよ、私がやる」

「ほんまごめんなあ。葵ちゃんは器用やなあ」


葵は新しい食パンをトースターに入れて、ダイヤルを回す。こういうことは、もう何度もあった。茜は何かとドジで、日常生活の些細なことでよく失敗する。洗濯物を干せば服はシワだらけ、掃除をすれば埃を舞い上げる。料理に至っては、目玉焼きすらまともに作れない。だから、葵がフォローするのが当たり前になっていた。そうすることで、お姉ちゃんの役に立てる。それが、葵の密かな誇りでもあった。


「葵ちゃんはほんま、できた妹やなあ」

茜が屈託なく笑いながら、葵の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。その手のひらは、まだ少し湿っていて、温かかった。シャンプーの、甘い花の香りがする。触れられた瞬間、全身の毛穴が開くような感覚が走る。心臓が、とくん、と跳ねた。


「……やめてよ、もう」

葵は照れ隠しに、少しだけむくれた顔を作る。でも、本当はもっと撫でてほしかった。もっと触れてほしかった。その手のひらで、自分のすべてを包んでほしい。そんな想いを、必死で押し殺す。いつもの「良い妹」の仮面を、顔に貼り付ける。その裏側は、泣きそうなくらいに歪んでいるのに。


「さ、朝ごはんにしよか」

茜が席に着く。葵は焼きあがったパンと、コーヒーカップを彼女の前に置いた。自分の席にも、同じものを用意する。向かい合って座ると、茜はもういつもの調子で、大学の講義の話をし始めた。あの教授が面白いとか、課題が面倒だとか。葵は相槌を打ちながら、目の前の姉を見つめる。


時々、笑うときに目じりにできる小さな皺。コーヒーを飲むときに、少しだけ突き出される下唇。話に夢中になると、耳の横で揺れるピンクの髪。そのすべてが愛おしくて、同時に、胸が引き裂かれそうになる。この人は、自分の姉だ。双子の、血の繋がった家族。そんな人に、こんな気持ちを抱くなんて、おかしい。わかっている。でも、この感情は、もうずっと昔から、心臓のすぐ隣に住み着いていて、引き剥がそうとすると、激しく痛むのだ。


朝食が終わり、茜が自分の部屋に戻る。葵は一人、リビングで片付けをしながら、テーブルの上に置きっぱなしになったペンケースを手に取った。チャックを開けて、今日の講義で使うペンを取り出す。そのとき、指先が、小さなチャームに触れた。


透明なプラスチックの球体。中には、ピンク色の細い髪の毛が一本、くるりと丸まって入っている。先週、茜の部屋の枕元で見つけたものだ。誰にも気づかれないように、そっと拾い上げて、こうしてペンケースに付けた。誰にも言えない、葵だけのお守り。


(いつも、一緒にいてくれる)


そう思うだけで、少しだけ心が落ち着く。葵はチャームをそっと握りしめ、目を閉じた。指先に感じる、わずかな硬さと、なめらかなカーブ。この小さな世界に、お姉ちゃんの一部が閉じ込められている。その事実が、背徳的な甘さで胸を満たす。


(お姉ちゃんは、知らない)


葵は目を開けて、手を離した。チャームがペンケースの中で、小さく揺れる。これでいい。この想いは、墓場まで持っていくものだ。そう言い聞かせるたびに、心のどこかで、何かがひび割れる音がする。


その夜も、二人はリビングで一緒に夕食をとった。茜が作ったというより、ほとんどを葵が作った料理を、茜は「おいしい、おいしい」と嬉しそうに食べる。その笑顔を見るだけで、葵の心は満たされた。この人は、私がいないとダメなんだ。そう思うと、暗い優越感が胸の奥で鎌首をもたげる。


「あ、そや。今夜は満月やで」

茜が窓の外を指さした。たしかに、空には昨夜と同じような、でも昨日より真ん丸の月が浮かんでいる。

「昨日より、ちょっと黄色いかな」

「ほんまや。綺麗やなあ」

茜はそう言って、しばらく月を眺めていた。その横顔を、葵はまた見つめる。昨夜と同じ、完璧な美しさ。でも、今日はもう、袖を掴もうとは思わなかった。代わりに、ペンケースの中のチャームを、心の中でそっと握りしめる。


「葵ちゃん」

「……なに?」

「なんか、願い事したら叶いそうな気ィせえへん?」

茜がいたずらっぽく笑いながら言う。

「願い事?」

「そ。満月に向かってお願いしたら、何でも叶うって、子供の頃信じてたやん?」

「……そんなこと、あったかもね」


葵は少しだけ、遠い目をした。もし、願いが叶うなら。喉元まで出かかった言葉を、すんでのところで飲み込む。そんなこと、口にできるはずがない。だから、代わりにこう言った。

「……お姉ちゃんが、いつまでも元気でいられますように」

「なにそれ、おばあちゃんみたい」

茜は声をあげて笑った。その無邪気な笑い声が、胸に刺さる。


(お姉ちゃんが、私だけのものになりますように)


心の中で、そう付け加えた。月は何も答えず、ただ静かに、青白い光を放ち続けている。


翌朝。


葵は、得体の知れない違和感で目を覚ました。いつもと違う、声。自分のものではない、吐息が耳元で聞こえた気がした。まだ眠い頭で、隣の部屋で寝ているはずの茜を探す。でも、その声は、あまりに近かった。


「……ん」


自分の口から漏れた声。その響きが、いつもより少しだけ低い。そんなはずはない。寝起きで声が枯れているのだろうか。葵はベッドから起き上がろうとして、視界の端に映ったものに、動きを止めた。


肩に、ピンク色の髪がかかっている。


心臓が、一気に早鐘を打ち始める。これは、自分の髪じゃない。ライトブルーの、自分の髪じゃない。手を、恐る恐る顔の前に持ってくる。指先が、かすかに震えていた。細くて、白くて、見慣れた指。でも、違う。爪の形が、少しだけ丸い。ささくれの位置が、いつもと違う。


「……うそ」


声が、震えていた。その声も、やっぱり、自分の声じゃない。少しだけ落ち着いた、もっと柔らかい響き。毎朝、壁越しに聞いていた、あの声。葵はベッドから飛び降りて、部屋の隅にある姿見の前に立った。


鏡の中にいるのは。


「……お姉、ちゃん?」


ピンクの髪。少しだけ垂れ目の、優しい印象の瞳。まだ寝起きでぼんやりしているが、間違いなく、それは琴葉茜の顔だった。自分の手で、頬に触れる。鏡の中の茜も、同じように頬に触れた。指先から伝わる、ほんの少し体温の高い肌の感触。これは、自分のものじゃない。お姉ちゃんの身体だ。


「なんで、なんで……」


頭が真っ白になる。状況が理解できない。自分は、お姉ちゃんになっている。では、お姉ちゃんは、どこにいる。嫌な予感が、背筋を冷たい手で撫で上げる。葵はパジャマのまま、部屋を飛び出した。廊下を走り、リビングのドアを勢いよく開ける。


「なんでやねん!!!」


リビングの中央で、自分の身体が、絶叫していた。いや、正確には、葵の身体に入った、何かが。ライトブルーの髪を振り乱し、鏡の前で自分の顔をペタペタと触りながら、パニックを起こしている。

「なんで、なんでウチが葵ちゃんになっとんねん! 鏡見たら、葵ちゃんの顔がおる! わけわからん!」

「お、お姉ちゃん……?」

葵が、恐る恐る声をかける。自分の身体が、こっちを向いた。その動きは、普段の葵のものよりずっと大げさで、仕草の一つ一つに、茜の癖が滲み出ている。二人の視線が、部屋の真ん中でぶつかった。


「あ……葵ちゃん、なのか?」

「……うん。たぶん」

「たぶんて、なんやねん。もう、頭こんがらがりそうや」

茜は、自分のものになった身体の頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。その姿は、見慣れた自分の身体なのに、中身はお姉ちゃんだ。その倒錯した状況が、じわじわと現実味を帯びてくる。


「体が、入れ替わってる……」

葵は、自分の声でそう呟いた。今、この声は、お姉ちゃんのものだ。そう思うと、背筋がゾクッとするような、それでいて、何か別の感情も、胸の奥底で小さく胎動を始める。

「そんな、漫画みたいな話……」

「せやけど、こうなってる以上、信じるしかないやろ」

茜が、泣きそうな声で言った。立ち上がって、改めて葵の顔を、いや、自分の元の顔をじっと見つめる。

「うわ、ほんまに私の顔や……」

「私も、自分の顔がこっちにあるの、変な感じ……」


二人はしばらく、無言で向かい合っていた。互いの身体に、互いの心が入っている。その圧倒的な事実が、ずっしりとリビングに横たわる。カーテンの隙間から差し込む朝日が、浮遊する埃をキラキラと照らしている。いつも通りの、穏やかな朝。でも、世界は完全に、ねじれてしまった。


「……とりあえず、朝ごはん、食べよか」

茜が、絞り出すように言った。こんな時でも、現実的な対応を取ろうとするのは、姉としての性分なのか。

「うん」

冷静に振る舞おうとする姉の姿を、葵は自分の身体越しに見つめながら、自分の中に渦巻く感情を整理できずにいた。恐怖、不安、混乱。でも、それらを押しのけて、ゆっくりと頭をもたげるものがある。


(お姉ちゃんの身体……今、私のものなんだ)


心臓が、さっきまでとは違う種類の、重い鼓動を打ち始める。指先が、かすかに震えた。これは、罪悪感だろうか。それとも、それ以外の何か。まだ名前をつけることができないその感情は、まるで深い水底から浮かび上がる気泡のように、ゆっくりと、確実に、葵の心の表面へと近づいてきていた。


「葵ちゃん、今日は大学、どうする?」

「……わかんない。でも、休むわけには、いかないよね」

「せやな。とりあえず、今日一日は、お互いの身体で過ごしてみるしかないか」

茜が、気合を入れるように、自分の(今は葵の)両手をパンと叩いた。

「ええか、絶対に変なことしたらあかんで。特に、お風呂とか」

「うん」

「……なんか、その返事、信用できへんなあ」

茜が、葵の顔をじっと見つめる。その視線に、葵は思わずたじろいだ。

「だ、大丈夫だよ」

「……ほんまやな?」

「うん、わかってる」


葵はそう言って、小さく何度も頷いた。その言葉とは裏腹に、心臓は、お姉ちゃんの身体で動いているという事実に、激しく高鳴っている。胸の奥で、何かが音を立てて、罅割れていく。それは、今まで必死に守ってきた「良い妹」の、仮面の表面だった。


自分の身体をしている茜が、心配そうに自分を見つめている。その光景は、あまりに非現実的で。葵は、目の前の現実を受け入れられないまま、ただ、自分の手のひらを、ぎゅっと握りしめた。お姉ちゃんの手。少しだけ、自分のよりも体温が高い。その温もりが、ゆっくりと、葵の心の奥底に溜まっていた暗い衝動を、優しく、しかし確実に、解き放とうとしていた。

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