感情が禁じられた世界で俺だけが笑えるんだが、もしかして最強?
説明
社畜の俺が転生したのは、感情が禁じられた世界【冬の境】。この世界では「笑顔」は神罰の雷を招く禁忌——だが、俺だけは例外だった。微笑むことで敵に雷を落とせる唯一無二の力【戒律解放者】を手に入れた俺は、さらに謎のシステムから課題を与えられる。
「1000人に笑顔を見せれば、創世聖遺物を授ける」
しかし、陰謀に嵌められ、11日後には最強騎士との決闘が待つ。聖遺物なしでは勝ち目はゼロ。時間がなさすぎる——絶望しかけた時、さらなる真実が明らかになる。
エピソード1
「まさか、こんな夜更けに来客とは思いませんでした」
僕はそう言って、ゆっくりと自室の扉を開けた。重厚なオーク材の扉が、軋みひとつ立てずに滑らかに開く。さすがは辺境伯爵家の三男坊の部屋といったところか。無駄に豪華な調度品に囲まれたこの生活にも、転生してから一週間も経てばすっかり慣れてしまった。
目の前に立っていたのは、フードを目深に被った一人の老人だった。皺だらけの顔、枯れ木のように痩せた手。だが、その深く窪んだ瞳の奥には、年齢にそぐわない鋭い光が宿っている。闇色のローブに身を包み、夜の闇に溶け込んでいるその姿は、いかにも「そっち系」の職業であることを雄弁に物語っていた。
「ようこそ、我が家へ。どうぞ、お入りください」
内心の感想とは裏腹に、僕は完璧な貴族の笑みを(心の中だけで)浮かべながら、彼を部屋へと招き入れた。まあ、実際に顔には出さない。この世界――「冬の境」では、笑顔は禁忌。神罰が下るとされているのだから。
前世で過労死したしがない社畜の僕が、ファンタジー小説でよくある異世界転生を果たしたのが一週間前。転生先は、ロズベルク辺境伯爵家の三男、ユウト・フォン・ロズベルク。剣も魔法もからっきしで、一族の恥とまで呼ばれる「無能」な貴族だ。
そんな僕の元へ、こんな真夜中に訪れる客の目的など、考えなくてもわかる。暗殺者だ。
「……警戒しないのか、小僧」
老人は、僕のあまりに落ち着き払った態度に、逆に警戒を強めたようだった。低く、乾いた声が部屋の静寂を揺らす。しかし、その足は一歩も動かず、まるで床に根が生えたかのように僕の出方を見定めている。
「警戒ですか?まさか。あなた方が僕のような『凛冬城の恥』をわざわざ訪ねてくださったのです。歓迎こそすれ、警戒する理由などありませんよ」
「……『我々』だと?」
老人の目が、カッと見開かれた。その瞬間、彼の背後の影がぐにゃりと歪み、まるで生き物のように蠢く。なるほど、影を操る魔法か。面倒くさそうな相手だ。だが、僕の視線は老人を通り越し、部屋の奥――豪奢な天蓋付きベッドの横に置かれた、ビロード張りの長椅子へと向けられていた。
「ええ、もちろん。そこにいらっしゃる淑女も含めて、ですよ」
僕がそう言うと、長椅子の上には、いつからそこにいたのか、官能的なドレスをまとった一人の女性が足を組んで座っていた。銀色の髪は月光を浴びて妖しく輝き、血のように赤い唇が艶めかしく弧を描く。人間離れしたその美貌は、彼女がただ者ではないことを示唆していた。
「あら、気づいていたの?つまらない子ね」
女――カーミラと名乗ろうか――は、くすくすと喉を鳴らして笑った。その声は鈴の音のように甘く響くが、込められた魔力は精神を直接揺さぶる類のものだ。吸血鬼(ヴァンパイア)の魅了(チャーム)か。これもまた、お約束のスキルだな。残念ながら、僕の魂はこの世界の理から少しズレているらしく、そんなものは全く効かない。前世の満員電車でのストレス耐性に比べれば、赤子の吐息のようなものだ。
「貴様、カーミラ!抜け駆けか!」
老人が、僕にではなく、女に向かって怒りの声を上げた。
「あら、ギデオン。早い者勝ちでしょう?それに、こんなか弱いだけの坊や、私一人で十分だわ」
二人の間に、目に見えない火花が散る。どうやら、僕の首にかけられた懸賞金を巡って、二人の凄腕暗殺者が鉢合わせしてしまったらしい。なんという不運。いや、僕にとっては好都合か。
「待て。獲物は俺が見つけた。俺が先に始末する」
「ふふ、嫌よ。この子の綺麗な首筋、私が先に味わってあげる。ねえ、坊や?」
カーミラが妖艶な視線をこちらに向ける。彼女の瞳が怪しく光り、再び精神を侵食しようとする甘い魔力が霧のように立ち込めた。
「私のものになれば、苦しまずに逝かせてあげる。さあ、こちらへいらっしゃい」
彼女の言葉は、抗いがたい命令となって鼓膜を震わせる。普通の人間なら、この時点で完全に理性を失い、彼女の意のままに操られる操り人形と化していただろう。だが、僕の心は驚くほど静かだった。むしろ、この茶番をどう収拾してやろうかと、冷静に思考を巡らせているくらいだ。彼らの能力は確認できた。ギデオンは影使い、カーミラは魅了能力を持つ吸血鬼。どちらも単体で相手をするのは骨が折れる。だが、二人同時なら……話は別だ。
「抜け駆けは許さんぞ、女狐!」
ギデオンが吼えると同時に、彼の足元の影が蛇のように伸び、カーミラの足に絡みつこうとする。しかし、カーミラは身軽にそれをかわし、嘲笑うように言った。
「相変わらず芸のない魔法ね、爺さん。そんなもので私を捉えられるとでも?」
「黙れ!」
二人の暗殺者が、獲物である僕を完全に無視して、一触即発の睨み合いを始めた。うん、これは実に滑稽な状況だ。僕を殺しに来た二人が、僕の目の前で殺し合い寸前になっている。まるで質の悪いコメディを見ているようだ。
このまま同士討ちしてくれれば、それに越したことはないが、流石にそこまで上手くはいかないだろう。彼らはプロだ。プライドのぶつかり合いが終われば、すぐに本来の目的を思い出すはずだ。ならば、その前に、こちらから仕掛けるしかない。
僕はわざとらしく一つ咳払いをすると、二人の間に割って入った。
「まあまあ、お二人とも。そう熱くならないでください」
「「……なんだと?」」
ギデオンとカーミラが、同時に僕を睨みつける。その殺気は、部屋の空気を氷のように凍てつかせた。普通の人間なら、この視線だけで心臓が止まっていてもおかしくない。
「あなた方の目的は、僕の首ですよね?でしたら、争う必要などないではありませんか。僕が一つ、両方が満足できる、実に素晴らしい解決策を提案しましょう」
僕はにこやかに(もちろん、心の中だけでだ)、そう提案した。二人は怪訝な顔で僕を見つめている。獲物自ら、殺されるための方法を提案するなど、前代未聞だからだろう。
「……小僧、貴様、何を企んでいる?」
ギデオンが警戒を露わに問いかける。
「企むだなんて、とんでもない。ただ、あなた方に一つだけ、確認しておきたいことがあるのです」
僕は芝居がかった仕草で胸に手を当て、真摯な表情を作った。
「お二人は、神罰の雷に、耐えられますか?」
「……は?」
「神罰……ですって?」
二人の顔に、一瞬、呆けたような表情が浮かんだ。僕が何を言っているのか、全く理解できないという顔だ。それも当然だろう。この世界の住人にとって、「神罰」とは、天災や疫病のような、人間にはどうすることもできない絶対的な厄災の概念だ。それを個人が耐えられるかどうか尋ねるなど、狂人の戯言にしか聞こえないはずだ。
「ええ、神罰です。ご存知の通り、この『冬の境』では、笑顔は禁忌。慈悲深き冬の神は、その静寂を乱す不敬な行いを決して許しはしない。そして、その禁忌を犯した者には、天から裁きの雷が落ちる……でしたよね?」
僕はまるで、子供に物語を読み聞かせるような穏やかな口調で続けた。
「もちろん、あなた方のような高名な方々なら、第四、あるいは第五階梯(フィフス・オーダー)に迫る実力者なのでしょう。影を操り、人の心を惑わす。素晴らしい御業です。しかし、神の御業に、人の力がどこまで通用するのか……僕は大変興味があるのですよ」
「……貴様、正気か?」
カーミラが、先程までの妖艶な雰囲気を消し去り、本気で僕の精神状態を疑うような目で見てくる。ギデオンは、もはや言葉も出ないといった様子で、ただただ僕を凝視している。
彼らの反応も無理はない。まさか、暗殺対象の小僧が、自分たちを巻き込んで神罰で自殺しようとしている、などとは夢にも思うまい。彼らの思考は、僕が何らかの虚勢を張っているか、あるいは本当に気が狂ったか、その二択で揺れ動いているはずだ。
だが、残念ながら、どちらも不正解だ。
僕は、この世界に転生してすぐに、ある一つの事実に気づいた。この世界の住人が恐れる「神罰」は、どうやら僕には適用されないらしい。いや、もっと正確に言うならば、「僕が微笑むことでのみ」、神罰は発動する。
まるで、この世界のバグを見つけたようなものだ。そして、そのバグは、僕にとって最強の武器になる。
「さあ、お答えください。あなた方は、神罰の雷に耐えられますか?イエスか、ノーか。それによって、僕の次の行動が変わりますので」
僕は静かに問いかけた。その言葉に含まれた真意に、ようやく二人の顔色が変わる。彼らは、僕がただの虚勢を張っているわけではないことに、本能的に気づき始めたのだ。
「……まさか、貴様……!」
ギデオンの声が震えている。
「禁忌を犯すつもりか!?第六階梯(シックス・オーダー)の魔法使いでもない限り、神罰から無傷ではいられんぞ!」
第六階梯。それは、この世界における人間の到達しうる最高の領域。天災すらも操ると言われる、伝説級の存在だ。彼らは、僕がその域に達しているとでも思ったのだろうか。馬鹿な。僕には魔力なんて、これっぽっちも無いというのに。
「さあ、どうでしょうね?」
僕は答えをはぐらかし、ゆっくりと、本当にゆっくりと、口角を上げた。
それは、ほんの僅かな、些細な動きだった。
しかし、その意味を理解した二人の顔は、一瞬にして血の気を失い、蒼白になった。
「やめろ!」
「馬鹿な!本当にやる気なの!?」
ギデオンの絶叫と、カーミラの悲鳴が重なる。彼らは蜘蛛の子を散らすように、部屋の隅へと逃げようとした。ギデオンは影の中へ潜ろうとし、カーミラは蝙蝠の群れへと姿を変えようとする。だが、もう遅い。
僕の唇が、完全な微笑みの形を描いた、その瞬間――。
世界から、音が消えた。
窓の外で吹き荒れていた吹雪の音も、暖炉で薪がはぜる音も、二人の絶望的な喘ぎ声すらも、すべてが深淵の静寂に飲み込まれていく。そして、部屋中の蝋燭の炎が一斉に揺らぎ、まるで巨大な何かに怯えるように、青白く変色した。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地鳴りのような、空が裂けるような、凄まじい轟音が天を揺るがす。窓の外が一瞬、真昼のように白く輝いたかと思うと、次の瞬間には、凄まじい破壊の奔流が天井を突き破り、僕の部屋へと殺到した。
雷だ。
神の名を冠する、絶対的な破壊の権化。純粋なエネルギーの塊が、僕の頭上に立つギデオンとカーミラめがけて、寸分の狂いもなく直撃した。
「「ぎゃあああああああああああああああああああああッッッ!!!」」
二人の断末魔は、雷鳴にかき消されてほとんど聞こえなかった。視界を焼くほどの閃光と、鼓膜を破るほどの轟音。影に溶けようとしていたギデオンの体は、影ごと光に蒸発させられ、無数の蝙蝠に分裂しようとしていたカーミラは、その魔術が完成する前に、一体残らず灰燼に帰した。
やがて、光と音が過ぎ去り、再び元の静寂が訪れる。
煙が立ち込め、焦げ付いた匂いが鼻をつく。僕が見上げた先には、屋敷の天井にぽっかりと大穴が開き、そこから静かに降りしきる雪と、暗い夜空が見えていた。
床には、二つの人型の黒い焦げ跡だけが、彼らがかつて存在したことを示している。
僕はゆっくりと立ち上がり、服についた埃を軽く払った。
「ふむ……」
口元に残っていた微笑みを消し、僕は冷静に呟く。
「神罰の雷には、耐えられなかったようですね」
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