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孤独と虚無と、それでも優しさを。

孤独と虚無と、それでも優しさを。

Last Updated: 2026-09-08 02:56:20
By: Nyaaan
Ongoing
Language:  日本語16+
4.4
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Synopsis

遠いようで近い未来、現代の地球。そこに住む一人の女性『横松 茉莉奈』は、ある日自身に異能と呼ばれる力が宿った事を知る。


彼女は先日、同居していた母を失ったばかり。兄たちはそれぞれ結婚して家庭を持っていたり、独身でも一人暮らしをしていた。


そんな茉莉奈の前に、母国の政府をはじめ、他国政府はその異能の力を得ようと彼女に接触を図る。


異能者はその力が強ければ強いほど『兵器』としての価値が生まれる。


彼女が選んだ居場所、そして彼女の持つ力。世界中の国が『軍事力』として喉から手が出るほど欲しがったものとは――。


Chapter1

――母が死んだ日、入院先の病室で、ようやく解放されたと思った。


「親より先に死ぬな」


何年か前、過量服薬で運ばれた救急病院のベッドの上で、父と母が、まるで呪いをかけるみたいにそう言った。誰も、私の心の声を聞かないのに。あの時、ただ、眠りたかっただけだ。永遠に、深く。そうすれば、この胸のざわつきも、世界の騒音も、全部止まると思った。


父が先に逝った。そして、母も見送った。


呪いは、やっと解けたのだ。


葬儀の手続きは、すべて兄たちに丸投げした。母の介護も、入退院の煩雑な書類も、病院とのやりとりも、すべて私がやってきた。これぐらい、許されるだろう。ぼんやりと、リビングのソファに沈み込みながら、そんなことを考えていた。初七日が終わって、家の中から仏壇の花の匂いが消えた。


空っぽになった。


ようやく、自分の命を好きなタイミングで『捨てられる』、そう思った。明日でも、一週間後でも、一ヶ月後でもいい。誰にも迷惑をかけず、静かに消える方法を、これからゆっくり考えよう。そんな風に、未来にほんの少しの、いや、人生で初めての『自由』を感じた。


その日に、たまたま市街地の店に用事があった。出かけたのは、気分転換ではなく、単に切らしていた日用品を買うためだ。生きることをやめる準備のための買い物というのは、なんだか滑稽だった。


横断歩道の信号が点滅を始める。冷たい風が、アスファルトの上の空き缶を転がしていく。急ぎ足で渡ろうとした、その時だ。


目の前を、小さな影が飛び出した。


ランドセル。黄色い帽子。ぎこちない走り方。まだ一年生か二年生だろう。


あの子、轢かれる。


その光景が、まるで現実で起こる未来を映すように、脳裏に過ぎった。大型トラックが、けたたましいクラクションを鳴らしながら、曲がりきれずに突っ込んでくる。間に合わない。誰も間に合わない。後から思えば、『これ』も異能の一つだったのだ。


気付いたら、体が動いていた。


まあ、誰かの代わりに死ぬのなら、誰も文句は出せないだろう。頭の片隅で、そんな冷めた考えがよぎる。


――ガシャンッ!!


曲がりきれなかったトラックが、轟音を立てながら横断歩道の信号機にめり込んだ。金属がひしゃげる耳障りな音。飛び散るガラスの破片。タイヤの焼けるゴムの匂いが、あたりに立ち込める。


子どもと、それを抱える自分は……。


まるで瞬間移動でもしたかのように、反対側の歩道にへたり込んでいた。腕の中の子どもは、ぽかんと口を開けて固まっている。擦り傷一つない。


何が起こったのか、理解が追いつかない。心臓だけが、バクバクと早鐘を打っていた。手を見る。自分の手だ。確かに、さっきまであの車道のど真ん中にいたはずなのに。周りの景色が、じわじわと輪郭を取り戻していく。


「今の、見た?」

「え、車道からこっちに一瞬で…」

「嘘でしょ、あれって異能者ってやつじゃない…?」

「実在したんだ…」

「動画、誰か撮ってないの?」


周囲のひそひそ声が、棘のように肌に刺さる。痛い。早く、帰りたい。子どもの親が、血相を変えて駆け寄ってきた。母親だろうか。彼女は、私の腕から子どもをひったくるように引き離すと、まるで化け物を見るような目で一瞥した。


子どもの命を助けたというのに「ありがとう」の一言もない。


そのまま、彼女は息子を抱きしめ、逃げるように人混みへ消えていった。助けなければ良かった。後悔の気持ちが、じわっと胸の奥に広がる。でも、目の前で轢かれていたら、それはそれで、きっと後味の悪い夢を見た。深くため息を吐いて、逃げるように自分もその場から去った。服についた砂埃を、何度も手で払いながら。


次の日のことだった。


黒い服を着た二人組の男が、家にやって来た。どちらも、薄い笑みを貼り付けた無表情で、言葉の端々に官僚的な冷たさを滲ませている。何処から嗅ぎつけたのか。昨日のあの光景を、誰かが動画に撮って無断でネットに上げたのだろう。政府のお偉いさんの使いだそうだ。


「『異能』の検査を受けていただきたいのです。そして、結果によっては、自衛隊か、警察の特殊部隊への所属をご検討いただけませんか」


単刀直入に、彼らはそう言った。昨日の今日のことだ。すぐに決められるはずもなく、その場の返答は後日に先延ばしにさせてもらった。


だが、家に来たのは日本政府の者だけではなかった。


翌日は、地元に駐留している他国の軍の将校が訪ねてきた。階級章が、見慣れない異国の制服の肩に光っている。彼らはどうやって私の住所を調べ上げたのか。やはり同じように、異能の検査を受け、軍に入って欲しいと、流暢な日本語で要求してきた。まるで、私が一丁の新しい銃器にでもなったかのようだ。


何日か、同じ問答が繰り返された。やってくる男たちの顔は違えど、言うことは同じだ。退屈で、そして、少しだけ、おかしかった。誰もいなくなった実家のリビングで、私は一人、乾いた笑いを漏らす。


そして、日本政府の者に、検査を受ける旨と、ある条件を提示した。


「異能の検査を受けます。ですが、どんな力であれ、何処か一つの国のモノになるのは望みません。ここ数日、何カ国もの人間が私に接触を図ってきました。……ですが、日本政府として、それでは旨味は無いでしょう」


リビングテーブルを挟んで、スーツの男が眉をひそめる。冷めたお茶の表面に、天井の蛍光灯が映っている。


「なら、国際組織の『日本支部』に限定して所属すること、日本国外へは出ないことを約束します。けれど、それをするなら……私、『横松 茉莉奈』という人間を死亡扱いし、戸籍から消して下さい」


男の一人が、息を呑む気配がした。


「そうなれば、他国もある程度は満足行く結論でしょう。何処の国のものにもならない、けれど居場所は日本。以降、素性を悟られないように戸籍から消し、新たな名前を用意すればいい。どうですか?」


日本政府の人間は、渋い顔をした。しかし、それを覆すだけの交渉材料を彼らは持ち合わせていない。数秒の沈黙の後、彼は「では、まずは検査施設までお送り致します」と、私に車に乗るよう促した。その声は、諦めと、ほんの少しの安堵が混ざっていた。


検査施設は、人里離れた場所だった。


何時間も車に揺られた。車窓を流れる風景は、住宅街から田園地帯へ、そして深い杉林へと変わっていく。同乗したスーツの男たちは、一言も口をきかない。ただ、タイヤが路面を噛む低い音だけが、車内に響いていた。


たどり着いた場所は、検査施設というより、実験場だ。高い塀。有刺鉄線。幾重にも重なるセキュリティゲート。無理もない。異能だなんて、今まで自分も縁遠い、実在するかも分からない力だったのだから。それを調べる場所は、実験室と言い換えても違和感はない。


広い、清潔感のあるエントランス。消毒液の匂いが、鼻の奥をツンと刺す。自分を連れてきた男たちは、受付の女性と何やら手続きを始めた。彼女は、私の顔をちらりとも見ない。書類の上のボールペンだけが、こつこつと音を立てる。


「通常の検診を行なってから、検査棟Cへ向かって下さい」


抑揚のない、訓練された声が、エントランスに響いた。検査棟C。この広大な土地に、AもBもあるのだろう。これから、私はそこで、物のように扱われる。自分が住んでいた国の、裏の影を見てしまったような気がした。心臓のあたりが、チクリと痛む。でも、その痛みは、すぐに静かな諦めの膜に覆われていった。


ここに来る車の中で、横松茉莉奈は死んだ。私が、それを望んだのだ。


男たちが、こちらに振り返る。彼らの革靴が、磨き上げられた石の床に、固い足音を響かせた。


「では、こちらへ」


促されるまま、廊下へ足を踏み出す。冷たい空気が、肌を刺す。これから始まるのは、検査だ。私という人間が、社会にとってどのような『道具』なのかを測る、長い長い試験の始まりだ。


茉莉奈はもう、いない。ここに立っているのは、まだ名前のない、ただのモノ。冷たい廊下の果てに、『C』と書かれた無機質なプレートが、ぼんやりと浮かんで見えた。

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