Synopsis
ドラゴン娘の恋愛関係の続編。今度の主役はあざと女子魔法使いのエリーテ!副隊長に就任してシン様に恋の稲妻を炸裂させちゃうぞ!⋯のはずが。ハチャメチャラブコメ第3弾!
Chapter1
ギミヤ火山の麓、溶岩の熱気が大気を揺らめかせる荒野の一角。
週に一度の日課である魔力制御訓練を終えたシンは、自身の掌を見つめながら深い息を吐いた。水神の加護が、体内で渦巻くドラゴンの本能を冷ややかな鎖となって縛り上げている。
「お疲れ様ですぅ、シン様♡ 今日も完璧なコントロールでしたわ」
栗色のロングヘアを揺らし、これ見よがしに上目遣いで覗き込んでくるのは、クシマーフ魔法学園を首席で卒業した天才魔法使い、エリーテだ。王宮守備隊の副隊長という肩書を持ちながら、彼女の態度は公務というよりは熱烈な求愛行動に近い。
「おかげさまでな。水神の術理、随分と馴染んできた」
「うふふ、シン様の飲み込みが早いからですぅ。……さて、頑張ったご褒美に、今夜は二人きりでディナーなんていかがです? もちろん、メインディッシュは・わ・た・し♡」
「……いや、その提案は受け入れがたい」
シンが苦笑交じりに断ろうとした、その時だ。
頭上の空気が爆発音と共に裂け、燃えるような紅蓮の影が降ってきた。
「このあざと女ぁぁッ!! シンにへばりつくなと言っているでしょう!?」
ドォォォン!!
着地と同時に地面を粉砕したのは、真紅の髪をなびかせた美しきドラゴンの姫、スカーレットだ。噴煙のごとき怒りを纏い、しなやかな尻尾を鞭のようにビタンビタンと地面に叩きつけている。
「あらあら、また来ましたの? 脳筋トカゲ女さん。シン様との愛のレッスンを邪魔するなんて、無粋にも程がありますぅ」
「誰がトカゲよ! この電流ビリビリ女! その媚びた猫なで声、へし折ってやるわ!」
「キャッ、怖いですぅ! ならばお望み通り、黒焦げにして差し上げますわ! 喰らいなさい、紫電万雷!」
エリーテが指先を突き出し、そこから紫電が迸る――はずだった。
「ふんッ!」
スカーレットは身構えたが、飛んできたのはパチッという静電気レベルの小さな火花だけ。彼女の強靭なドラゴンの皮膚どころか、産毛一本焦がすことすらできない。
「……は?」
「……あれ?」
スカーレットが拍子抜けした顔をする一方で、エリーテは自らの指先を凝視して首を傾げた。
「なによ今の。準備運動?」
「い、いいえ! 手加減して差し上げただけですぅ! もう一度……!」
再び指を突き出すが、結果は同じ。線香花火のような頼りない光が瞬いて消えただけだった。
「……エリーテ? 顔色が悪いぞ」
シンが眉をひそめて歩み寄る。確かに、彼女の白い肌はいつも以上に蒼白で、額には脂汗が滲んでいた。
「だ、大丈夫ですぅ! ただの疲れ……そう、あざといテクニックの一環で、シン様に心配してもらおうと演技しただけですぅ!」
「演技? エリーテが?」
「シン! 騙されないで、どうせまた同情を引こうとしてるに決まってるわ!」
スカーレットはプイと顔を背けたが、シンは疑念を拭えなかった。
エリーテの「疲れ」には心当たりがある。一年前、このギミヤ火山の噴火を阻止するため、本来四人の高位魔術師で維持すべき防御魔法の最高峰『四神結界(テトラ・バリア)』を、彼女はたった一人で展開し続けたのだ。
火、水、雷、地。四大元素すべてを極めた彼女だからこそ成し得た奇跡だったが、その代償が肉体に刻まれていないはずがない。
「……無理はするなよ。今日はもう休め」
「ううっ、シン様の優しさが五臓六腑に染み渡りますぅ……。では、お言葉に甘えて、今日の夜這いは延期しておきますわね」
エリーテは軽口を叩いてウィンクしてみせたが、その笑顔の端が微かに引きつっているのを、シンだけは見逃さなかった。
***
その夜、エリーテは深き夢の底にいた。
そこは彼女の精神世界――魔力の源泉たる場所。だが、いつものような極彩色の輝きはない。色彩が抜け落ちた灰色の荒野が広がっていた。
「……どうして?」
問いかける彼女の前に、三つの影が現れる。
燃え盛る炎を纏った「火神のエリーテ」、清冽な水を湛えた「水神のエリーテ」、そして重厚な岩石の如き「地神のエリーテ」。それぞれの属性を司る彼女自身の分身たちが、悲痛な面持ちでエリーテを見つめていた。
『もう、限界!!』火神が呟く。
『貴女のために無理をしてきたけれど、グスッ⋯心がひび割れてしまったわ⋯グスッ』水神が涙を流す。
『休息が必要⋯。さもなければ崩壊する⋯』地神が警告する。
『それでいいの?』
口々にそう言い残すと、三つの分身は霧散し、灰色の空へと溶けていった。
「待って……行かないで……!」
手を伸ばすエリーテの背後で、激しい雷鳴が轟いた。
振り返れば、そこに立っていたのは「雷神のエリーテ」。最もエリーテの自我に近く、あざとく、そしてプライドの高い雷の化身。
彼女は腕を組み、蔑むような目で本体のエリーテを見下ろしている。
『バカ! 本当にバカ! 天才だなんだとおだてられて、いい気になっていた報いですぅ!』
「な、なによその言い草……!」
『もう愛想が尽きたですぅ。魔法がなきゃただのあざとい女。シン様に愛される資格なんてないですぅ!』
ピシャァァァン!
落雷と共に、最後の分身もまた消失した。
「嫌ぁぁぁぁぁッ!!」
***
「はっ……!?」
エリーテは自室のベッドで跳ね起きた。心臓が早鐘を打ち、冷や汗で寝間着が肌に張り付いている。
差し込む朝日が、いつもと変わらぬ朝を告げていた。
「へ、変な夢を見ましたわ……不吉ですぅ」
彼女は震える手で額を拭うと、努めていつも通りの「エリーテ」を演じるべく、鏡に向かった。
副隊長の制服をわざと胸元を強調するように着崩し、小悪魔的なメイクを施す。鏡の中の自分にウィンクを一つ。
(大丈夫。私は天才エリーテ。シン様の未来のお嫁さんですもの)
意気揚々と隊舎の前庭へ向かうと、既に整列していた兵士たちの前で、シンが朝の点呼を行っていた。彼女は流れるような動作でその隣に並び、シンの二の腕に胸を押し当てる。
「おっはよーございますぅ、シン様♡ 今朝も筋肉のハリが素敵!」
「……朝から密着するな、エリーテ。部下の示しがつかん」
「あら、羨ましいなら代わってあげてもよくってよ?」
その時だった。
「おーまーえーはーッ!! 朝から盛るなと言っているでしょうが、この発情魔導士ッ!!」
上空から、予想通りスカーレットが急降下してくる。朝の恒例行事だ。
いつもなら、ここで軽く雷撃を放ち、彼女の髪をさらに爆発させてやるのがお決まりの挨拶。
「ふふん、今日は特別激しい『雷神の嵐(サンダー・ストーム)』でお出迎えですぅ!」
エリーテは優雅に杖を振り上げ、魔力回路を開いた。
脳裏に描くのは荒れ狂う雷雲。イメージを魔力へと変換し、現実世界へ出力する。
――はずだった。
「……え?」
杖の先からは、風の一吹きも、光の一筋も生まれなかった。
ただの木の棒を振り回したような、間の抜けた風切り音が鳴るだけ。
「な、ならば『火球(ファイアボール)』!」
シーン。
「『水流(ウォータージェット)』!」
シーン。
「『岩石弾(ロック・バレット)』!」
シーン。
「う、嘘……嘘ですぅ……! 出ろ、出ろ出ろ出ろぉッ!」
杖をめちゃくちゃに振り回すが、体内の魔力回路は錆びついた水道管のように沈黙している。指先が冷たくなる。血の気が引いていく。
迫りくるスカーレットの影など目に入らない。
自分の中にあったはずの、世界を変える力。万能感。アイデンティティ。それらがごっそりと抜け落ち、空っぽの穴だけが残っている感覚。
ドスン、とスカーレットが目の前に着地した。攻撃が来ないことに拍子抜けして、キョトンとしている。
「電流娘、どうしたのよ? やる気ないわけ?」
エリーテはその言葉に答えることができなかった。
杖が手から滑り落ち、乾いた音を立てて地面に転がる。
「おかしいですぅ……おかしいですぅぅぅ!!」
ギミヤ火山の麓に、天才魔法使いの悲痛な絶叫がこだました。
それは、彼女の誇りと自信が崩壊した、最初のアラームだった。
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賑わう人族の商業都市、その一等地に新設された結婚式場『エターナル・
「……あ、ありえませんわ」
クシマーフからほど近い人族の村、その賑わう市場の片隅で、エリーテが絶句していた。
偵察任務の帰り道、ふと聞こえた馴染みのある声。振り
クシマーフ魔法学園を首席で卒業した天才にして、『紫電の魔女』の異名を持つ女、エリーテの朝は早い。
王宮の個室、鏡の前。彼女は真剣な眼差しでリップを引き、仕上げにパチリとウィンクを
「結局、仲良しこよしのお利口さんじゃない! 反吐が出るわ!」
雷神のエリーテが、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。
その言葉は、ある意味で真理を突いているように







