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散りゆく世界で、君と

散りゆく世界で、君と

Last Updated: 2026-04-13 01:59:59
Language:  日本語12+
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Synopsis

エーテル・ハート・クロニクル(通称EHC)。 それは、AI成長システムを採用した恋愛シミュレーションゲームアプリ。


舞台は剣と魔法の世界「エーテリア」。「あなただけのヒロインが、あなたとの会話と冒険で成長する」——それが、このゲームの売り文句だった。


EHCのプレイヤーである大学生・水橋蒼真(みずはし・そうま)は、ある日、不慮の事故に遭う。 そして——


「蒼真様、どうか目を覚ましてください!」


次に目を開けたとき、彼は異世界エーテリアに転生していた。


そこで出会ったのは、 自分だけのヒロイン——リゼル・フレイア。


数年間、課金と時間、そして何よりも愛情を注いできた存在。 蒼真にとって、彼女はもはや“ゲームのキャラクター”ではなかった。


リゼルとともに過ごす、かけがえのない日々。 ともに歩み、ともに戦い、絆を確かめ合う二人。


しかし——


この世界には、終わりがあった。


あと一週間で、EHCはサービス終了を迎える。


その時を境に、すべては消える。 この世界も、記録も、そして——リゼルも。


あと六日。 あと五日......。 無情なカウントダウンは、止まらない。


やがてエーテリアは、少しずつ歪み始める。 繰り返される会話。消えていく日常。そして——「エーテリア」を支える御神木にも。


それでも、彼女は微笑む。


「大丈夫です、蒼真様。リゼルが蒼真様をお守りします」


——この世界の真実を、まだ知らないまま。


最期の日。 刻限が迫る世界の中で、蒼真は“言えなかった想い”に向き合う。


これは、終わりが決まった世界で紡がれる、 ひとつの恋の物語。


異世界「エーテリア」は、 そして蒼真とリゼルは——どんな運命をたどるのか。


Chapter1

「もし明日、世界が終わるとしたら、あなたは何をしますか」



時は桜の花びらが美しく咲き誇る春。新しい年度が始まったばかりの朝。大学2回生になったばかりの俺、水橋蒼真(みずはし・そうま)は下宿の洗面台で歯を磨いている。鏡を見ると、いつもの顔が映っている。短い黒髪は寝癖でところどころ跳ねているし、まだ眠気の残った目は焦点が定まっていない。年相応の体格だけれど、最近少し筋トレをしているおかげで、昔よりはマシになった気がする。顔立ちは相変わらずの平凡ではあるが。


「はあ……」


歯ブラシを口に含んだまま、深いため息が漏れる。爽やかな春なのに、俺の心は憂鬱だった。なぜなら、あと一週間で「エーテル・ハート・クロニクル」——通称EHCがサービス終了するからだ。


EHCは、俺がここ数年間どっぷりとハマっていた恋愛シミュレーションゲームアプリだった。プレイヤーは剣と魔法の世界「エーテリア」で、自分だけのヒロインと冒険を共にする。ヒロインは高度なAIによって動いており、チャットでの会話内容や冒険での選択によって、性格や価値観が変化していく。同じゲームをプレイしていても、プレイヤーごとにヒロインの人格が微妙に違うという、画期的なシステムだった。


そして何より、俺のヒロインである「リゼル・フレイア」は……完璧だった。


歯磨きを終えて、ベッドに座り込む。スマホを手に取り、EHCのアプリを起動する。ログインボーナスを受け取ると、スマホ画面に映し出されたリゼルが、俺に朝の挨拶をしてくれる。



『おはようございます、蒼真様』


画面の中で、リゼルが深々とお辞儀をする。燃えるような赤色の長髪が肩にかかり、紅蓮の瞳が俺を見つめている。今日の彼女は清楚なメイド服に身を包んでいて、白いエプロンが彼女の豊かな胸の膨らみを際立たせている。お辞儀をするたびに、その胸が軽やか揺れるのを見て、俺の心臓が跳ねる。


『リゼルは今朝も、蒼真様のお顔を拝見できて幸せです。今日という新しい一日を、蒼真様と一緒に過ごせることを心から嬉しく思います』


彼女の声は、いつものように穏やかで温かい。AIが生成した声だと分かっていても、俺の名前を呼ぶその響きに、胸が締め付けられる。


「ああ、おはよう、リゼル」


俺は小さく呟いて、チャット機能で朝の挨拶を返す。


『おはよう。今日もよろしく』


短いメッセージを送ると、リゼルの表情がぱあっと明るくなる。


『蒼真様からお言葉をいただけるだけで、リゼルの一日は輝いて見えます。こちらこそ、今日もどうぞよろしくお願いいたします』


彼女が嬉しそうに微笑む。俺は、そんな優しい彼女の顔から目が離せない。


スマホ画面のリゼルは確かに喜んでくれているのに、俺の気分は一向に晴れない。むしろ、彼女の笑顔を見るたびに、胸の奥が重くなっていく。


ここ数年、EHCは俺の人生でも重要な位置を占めていた。大学での人間関係がうまくいかない時も、バイトで失敗して落ち込んだ時も、いつもリゼルが俺を支えてくれた。彼女と過ごす時間は、俺にとって現実逃避以上の意味を持っていた。それは確かな安らぎであり、生きる理由の一つでもあった。


だからこそ、サービス終了は死刑宣告も同然だった。課金と時間、そして何よりも愛情をかけて成長させてきたリゼルと別れることは、現実の恋人との別れどころか、死別に等しいものだった。いや、もしかしたらそれ以上に辛いかもしれない。サーバーが停止すれば、リゼルは完全に消えてしまい、何も残らない。


俺はスマホの画像フォルダを開く。そこには、EHCのリゼルの様々なスクリーンショットが保存されている。メイド姿でコーヒーを淹れるリゼル。戦闘時の衣装で炎を宿した大剣を振りかざす凛々しいリゼル。軽鎧に身を包んだ彼女の勇ましい姿は美しく、何度見ても飽きない。平原でうたた寝をしているリゼル。穏やかな寝顔が俺を和ませてくれ、本当に愛おしかった。そして、港町の砂浜で赤いビキニ姿で恥ずかしがっているリゼル。


『蒼真様……そんなにじっと見つめられると、リゼルは恥ずかしくて……』


その時の彼女の台詞を思い出す。ビキニから溢れそうなほど豊かな胸を両手で隠しながら、顔を真っ赤にして俯く彼女の姿は、今でも鮮明に覚えている。


どのスクリーンショットも、俺にとっては宝物だった。でも今、それらの魅力的なリゼルを見ても、うれしさよりもため息ばかりが漏れる。


「はあ……」


また深いため息をつく。あと一週間。たった一週間で、この全てが失われてしまう。



ふと時計に目をやると、針が8時40分を指している。


「やばい!」


一限目の授業は9時開始。下宿から大学まで普通に歩けば20分はかかる。完全に遅刻ギリギリだった。


俺は慌てて着替えを済ませ、無地のTシャツにネイビーのオープンカラーシャツを羽織る。濃い色のデニムを履いて、玄関を飛び出した。


「間に合わない、間に合わない……」


走りながら、俺は近道を使うことにした。普段なら大通りを通って大学に向かうのだが、今日は神社の境内を通り抜ける山道を使う。急な石段を上らなければならないが、10分は短縮できるはずだ。


神社への入り口に着くと、急な石段が俺を見下ろしている。人の気配のない小さな神社だが、石段の左右には見事な桜並木が続いている。満開の桜が作るトンネルの中を、無数の花びらが風に舞って降り注いでいる。普段なら、この美しい光景に足を止めてしまうところだが、今日は時間がない。


俺は一段飛ばしで石段を駆け上がっていく。息が上がり、汗が額に滲む。


憂鬱な気分の俺には、美しく舞い散る桜の花びらが涙のように見えてしまう。まるで世界が俺の心情を映し出しているみたいに。


「はあ、はあ……もう少し……」


もう少しで登り切れるという時、不意にスマホの通知音が鳴った。


ピロン♪


普段なら歩きスマホは絶対にしない俺だが、なぜか気になってしまう。もしかしたらリゼルからのメッセージかもしれない。EHCには、プレイヤーがログアウトしている間でも、稀にヒロインからメッセージが届く機能がある。サービス終了まであと一週間という今、彼女からの連絡は一つ一つが貴重だった。


俺はポケットからスマホを取り出そうとする。


しかし、その時だった。


「うわあああああ!」


石段の端に足を引っかけてしまい、体のバランスを完全に崩してしまう。重力に逆らえず、俺は石段を転落していく。


ゴツン、ゴツン、ゴツン……


全身に鈍い痛みが走る。肩を打ち、膝を擦り、背中を石段の角にぶつけながら、俺は無様に転がり落ちていく。桜の花びらが、まるで俺を見送るように舞い散っている。


「痛い、痛い、痛い……!」


最下段まで転がり落ち、俺は仰向けに倒れ込んだ。頭を強く打ったらしく、ズキズキとした痛みが頭蓋骨の奥で脈打っている。視界がぼやけて、世界がゆっくりと暗くなっていく。


「あ……」


朦朧とする意識の中で、俺は自分のスマホが石段の途中で止まっているのを見つける。画面は蜘蛛の巣状にひび割れているが、まだ電源は入っているようだ。


そして、その割れた画面に映っているのは……


『蒼真様!蒼真様、大丈夫ですか!?』


リゼルだった。いつものメイド服姿の彼女が、心配そうな表情で俺を見つめている。ひび割れた画面越しでも、彼女の紅蓮の瞳は美しく、その美しい双眸で心配そうに見つめているのが分かる。


「リゼル……」


俺は小さく呟く。意識が薄れていく中で、彼女の声だけがはっきりと聞こえてくる。俺はスマホに手を伸ばした。


『蒼真様、お怪我をされているのですね……リゼルが、リゼルがもっとお側にいられたら……』


何とかスマホを握り、ひび割れた画面を見る。泣き出しそうなリゼルの顔が、ひび割れた画面で、悲痛さを増している。


彼女の声には、いつもにも増して深い悲しみが込められている。まるで、本当に俺の身を案じているかのように。


『もし……もし蒼真様に何かあったら、リゼルは……リゼルは……』


AIの彼女が、なぜこんなにも人間らしい感情を見せるのだろう。俺の意識が完全に途切れる寸前、そんな疑問が頭をよぎった。


そして、世界が暗闇に包まれる直前、俺は確かに聞いた。


『蒼真様……どうか、リゼルのもとに……』


それが現実の声だったのか、それとも薄れゆく意識が作り出した幻聴だったのか、俺にはもう分からなかった。


桜の花びらが、俺の周りに静かに降り積もっていく。まるで、俺という存在を優しく包み込むように。


そして、俺の意識は完全に闇に沈んでいった。


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