転生したらまたブラック居酒屋だった件
Synopsis
【あらすじ】転生したらまたブラック居酒屋だった件
「二度とジョッキなんて持つものか!」 日本の居酒屋チェーンで過労死した元エリアマネージャー・一ノ瀬恵瑠(いちのせ える)。彼女はエルフの「エル」として異世界に転生し、今度こそ優雅なスローライフを誓ったはずだった。
しかし、エルフ特有の燃費の悪さと生存本能から、結局は魔界の辺境酒場『鬨の声亭』の門を叩くことに。そこは、笑顔のドワーフ店長・ガンテツが支配する、労働基準法が存在しない「真正ブラック居酒屋」だった!
時が止まる結界「奉仕の祈り(サービス残業)」、襲い来る「無限再生レバー」。 絶望するエルの脳内で、前世のトラウマが異能(スキル)として覚醒する。クレームを精神遮断する「思考停止」、廃棄食材を絶品に変える「在庫管理」。そして屈辱の「強制バニーウィーク」に魔王軍幹部が襲来した時、彼女の放った必殺の「謝罪(ドゲザ・インパクト)」が物理法則ごと敵を粉砕する!
「なんで私、異世界に来てまでバニースーツで働いてるんですか……!?」 社畜エルフが限界を超えて舞う、涙と笑いの労働搾取ファンタジー、ここに開店!
Chapter1
第1章:スローライフの崩壊と、黄金色の絶望
「二度とジョッキなんて持つものか!」
それが、エルフのエルとしてこの緑豊かな世界に生を受けた私が、最初に立てた誓いだった。
前世の記憶――一ノ瀬 恵瑠(いちのせ える)として生きた二十数年間は、油と煙とアルコールにまみれた地獄だった。日本の居酒屋チェーン「一龍」のエリアマネージャーとして、3店舗を掛け持ちしながら連続140日勤務 。鳴り止まないオーダーと理不尽なクレームの果てに、私はフライヤーの前で心不全を起こし、あっけなく過労死したのだ 。
だからこそ、神様がくれた二度目のチャンスは、木漏れ日の下でハープを奏でるような穏やかなスローライフを送るのだと、固く心に決めていた。
……そんな夢を見ていられたのは、最初の三日間だけだった。
「……お腹が、空きすぎて死ぬ……っ」
誤算だった。エルフという種族は、見かけによらず極端に燃費が悪い 。常に魔力を垂れ流し続ける私の肉体は、森の木の実程度では到底満たされない「飢え」を抱えていたのである。
背に腹は代えられない。私は「高時給・まかない付き」という街の貼り紙に釣られ、魔界の辺境にある冒険者の酒場『鬨の声亭(ときのこえてい)』の重厚な扉を、震える手で叩いてしまった 。
それが、終わりの始まりだった。
---
「おお、嬢ちゃんか! 華奢な体してんのに、よく来たなあ!」
扉を開けた瞬間、熱気とともに現れたのは、筋肉の鎧をまとったようなドワーフの巨漢だった。店長のガンテツだ 。
顔の半分を覆う剛毛の髭、血のようなトマトソースがこびりついたエプロン 。どう見てもカタギではないが、彼は私を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「腹、減ってんだろ? まずは食え! 話はそれからだ!」
ドスン、とテーブルに置かれたのは、山盛りの骨付き肉と、ラードで炒めたようなテラテラと光る炒飯だった。
私の生存本能が理性を凌駕する。貪るようにそれを平らげた私を見て、ガンテツ店長は満足そうに頷き、そして悪魔の契約書(シフト表)を取り出した。
「いい食いっぷりだ! うちの店はな、従業員はみんな家族(ファミリー)だと思ってる 。細かい契約なんていい。困ったときはお互い様だろ?」
ああ、このセリフ。
前世で何度も聞いた。「アットホームな職場です」という謳い文句ほど、地獄への特急券であると私は知っていたはずなのに。
満腹感による幸福と、ガンテツ店長の裏表のない善意――「俺は信じてるぞ!」というキラキラした瞳に、私の警戒心は霧散してしまった 。
「……じゃあ、とりあえず皿洗いから……」
「よし決まりだ! 即戦力だな!」
その瞬間、厨房の空気が変わった。
---
「おい、なんだこの空間は……?」
厨房に入った途端、肌にまとわりつくような違和感を覚えた。時計の針が動いていない。いや、窓の外を飛ぶハエすらも空中で静止している。
「驚いたか? こいつは『奉仕の祈り(サービス残業)』っていう結界だ 」
ガンテツ店長が、さも誇らしげに胸を張る。
「オーダーを完璧にこなすまで、この厨房の時間は進まねぇ。つまり、お客様をお待たせすることなく、いくらでもこだわりの調理ができるってわけだ! 素晴らしい魔法だろ?」
素晴らしいわけがあるか。
それはつまり、「仕事が終わるまで、物理的に時間が経過しない(=永遠に帰れない)」という、労働基準法を魔法で脱法した監獄だった 。
「さあ、いくぞ野郎ども! 今夜は魔獣狩りの帰りで客が多いぞ! 戦争だ!」
『オオオオオッ!』
店長の掛け声とともに、厨房の奥から死んだ魚のような目をしたスタッフたちが現れる。
元王宮料理人のダークエルフ、皿を割るオーク、そして宙に浮く死霊(リッチ)の経理担当 。
そして、地獄の鐘(オーダーベル)が鳴り響いた。
---
「ビール! ビール! こっちはドラゴンステーキだ!」
「おい姉ちゃん、遅えぞ!」
ホールは阿鼻叫喚だった。
血気盛んな冒険者たちが、テーブルを叩きながら酒と肉を要求してくる。新人の私は、ただ右往左往するしか……。
「きゃっ!」
オークのクギザキくんが、力加減を間違えて皿を粉砕した 。
その破片が飛び散り、客の足元へ。怒号が飛ぶ。
「何やってんだ! 店長を呼べ!」
「おいコラ、酒がこぼれたじゃねえか!」
カオス。
前世の記憶がフラッシュバックする。
金曜の夜、ワンオペ、壊れたビールサーバー、止まらないクレーム。胃がキリキリと痛み、視界が涙で滲む。
(嫌だ……もう嫌だ……私はエルフなのに……もっと優雅に……)
逃げ出したい。
そう思って出口を見た瞬間、ガンテツ店長が客の前に立ちはだかり、頭を下げているのが見えた。
「すまねえ! うちの若いのがやったことだ! 叱るなら俺を叱ってくれ!」
……あの人は、本当に「いい人」なのだ 。
不器用で、暑苦しくて、ブラックだけど、従業員を守るために体を張れる人なのだ。
そんな店長の背中を見てしまったら。
前世で部下を守れずに辞めていった、情けない自分を思い出してしまったら。
――ドクン。
私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
脳内で何かが切り替わる音がした。
「逃走(エスケープ)」のスイッチがショートし、代わりに焼き付いていた古い回路が、火花を散らして再起動する。
【スキル発動:思考停止(マインド・キル)】
客の怒号が、ただの環境音(BGM)に変わる。
恐怖も、羞恥心も、エルフとしてのプライドも、すべて遮断(シャットダウン)。
残ったのは、「いかに効率よく、このタスクを消化するか」という、冷徹なまでの演算処理のみ。
「失礼いたしましたー!」
私の口が、意思とは無関係に、完璧な営業トーンで叫んでいた 。
黒髪がふわりと舞う。
「クギザキくん、あなたは下げ膳に専念して! 動線は私が確保するから、そこから動かないで!」
「ア、アネゴ……?」
指示を飛ばすと同時に、私はカウンターへ滑り込む。
【スキル発動:ワンオペ(千手観音)】
私の身体がブレた。
右手がビールサーバーのコックを倒し、左手がハイボールを作り、その残像が伝票を処理する。
通常のエルフには不可能な多重並列処理。
10個のジョッキ――総重量15kg――を、私は「絶対平衡感覚(スタビライザー)」で軽々と持ち上げると、戦場のようなホールへと躍り出た。
「お待たせいたしました! 生ビール10丁、喜んでー!」
涙目で、引きつった笑顔を浮かべながら 。
私は舞った。
酔っ払いの手を紙一重でかわし、宙を飛ぶフォークをトレーで弾き返し、一滴の酒もこぼさずに各テーブルへ配膳(サーブ)していく。
「な、なんだあの姉ちゃん……!」
「はええ……目にも止まらねえ……!」
冒険者たちが呆気にとられる中、私は止まらない。
空いた皿を回収し、厨房へ放り投げ(それをシルヴィアさんが魔法でキャッチし)、その足でレジを打ち、クレーム客には0.1秒で最高品質の土下座を見舞う。
私の意識は遠のいていく。
ただ、身体だけが、社畜の業(カルマ)に従って動き続けていた。
---
「……おい、エル。エル!」
ハッと我に返った時、店の中は静まり返っていた。
閉店時間だ。
いや、結界の中だから時間は経っていないはずだが、すべての客が帰り、嵐が去っていた。
「……あ、れ? 私……」
全身が鉛のように重い。
立っているのがやっとだ。
目の前には、感極まった表情のガンテツ店長がいた。
彼は私の両肩をガシッと掴むと、熱い涙を流しながら叫んだ。
「すげえ……すげえよお前! こんな逸材、初めて見た!」
「え……?」
「今日からお前がホールのエースだ! いや、店長代理でもいい!」
待って。
違うんです。
私はただ、帰りたくて必死だっただけで。
「い、いえ、私は今日だけで辞めさせてもらおうかと……」
「辞める? 何を言ってるんだ!」
ガンテツ店長は、きょとんとした顔で、そして満面の笑みで、私にとどめの一撃(トドメ)を刺した。
「お前がいなきゃ、この店はもう回らねえよ! 明日も頼むな、エル!」
その言葉とともに、私の背中を「激励の痛打」が襲う 。
バシン!! という衝撃と共に、私の肺から空気が、そして口から「退職願い」の言葉が吹き飛んだ。
「かはっ……!」
「よし、いい返事だ! まかない食ってけ! 大盛りだぞ!」
薄れゆく意識の中で、私は悟った。
ああ、神様。
これは「異世界覚醒」なんかじゃない。
これは、「無期懲役」の判決だ。
こうして、私、一ノ瀬エルの、ブラック居酒屋での第二の人生(懲役)が、高らかに幕を開けてしまったのである。
(第2章へ続く)
Latest Chapters
最終章:そして伝説へ……ブラック居酒屋、永遠なれ
「ご覧ください! あれが魔王軍四
第4章:魔王軍の幹部と、重力魔法ドゲザ・インパクト
「いらっしゃいませぇ……♥(白
第3章:禁忌の在庫管理と、忍び寄るウサギの影
「……終わった……のか?」
第2章:無限回廊の厨房と、再生するレバー
「朝だ! 起きろ野郎ども! 太陽は昇ってな







