船乗りとAI、姫を〇〇する!
Synopsis
個人で星間運送業を営むハヤシの相棒は、AIのアイリス。
ある日、割のいい依頼を受けたことがキッカケで、ハヤシはある騒動に巻き込まれる。
これは、大宇宙を舞台にハヤシとアイリスが自由の価値に気付くまでの物語。
Chapter1
コンソールの片隅で、受信を告げるアイコンが冷たく点滅していた。ハヤシはそれを三分間、ただ黙って見つめていた。安物の合成酒が満たされたグラスの表面が、船体の微かな振動に合わせ、さざ波のように揺れている。
「開かないのですか、ハヤシ」
合成音声が静寂を破る。冷静で、抑揚がなく、どこまでもニュートラルな相棒の声だ。
「……急ぐ必要はない」ハヤシは低い声で答え、グラスに残っていた液体を喉に流し込んだ。アルコールの熱が食道を焼く。依頼内容は読まなくても分かっていた。この時間に、このセクターで、追跡不可能な暗号化通信を使って個人運送屋に連絡してくる相手など、ろくなものであるはずがない。
「送信元はコードネーム『ファントム』。過去のデータには存在しません。通信経路は三重に暗号化され、発信源の特定は不可能」アイリスが淡々と事実を並べる。「依頼内容は、指定座標での貨物のピックアップと、別座標への緊急輸送。提示された報酬額は……」
「分かってる」ハヤシは遮った。指先でスクリーンに触れると、依頼の詳細が目の前の空間に投影される。数字の羅列。座標。そして、報酬額。ゼロの数が、現実感を失わせるほどに並んでいた。彼の愛機、星間光速艇『アイリス』のローンを完済し、さらに数年分のメンテナンス費用を賄ってもお釣りがくる額だった。
「危険すぎると言いたいんだろ、アイリス」
「確率論の話をしています。ピックアップ座標は現在、紛争中のアステロイド帯、エリダヌス領域です。領域内での船体損失率は過去二十四時間で十七パーセント上昇。この依頼の成功確率は、私の試算では四十二パーセントを下回ります」
「半分以下か。上等だな」
ハヤシは自嘲気味に笑った。臆病なくせに、こういう土壇場では妙な度胸が据わってしまうのが自分の悪い癖だと知っている。だが、口座の残高を示す数字が、その度胸を後押ししていた。
「この額なら、リスクを取る価値はある」
「デブリとなって宇宙を漂うことに経済的価値はありません」アイリスの言葉は、いつも通り正論で、ナイフのように鋭い。
「……分かってるさ」ハヤシは操縦桿を握りしめた。冷たい金属の感触が、覚悟を決めさせる。「行くぞ、アイリス。久しぶりの大仕事だ」
メインエンジンが低く唸りを上げ、光速艇アイリスは薄汚れた宇宙港のドッキングベイから静かに離れた。
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エリダヌス領域は、死の匂いがした。レーダーには無数の残骸がゴーストのように明滅し、時折、遠くで閃光が瞬く。友軍機と敵機の識別信号が混線し、絶え間ないノイズとなってコックピットに響いていた。
「目標ポイントまであと二分。敵性反応、多数。こちらには気づかれていない模様」
「このまま低速で進む。シールドは最小限。エネルギー反応を抑えろ」
ハヤシは額の汗を手の甲で拭った。指定された座標は、巨大なアステロイドの影に隠された、古い採掘ステーションのドックだった。誘導ビーコンだけが、弱々しく点滅している。
船体をゆっくりとドックに接続すると、エアロックが開く音とともに、ごく短い通信が入った。
『――時間通りだ。荷物を積む。三分しかもたん。すぐに離脱しろ』
声はノイズ混じりで性別も判別しにくい。返事をする間もなく、船体後方でガントリークレーンが作動する重い金属音が響いた。カーゴベイに、規格サイズのコンテナが一つ、乱暴に滑り込んでくる。
「ハヤシ、コンテナの質量、申告データと誤差があります。スキャンしますか?」
「してる暇があるか!」
固定クランプがコンテナをロックするのと、後方のステーションで小規模な爆発が起こったのは、ほぼ同時だった。衝撃で船体が大きく揺れる。
「クソっ!」
ハヤシは悪態をつきながらスロットルを全開にした。アイリス号がドックから猛然と離脱する。直後、背後でドック全体が閃光に包まれた。
『ピコン、ピコン、ピコン!』
けたたましい警報音。レーダーが真っ赤に染まる。数機の小型戦闘機が、蝗の群れのようにこちらへ殺到してきていた。
「敵機、急速接近! ミサイルロック!」
「避けきれるか!」
「確率、三十パーセント以下!」
レーザーが船体を掠め、火花が散る。ハヤシは操縦桿を滅茶苦茶に動かし、アステロイドの合間を縫うように飛んだ。ガツン、と鈍い衝撃が右舷を襲う。
「右舷スラスターに被弾! 姿勢制御に支障!」
「わかってる!」
もう逃げ切れない。ハヤシは腹を括った。
「ワープの準備だ! 座標は指定通り!」
「エネルギーチャージ、間に合いません! あと三十秒!」
「間に合わせろ!」
敵のレーザーがコックピットのすぐ横を通り過ぎ、空間が灼ける匂いがした。視界の端で、ワープドライブのチャージゲージがゆっくりと、しかし確実に上昇していく。二十秒。十秒。
背後から迫るミサイルのアラートが、断末魔のように鳴り響く。
「チャージ完了! いつでもいけます!」
「跳ぶぞ!」
ハヤシが叫ぶと同時に、ワープボタンを叩きつけた。
視界が白く塗りつぶされ、次の瞬間、星々が光の線となって後方へ流れ去っていく。内臓が浮かび上がるような不快な感覚。そして、完全な静寂が訪れた。
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静寂は、一瞬で破られた。
ワープアウトした瞬間、コックピットの全アラートが一斉に鳴り響いた。目の前には、漆黒の宇宙空間に浮かぶ巨大な巡洋艦が、威圧するように鎮座していた。罠だ。
「警告! 強力なトラクタービームに捕捉されました! エンジン出力、ゼロ!」
「なんだと……!」
なすすべもなかった。アイリス号は、巨大な獣に捕らえられた小動物のように、ゆっくりと巡洋艦のハンガーベイへと引きずり込まれていく。ハヤシの背筋を、氷のように冷たい汗が伝った。ファントムと名乗った依頼主か、それとも荷物の本当の持ち主か。どちらにせよ、最悪の事態だ。
ハンガーベイの隔壁が閉じる重い音とともに、船体の周囲が人工の光で満たされる。ガントリーアームがアイリス号を掴み、床に固定した。
やがて、ゴツン、という金属音とともに、エアロックが外からこじ開けられる。
「抵抗は無意味だ。両手を上げて、ゆっくりと外に出ろ」
拡声器を通した、感情のない声が響く。
ハヤシはゆっくりと両手を上げた。終わった、と彼は思った。報酬どころか、命で清算させられる番だ。
黒い強化装甲に身を包んだ兵士たちが、ブラスターを構えながら船内になだれ込んでくる。一人がハヤシを荒々しく引きずり出し、床に膝をつかせた。別の数人が、まっすぐカーゴベイへと向かう。
「目標はコンテナの中だ。開けろ」
隊長らしき男が顎で指図する。兵士の一人が、コンテナのロックに解除ツールを取り付けた。プシュウ、という圧縮空気の抜ける音とともに、分厚い扉に亀裂が入る。
ハヤシは固唾を飲んでその光景を見つめていた。一体、何が入っているというんだ。兵器か、貴重な資源か、それとも……。
油圧アームが扉をこじ開けると、中から冷たい白の光が漏れ出した。兵士たちが一瞬、怯んだように後ずさる。
光の中から、ゆっくりと一つの人影が姿を現した。
それは、女だった。
乱暴な輸送や戦闘の衝撃などまるでなかったかのように、純白の簡素なドレスには皺一つない。長く艶やかな黒髪が、静かに肩まで流れ落ちている。汚れたハンガーベイの床に、彼女は裸足で降り立った。
美しい、とハヤシは思った。だが、それは単なる容姿の美しさではなかった。戦場や死とはあまりにも無縁な、非現実的なまでの清らかさが、彼女の全身から発せられている。
兵士たちが息を飲む気配がした。
女はゆっくりと顔を上げた。その黒曜石のような瞳が、数人の兵士を通り越し、床に膝をつかされているハヤシを、まっすぐに見据えた。その視線には、恐怖も、混乱も、怒りもなかった。ただ、底知れないほど静かで、全てを見透かすような知性が宿っていた。
ハヤシは息を止めた。
アイリスが警告したセンサーの異常。申告データとの質量の誤差。
あのコンテナは、ただの箱ではなかった。生命維持装置が組み込まれた、人間用のポッドだったのだ。
荷物は、この女だった。
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男が一人、第3宇宙港の展望デッキで、吐息を白くしていた。ハヤシ、齢四十二。個人運送業と名乗ってはいるが、実態は星系内の小口配送を細々と請け負う、しがない宇宙のトラック野郎だ。彼の視線の先、ドック
ファントム――カルロと名乗った男との会合から数日後。ハヤシは指定された座標に停泊していた。そこは公的な航路から外れた、小惑星帯の影。約束の時間きっかりに、彼の船の至近に空間が歪み、漆黒の連絡艇が
船体を揺るがす衝撃は、唐突にやってきた。
床から突き上げるような縦揺れに、ハヤシは安物の椅子から転げ落ちそうになる。壁に手をついてどうにか体勢を立て直すと、間髪
コンテナの冷たい青い光が、逆光となって女のシルエットを縁取る。
静寂は、金属が擦れる音によって破られた。一人、また一人と、ハヤシを取り囲んでいた兵士たちが、硬いデッキに膝をつく。その







