この永い冬に、子守唄を
Synopsis
世界が永い冬と静寂に閉ざされた、終末の時代。
元・時計職人の桐山颯(きりやま・そう)は、凍てついた地下の片隅で、ただ生きるためだけに、心を殺して日々を送っていた。彼の時間は、世界と共に七年前に止まったままだ。
そんな彼の前に現れたのは、言葉を失った一人の少女――雪音(ゆきね)と、壊れた一つのオルゴール。
秩序だけがすべてだった男の日常は、その出会いを境に、大きく軋み始める。少女の心を救うため、そして、止まった自身の時間を取り戻すため、男は再び、危険な地上へと歩み出すことを決意する。
これは、凍てついた世界で、失われた音色と、二人の“絆”を探す、静かで、切ない物語。
Chapter1
「クソ、また朝か」
桐山颯は独り言を言いながら、簡易ベッドから身体を起こした。実際には外は全く明るくなく、いつだって同じ景色だ。だが、身体の中にはまだ壊れていない目覚まし時計があるようで、毎日時間通りに彼を起こす。
「おい、相棒。今日こそはサボるなよ」
彼は部屋の隅で唸りを上げている機械のそばへ行き、その筐体を軽く叩いた。サーバーの筐体とガラクタ部品で組み上げた浄水器だ。今日まで生きてこられたのは、半分はこいつのおかげだ。
機械の唸り声は昨日と同じに聞こえる。問題ない。
彼は自分の家、地下鉄駅の駅長室をぐるりと見渡した。壁には工具がびっしり掛かり、棚には食料、缶詰、圧縮ビスケットがきちんと並べられている。
「食いもんはあと三ヶ月分か。節約すりゃな」彼は小声で計算した。
彼の視線は最後に壁の古い時計に止まった。時計はずっと前に止まっており、針は二時四十七分を指している。
「まだこの時間か。つまんねえの」彼は口を尖らせた。
毎日の点検が終わり、仕事に出かける時間だ。
「今日は電池を探しに行かねえと。リモコンのが切れかかってる」彼はぶつぶつ言いながら、クソ重たい服を着込み始めた。
「ちくしょう、こいつはマジで重いな」彼は服のジッパーをすべて引き上げ、ゴーグルを着けると、自分が不格好な缶詰になった気分だった。壁から使い慣れたピッケルを外し、ドアを開けて外に出た。
途端に冷気が忍び込んできた。
「マジで寒ぃな」彼は悪態をつき、急いで背後のドアを閉めた。
外は一面の白で、どこもかしこも雪と氷だ。昔はここが銀座、東京で一番賑やかな場所だった。今じゃ、ただの凍ったゴミの山だ。
彼は足元を睨みつけながら、慎重に歩いた。こんな場所で転んだら、もう二度と起き上がれないかもしれない。
「本屋……確かこの先にでかい本屋があったな」彼は考えた。「あそこならレジがある。中に電池があるかもしれねえ」
彼はすぐにその本屋を見つけた。ドアはすでに砕け、風が中の紙を吹きつけて、びらびらと音を立てている。
「誰かいるか?」彼は習慣で声をかけた。
もちろん返事はない。
彼はレジカウンターに直行し、ピッケルの先端で数回こじ開けた。
「ついてるじゃねえか」彼は中にある数本の綺麗な電池を見て、喜んだ。
彼が電池をポケットに突っ込んだ、その時。ある音を耳にした。
とても軽く、服が擦れるような音だった。
「誰だ?」彼は即座に振り返り、ピッケルを握りしめた。
彼は音が聞こえた方向を睨んだ。子供向けのエリアだ。めちゃくちゃになった本やおもちゃがそこに転がっている。
「おい!出てこい!」彼は叫んだ。
やはり返事はない。
彼はゆっくりとそちらへ歩いていった。もし誰かが待ち伏せしていたら、どうやって戦うか、頭の中で計算した。
彼はピッケルで数冊の本をどかした。そして、固まった。
地面に子供が転がっていた。
女の子だ。とても小さく見え、丸くなっていた。
「おい?おい!」彼はしゃがみこみ、彼女を揺すった。「起きろ!」
女の子は反応しない。彼は手袋を外し、指を彼女の鼻の下に持っていった。
「息がある……死んでねえ」
彼はほっとしたが、すぐに頭が痛くなった。
「なんだってんだよ……なんでこんな所に子供が?」
彼は女の子が木の箱を必死に抱きしめているのに気づいた。
「これって……オルゴールか?」彼はよく見た。箱は古くてボロボロで、間違いなく壊れている。
彼は立ち上がり、女の子を見て、それから本屋の入口を見た。
「やべえな。こりゃマジでやべえ」彼は自分の髪をかきむしった。
連れて行くか?自分の所に?備蓄している食料は、一人増えたら、とてもじゃないが長くはもたない。
でも、もし放っておいて、このままここに置いていったら……彼女は間違いなく凍え死ぬだろう。
「クソッ」桐山颯は低い声で悪態をつき、どうすればいいか分からなかった。







