Synopsis
【完結】近未来、義腕の姉妹が織りなす復讐と戦いの記録。
Chapter1
鋼鉄の肉体と硝煙の匂いが日常に溶け込む近未来。技術は失われた四肢を、かつて血肉が通っていた頃よりも強靭な義体へと置き換えることを可能にしたが、その恩恵は必ずしも幸福だけをもたらすわけではなかった。
二十年前のあの日、天宮美琴と天宮美鈴の姉妹は、まだ世界の残酷さなど知るはずもない幼い子供だった。家族四人で出かけた休日の午後、けたたましい爆発音と人々の悲鳴が、穏やかな日常を唐突に引き裂いた。それは、後の無差別テロの始まりだった。
美琴と美鈴の記憶にあるのは、一瞬で炎と黒煙に包まれた視界、衝撃で吹き飛ばされる身体、そして血の海に横たわる両親の姿。父親は美琴を庇うように覆いかぶさり、母親は美鈴を抱きしめていた。その温もりが消えゆく感覚を最後に、二人の意識は闇に落ちた。
次に目覚めた時、二人がいたのは無機質な白い病室だった。そして、本来あるべきはずの場所には、冷たい包帯の塊だけが存在していた。肘から先の、二人の世界を掴むための両腕は、瓦礫と炎の中に永遠に失われていた。
「どうして……?」
まだ十歳にも満たない美鈴が、涙声で呟く。隣のベッドに横たわる姉の美琴は、ただ黙って天井を見つめていた。唇を固く結び、決して涙を見せようとはしなかったが、その小さな肩はかすかに震えていた。見知らぬ大人たちが同情的な目で何かを話しかけてくるが、その言葉は二人の耳には届かない。失われた腕の切断面から絶えず送られてくる幻肢痛と、心に焼き付いた両親の最後の姿が、彼女たちのすべてだった。あの瞬間から、天宮姉妹の世界は色を失ったのだ。
それから二十年の歳月が流れた。
現在、天宮美琴は二十八歳、美鈴は二十五歳。二人は共和国保安局、対特殊テロ女性義体部隊「ヴァルキリー」の精鋭として、その名を轟かせていた。失われた両腕は、最新鋭の鋼鉄の義腕となり、かつて彼女たちからすべてを奪ったテロリストを滅ぼすための力となっていた。
姉の美琴は、長く艶やかな黒髪を一本に束ね、その落ち着いた佇まいとは裏腹に、部隊随一の精密狙撃手として知られていた。彼女の銀色に輝く義腕は、平時はしなやかな女性の腕そのものだが、ひとたび戦闘態勢に入ると、その様相を一変させる。
「対象を補足。これより排除行動に移ります」
瓦礫の山に身を隠した美琴が、冷静な声で通信を入れる。両腕を胸の前で重ね合わせると、カチリ、カチリと精巧な機械音が響き、腕は瞬く間に変形していく。指先は銃口となり、前腕部は銃床とスコープを形成し、数秒後には美しい流線形を描く一丁のスナイパーライフルが完成していた。スコープを覗き込む彼女の瞳は、普段の優しげな光を消し、標的だけを映す冷徹なレンズと化す。
「風速3.2、湿度45%。距離1200……目標、テロリストリーダーの右肩。送ります」
引き金に相当する指先に意識を集中させると、ほとんど無音に近い高周波の弾丸が射出される。一キロ以上離れたビルの屋上で人質に銃を突きつけていたテロリストの腕が、正確に撃ち抜かれ、武器が宙を舞った。決して命は奪わない。生死を問わない鎮圧命令が出ている場合でも、美琴は常に相手の戦闘能力を奪うことを最優先とする。その徹底した信念は、人としてのかけがえのない優しさであり、同時に任務遂行における最大の弱点でもあった。
一方、妹の美鈴は、姉とは対照的だった。肩まで伸びた黒髪を無造作に揺らし、勝ち気な光を宿した瞳で常に世界を睨みつけている。彼女の戦場は、姉のような遠距離ではなく、敵の懐の奥深く。女子義体ボクシング選手権の現役チャンピオンでもある彼女は、その強靭な義腕を武器にした近接格闘の若きエースだ。
「遅いんだよ、クズがッ!」
訓練施設のリングの上で、美鈴の怒声が響き渡る。対戦相手の大型サイボーグが放った重いパンチを、彼女は紙一重で潜り抜け、カウンターの一撃を叩き込む。彼女の義腕には小型のブースターが内蔵されており、インパクトの瞬間に炸裂的な加速を生み出す。ゴッと鈍い音がして、鋼鉄の巨体がくの字に折れ曲がり、リングに沈んだ。その一撃は、常人ならば即死、サイボーグであっても内部機構を粉砕するほどの威力を持つ。彼女にとって、戦いは怒りの発露そのものだった。
その対照的な姉妹だが、共通点が二つあった。一つは、義体化が進んだこの時代において極めて珍しい、日本人形のように美しい天然の黒髪。そしてもう一つは、誰もが見惚れるほどの美貌と、鍛え上げられたしなやかな肢体だった。特に、制服の上からでもわかる豊満な胸を持つ姉の美琴と、ボクサーらしく引き締まった肉体美を誇る妹の美鈴のコンビは、保安局内だけでなく、皮肉にも彼女たちが追うテロリストたちの間ですら「黒髪の麗天使」として有名だった。
その日、ヴァルキリーの全部隊員に緊急招集がかかった。ブリーフィングルームの巨大なホログラムスクリーンに、一人の男の顔写真が映し出される。
「諸君、今回のターゲットは、テロリスト組織『フルボディ』の幹部及びその実行部隊だ」
司令官の厳しい声が室内に響く。フルボディ――その名を聞いて、隊員たちの間に緊張が走った。彼らは「人類は脳と主要臓器以外、すべてを鋼鉄の義体に置換することで、より高次の存在へと進化する」という狂信的な思想を掲げるテロ組織だ。その思想を実現するためと称しては、無差別テロを繰り返し、多くの市民を犠牲にしてきた。
「奴らの厄介な点は、その思想を自ら体現していることにある。構成員のほとんどは、全身の九割以上を義体化した戦闘サイボーグ。並の武装では歯が立たない。心してかかれ」
スクリーンに、フルボディによる過去の犯行映像が映し出される。通常のサイボーグ兵をいとも簡単に破壊していく、異形の戦闘集団。その圧倒的な戦闘能力に、美琴も美鈴も息を呑んだ。これは、間違いなく今までで最も過酷な戦いになる。
その時だった。スクリーンに映し出されたテロリストの一人の頬に、特徴的なタトゥーが彫られているのを葵の目が捉えた。それは、燃え盛る炎の中に浮かぶ、歪んだ髑髏の紋様。
「……お姉ちゃん」
美鈴が、隣に立つ美琴の腕を掴み、囁くように言った。その声は、怒りと憎しみで震えていた。
「あいつらかも……しれない」
美琴は言葉を発さなかったが、その視線はスクリーンに釘付けになっていた。二十年前の記憶が、鮮烈に蘇る。燃えさかる炎、崩れ落ちる瓦礫、そして倒れた両親の傍らで、勝利を誇示するように高笑いしていた男の頬にあった、あの忌まわしい紋様と寸分違わなかったのだ。
美鈴の義手が、ギリ、と軋む音を立てた。今にも飛び出していきそうな妹の激情を、美琴はそっとその背中を撫でることで制した。
「美鈴。気持ちはわかる。でも、今は任務に集中して。私たちの個人的な感情で、作戦を失敗させるわけにはいかない」
「でも……!」
「わかってる。私も同じ気持ちだから」
美琴の静かだが、有無を言わさぬ力強さを込めた声に、美鈴はぐっと言葉を飲み込んだ。姉の言う通りだった。ここで冷静さを失えば、両親の仇を討つどころか、新たな犠牲者を生むだけだ。
ブリーフィングは続く。司令官が、最近のフルボディによる無差別テロの発生地点をマップ上に表示した。
「奇妙なことに、奴らの犯行現場には一定の規則性が見られる。過去のポイントを線で結ぶと、幾何学的な図形が浮かび上がる。これはもはや、我々に対する挑戦状と見ていいだろう」
ホログラムのマップ上に、赤い点が次々と追加されていく。そして、それらの点を結んだ線が示す次なる座標――それは、湾岸エリアに聳え立つ超高層南国リゾート「ヘブンズ・パーム」だった。
「犯行予測時刻は、算出された規則性から、三日後の連休最終日、午後三時。リゾートが最も多くの人々で賑わう時間帯だ」
室内に、再び緊張が走った。数万人の民間人が集まる場所での、全面的な戦闘。想像するだけで、誰もがその惨事を予感した。
「我々の任務は、テロの発生を未然に防ぎ、フルボディの実行部隊を完全に無力化することだ。天宮美琴、お前は後方支援及び狙撃ポイントの確保。天宮美鈴、お前は先行突入部隊の切り込み役だ。いいな」
「「はっ!」」
姉妹は、力強く敬礼した。憎しみも、悲しみも、今はすべてその鋼鉄の腕の奥深くに封じ込める。
ブリーフィングが終わり、隊員たちが慌ただしく出撃準備を始める中、姉妹は格納庫へと向かう。金属の床に、二対の義肢が立てる硬質な足音がリズミカルに響く。
「お姉ちゃん、今度こそ」
「ええ」
美鈴の決意に満ちた呟きに、美琴は短く応えた。
「行きましょう、美鈴。私たちの過去に、決着をつけるために」
巨大な格納庫のゲートが、轟音と共に開いていく。その先に待つ戦場を見据える二人の黒い瞳には、同じ色の炎が燃えていた。
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消毒液のツンとする臭いが鼻腔を突き刺し、意識の底から無理やり引きずり上げられるような不快感が全身を駆け巡る。 重い瞼を持ち上げようとするが、まるで鉛でも埋め込まれたかのように重く、
夜明け前の空気が肌を刺すように冷たいショッピングモール跡地は、かつての繁栄の面影を無残な瓦礫の山へと変え、錆びついた鉄骨が墓標のように立ち並ぶ死の庭となっていた。天宮美鈴が
拘束は、もはや日常だった。白い壁、白いベッド、白いシーツ。清潔すぎて狂気に至りそうなこの小綺麗な部屋で、天宮美琴は手足をベッドの四隅に固定され、仰向けに転がされている。身にまとっ
意識が浮上する。最初に感じたのは、清潔すぎる薬品の匂いと、全身を包む奇妙な浮遊感だった。ゆっくりと目を開けると、視界いっぱいに広がるのは、継ぎ目のない真っ白な天井。状況を理







