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魔王が滅びた島 ―知を喰らう渇き―

魔王が滅びた島 ―知を喰らう渇き―

更新时间: 2026-03-09 01:32:07
By: Ayane
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语种:  日本語4+
3.5
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简介

魔王が滅び、屍が溶け落ちた島──インガリス。 その大地は「渇気(かわき)」に満ち、人の欲を暴走させる禁忌の島となった。


隣国ヴァルケインの研究者、隊長のセドリックと調査官のカトリナ。彼らは国命に従い、インガリス島の遺跡に乗り込む。目的は「島、遺跡とその近くに湧く〝癒しの泉〟の調査とその価値」、「島の領有国エルダリオンやガイドのダークエルフ一行が資源を独占していないか」──すべてを記録し、持ち帰ること。 だが渇気は知識の探究すら歪め、研究の視線を「欲望」へと変えていく。 魔王が遺した「欲望の残り香」が、理知的な探求者の魂を蝕んでいく 「知を求めたはずの眼差しは、やがて欲に曇る。──渇気は理すらも呑み込む。」


章节1

ヴァルケイン王国王都にそびえる、知の聖域。

王立図書館の奥深く、一般の立ち入りを禁じられた書庫は、古びた羊皮紙と乾いたインクの匂いで満たされていた。


降り注ぐ陽光が埃をきらきらと舞い上がらせる中、一人の女性が分厚い書物を広げている。

彼女の名前はカトリナ。王立考古調査官という、ちょっと固い肩書を持つ、知的好奇心の塊みたいな女性だ。


艶やかな栗色の髪を無造作に束ね、レンズの大きな眼鏡の奥で輝くのは、翡翠色の瞳。

その瞳が今、国王陛下から直々に下された勅命の羊皮紙の上を、熱を帯びて滑っていた。


「……隣国エルダリオン保有、『インガリス島』の領有価値の再調査……」


インガリス島。

かつて魔王が勇者によって討たれたという、いわくつきの島。

現在はエルダリオンの領地となっているが、魔王の屍から溶け出したという瘴気──『渇気(かわき)』によって、人は住めぬ不毛の地とされている。


政治的な価値はほぼゼロ。

そんな島を、なぜ今さら?


だが、カトリナの思考はすぐに別の方向へ飛んだ。

これは、チャンスだ。

うだつの上がらない先輩たちを尻目に、若干二十五歳で王立調査官の地位を得た自分への、大きな試練であり、飛躍の機会。


「ふふっ……」


思わず、知的な笑みがこぼれる。

未知の土地、忘れられた歴史、解明されていない謎。

それらはすべて、彼女にとって極上のご馳走だった。


キャリアにおける一大好機。

この調査を成功させれば、自分の名は歴史に刻まれるかもしれない。

カトリナの胸は、学究的な興奮で高鳴っていた。



出航を明日に控えた夜。

カトリナが自室で最後の資料確認に追われていると、控えめなノックの音が響いた。


「どうぞ」


入ってきたのは、今回の調査隊の隊長を務めるセドリックだった。

均整の取れた長身に、王立騎士団の制服を見事に着こなしている。短く刈り揃えられた金髪と、誠実そうな青い瞳が印象的な、絵に描いたような好青年だ。


「カトリナ調査官、夜分にすまない」

「セドリック隊長。どうかなさいましたか?」


眼鏡を押し上げ、カトリナが問いかける。

部屋中に散らかった古文書や地図を見て、セドリックは苦笑した。


「相変わらず熱心だな。だが、少し気になることがあって来た」


彼は一歩近づき、真剣な眼差しでカトリナを見つめる。


「インガリス島の『渇気』についてだ。港で妙な噂を耳にした。ただの瘴気ではない、人の心を狂わせる不吉な気配だと」

「ああ、それですか」


カトリナはまるで気にしていない様子で、ひらひらと手を振った。


「非科学的な迷信ですよ、隊長。瘴気とは、地質や植生から発生する有毒なガスのこと。きちんと装備を整えれば何も問題ありません。人の心を狂わせるなんて、物語の読みすぎです」


そのあまりにもあっけらかんとした態度に、セドリックは眉をひそめる。

彼の目には、目の前の聡明な女性が、あまりにも無防備に見えた。


「しかし……」

「大丈夫。私の知識と理性が、どんな迷信にも勝ちますから」


悪戯っぽく微笑むカトリナ。

その自信に満ちた愛らしい笑顔に、セドリックはそれ以上何も言えなくなってしまった。


「……わかった。だが、決して無理はしないでくれ。君に何かあれば、俺は……」


そこまで言って、セドリックは口ごもる。

「隊長として困る」とでも言いたかったのだろう。

だが、その青い瞳の奥に揺れる光は、単なる職務上の心配だけではないように見えた。


「ご心配、感謝します。隊長」


カトリナはにっこりと微笑んで、彼の言葉を遮った。

その壁のように完璧な笑顔が、セドリックの胸をちくりと刺した。



ヴァルケインの港を離れた船は、穏やかな海をインガリス島へと進んでいく。

潮風が心地よく頬を撫でる船上で、カトリナは甲板に陣取り、再び書物の海に身を投じていた。


風で飛ばされないよう重石を置いた古地図。

解読困難な古代文字で書かれた文献。

それらを一つ一つ、真剣な眼差しで読み解いていく。


時折、潮風に栗色の髪がさらわれ、眼鏡の奥の真摯な横顔が露わになる。

その知的な姿を、セドリックは少し離れた場所から、知らず知らずのうちに見つめていた。


(本当に、本の虫だな)


その探求心と知性には、純粋な信頼と尊敬を覚える。

彼女がいれば、どんな難調査も成功するだろう。

そんな確信があった。


だが、同時に。


(……危うい)


ひとつのことに没頭するあまり、周りが見えなくなる。

その純粋すぎる好奇心が、いつか彼女自身を危険に晒すのではないか。

昨夜の会話が、セドリックの胸に蘇る。


非科学的な迷信だと、彼女は笑った。

だが、世界には理屈では説明できないこともある。

それを隊長として、一人の男として、彼は知っていた。


彼女を守らなければ。

その思いが、任務への責任感とは少し違う、熱を帯びた感情から生まれていることに、セドリックは気づき始めていた。

この聡明で、少し頑固で、そしてたまらなく魅力的な調査官に、惹かれている自分を。


船が大きく揺れ、カトリナが「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた。

崩れそうになる資料を、セドリックが素早く駆け寄って支える。


「大丈夫か?」

「あ……ありがとうございます、隊長」


顔を上げたカトリナの頬が、ほんのり赤く染まっている。

その少女のような表情に、セドリックの心臓が不意に大きく跳ねた。



ついに目的の島が姿を現した。

インガリス島。

遠目に見るそれは、ただ緑豊かなだけの、何の変哲もない島に見える。


だが、船が島の船着き場に近づくにつれて、空気が奇妙に重くなっていくのを感じた。

風が止み、鳥の声も聞こえない。

まるで世界から音が消えてしまったかのような、不気味な静寂。


船が桟橋に着けられ、タラップが下ろされる。

セドリックを先頭に、調査隊が島へと足を踏み入れた。


彼らを待っていたのは、数人の人影だった。

島の案内人を務めるという、ダークエルフの一行だった。


その中心に立つ人物が進み出る。

褐色の肌に、銀色の髪。そして、長く尖った耳。


しなやかな黒衣を纏い、背には美しい装飾の施された長弓。

長い睫毛が魅力的な、凛と美しい女性だ。


「お待ちしておりました、ヴァルケインの調査隊の皆様。私がこの島の案内人、リシェルと申します」


静かで、どこか物憂げな声。

その赤い瞳が、真っ直ぐにカトリナを捉えた。


カトリナは臆することなく、その視線を受け止める。

自己紹介をし、今回の調査の目的を簡潔に説明した。

好奇心と自信に満ちた、理路整然とした口調で。


リシェルは黙って聞いていたが、やがてふっと息を漏らした。

その瞳は、カトリナの翡翠色の瞳の、さらに奥深くを見透かしているようだった。


「……あなたの瞳の奥に、強すぎる好奇心が見える」


リシェルの静かな声が、不気味なほど澄み切った空気に響く。


「この島は、知を求める者を喰らう」


それは、紛れもない警告だった。


「戻るなら、今だよ?」

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