Краткое содержание
(拙作、「看板のない探偵事務所」の続編ですが、前作は読まなくていいです)
閑古鳥が鳴く探偵事務所に住んでいる、愛理と久哉の姉弟は、ある少女からの依頼でとある動物を探すことになる それはなんとも悍ましい造形をした不思議な生き物だった。
Глава1
額に張り付いた後れ毛を、湿った手の甲で払い退ける。上司探偵事務所。立派な欅の木に彫り込まれたその文字は、もはやこの家のなかで最も瑞々しい生命力を持っているようにさえ見えた。
「よし。これで完璧」
愛理は手に持った箒を立てかけ、満足げに鼻を鳴らす。早朝の風はまだ湿り気を帯びて重く、アスファルトからはすでに立ちのぼる陽炎の予感が漂っていた。高校3年生の夏休み。同級生たちが受験勉強や部活動に心血を注ぐなか、彼女の日課はこの看板を磨き、玄関先を清めることから始まる。
引き戸を開けると、冷房の効いていない事務所の空気がむっと肺を突いた。古い紙と、わずかな埃の匂い。かつてはひっきりなしに人が訪れ、父が紫煙を燻らせながら難事件を紐解いていた場所。
部屋の隅にある神棚を見上げ、愛理は姿勢を正す。二度、柏手を打つ。その乾いた音が、静まり返った部屋に吸い込まれていった。
続いて奥の仏間へ。畳の擦れる音。線香に火を灯すと、細い白煙が静かに揺れた。遺影のなかで微笑む父・修司と、どこかおっとりとした母。
「お父さん、お母さん。おはよう」
合掌した指先に、じんわりと熱が宿る。
「看板、昨日また磨いたよ。まだ大きな事件は来てないけど……でも、いつか。この町で『上司探偵事務所』を知らない人はいないって言われるくらい、立派な探偵になってみせるから。約束だよ」
そこで一息つき、愛理は少しだけ眉の根を寄せた。
「……あと、ついでにお願い。久哉が全然宿題やってないの。雷を落としてやって。できれば、頭の真上から直撃で。あの怠け癖、どうにかして」
「姉ちゃん、朝っぱらから物騒な祈り方すんなよ」
背後から、低く掠れた声がした。
振り返ると、そこには寝癖を盛大に爆発させた弟の久哉が立っていた。Tシャツの襟元は伸び、欠伸をしながら目を擦っている。
「言われたくないなら、もっと早く起きなさいよ。事務所の掃除も手伝わないで、夏休みだからってダラダラして……。受験生じゃないにしても、少しは危機感を持ちなさい」
「毎日掃除したって、埃の量なんて変わんねえよ。どうせ客なんて来やしないんだからさ」
「失礼な! こないだだって、あの絵画盗難事件を解決したじゃない」
愛理が胸を張ると、久哉はあからさまに肩を落とし、溜め息をついた。
「あれ、津留崎のおっさんが暇つぶしに持って来たものじゃねえか。ちゃんとした依頼者は一人も来たことないだろ。」
「津留崎さんだって立派な依頼人よ! れっきとした『失せ物探し』だったんだから!」
津留崎俊夫。父の親友であり、現在は警察官として二人の後見人を務めてくれている。彼が時折持ち込んでくる「事件」は、愛理にとって数少ない実戦の場だった。
「はいはい。とにかく、飯。姉ちゃん、腹減った」
「自分で作りなさいよ!」
キッチンへと消えていく弟の背中に向かって、愛理は拳を振り上げる。だが、その怒りはすぐに力なく霧散した。
空になった仏間。線香の香りが、少しずつ薄れていく。
確かに、久哉の言うことも一理ある。父が亡くなってからというもの、この事務所は機能停止に近かった。愛理が「所長代行」を名乗ったところで、世間から見ればただの女子高生の火遊びに過ぎないのかもしれない。
――ガラガラ。
その時、静寂を破って玄関の引き戸が鳴った。
重い木製の戸が擦れる、独特の音。
愛理の心臓が、跳ねる。
「……ごめんください。誰か、いらっしゃいますか?」
女性の声。それも、若く、涼やかな声だった。
愛理は瞬時に姿勢を正した。近くの鏡で髪の乱れを確認し、襟元を整える。頬を叩いて表情を「探偵」のそれへと作り変える。足音を殺し、それでいて威厳を保った歩みで事務所へと戻る。
「いらっしゃいませ。上司探偵事務所へ――」
にこやかな笑顔を浮かべて挨拶を口にした瞬間、愛理の頬がぴくりと引きつった。
そこに立っていたのは、まばゆいばかりの陽光を背負った少女だった。
腰まで届く艶やかな黒髪。陶器のような肌に、澄んだ瞳。清楚な白いブラウスに水色のスカート。非の打ち所がない美少女――片桐美波だ。
「あ……お久しぶりです、お姉さん」
美波は花が綻ぶような笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。
愛理は引きつりそうになる口角を必死に抑え、なんとか声を絞り出す。
「……久しぶりね、美波ちゃん」
片桐美波。久哉の同級生であり、この春から弟と交際している、文字通りの「彼女」である。なぜこんな、街中の視線を独り占めにするような子が、うちの弟なんぞと……。愛理の脳裏に、数千回目の疑問が浮かぶ。
「ええと、久哉ね? 今、奥でご飯の準備してるから、呼んでくるわ」
「あ、いえ。今日はそれだけじゃなくて。依頼に来たんです」
依頼。
その単語が、愛理の脳内で警報のように鳴り響いた。
嫉妬心も劣等感も、一瞬で吹き飛ぶ。
「えっ? 依頼? 本当に?」
「はい。実は……この子が」
美波が少し身を引くと、その背後に隠れていた小さな人影が露わになった。
年齢は6歳くらいだろうか。大きな麦わら帽子を被り、美波のスカートの裾をぎゅっと握りしめている。
「ほら、ゆめちゃん。ご挨拶して?」
促された女の子は、愛理の顔をじっと見上げ、それから小さく頭を下げた。
「……おはようございます」
「あ、おはよう! 可愛い……。お名前、ゆめちゃんって言うの?」
愛理は咄嗟に膝をつき、子供の目線に合わせる。ゆめちゃんと呼ばれた少女は、顔を赤くして美波の背後へ半分ほど逃げたが、それでもこくりと頷いた。
「すみません、この子、すごく恥ずかしがり屋で」
「いいのよ、大丈夫。ゆっくりでいいからね」
愛理が微笑みかけていると、奥から「おい、誰か来たのか?」と、トーストを齧りながら久哉が顔を出した。
「……あ、美波。どうしたんだよ。今日は塾だって言ってただろ」
久哉の姿を見た瞬間、美波の瞳がぱっと輝いた。
「ひ、久哉くん! おはよう。……あの、ちょっとね。用事ができちゃって」
頬を染め、小さく手を振る美波。それに応えて「おう」と短く返す久哉。目の前で繰り広げられる甘酸っぱい光景に、愛理の胃がわずかに疼く。
「あのね、久哉。美波ちゃんは、今日は『依頼人』としてここに来たのよ」
「依頼人? 美波が?」
「私じゃなくて、ゆめちゃんがね」
美波がゆめの肩を優しく抱き寄せる。
「ああ、ゆめちゃんか。おはよう」
久哉は屈んで、ゆめの目を見る。その自然な動作に、ゆめも緊張を解いたのか、「おはよう」と蚊の鳴くような声で返した。
「……あんた、この子と知り合いなの?」
愛理が訝しげに問うと、久哉は当然のように頷いた。
「美波の家の隣の家に住んでんだよ。美波の家に行くと、たまに遊びに来てる」
「私の両親とゆめちゃんのご両親が高校からの同級生で、昔から家族ぐるみのお付き合いなんです。だから、私もゆめちゃんも姉妹みたいなもので」
愛理は「ふーん」とだけ答え、少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。自分も姉だが、久哉との間にそんな爽やかな空気は存在しない。
だが、今はそれどころではない。
愛理は咳払いをし、ソファを指し示した。
「とにかく。依頼内容を聞こうじゃない。どうぞ、座って」
四人がソファに対面で座る。愛理は机の上にメモ帳とペンを用意し、背筋を伸ばした。窓の外では、いつの間にかセミの声が激しさを増し、熱気を扇いでいる。
「それで、ゆめちゃん。……何か、困ってることがあるの?」
愛理が努めて穏やかに問いかけると、ゆめは美波の袖をさらに強く握り、小さな声で呟いた。
「……あのね。かめちゃんを、探してほしいの」
「かめちゃん?」
亀、だろうか。愛理がメモに『亀』と書き込もうとした時、美波が横から口を開いた。その表情には、戸惑いと、どこか薄ら寒いような気配が混じっている。
「それが、普通の亀じゃないんです。ゆめちゃん、一週間ほど前から『奇妙な動物』を目撃しているらしくて……」
「奇妙な動物?」
久哉が眉をひそめる。美波は真剣な表情で頷いた。
「うん。ゆめちゃんはその子を『かめちゃん』って呼んでるんだけど、実際に亀じゃなくて……こう、鹿みたいで、犬みたいで、猫みたいで、鳥みたいな動物で……背中から小さな鳥が飛び立っていって、戻ってきた鳥をパクッと食べちゃうんだそうです」
「…………」
愛理は黙り込んだ。
(……何を言ってるんだ、こいつは??)
あまりにも突拍子もない内容に、愛理は思わず美波の顔をじーっと睨みつけてしまった。
Последние главы
あの長い夜から、三日が経った。
事務所の床を滑る竹箒の先が、乾いた音を立てて埃を掻き集めていく。
愛理は何度も同じ場所を往復させていた。無意識のうちに力が入る指先は、箒の柄を
時計の針は午後九時を回った。
白鷺公園の遊歩道を、一本の細い光が照らしている。街灯の乏しい敷地内を、愛理は一人で歩いていた。歩幅は普段よりも小さく、周囲の暗がりに怯え
鏡の向こうから突きつけられた言葉は、濡れた肌にまとわりつく夜の湿気よりも重く、冷たかった。
「私が囮になる」
洗面台の縁を掴む久哉の指先に、じわりと血の気
時計の針は午後九時を回ろうとしていた。
生暖かい闇が支配する烏森公園の敷地内を、三つの影が音もなく進んでいく。先頭を歩く愛理は、時折足を止めては茂みの奥へと視線を凝ら







