개요
帝国レジスタンスのイリヤナは、恋人カレルの裏切りを察知し、彼を振り切って単身、異世界≪ネオン・カグラ≫へ逃亡する。身分も金もなく路頭に迷う彼女は、裏組織「影路(シャドウライン)」の幹部の男性、アキに拾われる。アキは、IDを持たないイリヤナを不審に思いつつも、彼女の特異な存在感に惹かれ、自身のマンションに匿うことを決める。愛する者に裏切られ人間不信となった異世界の女性が、嘘が蔓延る現代日本風の裏社会、嘘と真実の境界線上で、“真実”を見つけ出すために裏組織と対決するサバイバル・ロマンス。
장1
轟音が鼓膜を突き破った。
閃光が瞼の裏を焼き付けた。
平衡感覚がねじ切れ、浮遊感と落下感が同時に襲いかかる。
嵐に弄ばれる木の葉のように、イリヤナの身体は意思とは無関係に空間を転がった。
直前までの記憶が、途切れ途切れの映像となって脳裏を過る。
薄暗い石造りの隠れ家。
燃え盛る暖炉の炎。
そして、目の前に立つ、愛したはずの男──カレル。
『……帝国に仲間の情報を渡したですって?!』
『ああ……だが、これも君のためなんだ!』
彼の唇から紡がれる言葉が、どす黒い「赤色」の霧となってイリヤナの視界を染め上げていく。
命を脅かす、悪意に満ちた嘘の色。
裏切り。
その二文字が、心臓に氷の杭を打ち込む。
「……っ!」
考えるより先に、身体が動いていた。
渾身の力でカレルの胸を突き飛ばす。
驚愕に見開かれた彼の瞳を最後に、
イリヤナは起動させた転移の古代遺物(アーティファクト)の光に呑まれたのだ。
・
・
・
そして今、彼女はアスファルトの冷たい感触に背中を打ち付けられていた。
ごう……、と耳鳴りがする。
残響のように響くのは、カレルを突き飛ばした鈍い衝撃音か、それともこの見知らぬ世界の騒音か。
ゆっくりと瞼を押し上げる。
そこに広がっていたのは、故郷のどんな景色とも似ていない、暴力的なまでの光の洪水だった。
---
「……ここは」
掠れた声は、自分のものではないように聞こえた。
イリヤナはゆっくりと身を起こす。
背中を預けていたのは、ゴミの異臭が漂うレンガの壁。
目の前には、今まで見たこともない光景が広がっていた。
天を突くようにそびえ立つ、ガラスと鉄の建造物群。
その壁面を、極彩色の光の文字が滝のように流れ落ちては消えていく。
赤、青、緑、桃色──目が眩むほどのネオンの洪水が、夜の闇を昼間よりも明るく照らし出していた。
地鳴りのような走行音。けたたましい音楽。人々の喧騒。
あらゆる音が混ざり合い、ひとつの巨大なノイズとなって鼓膜を揺らす。
道行く人々の服装も、髪の色も、奇妙で、多様で、理解を超えていた。
彼らが話す言葉は、ところどころ聞き取れるものの、その口元からは絶えず様々な色の霧が立ち上っては消えていく。
『今日の会議、マジでダルかったわー』
男の口から、「自己保身の黄色」が薄く立ち上る。本当は、自分が原因で会議が長引いたことを隠している。
『あなたのその服、すっごく素敵!どこで買ったの?』
女の口から、「見栄を張るための黄色」が濃く広がる。本当は、相手の服を羨んでいるだけ。
嘘。嘘。嘘。
世界が、嘘の色で汚れていく。
イリヤナにとって、この能力は呪いだ。
人の言葉の裏に隠された意図が、不快な色として視界を侵食する。
それは精神をすり減らす、終わりのない拷問だった。
「う……っ」
情報の奔流に脳が耐えきれず、激しいめまいが襲う。
数日ろくに食べていない胃が、悲鳴をあげて収縮した。
疲労と空腹、そして精神的な消耗。
限界だった。
ぐらり、と視界が傾ぐ。
アスファルトの冷たさが、再び彼女の意識を奪っていった。
色とりどりの嘘の霧が、遠ざかる意識の中で歪んで見えた。
---
意識が途切れて、どれくらい経っただろうか。
頬を撫でる夜風の冷たさで、イリヤナは覚醒した。
深夜。
あれほど溢れていた人波は嘘のように消え、騒音も少しだけ鳴りを潜めている。
それでも、ネオンの光だけは煌々と輝き続けていた。
その光に照らされた路地裏に、三つの人影が落ちる。
「よぉ、嬢ちゃん。こんなとこで寝てると風邪ひくぜ?」
下卑た笑い声。
イリヤナの目の前に、品性の欠片も感じられない男たちが立っていた。
その口元からは、獲物を見つけた捕食者のような、粘ついた「黄色の嘘」が漏れ出している。
『助けてやろう』という言葉とは裏腹の、明確な下心。
「金目のもんは全部置いてきな。そしたら、まぁ、優しくしてやってもいい」
一人が手を伸ばしてくる。
その汚れた指先が、イリヤナの頬に触れようとした、その瞬間。
世界が、スローモーションになった。
レジスタンスとして培ってきた戦闘技術が、思考よりも早く全身を駆け巡る。
伸ばされた腕を掴み、捻り上げる。
テコの原理で相手の体勢を崩し、肘関節に的確に体重を乗せた。
「ぐぁっ!?」
骨の軋む嫌な音。
男の悲鳴が路地裏に響く。
仲間が慌てて殴りかかってくるが、イリヤナは最初の一人を盾にしながらその蹴りをいなし、鳩尾に寸分の狂いもない掌底を叩き込んだ。
「ごふっ……!」
三人目が恐怖に顔を引きつらせて逃げ出そうとする。
その背中に向かって、足元に転がっていた空き缶を蹴りつけた。
後頭部にクリーンヒットした缶が乾いた音を立て、男は無様に顔から地面に突っ伏した。
ほんの十秒にも満たない攻防。
静寂を取り戻した路地裏で、イリヤナは荒い息をついた。
痛みと疲労で全身が悲鳴をあげている。
だが、それ以上に──背中に突き刺さる、冷たい視線を感じていた。
ゆっくりと振り返る。
路地裏の暗がり。
ネオンの光が届かない、影が最も濃い場所に、
一人の男が立っていた。
いつからそこにいたのか。気配を全く感じさせなかった。
壁に背を預け、煙草を燻らせている。
その紫煙の向こうから、値踏みするような、それでいてどこか気だるげな瞳が、真っ直ぐにイリヤナを射抜いていた。
---
「へぇ。見かけによらず、物騒なお嬢さんだ」
男はゆっくりと影から姿を現した。
月明かりとネオンの反射光が、その顔立ちを浮かび上がらせる。
少し癖のある黒髪。通った鼻筋。眠たげな切れ長の瞳。
歳の頃は、二十代の後半だろうか。上質な黒いコートが、そのしなやかな長身にやけに似合っていた。
イリヤナは警戒を解かない。
いつでも動けるよう、全身の筋肉を強張らせる。
この男からは、路地のチンピラたちとは比較にならない、底知れない圧力を感じた。
男はふぅ、と紫煙を吐き出す。
「そいつら、この辺を縄張りにしてるチンピラだ。後で面倒なことになるぞ」
その言葉は、穏やかで、抑揚に欠けていた。
イリヤナの視線は、自然と男の口元に吸い寄せられる。
(……色がない?)
驚きに、心臓が跳ねた。
男の言葉には、何の色もついていなかった。
赤でも、黄色でも、ましてや思いやりの緑でもない。
ただ、透明。
まるで、湧き水のように澄みきった、無色の言葉。
人の言葉を「視る」ようになってから、こんなことは初めてだった。
人は誰でも、多かれ少なかれ、言葉に何らかの意図を乗せる生き物だ。
それが自己保身であれ、見栄であれ、あるいは善意であれ。
全く色のない言葉など、あり得ないはずだった。
この男は、一体何者?
理解不能な現象に、イリヤナの警戒心は頂点に達する。
未知の脅威。
チンピラたちよりも、遥かに危険な存在かもしれない。
男は、そんなイリヤナの内心を見透かしたかのように、少しだけ口の端を上げた。
「そんなに睨むなよ。取って食おうってわけじゃねぇ」
そして、吸っていた煙草を足元に捨て、火を揉み消しながら言った。
「面倒なことになりそうだから、ウチに来な」
その言葉もまた、何の色も帯びていなかった。
ただ、事実だけを告げるような、不思議な響きを持っていた。
イリヤナは、目の前の男と、その足元で伸びている三人のチンピラを交互に見た。
選択肢は、ない。
このままここにいても、事態が悪化するのは目に見えている。
こくり、と小さく頷く。
それが、イリヤナにできた、唯一の返事だった。
男は「アキだ」と短く名乗ると、踵を返して歩き出した。
イリヤナは、その色のない背中を、おそるおそる追いかけた。
ネオンの光が、二人の影をアスファルトの上に長く、長く伸ばしていた。
최신 회
影路(シャドウライン)壊滅作戦の成功は、ネオン・カグラの裏社会を根底から揺るがした。
そして、その作戦をたった一人で完遂させた潜入捜査官、御影アキこと三上晶は
「アキ……ッ!」
イリヤナの悲鳴が、錆びた鉄骨に反響する。
目の前で、彼が崩れ落ちた。
彼女を庇って、その肩から鮮
どれくらい逃げ続いただろうか。
都市の死角を巡る逃避行は、確実に二人の体力を奪っていった。空腹と疲労、そして絶え間ない緊張。
「裏切り者だ」
その一言は、ウイルスのように瞬く間に組織の末端まで侵食した。
『御影アキ』
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