Sinopse
その完璧な礼儀作法に、騙されてはいけない。純白のシャツと黒のベストの下には、主を殺すために研ぎ澄まされた、野獣の爪が隠されている。
月光の如き銀髪を持つ、白狼の獣人執事。彼は、仕えるために遣わされた、最も美しい「凶器」。
その金色の瞳が、忠誠ではなく、冷たい殺意に染まる時、物語は始まる。
Capítulo1
公爵令嬢、イリアナ・フォン・リヒトハイムとしての生が、唐突に、しかしあまりにも鮮烈に、私の意識を乗っ取ったのは、十六歳の誕生日を迎えた朝のことだった。
シルクの天蓋カーテン、薔薇の刺繍が施されたシーツ、窓から差し込む柔らかな朝日。すべてが過剰に甘美で、まるで砂糖菓子の中に閉じ込められたかのような息苦しさを感じた。そして、その息苦しさの根源が、部屋の隅に控える、あの男の存在だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
白狼の獣人、シリウス。
今日、父から私の「成人の祝い」として与えられる、私の専属執事。
その姿は、完璧という言葉以外、表現が見つからない。一丝の乱れもなく磨き上げられた軍靴、純白のシャツと寸分の狂いもなく体にフィットした黒のベスト。すらりとした長身は、しかし決して華奢ではなく、衣服の下には猛獣のしなやかな筋肉が収められていることを嫌でも感じさせた。月光を溶かし込んだような銀の髪は、一部が編み込まれ、うなじのあたりで緩くまとめられている。そして、何よりも目を引くのは、その怜悧な顔立ちに、冷たい知性の光を宿す片眼鏡(モノクル)。
彼は、芸術品のように美しい。そして、芸術品のように、冷たい。
「おはようございます、お嬢様。本日はお目覚めがよろしいようで、何よりでございます」
完璧な角度のお辞儀。完璧な発声。だが、私の全身の肌が、粟立つのを感じる。脳裏に、前世でプレイした乙女ゲーム『王立恋歌〜薔薇の玉座に愛を誓って〜』の、隠された設定が、雷鳴のように轟いていたからだ。
この男、シリウスは、物語の終盤、味方であるはずの悪役令嬢イリアナとその一家を、何の躊躇いもなく、冷徹に、そして静かに、皆殺しにする。
その理由は、復讐でも、陰謀でもない。
ただ、あまりに傲慢で、愚かで、価値のない主人に、心底「うんざり」したから。
そして、その「うんざり」が臨界点に達し、彼が「排除」という名の判決を下すのが、何を隠そう、今日、この日なのだ。
これから、私は、新しいドレスのデザインが気に入らないという、くだらない理由で癇癪を起こす。そして、シリウスに、彼の誇りを根底から踏み躙るような、屈辱的な命令を下すのだ。「まるで犬ね」と嘲笑いながら。
(冗談じゃない……!)
心臓が氷の手に掴まれたように冷たくなる。目の前の男から放たれる、完璧な執事の所作では到底隠しきれない、濃密な殺意のオーラ。それは、獲物を前にした捕食者の、静かで絶対的な圧力だった。逃げられない。この部屋は、すでに彼の狩場なのだ。
侍女たちが、ドレスやアクセサリーを並べ、私の機嫌を窺っている。ああ、これだ。原作通りなら、私はここで甲高い悲鳴を上げるはずだ。
「……もう、よいですわ。皆、下がりなさい」
しかし、私の口から出たのは、自分でも驚くほど、静かで、落ち着いた声だった。侍女たちが、きょとんとした顔で互いを見合わせる。
「ですが、お嬢様、本日のお披露目のドレスを……」
「わたくし一人で考えたいことがあるの。シリウスだけ残して、全員、部屋から出て行ってちょうだい」
有無を言わせぬ強い口調に、侍女たちは慌てて一礼し、部屋を退出していった。ばたん、と重い扉が閉まり、この甘美な牢獄には、私と、私の処刑人だけが残された。
沈黙が、痛い。彼の金色の瞳が、モノクルの奥から、私という獲物をどう料理してやろうかと、冷たく観察しているのが分かる。
ここで、命乞いをしても無駄だ。恐怖に震えれば、なおさら軽蔑されるだけ。私が生き残る方法は、ただ一つ。
彼に、「こいつは、まだ殺すには惜しい」と思わせること。彼が下したはずの「判決」を、私自身の手で、覆すこと。
私は、恐怖で震えそうになる膝に力を込め、ゆっくりとソファに腰を下ろした。そして、目の前の彼を見上げ、尋ねた。
「シリウス」
「は。何なりとお申し付けください、お嬢様」
「北方の『鉄鉱山』を巡る、我がリヒトハイム家の封臣である獣人部族と、クリー男爵との紛争。報告書は読んだわ。父の裁定は、あまりに弱腰で、男爵に有利すぎる。あなたは、誇り高き『月狼族』の出身だと聞いているわ。一族の誉れを重んじる戦士の視点から見て、この裁定をどう思う?」
彼の肩が、ごく僅かに、ぴくりと動いたのを、私は見逃さなかった。
完璧なポーカーフェイス。しかし、モノクルの奥の瞳が、初めて「意外」という色を宿した。私が予想だにしなかったであろう、政治と、それも獣人の尊厳に関わる質問を投げかけたからだ。
先ほどまで私の首筋に突きつけられていた、無慈悲な刃のような殺気が、すうっと霧散していく。代わりに、鋭い知性が、私という存在を再分析し始めたのを感じた。
長い、長い沈黙。それは、彼が私の価値を再査定している時間だった。
やがて、彼は、先ほどよりも深く、そしてゆっくりと、腰を折った。
「……僭越ながら、お答えいたします。お嬢様は、なぜ、そのような事柄に、ご興味を?」
その声は、相変わらず感情の読めない、完璧な執事のものだった。
しかし、私は知っている。今この瞬間、私は、死の淵から、かろうじて一歩だけ、後退することに成功したのだ。
Últimos capítulos
あの日、シリウスが私に忠誠を誓ってから、半年が過ぎた。
彼が主君と定めたのは、月狼族の長老たちではなく、私、イリアナ・フォン・リヒトハイムただ一人。私たちは、
私の最後通牒に、シリウスは、完全に沈黙した。
彼の金色の瞳は、激しい葛藤と苦悩の色に染まり、まるで出口のない嵐の中で、もがいているかのようだった。
あの日、月下の夜から、私とシリウスの関係は、決定的に変質した。
彼は、相変わらず私の完璧な執事だったが、二人きりになると、まるで大きな犬が主人に甘えるように、
舞踏会の一件以来、シリ우스は、私の「執事」でありながら、私の唯一の「騎士」となり、そして、秘密を共有する「共犯者」となった。
彼の私に対する態度は、より複雑な







