개요
志だけは立派な女騎士がモンスター相手に戦い、毎回敗北して恥ずかしい目に遭わされるお話です。
장1
――その朝の霧は、牛乳を水で溶いたように白くてやわらかかった。
ミレーユ・ベルナールは丘のふもとで足を止め、鎧の胸板を拳でこつんと叩いた。
「今日こそは!」
声がこもって、すぐそばの木の枝で眠っていたトンビが慌てて飛び立つ。
彼女は頬を赤くした。
「……大声出しすぎたかな」
けれど、すぐ背筋を伸ばす。
銀色の胸甲に彫られた百合の紋章が、朝日を受けてちらりと光った。
「市民の平和のために、騎士ミレーユ、出撃!」
誰に言うわけでもない決意の言葉を呟いて、彼女は木立の中の細い獣道を進んだ。
目指すは、最近うわさの「ぬるぬる池」。
名前の通り、池の周りがいつもぬるぬるしており、通行人が転んで衣服を汚すという。
原因は――
「スライム、一匹だけど、結構キケンらしい」
村長さんの言葉を思い出す。
「小さいようで、油断すると足をすくわれて大けが。頼むよ、若き百合の騎士殿」
若き百合――そのあだ名が恥ずかしい。
でも、頼られた以上、見事退治してみせる。
「スライムなんて、習った通りの初級魔法で一撃よ!」
彼女は右手を翳し、小さく呪文を唱えた。
「ライト・ボール」
ぱちり、と豆電球ほどの光が弾け、すぐに霧に吸い込まれる。
「……見えにくい霧だな」
足元が見えない。
一歩、また一歩。
ぬちゃ。
なにか、冷たくて粘っこいものが甲冑の脛当てに絡んだ。
「――っ!」
思わず剣に手を掛ける。
霧の幕が切れるように晴れ、目の前にそれはいた。
直径、おおむね百姓のたらいぐらい。
透明な水母のような体を持ち、内部に枯葉や小枝が渦を巻いている。
表面がゆるゆると波打ち、ぬめった音を立てた。
「ス、スライム!」
ミレーユは一歩後退る。
相手は、ただの低級魔物。
けれど、なんだか無骨な笑いを浮かべているように見えた。
「来なさい!」
彼女は剣を抜く。
柄に手の汗が染みる。
初陣のとき、師範に言われた言葉が耳をよぎる。
『剣を抜いたら、迷うな。迷った隙に、相手は牙を立てる』
「うおっ!」
踏み込みざま、横薙ぎの一閃。
銀の弧が描け――
するり、と剣が滑った。
スライムの体は、まるで水を切る絹の布。
切れ味鋭い騎士剣が、まるで棒きれのように表面をかすめるだけ。
「ちぇっ、粘り気が強い!」
すぐに体勢を立て直そうとした、その瞬間。
ぬちゃっ!
スライムがふくらみ、彼女の右腕を飲み込んだ。
「きゃっ――いや、うわぁ!?」
甲冑の隙間から、冷たい汁がしみ込んでくる。
ぬめりが肌を這い、肘の内側をくすぐる。
「や、やめろっ! 離せ!」
剣を左手に持ち替え、振り払おうとする。
が、ばねのような弾力が衝撃を吸収し、刃が食い込まない。
さらに、スライムは這い上がってきた。
胸甲の百合の紋章を溶かすように覆い、首当ての裏に回り込む。
「あうっ、冷たい! それ、変なところに――」
背中を丸めようとした拍子に、足がぬるついた石を踏んだ。
ざぶっ!
尻もちをつく。
腰当てが泥とスライム汁に沈み、ぬちゃりと音を立てる。
「うう……」
目の前で、スライムがゆっくりと盛り上がり――
まるで「どうする?」と問いかけるように、ぷるんと震えた。
「うるさい! 騎士が、泥に座るぐらいで――」
言い訳する間もなく、今度は左足首を絡め取る。
「ひゃっ!」
甲冑の継ぎ目から、冷たい汁がぞくぞくと這い上がる。
まるで巨大な舌に足を舐められているような、不気味な感触。
「や、やばい……こんなの、教科書に載ってなかった」
彼女は剣を投げ出し、両手でスライムをむにゅっと押し潰そうとした。
が、指が埋まるだけで、まるで力が通わない。
「ううう、どうしてこうなるのよ!」
粘体は着実に這い上がり、腰のベルトを溶かすように包み込む。
鎧の紐がずるずると緩み、胸当てががくりと下がる。
「ちょ、ちょっと! 服まで持ってかないで!」
顔が熱くなる。
道端で鎧を乱されるなど、騎士の沽券に関わる。
――いや、道端に人影はない。
霧も晴れ、周囲は静まり返っている。
だが、自分自身の心臓の音だけが、ばくばくと響いてやまない。
「し、しつこい!」
彼女は腰を捻り、這い上がる粘液を振り落とそうと暴れた。
すると、スライムがぷちっと音を立てて弾け――
べちゃっ、と大量の汁が腰から腿にかけて降り注ぐ。
「きゃあっ……あうう」
白い外套がべっとりと張り付き、肌の温もりで少しずつ温まってくる。
冷たかったはずなのに、今はぬるぬると蒸し暑い。
スライムは元の大きさに縮み、再びぷるぷると震えた。
まるで「勝負あり?」と言わんばかり。
「……まだよ!」
ミレーユは這い上がろうとした。
が、手が泥ですべり、肘を打つ。
「いてっ……」
涙が滲む。
――ダメだ、こんな格好で立ち上がれない。
鎧の紐は緩み、外套は重く、足は粘着する。
スライムが、今度はゆっくりと彼女の頭上に這い上がってきた。
「う、うわあああ!」
彼女は必死に這いずり退がる。
背中を地面に擦りながら、石ころを蹴散らす。
「やめてやめて、そこは顔! 顔にかからないで!」
ぬちゃり、と頬に冷たい膜が張られた。
「んぐっ!」
鼻をつままれ、息が詰まる。
――まずい、窒息する!
両手で顔を覆い、粘体を剥がそうとする。
指が滑り、爪が空振りする。
その瞬間、ぷちっ、と小さな破裂音。
スライムが弾け、今度は細かい飛沫となって降ってきた。
「はぁっ、はぁっ……」
彼女は仰向けに倒れ、空を見上げた。
青い空。
雲がのんびりと流れている。
――まるで、自分だけがひどい目に遭っているみたい。
ぱたぱた、と小さな音。
スライムの残り滓が、鎧の表面を這いずり落ちていく。
「……ったく」
ミレーユはゆっくりと半身を起こした。
髪から垂れた汁が、肩にぽたりと落ちる。
「初級魔物にやられるなんて、師匠に知られたら笑い殺される」
ぬるぬるした手の平で額を拭う。
指が汚れ、肌がべたつく。
「でも……生きてる」
ふと、口元が緩んだ。
「生きてるし、怪我もしてない。や、やった?」
自分でも信じられないほど、明るい声が出る。
立ち上がろうとして、腰が重い。
外套の裾にスライムの汁がたっぷり含まれ、まるで鉛の板。
「うう、重い……」
鎧の紐を締め直し、剣を拾い上げる。
鞘に収めようとして、手が滑って二度も落とす。
「ちょっと、いい加減にしてよ!」
誰に向かって叫んでいるのか、自分でもわからない。
ぎしぎしと音を立てながら、丘を下る。
足取りは重いが、心は妙に軽い。
――負けた。
――でも、退けた。
スライムは池のほうへ逃げ戻ったようだ。
通行人が転ばないよう、看板でも立てておけばいい。
「……看板代、村長に請求しよう」
くすくす、と喉が震える。
道端の小川で顔を洗う。
水がぬるつき、石にこびりつく。
「ああ、もう……」
鏡のように澄んだ水面に、自分の顔が映る。
頬に泥、額に葉っぱ、髪はねずみの巣。
「これじゃあ、百合の騎士どころか、抜け穴のネズミ」
自嘲しながら、水をすくう。
冷たさが、ぴりりと頬を刺す。
――でも、悪くない。
風が吹いて、外套の裾をはためかせた。
「次こそ、きちんと魔法を当ててやる」
拳を握り、空に向かって宣言する。
「覚えてろ、スライム! 騎士ミレーユ・ベルナール、必ずや勝利してみせる!」
返事はない。
ただ、風が葉を揺らして、くすくすと笑っているようだった。
「……なんだか、私まで笑えてきた」
彼女は肩をすくめ、ぬるついた靴底で石を蹴った。
石はぽろりと転がり、向こう岸に落ちる。
「さてと、まずは村長さんに報告――」
一歩、また一歩。
重い鎧が、今度は心地よいリズムを刻み始める。
背後で、ぷちっ。
小さな音がして、スライムが顔を出した。
ミレーユは振り返らない。
「今度は、本気でやるからね!」
だけど、足取りは軽い。
恥ずかしい思い出は、すぐに次の笑い話になる。
――だって、騎士は今日も生きて、明日に向かって歩いている。
「次こそ、絶対に!」
その声は、澄んだ空に吸い込まれて――
ぬるぬる池のほとりに、小さな希望の種を落とした。
최신 회
――草いきれの濃い、古い森の奥だった。
木漏れ日が、複雑に絡み合った枝葉に遮られ、まだらな影を地面に落としている。湿った土の匂いと、名もなき花の甘すぎる香りが、
――切り立った岩肌を吹き抜ける風は、下界のそれよりもはるかに冷たい。
剥き出しの土を踏みしめるたび、鉄のすね当てが重くきしんだ。息を吸い込むと、乾いた土埃と、獣
――薄暗い森の奥。湿った苔の匂いが鼻腔を突く。
ミレーユ・ベルナールは、落ちている枯れ枝を拾い集めていた。胸甲に彫られた百合の紋章が、木漏れ日を浴びて鈍く光る。
――木々の隙間を吹き抜ける風が、容赦なく肌を削っていく。
晩秋の森は、すでに冬の気配を色濃くまとっていた。落ち葉は水分を失って乾ききり、踏みしめるたびに硬い音を







