Synopsis
退屈な毎日にうんざりしていた高校生の神崎悠斗は、深夜零時に突如起動した謎のアプリから「白亜の駅舎」へと意識を囚われる。
鳴り響くアナウンスが告げたのは、冷酷なデスゲームの開始だった。「脱落者は現実世界で死亡する」。
他人の痛みを暴く女性記者・稲村葵、不気味に笑いゲームを面白がる道化師・須藤ケイと共に、悠斗は過去の後悔を暴くパズルへと挑む。生き残りをかけた激しい論理闘争の果て、暴かれたのは「主催者」の悲痛な正体と、命を奪わない死のゲームの真実だった――。
Chapitre1
## 『午前零時のリスタート』
### 第1章:午前零時のログイン
#### シーン1:日常の泥濘(神崎悠斗の夜)
六畳間の湿度は、すでに七〇パーセントを超えていた。
安物の首振り扇風機が、首を右へ曲げるたびに「カチ、キュルル……」と耳障りな油切れの悲鳴を上げ、生ぬるい埃の匂いを神崎悠斗の顔面に吹き付けてくる。畳の上に敷きっぱなしの万年床は、吸い込んだ寝汗のせいでじっとりと重く、肌にまとわりつくシーツの感触は、冷めた湿布のように不快だった。
悠斗は仰向けに転がったまま、右手に持ったスマートフォンの液晶を睨みつけている。
ブルーライトの暴力的な光が、乾ききった角膜をじりじりと焼き焦がす。瞬きをするたびにまぶたの裏に砂粒を擦り付けられたような痛みが走ったが、指先を画面から離すことができない。
視界の隅、ちゃぶ台の脚元には、三日前に担任から突き返された「進路希望調査票」が、三つ折りにされたまま放置されていた。
第一志望から第三志望まで、すべて空欄。
白紙の紙面には、無意識に指で何度も擦ったせいで、鉛筆の粉が薄黒い染みとなって広がっている。
「……何やってんだろ、俺」
喉の奥から漏れ出た呟きは、湿った空気の中に粘り気もなく溶けて消えた。
何者にもなれないという焦燥と、何者かになろうとする努力の圧倒的な面倒くささ。同級生たちが予備校のテキストを抱えて足早に駅へ向かう姿や、SNSのタイムラインに流れてくる「何かに夢中になっている誰か」の眩しい言葉を見るたび、胃の底に重金属を流し込まれたような鈍い吐き気が込み上げる。
自分には何もない。誇れる才能も、破滅する勇気も、人生を呪うほどの劇的な不幸すら持ち合わせていない。朝が来れば親の目を盗んで家を出て、教室の隅でスマートフォンの画面をスクロールし、夕方になればコンビニの廃棄寸前のチキンを噛み締めて帰宅する。
そんな、希釈され尽くした生理食塩水のような日常が、あと何十年続くのか。その長さに眩暈がしていた。
スマートフォンの上部に表示されたデジタル時計が、無機質に数字を更新する。
**二三時五九分。**
あと一分で、今日という無意味な一日が、寸分違わぬ次の無意味な一日へと引き継がれる。
――その時だった。
画面が唐突に暗転した。着信音もバイブレーションもない。ただ、液晶のバックライトが一瞬だけ激しく明滅し、壁紙に設定していたデフォルトの風景画が、漆黒の背景へと強制的に書き換えられた。
画面中央に、白いドットフォントのテキストが浮かび上がる。
```text
WELCOME.
あなたの余命を活用しますか?
[ YES ] [ NO ]
```
悠斗の指が止まる。心臓が肋骨の裏側を一度だけ強く叩いた。
三週間前、突然学校に来なくなり、そのまま行方不明になったクラスメイトの噂が脳裏をかすめる。
『あいつ、深夜零時にしか開かない裏アプリをダウンロードしたらしいぞ』――昼休みの教室で誰かが囁いていた、都市伝説めいた与太話。
「……くだらねえ」
鼻で笑いながら、悠斗は左手の親指で唇の乾いた皮を噛みちぎった。鉄の味が舌先に広がる。
ウイルスに感染してデータが消えるなら、それでもいい。スマホの中身ごと、自分の空虚な履歴が全部消し飛んでしまえばいい。そんな投げやりな自虐の延長線上で、悠斗は迷わず[ YES ]をタップした。
――カチリ。
頭蓋骨の内側で、何かのスイッチが切り替わる音がした。
スマートフォンの光が、網膜の奥へ向かって逆流してくる。
「え――」
声にならなかった。部屋の重力が唐突に消失する。敷布団の感触が消え、内臓が喉元までせり上がるような凄まじい自由落下の感覚。耳の奥で、無数の人間の叫び声と、高圧電流がショートしたような耳障りなノイズが渦を巻き、悠斗の意識は底のない暗黒へと一気に呑み込まれていった。
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#### シーン2:白亜の改札口(物理的目覚め)
冷たい。
まず戻ってきたのは、皮膚感覚だった。
頬を押し付けられている床面から、体温が急速に奪われていく。氷のように滑らかで、継ぎ目が一切ない石材の感触。立ち上がろうとした悠斗の筋肉は、全身に重い鉛の防護服を着せられたかのように硬直していた。
両手をつき、荒い呼吸を吐き出しながら上体を起こす。
「う、ぐ……っ、はぁ、はぁっ!」
喉がカラカラに渇いていた。呼気が白く濁る。
気温は摂氏二〇度を下回っていた。部屋の蒸し暑さはどこにもなく、空気は人工的なまでに乾燥し、オゾンと消毒用エタノールが揮発したような、極度に無機質な匂いが鼻腔を刺した。
悠斗は激しい立ち眩みに耐えながら、周囲を見渡した。
そこは、呆れるほど広大なドーム状の空間だった。
見上げる天井は優に五〇メートルを超え、蜘蛛の巣のように張り巡らされた鉄骨トラスが、乳白色のガラス天井を支えている。一九世紀のヨーロッパの中央駅を思わせるクラシックな骨格を持ちながら、壁面や床を構成するマテリアルは、傷一つない白大理石とブラッシュ仕上げのステンレス鋼という、異様なハイブリッド建築だった。
そして何より異常なのは、天窓の外だった。
星空も太陽もない。黒く塗り潰された虚無のキャンバスの上に、心電図の緑色に光るパルス波形が、数秒おきに規則的な脈動を描いて横切っていく。
「どこだ、ここ……駅……?」
悠斗の足元から数十メートル先には、何十本ものレールが平行に敷き詰められたプラットホームが存在していた。しかし、そこに車両の姿はない。錆びた鉄路だけが、遠くの白い霧の中へと永遠に伸びている。
視線を床に戻した悠斗は、息を呑んだ。
倒れていたのは、自分一人ではなかった。
見渡す限り、数十、いや数百人を超える若者たちが、白大理石の床の上に雑魚寝のように転がっていた。パジャマ姿の者、ブレザーや学ランを着た学生、コンビニの店員エプロンをつけたままの青年。全員が悠斗と同じように意識を混濁させながら、呻き声を上げて身じろぎを始めている。
「おい、これ……何の冗談だよ」
「スマホ、圏外なんだけど……!」
「終電、終わったはずじゃ……」
ざわめきが、急速に波紋となって広がっていく。立ち上がった者たちが互いの顔を見合わせ、出口を探して四方に駆け出す。だが、周囲を取り囲む壁には、どこにも外へ通じる扉が見当たらなかった。
その時、空間全体を震わせるような澄み切った鐘の音が、頭上から降り注いだ。
――キーン。
余韻の長い金属音。
続いて、駅構内のスピーカーから、一切の感情を排した若い女性の合成音声が響き渡った。天井のスピーカーから鳴っているのではない。悠斗自身の頭蓋骨、側頭骨の裏側を直接ノックするように、クリアすぎる音像が脳を揺さぶる。
『被験者コードの初期認証を完了しました。――午前零時のセッションを開始します』
アナウンスの言葉に、構内のざわめきがピタリと止まる。
『本プラットフォームは、現実世界における【延命・救済プロトコル】の待機空間です。現在、皆様の肉体は現実世界において生体維持装置に接続され、深層意識のみが本ネットワークへ同期されています』
「は……? 生体維持装置……?」
誰かが呟いた。
悠斗は自分の両手を見つめた。掌の皺も、爪の間に挟まった微かな汚れも、現実のそれと寸分違わない。指先を強く噛むと、鮮烈な痛みが走り、生々しい血の味が広がった。夢ではない。だが、合成音声は無慈悲に言葉を重ねる。
『現実世界への帰還条件はただ一つ。本ターミナルより発車する【特別列車】の運行再開、すなわちゲームの完全クリアです』
一拍の空白。そして、最も冷徹な宣告が落とされた。
『なお、各セクターにおける試練において脱落、あるいは自発的に生存を放棄した個体は――現実世界において生命維持活動を停止(死亡)します。繰り返します。ゲームオーバーとなった個体は、現実世界において――』
ドームの中の空気が、絶対零度まで凍りついた。
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#### シーン3:最初の脱落と見せしめ
「ふざけんじゃねえぞ、コラァッ!」
静寂を切り裂いたのは、悠斗の十メートルほど前方にいた大柄な男の怒声だった。
金髪に脱色した髪を逆立て、革ジャンを着崩した男は、血走った目で周囲のスピーカーを睨みつけていた。首筋には青筋が浮き、荒い呼気とともに唾が飛ぶ。
「何がゲームだ、何が死亡だ! こちとら明日の朝から現場入らなきゃならねえんだよ! ドッキリだか新手の拉致だか知らねえがな、調子に乗ってんじゃねえぞクソ運営が!」
男は床を強く蹴りつけると、構内の端、封鎖されている巨大なガラスシャッターへ向かって猛然と突進した。周囲の若者たちが怯えて道を開ける。
「どけ! ぶっ壊してでも出てってやる!」
男がシャッターの支柱に手をかけ、力任せに揺さぶった――その瞬間だった。
ジジッ――と、空間のテクスチャが裂けるような、鋭利な電子ノイズが響いた。
「がッ……!?」
男の動きが、完全に静止した。
シャッターに触れた両腕の先から、青白い幾何学模様の光が、皮膚を突き破って血管のように浮き上がっていく。男の目が見開かれ、顎が外れんばかりに開いたが、そこからは悲鳴一つ漏れ出さない。
悠斗の網膜に、信じがたい光景が焼き付けられた。
男の肉体が、ポリゴンが崩壊するように、四角い微細な光の粒子へと分解され始めていたのだ。足元から、すね、太もも、胴体へと、光の侵食は瞬く間に登り詰めていく。革ジャンの繊維も、筋肉も、骨も、すべてが等しく〇と一のデータへと還元されるように、さらさらと白い輝きとなって宙へ霧散していく。
「あ……あ……」
悠斗の隣にいた女子高生が、腰を抜かして床にへたり込んだ。
男の顔が光に呑まれる直前、その瞳に宿っていたのは怒りではなく、底知れない純粋な恐怖だった。
そして――最後の一粒となった光がドームの天井へと吸い上げられた後、そこには男の痕跡など最初から存在しなかったかのように、磨き抜かれた白大理石の床だけが残されていた。
ボウッ、と男のいた空間の空気が急激に収縮し、遅れて生温い突風が悠斗の頬を撫でた。
「ヒ、ヒィィッ……!」
「死んだ……本当に消えた……!」
パニックという名の爆薬に、火がついた。
何百人もの人間が我先にと走り出し、互いを突き飛ばし、転倒した者を踏み躙りながら、出口のない空間を狂乱のネズミのように逃げ惑う。悲鳴と怒号がドームの天井に反響し、もはや誰の耳にもアナウンスの声は届いていなかった。
悠斗は一歩も動けなかった。
膝が小刻みに震え、胃の中のものが食道まで逆流してくる。喉の奥が痙攣し、息が吸えない。過呼吸になりかけた視界の端で、群衆とは明らかに異なる動きをしている人物がいた。
パニックの波に逆らいもせず、逃げ惑うこともなく、悠斗のすぐ斜め前の柱の陰に、一人の少女が立っていた。
黒髪を後ろでタイトに束ね、仕立ての良さそうなブレザーを着た少女は、震える左手で小さな革表紙のメモ帳を固く握りしめ、右手でノック式のボールペンを構えていた。彼女の唇は極度の緊張で紫色に変色していたが、その双眸だけは、まるで獲物を解体する外科医のように冷たく、男が消滅した現場の一点を見つめていた。
カチリ、と彼女がボールペンをノックする音が、狂乱の騒音を抜けて悠斗の耳に届いた。
「……消失までのタイムラグ、コンマ八秒。熱量反応なし。肉体の炭化ではなく、情報のアンカー(固定子)の強制切断ね」
「な……何を、言って……」
悠斗が掠れた声で問いかけると、少女は視線だけを悠斗へ向けた。氷のように鋭利で、同時にどこか熱病に侵されたような瞳だった。
「状況の記録よ」
少女は早口で、しかし噛んで含めるように言った。
「騒いでも呼吸のリソースを浪費するだけ。逃げ道はないわ。あの男の死に様を見たでしょ? ここは物理法則の世界じゃない。ルールそのものが物理法則として機能している牢獄よ」
「る、ルール……?」
「そう」少女は手帳に素早くペンを走らせながら、視線をプラットホームの中央へと向けた。「そして今、最初の『処刑台』が用意されたみたいよ」
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#### シーン4:道化師の乱入と3人の密室
ドームの中央、敷き詰められたレールの上を、耳障りなモーター音が鳴り響きながら移動してくるものがあった。
床板がスライドし、せり上がってきたのは、古びた踏切だった。黒と黄色の縞模様に塗られた遮断桿。その頭上に据えられた二つの赤い警告灯が、カチ、カチと交互に点滅を始めている。
「うわぁ、悪趣味! レトロ趣味にも程があるよね、これ!」
唐突に、背後から甲高い拍手の音が響いた。
悠斗と少女が同時に振り返る。そこには、だらしなくボタンを外したワイシャツの上に、サイズの合わない派手な柄のパーカーを羽織った少年が、ステップを踏むように歩み寄ってきていた。
細身の体躯、無造作に伸ばされた茶髪の隙間から覗くのは、三白眼の死んだ魚のような瞳。しかし、その口角だけは引き攣ったピエロのように極端に吊り上がっており、顔の上半分と下半分が別人のように乖離していた。
「見てよ二人とも! あの踏切、遮断機が下りてるのに電車が走ってないよ? 渡ったら轢かれちゃうのかな? それとも、カンカン鳴ってる間に踊ったらボーナスポイントでも貰えるわけ?」
少年――須藤ケイは、恐怖で腰を抜かしている周囲の人間を指差して、ケラケラと喉を鳴らして笑った。
「茶化さないで」少女がペン先をケイに向け、鋭く威嚇した。「死にたいなら一人で突っ込みなさい。私たちは今、観測事実を整理しているの」
「観測事実ぅ? カッコいいねお姉さん! 記者クラブの鑑じゃん!」
ケイはおどけたように両手を挙げてみせ、悠斗の顔を覗き込んできた。
「で、こっちの冴えない君は? 名札……神崎悠斗クン? 顔色が死人のそれだけど、生きてる? 息吸えてる?」
「触るな……ッ!」
悠斗は反射的にケイの手を払いのけた。皮膚が触れ合った一瞬、ケイの指先が氷死体のように冷え切っていることに気づき、背筋に悪寒が走る。
この男は狂っているのではない。極度の絶望を、道化の仮面で塗り潰しているだけだ――生活者としての悠斗の直感が、そう告げていた。
少女が手帳を開いたまま、事務的な声で名乗りを上げた。
「私は稲村葵。名札を見ればわかるでしょうけど。無駄口を叩く気はないわ。……今のところ、この異常事態に対してまともに立っていられるのは、私たち三人だけのようね」
葵の言う通りだった。周囲の群衆は、最初の男の消滅を目撃したショックで祈るようにうずくまるか、あるいは壁際で放心状態に陥り、思考を放棄していた。
「私はこの空間のパラメータを計測した」葵は早口で捲し立てる。「光の屈折率、大気の抵抗、歩行時の床反力……すべてが現実と寸分違わない。だが、あのアナウンスが言った『深層意識の同期』が真実なら、私たちの生体データは外部のサーバーに人質として取られている。あのアナウンスの命令系統に逆らって、物理的に脱出する方法はゼロよ」
「へぇ、科学的な分析、ご苦労様!」ケイが肩をすくめる。「でもさ、お姉さん。そんな小難しいこと言わなくても、答えはもっとシンプルだよ。これ、デスゲームじゃん。ネット小説で死ぬほど読んだやつ。誰かがルール作って、僕らをオモチャにして遊んでるんだ。ならさ、乗っかって楽しんだ方が得じゃない?」
「楽しむ……!?」悠斗は思わず声を荒らげた。「人が一人、目の前で消えたんだぞ!? 死んだんだぞ!」
「だから何?」ケイは笑みを崩さないまま、冷酷な瞳で悠斗を見据えた。「君さ、部屋で[ YES ]押したんでしょ? 『余命を活用しますか』って聞かれてさ。僕も押したし、そこのお姉さんも押した。……退屈で死にそうだったから、ここに来たんじゃないの?」
心臓を素手で握り潰されたような衝撃に、悠斗の言葉が喉で詰まる。
その時、三人の足元の白大理石が、甲高い警告音とともに赤く発光した。
――ガコンッ!
重量感のある機械音とともに、床から四枚の半透明な防弾ガラスパネルが猛スピードでせり上がり、悠斗、葵、ケイの三人を、他の群衆から完全に隔離する密室を作り上げた。
「なっ……!?」
悠斗がガラスを叩く。びくともしない。外側にいる逃げ惑う人々の姿が、擦りガラス越しのように急速にぼやけていく。
頭上から、再びあの合成音声が降ってきた。
『パーティの抽出を完了。第一セクター【後悔の踏切】のシークエンスを開始します』
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#### シーン5:第1試練「後悔の踏切」の顕現
「閉じ込められた……!?」
悠斗は背中をガラスの隔壁に預け、荒い息を吐いた。
密室の広さは十畳ほど。逃げ場のない正方形の箱の中で、床面が滑らかに沈降し、代わりに前方の壁が完全にスライドして開いた。
目の前に現れた光景に、三人は息を呑んだ。
そこは、もはや駅の構内ですらなかった。
頭上には、赤黒い夕焼け空が無限に広がっていた。沈みかけの太陽が、血のような光を空間全体に投げかけている。生温い、アスファルトが焼けた匂いと、錆びた鉄の匂いが鼻をつく。三人の足元から数歩先には、赤錆の浮いた線路が一本、夕暮れの地平線に向かって真っ直ぐに伸びていた。
そして、その線路を塞ぐようにして、あの黒と黄色の遮断機が立ち塞がっている。
カンカンカンカンカンカン――!
けたたましい警報音が、耳腔の奥の鼓膜を激しく連打する。
遮断桿は頑丈なロック機構で水平に固定され、その向こう側は、レール以外の地面が存在しない、底なしの暗黒のクレバスとなっていた。渡るためには、遮断機を持ち上げてレールの上を歩くしかない。
遮断機の支柱に取り付けられた大型の液晶モニターに、血のように赤いフォントで文字がスクロールされる。
```text
『第一試練:後悔の踏切』
『通過条件:制限時間内に、構成員三名のうち【二名】の致命的記憶(トラウマ・パケット)を開帳し、システムに生贄として同期せよ』
『制限時間:一五分』
『ペナルティ:時間切れの場合、全員のアンカーを切断(強制パージ)』
```
「……は?」
悠斗の口から、乾いた声が漏れた。
「致命的記憶の……開帳……?」
「なるほどね」
葵が震える指で眼鏡のブリッジを押し上げた。その声は平静を装っていたが、手帳を握る指先は白く鬱血している。
「やっぱりここは、単なるサバイバルゲームじゃない。私たちの脳内メモリ……隠蔽されたトラウマ領域を強制スキャンして、認証キーに変えるパズルよ」
「パズルぅ?」ケイが警報機の音に合わせて体を揺らしながら、口笛を吹いた。「おいおい、ルールをよく読んでよ、お姉さん。『三名のうち二名』だよ? つまり、一人だけは自分の恥ずかしい過去を喋らなくていいってこと? それとも――」
ケイの三白眼が、夕暮れの赤光を反射して、ぞっとするほど冷たく細められた。
「二人の記憶を差し出せば、残りの一人は『何も差し出さずに通過できる』ってことかな?」
「待てよ」悠斗が割って入る。喉が張り裂けそうだった。「差し出したら、その二人はどうなるんだ? ただ記憶を喋るだけで済むのか? アナウンスは『生贄』って言ったんだぞ!」
「さあね」
葵が冷徹な検事のような目で、遮断機のモニターを凝視する。
「でも、確実なことが二つあるわ。一つ、十五分以内に誰も記憶を開帳しなければ、私達三人とも、あの最初の男と同じように消滅する。そして二つ――」
葵はゆっくりと首を巡らせ、悠斗とケイを冷たい視線で射抜いた。
「このシステムは最初から、私たちに『誰を売るか』を選ばせるように作られているということよ」
カンカンカンカン――と、無慈悲な警報音が鳴り響く。
モニターのカウントダウンが、一秒、また一秒と、確実にゼロに向かって削られ始めていた。
**残り時間、一四分四五秒。**
悠斗の背筋を、冷たい汗が一筋、滑り落ちていった。
Derniers chapitres
## 『午前零時のリスタート』
### 第4章:明日という名のバグ
#### シーン16:完全最適化の牢獄
## 『午前零時のリスタート』
### 第3章:法廷の密室――記者 vs 主人公
#### シーン11:告発の口火(葵の検事O
## 『午前零時のリスタート』
### 第2章:後悔のパズルと認識の激突
#### シーン6:踏切の物理演算(葵の構造解体)<
## 『午前零時のリスタート』
### 第1章:午前零時のログイン
#### シーン1:日常の泥濘(神崎悠斗の夜)







