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ホワイトキャット-白猫のアイドル-

ホワイトキャット-白猫のアイドル-

Dernière mise à jour: 2026-04-11 03:03:00
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Synopsis

アイドル歌手「ホワイトキャット」白猫の仮面で顔を隠したミステリアスな彼女を熱狂的に追いかける一人の高校生、佐久間銀太。ホワイトキャットに人生を懸けた彼を待ち受けていたのは…!?


Chapitre1

暗闇に包まれた巨大なドーム会場のスクリーンが弾け、眩い閃光が視神経を直接叩く。黒曜石のような艶を持つ黒髪がスポットライトの熱を帯びて揺れ、真っ白なミニスカートのドレスがターンを刻むたびに遠心力でふわりと広がる。顔の半分、額から鼻筋にかけてのラインを完全に覆い隠す白猫のマスクは、表情という情報源を遮断することで、かえってその下に隠された唇の動きと顎の鋭い輪郭を際立たせていた。ホワイトキャット。それが、電子の海と現実の境界を曖昧にしながら世間の熱狂を一身に集める偶像の固有名詞だ。関節の駆動を感じさせないしなやかなステップを踏みながら、彼女の喉からは物理法則を疑うほどの圧倒的な肺活量に裏打ちされた高音域の波が絶え間なく放たれる。動画共有サイトのサーバーを三日で限界まで追い詰め、一億という再生回数の数字を無機質に叩き出した代表曲『ニャンとイマドキ!』の電子音が、今も無数のスマートフォンのスピーカーから吐き出されている。


「ニャン!ニャン!ニャン!イマここでドキドキしてるニャン!」


高濃度の塩素の匂いが充満するインターハイ会場のサブプール。湿度が皮膚にまとわりつく独特の閉鎖空間の中で、佐久間銀太は水面を見つめながら、そのアップテンポな電子音と歌詞を極めて上機嫌な声帯の振動へと変換していた。肩甲骨を大きく回し、広背筋の繊維を一本ずつ引き伸ばすような入念なストレッチを繰り返しながらも、彼の口角は重力を無視して上がり続けている。


「おい、銀太。筋肉の緊張を解いてリラックスするのはいいけど、顔の筋肉まで緩みすぎだぞ。お前、本当にこれから決勝を泳ぐ人間の顔か?」


隣でシリコンキャップを被り直していた同級生のスイマーが、銀太のそのあまりにも場違いな弛緩具合に耐えきれず、呆れたような息を吐き出しながら声をかける。周囲のレーンでは、全国から集まった選手たちが己の限界と向き合い、ピリピリとした神経の糸を張り詰めているというのに、銀太の周囲だけが異質な温度で保たれていた。


「ホワイトキャットの曲のBPMが、俺の心拍数を一番理想的な数値に固定して、極限まで集中させてくれるんだよ」


銀太は首の骨をポキリと鳴らしながら、緩みきった表情のまま振り向いて笑う。彼の脳内ではすでに、プールの水音よりもホワイトキャットのライブ音源のコールアンドレスポンスが絶対的な音量で支配していた。


やがて訪れた100メートルバタフライ決勝のコール。メインプールのスタート台の裏に整列した八人の選手たちは、それぞれが己の肉体を叩き、あるいは深く息を吸い込んで酸素を血中に行き渡らせている。しかし、銀太の脳裏を占めているのは、これから飛び込む冷たい水の感触でも、隣のレーンに立つシード選手のタイムでもなく、真っ白なドレスを翻して歌うホワイトキャットの残像だけであった。


「第三レーン、佐久間銀太君」


場内アナウンスが電子音を通して自分の名前を読み上げた瞬間、銀太の顔から一切の弛緩が消え失せた。眼輪筋が収縮し、黒目が鋭い光を帯びて前方の水面を射抜く。スタート台に足をかけ、足指の腹で滑り止めのザラついた表面を強く掴み込む。


「さぁ、ホワイトキャット……俺の細胞の隅々にまで、愛の力をくれ!」


電子ピストルの鋭い破裂音が空気を震わせた刹那、銀太の肉体は弾かれたように空を切り、最も抵抗の少ない角度で水面を突き破った。両腕が水を捉え、広背筋が爆発的な収縮を起こすたびに、彼の身体は水飛沫を上げて前進する。息継ぎの瞬間に視界の端をよぎるプールの天井の照明が、まるでライブ会場のスポットライトのように彼の網膜を灼いていた。


数時間後、会場近くのチェーン系焼肉店のテーブルには、焦げた動物性脂肪の匂いと網から立ち上る白い煙が充満していた。水泳部のインターハイ打ち上げと称した食べ放題のコースが始まり、部員たちがトングを握りしめて肉の争奪戦を繰り広げる中、テーブルの端で黒髪を後ろで一つにまとめた少女が、ウーロン茶の入ったグラスを手に冷ややかな視線を送っていた。


「銀太さぁ、あんたバカなの?それとも天才なの?どっちの分類に入るわけ?」


北風真白は、周囲の体育会系の熱気とは完全に切り離されたような、透き通るような白い肌を店内の暖色系の照明に晒しながら、目の前でカルビを三枚同時に口に運んでいる銀太に向かって問いかけた。彼女の非力そうな外見は、どう見ても過酷な水泳部のトレーニングに耐えうるものには見えない。


「どっちでもないよ。これは純度百パーセント、ホワイトキャットの愛の力が物理的な推進力に変換された結果だ!」


銀太は咀嚼を終えて飲み込むと、ジャージの首元から無造作にぶら下がっている金属の塊を指差した。鈍い光を放つ銅メダル。事前のタイムランキングや下馬評を完全に覆し、彼が決勝のラスト十五メートルで驚異的な追い上げを見せて勝ち取った絶対的な結果だった。


「これで、都内の大学からのスポーツ推薦枠は間違いなく確保できた!田舎の高校から抜け出して、やっとホワイトキャットのライブに全通できる距離に行けるんだ!」


銀太の住むこの地域は、都内で開催されるイベントに参加するには交通費も時間も絶望的に足りない過疎地であった。彼が毎日の過酷な練習に耐え、タイムを縮めることに執念を燃やしていたのは、水泳への純粋な情熱というよりも、都内の大学へ特待生として潜り込み、ホワイトキャットと同じ空気を吸うための極めて実利的な手段に過ぎなかったのだ。


「真白の方はどうするんだ?推薦組じゃないだろ」


銀太は新しく網に乗せたホルモンが丸まっていくのを見つめながら、トングを持ったまま真白に話を振った。真白は水泳部の正規の練習メニューにはほとんど参加しない。彼女がこの部に所属している理由はただ一つ、オペラ歌手になるための異常なまでの肺活量を水圧の負荷によって鍛え上げるためだ。放課後は声楽の厳しいレッスンに通い、その合間を縫ってプールに潜り、ひたすら息を止めて泳ぎ続けるという奇妙な高校生活を送っている。


「私は銀太みたいなスポーツとアイドルのことしか脳髄にない単細胞バカとは違うの。夢のオペラ歌手になるための最短ルートとして、希望通り都内の音大の、それも声楽科の一般受験を受けるわよ」


真白は網の端で焦げずに残っていた玉ねぎを箸でつまみ上げながら、淡々としたトーンで自身の進路を口にした。


「オペラねぇ……」


銀太の反応は極めて薄かった。マイクを使わずに劇場全体に声を響かせる伝統的な芸術形態の凄さは頭では理解していても、彼の心臓を震わせる「歌手」という定義の中には、あの白い猫のマスクを被った存在しかインプットされていないのだ。


「あんたのその貧困な想像力じゃ理解できない世界よ。まぁ、あのホワイトキャットとかいうアイドルの、ステージ上を走り回りながら息一つ切らさずにあの声量を維持し続ける異常な心肺機能と横隔膜のコントロール力だけは、私の視点から見ても素直に認めてあげるけどね」


真白が小皿の上のキムチを箸の先でつつきながら何気なくこぼしたその言葉に、銀太の表情がパッと明るく発光したように輝いた。自分が褒められたわけでもないのに、彼の口角は限界まで引き上がり、箸を握る手に力がこもる。


「だろ!わかってるじゃないか真白!ホワイトキャットはなただのアイドルじゃなくて、あの激しいダンスのステップを踏みながらも喉の開きが完璧で……!」


そこから先は、焼肉の焼ける音をBGMにした銀太の独壇場だった。ホワイトキャットのライブ映像の秒数指定での解説、衣装の素材の考察、高音域のビブラートの波長の美しさについて、銀太は網の上で肉が黒焦げになっていくのも構わずに熱弁を振るい続けた。真白は「はいはい」「へえ」「そうね」という三パターンの相槌を機械的にローテーションさせながら、静かにキムチを咀嚼し続けていた。


それから季節は巡り、コンクリートの校庭に冷たい春の風が吹き抜ける三月。卒業式の喧騒が去り、ガランとした教室の窓際で、銀太は両手で顔を覆って肩を震わせていた。


「うおぉぉぉ……!なんでだよぉぉ!これから俺が東京に行くって時に、ホワイトキャットが冬眠中に入るなんて……!」


彼のスマートフォンには、ホワイトキャットの公式アカウントから発信された『数ヶ月から半年程度の活動休止(冬眠)』を知らせるテキストが冷酷なピクセルとして表示されていた。ホワイトキャットは数年に一度、定期的に休止期間に入るのがお決まりになっている。その度に、極秘裏に結婚したのではないか、喉の深刻なポリープではないか、あるいは次期アルバムのための単なる話題作りではないかと、無数の憶測という名のノイズを生み出していた。そうしたミステリアスさもホワイトキャットの魅力の1つだ。


「あー、もう本当に耳障り。あんた、高校生活の最後の最後まで頭の中身がホワイトキャットで埋め尽くされてるのね」


教室の前の席で、引っ越しのための荷物整理の連絡をしていた真白が、スマートフォンから視線を上げて銀太を振り返った。その瞳の奥には、呆れという感情の地層のさらに下の方に、ある種の狂気的な一途さに対する微かな敬意のようなものが沈んでいるように見えた。


「卒業したらすぐに都内の大学の寮に入るんでしょ。いつまでもスマホの画面見て泣いてないで、シャキッと背筋伸ばしなさいよ。アスリートの端くれでしょ」


真白の言葉の通り、彼女自身も厳しい受験戦争を勝ち抜き、無事に第一志望であった音大の声楽科への合格通知を手にしていた。数日後には、二人はそれぞれこの過疎の町を離れ、東京という巨大なコンクリートの迷宮で一人暮らしを始めることになっている。


「ん?ちょっと待てよ」


銀太は涙と鼻水をジャージの袖で乱暴に拭き取ると、真白が手元に広げていたマンションの契約書のコピーの住所表記に目を留めた。


「真白が借りたマンション、俺の大学の寮から電車で二駅しか離れてないじゃん。意外と近くに住むんだな。東京の生活で暇を持て余したら、遊びに行ってやるわ」


銀太が何の気なしに放ったその言葉に、真白の細い眉がピクリと不快そうに跳ね上がった。


「バカ言わないで。年頃の、しかも毎日肉ばかり食ってる野獣みたいな体育学部の男子大学生を、一人暮らしを始めたばかりの女子大生の部屋に上げるわけないでしょ。防犯意識の欠如も甚だしいわ。あんたは大学のプールで延々と塩素水でも飲んで泳ぎ続けるか、スマホの中のホワイトキャットの過去の動画にでも夢中になってなさいよ」


冷たく突き放す真白の言葉に対し、銀太はなぜか傷つくどころか、胸を大きく張り、自信に満ちた声帯の振動で空気を揺らした。


「当然だろ!俺の上京のすべての理由は、ホワイトキャットと同じ空気圧の中で生活するためなんだからな!……あ、そうだ、ちょっと待ってろ」


銀太は突然何かを思い出したように、床に置いてあったスポーツバッグのジッパーを乱暴に引き開けた。中にはタオルやゴーグルが無造作に詰め込まれており、彼はその奥深くへと手をつっこんで何かをごそごそと探し始めた。


「何よ、急に」


真白が怪訝な表情でその手元を見つめていると、銀太はバッグの底から小さな透明のビニールパッケージを引きずり出した。その中には、真っ白なベルベット素材で作られた、首に巻くための細いチョーカーが収められていた。


「これ、ネットで見つけたんだけどさ。喉の乾燥を防いで、声帯を守ってくれるご利益がある特殊な素材のチョーカーらしいんだ。お前、これからプロのオペラ歌手になるために東京で厳しいレッスン受けるんだろ?餞別だ、やるよ」


銀太はパッケージを無造作に真白の机の上に放り投げた。真白は予想外の物体と、それに込められた銀太なりの不器用な気遣いに、思わず目を丸くしてその白い布地を見つめた。いつも自分の話ばかりで、他人の進路になど微塵も興味がないと思っていた男からの、明確な応援の形。


「あ……ありがと。そういう気遣いができる神経が残ってたなんて驚きね。大事に……使わせてもらうわ」


真白はパッケージに触れる指先をわずかに震わせながら、視線を伏せた。彼女の透き通るような頬の表面の毛細血管が拡張し、ほんのりと赤い熱を帯びていくのが、窓からの春の光の中で確かに見て取れた。


しかし、真白がそのチョーカーを自分のカバンにしまおうと視線を下げた瞬間、開けっ放しになっている銀太のスポーツバッグの隙間から、あるものが彼女の網膜に飛び込んできた。


タオルの下に隠れきれずに端っこだけが覗いている、今自分が受け取ったものと全く同じ、透明なパッケージに入った真っ白なベルベットのチョーカー。


「……銀太、さ?」


真白の頬から急速に熱が引き、声のトーンが先ほどまでの冷たさを取り戻して数オクターブ下がった。


銀太はそんな真白の温度変化に全く気づく様子もなく、白い歯を見せてニコニコと笑っている。


「この私の手元にあるチョーカー、もしかして……上京した後、あわよくば偶然ホワイトキャットに遭遇した時に渡そうとしてる『本命のプレゼント』の、ついでに買った予備か何か?」


真白の鋭利な刃物のような問いかけに対し、銀太は一切の悪びれる様子を見せず、むしろ自分の完璧な計画を褒めてもらうのを待っているかのように、真っ直ぐに真白の目を見て言い放った。


「もちろん!二個買うと送料が無料になるキャンペーン中だったからな!」


教室の空気が、しんと冷え切った。真白の手の中で、喉を守るための白いチョーカーが、ただの布の塊としての物理的な重さを主張し始めていた。


「……銀太、あんたねぇ」


真白の口から漏れた深い溜息は、窓ガラスを揺らす春風の音にかき消された。銀太の顔には、自分の行動の何が問題なのかを微塵も理解していない、一点の曇りもない爽やかなスポーツマンの笑顔が張り付いたままであった。

Derniers chapitres

銀太と真白

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